1 / 28
1.
しおりを挟む私にはずっとずっと後悔していた事がある。
あの時、もっと私に勇気があったなら。
意気地無しなんかじゃ無かったなら。
そうしたら、違う未来が待っていたかもって。
───だから、私は決めた。
未来を変えようって。あなたを……助けようって。
─────……
先日、社交界に大きな衝撃が起きた。
婚約者は疎か恋人もおらず、玉の輿を狙う独身令嬢達が我こそは! と虎視眈々と妻の座を狙っていたジョシュア・ハワード公爵令息が突然、結婚をした。
それを知った多くの令嬢が泣き崩れたという。
いったいどこのどんな完璧令嬢が彼の心を射止めたと言うのか? 周囲はその相手に興味津々だった。
そうしてお披露目されたそのお相手は、ユイフェ・カルロナ伯爵令嬢。
(え? 嘘でしょう!?)
身分も容姿も特に秀でた所の無い伯爵家の令嬢が何故?
と、多くの人々が疑問に思った。
──そうか! これは、典型的な政略結婚に違いない!
二人の結婚を認めたくなかった人々はそう考えた。
ジョシュア・ハワード公爵令息は妻の座を狙う令嬢達に追いかけられて“女性嫌い”なんて噂もある男。
それならば、この度、彼の妻となったユイフェ・カルロナ伯爵令嬢は、さぞかし冷遇されているに違いない、と。
そう結論づけた二人の結婚を大いに悔しがっていた令嬢達は「なーんだ」「そうよね~」「惨めね」とほくそ笑んでいた。
そして今日。王家主催のダンスパーティーに噂の二人が出席すると言う。
“どれだけ夫に冷遇されているのか見てやろう”
“わたくし達のジョシュア様を奪った女を嘲笑ってやりますわ!”
そんな底意地の悪い考えの人達がたくさん集まり、噂の二人の登場を今か今かと待ち構えていた。
しかし、会場に現れた二人の様子に人々は再び大きな衝撃を受ける事になった。
「ジョシュア様、まだ怒っていますの?」
「……」
何故か不機嫌な様子で会場に入ってくるジョシュア・ハワード公爵令息の様子に、会場中の誰もが「これは、やはり!」と色めき立つ。
やはり、この夫妻は無理やり結ばれた政略結婚で、不仲に違いな───
「だって、丁度良いのがこのドレスしか無かったんですもの」
「分かっている! 分かっているが……」
──んん? 何の話だろう? と二人の様子を窺っていた人達は思う。
「そのドレスでは君の魅力が台無しじゃないか! 僕の贈ったネックレスも合わせられなかったし! やっぱりユイフェには、もっとこう……」
そう怒鳴りながら、ユイフェにはこんな形のこんな色のドレスが良いのでは?
と饒舌に語り出した夫、ジョシュア。
そんな謎の力説を開始した夫に向かって妻のユイフェは朗らかに笑って言った。
「もう、ジョシュア様ったら。ずっとその話ばかり」
「本当の事さ。だが、仕方が無い。次は僕が君に似合う最高のドレスを贈ろう!」
「ふふ、ありがとうございます。楽しみにしていますね」
──あれ??
不機嫌だったのは妻のドレスが似合……あれれ?
愛されない妻を馬鹿にしてたくさん笑ってやろうとしていた人達は皆揃って首を傾げる。
この辺りから“あれ? おかしいぞ?”という空気になりつつはあった。
これはどういう事だろう? そう思ったジョシュアの友人達は彼を呼び出す事にした。
すると──……
「ユイフェ……すまない友人達がしつこくて煩いのでちょっと行ってくるよ。はぁ……本当はこんな所に君を一人にしておきたくは無いのだけど」
「ふふ、ジョシュア様。大丈夫です。行ってきてくださいませ。私はここでお待ちしていますから」
「あぁ、なるべく早く戻るよ、ユイフェ」
ジョシュアはそう言うなり、ユイフェを軽く抱き寄せると、
──チュッ!
と、ユイフェの額に口付けを落とした。
きゃぁぁぁという令嬢達の悲鳴があがる。
「──ジョシュア様!? こ、こんな所で!!」
「ははは、すまない。あまりにもユイフェが可愛くてね、つい。我慢出来なかった」
……ナデナデ
真っ赤になったユイフェをあやす様に頭を撫でるジョシュア。
この時点で一人、二人と令嬢達が今度は「いやぁぁぁぁ」「ナデナデなんてしないでぇぇ」と、悲鳴をあげて倒れ始める。
「ジョシュア様! み、皆様が見ています!」
「んー……そうだね。でも、僕としては可愛い可愛いユイフェに虫がつくと困るからなぁ。牽制は必要だと思うんだよ」
そう言ってジョシュアは鋭い目付きで会場内を見渡す。
その目は明らかに“妻に手を出すな”と言っていた。
「ですから! も、もう! 大袈裟ですよ」
「うーん、僕の可愛い妻は自分の事を分かっていないなぁ。これならそのドレスで良かったかもしれないな、うん」
「ジョシュア様……」
唖然とする周囲を気にする様子もなく、そんな会話を繰り広げる夫妻。
どこからどう見ても仲が良く、なんなら夫の方が妻を溺愛しているといっても良いその光景に多くの人々が衝撃を受けた。
……しかし、実は誰も知らない。
「信じられないわ……」「ジョシュア様が……!」と、多くの泣き崩れる令嬢達の中で、ジョシュアのこの様子に本当に驚きパニックを起こしていたのは……
他でもない、妻のユイフェ自身だった事を。
(───ちょっとジョシュア!? あなた、さっきから何を言い出しているの!?)
内心ダラダラした汗をかきながらユイフェは思う。
(そんな“妻を溺愛する演技”なんて求めた覚えも契約した覚えもないわよ!? あの口付けなんだったのーー!?)
……と。
73
お気に入りに追加
3,681
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。
文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。
父王に一番愛される姫。
ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。
優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。
しかし、彼は居なくなった。
聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。
そして、二年後。
レティシアナは、大国の王の妻となっていた。
※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。
小説家になろうにも投稿しています。
エールありがとうございます!
その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
【完結】その溺愛は聞いてない! ~やり直しの二度目の人生は悪役令嬢なんてごめんです~
Rohdea
恋愛
私が最期に聞いた言葉、それは……「お前のような奴はまさに悪役令嬢だ!」でした。
第1王子、スチュアート殿下の婚約者として過ごしていた、
公爵令嬢のリーツェはある日、スチュアートから突然婚約破棄を告げられる。
その傍らには、最近スチュアートとの距離を縮めて彼と噂になっていた平民、ミリアンヌの姿が……
そして身に覚えのあるような無いような罪で投獄されたリーツェに待っていたのは、まさかの処刑処分で──
そうして死んだはずのリーツェが目を覚ますと1年前に時が戻っていた!
理由は分からないけれど、やり直せるというのなら……
同じ道を歩まず“悪役令嬢”と呼ばれる存在にならなければいい!
そう決意し、過去の記憶を頼りに以前とは違う行動を取ろうとするリーツェ。
だけど、何故か過去と違う行動をする人が他にもいて───
あれ?
知らないわよ、こんなの……聞いてない!
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
愛する旦那様が妻(わたし)の嫁ぎ先を探しています。でも、離縁なんてしてあげません。
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
【清い関係のまま結婚して十年……彼は私を別の男へと引き渡す】
幼い頃、大国の国王へ献上品として連れて来られリゼット。だが余りに幼く扱いに困った国王は末の弟のクロヴィスに下賜した。その為、王弟クロヴィスと結婚をする事になったリゼット。歳の差が9歳とあり、旦那のクロヴィスとは夫婦と言うよりは歳の離れた仲の良い兄妹の様に過ごして来た。
そんな中、結婚から10年が経ちリゼットが15歳という結婚適齢期に差し掛かると、クロヴィスはリゼットの嫁ぎ先を探し始めた。すると社交界は、その噂で持ちきりとなり必然的にリゼットの耳にも入る事となった。噂を聞いたリゼットはショックを受ける。
クロヴィスはリゼットの幸せの為だと話すが、リゼットは大好きなクロヴィスと離れたくなくて……。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる