【完結】名ばかり婚約者だった王子様、実は私の事を愛していたらしい ～全て奪われ何もかも失って死に戻ってみたら～

30. 愛しい人 (アレク視点)

  (やっぱり、ローラには隠し事は出来ないし、勘もいい)

  真っ直ぐ僕の瞳を見つめて来るローラ。
  その目には誤魔化しや嘘は通用しないだろう。

  (ローラに記憶があるらしい事は薄々感じていたのに、二度目の力を使ったのがまずかったな)

  本当は二度とこの力を使うつもりは無かった。なんなら一生使う予定も無かったんだ。
  それでも、一度目も二度目もローラを助けなくては。そう思ったら自然と身体が動いていた。
  二度目の今回はまさか、偽物が毒瓶を潜ませているなんて思いもしなかった僕の油断のせいもあるけれど。

  (数分なら大丈夫だと思ったけど、やはり思っていた以上に身体への負担は大きい)

「……ローラも何となく察してると思うけど」
「……」
  
  僕が口を開くとローラの顔が引き締まった。
  多分、ローラはこの後、何を言われるか分かっている。そして、それを聞くための覚悟を決めた……そんな表情だ。

「代償は僕の命そのものだよ。時戻しの力は使ったら使った分だけ僕の命を削っている」
「！」

  ローラがひゅっと息を呑んだ。驚いたんだろう。
  でも、その表情はやっぱり……とも言っている。

  (怒られるかな？  いや、それとも、泣かれてしまうかな？)

  ローラは泣いても笑っても可愛いけど、泣かせたくは無かったんだけどな。
  でも、さっき、既に泣かせてしまっている……
  どうせなら、好きな子には笑っていて欲しい。これは僕の我儘だろうか。

「……半年。半年分の時間を戻したアレクは、寿命を半年分は削ってしまった、という事ですか？」

  ローラの手が僕の頬に触れる。
  僕はその手に自分の手をそっと重ねた。

「……そういう事になる」
「……」
「僕の寿命があとどれくらいなのかは知らないけどね」

  うんと長生きする予定かもしれないし、すぐに儚くなる予定かもしれない。
  その中の半年という大きさはこの先どんな影響を僕に及ぼすだろうか。

「本当はもっと戻せたら良かったんだけどね。例えば、前・サスビリティ公爵夫妻が亡くなる前とか……」
「駄目！  そんな事をしたら……！」

  ローラが怒り出した。
  ５年も時を戻した時の場合を想像したのかもしれない。
  
「……分かってるよ。ようやく知った酷い境遇に置かれてるローラを助けるのと、僕の体力を考えたら半年が精一杯だった。ごめんね、ローラ」
「アレク……」

  ローラがギュッと僕に抱き着いた。
  
  (あぁ、ローラの気持ちが伝わって来る……)

  温かくて柔らかくて幸せで……僕の心も身体も満たされるんだ。

「もっと、私に出来る事は……無いのかしら」
「ローラ？」
「二度とアレクが発作に苦しまないように……それと……力をもう使わないように」
「……どうかな」
「これ以上、命を削らないでください……」
「……」

  約束したいけど、きっと僕はまた、ローラに何かあったら使ってしまう。そんな気がする。

「でも、僕はローラのいない人生なんて生きていたくない」
「アレク……」
「僕はローラと一緒に生きていきたい」

  僕がギュッと抱きしめ返すと、ローラの不貞腐れたような呆れたような声が聞こえる。

「理由があったとは言え……何十年も“婚約者”を放置していた人のセリフとは思えません……」
「そうだね、ごめん」

  謝りながら更に抱きしめる力を強めると、ローラが僕の胸の中に顔をうずめる。

「謝らないで下さい。私だって何も知ろうとしなかった。きっとお父様に聞く機会はいくらでもあったはずなのに」
「ローラ……」
「私、ずっとアレクサンドル様の事は“名ばかり婚約者”だと思っていて」
「えっ！」

  さすがにそれはちょっと悲しい。いや、そう思われても仕方が無かったわけだけど！

「ずっとずっと愛してたよ」
「はい。ようやく……知る事が出来ました。あなたの気持ち……」
「ローラ、好きだよ、大好きだ」
「私もです。だから、私はもうこの先、絶対にアレクに力を使わせたりしません！」
「ローラ？」
「そして、アレクを治せるなら治してみせます！！」

  そう言って僕の胸の中で顔を上げて笑顔を見せるローラが、あまりにも可愛すぎて僕の中の欲望が顔を出す。

  (そんな、嬉しい言葉を言われて我慢なんて出来るはずが無い！)

  ローラの甘くて柔らかい唇にそっと自分の唇を重ねる。

「ん……アレク……！  …………あっ」

  キスをした後のローラの声はすごくすごく甘い。
  その声を聞くと、僕の頭の中はますますローラの事ばっかりになってしまいペラッペラの理性はすぐに旅に出てしまう。

  (僕が城に連れ込んだ女性がローラ……僕の婚約者であるドロレスだともう知れ渡ったはずだよな)

  それなら、もう少し先に進んでも……
  そう思った僕は、ひょいっとローラを抱き上げる。

「！？  ア、アレク！？」

  ローラが顔を真っ赤にして驚いている。あぁ、可愛いなぁ。

「もっと、ローラを愛でたくなった」
「え！？  い、今ですか！？」
「うん、今」

  僕がにっこり笑ってそう言うと、ローラの顔がますます赤くなる。
  そんなローラをベッドまで運ぶとそっと降ろして、再びキスをする。
  ローラがいい感じに蕩けてくれた所で、そっとローラのドレスに手をかけて緩めようとした時だった。


「ローラ様、主……殿下の様子はいかがですかー……」

  ノックの音と共にガチャっと扉が開く。
  あっ！  しまった！！  鍵を掛けてない！！
  そう思った時には既に色々遅かった。遠慮なく部屋に入って来たクォンと僕の目が合う。

「……」
「……」

  クォンの眉間に皺が寄っていく。

「……お目覚めでしたか……」
「…………」
「えー、コホンッ……主は目覚めるなり、我慢が出来ず愛しのローラ様に無体を働……」
「ま、ま、待て！！  違う！！」

  無理やりでは無い！  と信じたい！

「そうですか。身体の目覚めと共に野獣の本能も目覚めましたか……」
「や、野獣！？  だ、だから！」

  あながち間違っていないので大きく否定出来ずにいると、僕の下でローラがますます赤くなっている。

  (可愛い！)

  ……じゃなくて！  
  僕は慌ててローラの上から退いて彼女も抱き起こす。ちょっと乱れたローラの髪の毛にドキッとした。

「……どうやら、全く心配などはする必要もなく、お元気そうですね」
「…………ローラのおかげだ」
「でしょうね。ずっと献身的に看病されてましたので、遅かれ早かれ目覚めるだろうと思ってはおりましたが……」

  クォンはそう言いながらため息を吐く。

「あ、あの！  クォン様、これは無理やりなんかじゃないです！」
「ローラ？」
「ア、アレクに触れたい、触れて欲しいと思ったのは……わ、私もなので！  だ、だから……」

  一生懸命、僕を庇おうとするローラがめちゃくちゃ可愛い。
  あまりの可愛さに我慢出来ず、ローラを抱きしめる。

「アレク！？  また、怒られちゃう……」
「いいんだ、それよりローラが可愛い……！  離したくない」
「いえ、今はクォン様の話を聞かないと……」
「ローラ……！」

  お決まりのやり取りを始めた僕達に、痺れを切らしたクォンが怒鳴った。

「あー……仲良しなのは素晴らしい事ですが！！  ブラックコーヒーを飲みたくなる私の胃の心配をして下さい！！」
「「？」」

  …………よく分からない事で怒られた。


───

  
  気を取り直して、ローラも交えてこれからの事を話し合う。

「断罪が中途半端になってしまったからな……後は公開裁判でも開かせるか」
「公開裁判？」

  ローラが不思議そうに言う。
  
「公爵代理夫妻や、偽物令嬢がこれから罰を受ける事は間違いないけれど、世間に思いっきり知らしめておかないと、ローラがこれまで傷付けられてきた分と釣り合いが取れない」
「アレク……」
「彼らの行先が、修道院だろうが強制労働所だろうが刑務所だろうが、どこに行っても安寧の場所なんて無いのだと思い知らせてやりたい。生きて苦しんで、ローラにした事を後悔してもらわないと」

  (それに、夫妻は前・サスビリティ公爵の死に関わっている可能性もあるからな)

  偽物令嬢が毒瓶を投げつけなければ、それをあの場で追求するつもりだった。
  公爵達の死の真相を明らかにする事が、本当にローラの為になるのかは分からないし、明らかにする事でローラはまた傷付くかもしれない。

  (だが、あいつらが罪を裁かれないのは絶対におかしい)

「アレク？」
「……」

  きょとんとした顔で僕を見るローラが可愛い。
  この顔を見ているだけで、僕の心はじんわりと温かくなる。

「全てを明らかにして終わらせるよ、ローラ」
「……はい」

   僕は決意の表情で頷くローラを抱き寄せると額にそっとキスをした。
   そして、しばらくお互い見つめ合う。

「ローラ」
「アレク」

   そんな僕らを見ていたクォンは「く、甘い……」と言いながら、全然甘くなさそうなコーヒーを何杯も飲み干していた。