【完結】名ばかり婚約者だった王子様、実は私の事を愛していたらしい ～全て奪われ何もかも失って死に戻ってみたら～

29. 夢じゃない

  ───ローラ！
  ───あ、レックス！  走っちゃダメよ！
  ───大丈夫だって！
  ───随分と二人は仲良くなったねぇ……元気だし。よっぽどローラとの相性が良いんだろうなぁ。

  夢を見た。
  それは、私とレックスが王宮の庭で遊んでいて、お父様がそれをほのぼの眺めている。
  そんな夢だった。
  懐かしいなぁ、そんな思いを抱いていたら、パッと場面が変わる。

  ───ゲホゲホッ
  ───殿下！！  大丈夫ですか！！
  ───大丈…………ケホッ……ローラ……

  成長し、発作が起きていて苦しそうなアレクに駆け寄るクォン様。
  そして、うわ言のように私の名前を呼ぶアレク。
  そんなアレクに「私はここにいるよ」と、手を伸ばそうとしたけれど、夢のせいなのかすり抜けてしまう。

  そして、またまた場面が変わる。


  ───お前は誰だ。偽物！
 
  見覚えのあるパーティー会場にアレクの冷たい声が響いていた。

  (この間のパーティー？  でも……)

  ───偽物ですって？  な、何を言っているんですか？  私はドロレス。サスビリティ公爵家の娘で、殿下の婚約者ですわ！
  ───嘘を言うな！  お前は偽物だ。

  私では無くドリーが、ドロレスを名乗ってアレクと話をしている。いや、揉めている。

  (これは……)

  ドレスや服装がこの間のパーティーとは違う。
  むしろ、ドロレスを名乗っているドリーのドレスや髪型、化粧には見覚えが……ある。

  (最初に私が殺された日の……！)

  ───偽物なんかじゃありません！  私は本当にドロレスです。
  ───僕が騙されると思うな！  確かに顔は似ている。だが違う！  彼女の名を騙るな！！

  アレクは必死に縋り付こうとするドリーを払い除けながら怒鳴った。

  ───サスビリティ公爵代理！  本物の“彼女”はどこなんだ！？  どこにいる！！
  ───あ……うっ……それ、は……
  
  アレクの追求に気まずそうに目を逸らす叔父様。
  その表情には“何でバレた？”そう書いてある。

  ───殿下、私です！  私がドロレスですってば！
  ───……いい加減にしろ！  これ以上、僕の大事な人の名を騙るなら容赦しない！！
  ───ひっ！？

  アレクの本気の怒りにドリーが怯み、その場に青白い顔でペタリと尻もちを着く。
  そんなドリーを会場にいた人達が白けた目で見ていた。
  偽物……名前を騙ったらしい……どこの卑しい令嬢だ…………そんなヒソヒソ声と、冷たい目にドリーは泣きそうになっていた。

  ───殿下……私は……
  ───アレクサンドル殿下、こちらの娘は本当にサスビリティ公爵家のドロ……

  ドリーと叔父様は何とか理解してもらおうと、アレクに再度説明しようとするけれど……
  アレクはそんなドリー達を一瞥し会場を飛び出す。

  ───急ぎ、サスビリティ公爵家へと向かう！  そこに……そこにきっと居るはずだ！  ローラ！

  王宮を飛び出したアレクは鬼気迫る表情をしていた。



  そこで場面が終わって視界がぐにゃりと歪む。

  (アレク……一目で気付いてた……)

  きっとあの後、公爵家に辿り着いたアレクは、毒を飲まされて事切れた私を発見したのかもしれない。
  そして彼は私を助けようと────……





「……アレク」
「ローラ！！」

  私がアレクの名前を呟きながら目を覚ますと、何故か目の前にはずっと“早く目覚めて”と祈り続けていたはずの愛しい愛しいアレクの顔。
  心配そうに私を覗き込んでいる。

  (何で？)

「……」
「ローラ、大丈夫？  かなり魘されていたけど……」
「アレク、いる」
「え？  そう、僕だよ。ここにいる」

  アレクが私の手をしっかり握りながらそう応える。手は温かい。

「アレク、いる、夢？」
「……？  ローラ？  何で夢にしてるの？」
「だって、アレク……倒れた」
「……あ」

  私はまだ、これが夢の中なのでは？  と思い握られていない方の手で自分の頬をつねる。

「いたい……」
「ローラ！  君の可愛い頬を自分自身でつねるなんて！  その可愛い顔が腫れたらどうするんだ！？」
「だって夢……違う？」

  私の言葉にアレクがしっかりとした顔で頷く。

「夢じゃない。ローラのおかげで目が覚めたんだよ」
「私のおかげ？」
「たくさん祈ってくれたんだろう？  眠ってる間、ローラの力をずっと感じていた」
「……」
「ありがとう、ローラ」
「～～～……」

  涙が溢れそうになった。
  アレクの目が覚めた。これは夢では無いのだとようやく実感する。

「ローラ……泣かないで」
「……アレク」
「ローラ……！」

  互いに名前を呼び合った私達はどちらからともなく、そっと唇を重ねる。
  この温もりが嘘でも夢でも無いのだと実感したくて、私達は何度も何度もキスをした。



────



「一際、温かいローラの力を感じた後、目が覚めたんだ」
「……」

  しばらくキスをしていた私達は、お互いたくさん話す事があったのを思い出し、まずは話をする事にした。
  アレクが目覚めた事は早く皆に伝えた方がいいと思ったけれど、アレクが「そうするとローラとゆっくり話が出来なくなるから」と言われて、それもそうねと思い、先にまずは二人だけで話をする。

  アレクはやっぱりあのキスによる力で目が覚めたらしい。
  
  (すごい光だったもの……)

「そうして目覚めたら、今度はローラが倒れてた。心臓が止まるかと思ったよ。そんな思いをするのは……」
「二回も味わったから勘弁してくれ……ですか？」
「！！」

  アレクが一瞬だけ驚いた顔を見せた。でも、すぐに思い直したのか柔らかい笑顔で微笑んだ。

「……やっぱりローラは記憶があるんだね、そんな気がしていたけど」
「アレクは……時を戻しましたか？  半年前とこの間のパーティーの最中の二回」
「……」

  アレクの真っ直ぐで真剣な金色の瞳がじっと私を見る。

「そうだね…………僕の授かった特殊能力は“時を操る事”だから」
「……」

  アレクの語りは続く。

「王家の人間が授かる特殊能力は普通はもっとささやかな力のはずなんだけど」
「……」
「元々、僕はこれまでの王家の誰よりも強い力を秘めて生まれて来た。そのせいで身体が耐えられず病弱になってしまった」
「……」
「ローラのお父さん。前・サスビリティ公爵に助けられながら僕は何とか過ごしていた。でも、それは一時しのぎに過ぎなくて。子供の頃は毎日発作との戦いだったよ」

  それは、どんなに苦しかっただろう。そんなアレクを思うと胸が痛んだ。

「そんなある日、ローラ。君に出会った」
「！」
「僕を癒せる力を持ったサスビリティ公爵家の令嬢である君だ。でも僕は最初はその令嬢だとは気付かなかった」
「……私が“ローラ”と名乗ったからですか？  …………レックス」
「！」

  私が“レックス”と問いかけたからアレクは苦笑いをした。

「ローラ。気付いていたんだ……」
「最初は気付かなかったです。アレクとレックスは髪の色も瞳の色も違ったから」
「そっか。それはね、僕が特殊能力に目覚めた時に色が変わったからだ。ローラと会えなくなってから覚醒したから君は知らないままだったね」
「！」

  よくよく話を聞くと、王家の子供は覚醒するとそういうものらしい。たいていは瞳の色が変わるそう。
  ただ、アレクはやっぱり力が強すぎて、瞳だけでなく髪色まで大きく変わってしまったみたいだけど。

「レックスは“ローラ”に恋をした」
「……」
「アレクでも、アレクサンドルでも同じ。何も変わらない。僕はずっと君に恋をしてる」
「アレク……」

  アレクがギュッと私を抱きしめる。大好きな人の温もりにうっとりした気持ちになる。
  だけど、まだ確認しておきたい事が私にはある。

「ねぇ、アレク」
「うん」

  私はギュッとアレクを抱きしめながら訊ねる。

「あなたの“特殊能力”は時を戻す事……」
「そうだね」
「…………アレクは私を助けようと二回もその力を使った。でも、どちらもその後は倒れているわ……」
「……」

  単純に体が弱くなるだけだと思っていたけれど、ここまで話をしていたらそれだけでは無いのでは？
  ……そんな気がしてきた。

「その大きすぎる力の代償は……何？」
「！」
「ただ、身体が弱くなるだけ？  それとも───」

  アレクの瞳が大きく揺れた。