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「ユイフェ!」
「え?  ジョシュア様?  もう戻って……いらしたの?」

  名前を呼ばれて振り返ると、そこには友人の所に行ったはずのジョシュアの姿。
  どう考えても戻って来るのが早い。
  私がその事に驚いていると、ジョシュアは私に駆け寄って来て、そのままギューッと抱き着いた。

  (えぇえ!?  今度はハグ!?)

  やっぱり、どう考えてもこんなスキンシップは契約事項には無かったはずなのにおかしい!

  ───いやぁぁぁぁ!
  ───今度は抱き着いたぁぁぁ!
  ───どうしてよーー

  私の内心大パニックに合わせて、会場内からもとんでもない数の悲鳴が上がる。
  誰の悲鳴かなんて視線を向けなくても分かる。
  ジョシュアを狙っていて私を嘲笑おうとした令嬢達だ。

  (すごい悲鳴)

  私はどうにか冷静な妻のフリをして答えた。

「ジョシュア様、早かったんですね?  ご友人とのお話はよろしかったの?」
「うん。新婚の可愛い妻を一人にして放っておきたくないんだけど!?  と文句を言いに行っただけだったからね。最初からすぐ戻って来るつもりだったんだ」
「まぁ!」
「本当だって。僕がここを離れている間に可愛いユイフェが攫われてしまうかもしれないだろ?  心配なんだよ」
「攫うだなんて……やっぱり大袈裟です、ジョシュア様ったら……」
「いやいや、そんな事は無いんだよ、ユイフェ」

「……」

  困った事にこう語るジョシュアの顔はどう見ても大真面目に見える。
  え?  まさか本気で思っているわけではないわよね……演技よね?  

  (そうよ……きっと、これは演技、演技の……はず!)

  ───色々疑われては困るので、人前では夫婦らしく振る舞いましょう!

  確かに私はジョシュアに向かってそう言った。
  言ったけれど!
  どう思い返しても“溺愛”する演技をしてくれと言った覚えは無い!

「ユイフェ」

  ジョシュアの私を抱きしめる力が強くなる。

  (な、なぜ?)

「……ジョシュア様?」

  私が不思議そうな顔をすると、彼は優しく微笑み甘~い声で私の名を呼ぶ。

「ユイフェ……」

  (甘っ、その声は甘すぎるわ!)

  ドキドキしている場合では無いのに勝手に胸の鼓動が早くなっていく。
  その事に戸惑っていたら、ジョシュアの顔が近づいて来て……
  チュッと私の額にまた唇が触れた。

「!!」

  (ま、また!?)

  私が驚いて顔を真っ赤にして固まっていると、ジョシュアはまたしても真面目な表情で言う。

「……そんな無防備な顔をしているユイフェがいけないんだ。可愛くて触れたくなる」
「!!」

「きゃぁぁぁ、もうやめてぇぇぇーー」
「夫人から奪ってやろうなんてもう考えないから、これ以上は見せつけたりしないでぇぇぇーー」

  泣き叫ぶ令嬢達の声を聞きながら、これは早急に意見のすり合わせが必要な気がした。

  (そうよ!  ……と、とりあえず──!)

「ジョシュア様!  踊りましょう?」
「え?  踊る?  ユイフェと?」
「えぇ、私とです!」

  だって今日のパーティーはダンスパーティー。
  踊っている最中なら、こっそり内緒話が出来るかもしれないと思った私は、彼をダンスに誘う。
  ジョシュアは喜んで私の手を取った。




  (社交嫌いのはずなのに、めちゃくちゃダンス上手いわこの人……)

  こんなに踊りやすいなんて!  
  さすが公爵令息だわとしか言えない。
  そんな事を思いつつ踊りながら私は小声でジョシュアに訊ねる。
  
「……それで?  ジョシュアさん?  あなたの今日の振る舞いはどういう事なのでしょうか?」
「ははは、ユイフェ。君はいつでも可愛いけれど、怒った顔も可愛い。知らなかったなぁ……」
「なっ!  かわっ……!?  きゃっ」

  思っていたのと全然違う反応が帰って来たせいで動揺した私のステップが大きく乱れる。

「わっ!?  大丈夫かい? ユイフェ」
「だ、大丈夫……」

  さり気なくカバーしてくれたジョシュアは面白いものを見たなって顔で私の事を見る。

「珍しいね、君がステップを乱すなんて」
「……だ、誰のせいだと思っていまして?」
「ははは、僕かな?」
「!」

  (……あぁ!  この笑顔は……)

  そう笑ったジョシュアの笑顔はと変わらないせいで、私の胸は少し疼いた。

 
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