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24. 断罪が始まる
しおりを挟む早いもので、王宮に身を移してからあっという間に月日が流れた。
今夜はいよいよ“ドロレス・サスビリティ公爵令嬢”の社交界デビューの日。
これまで人前に現れなかった、アレクサンドル殿下が参加すると世間では大きく騒がれ、また、自身の“婚約披露”も行うと宣言したので注目度はかなり高まった。
(前もそうだった。やっぱり世間はついに……と思っているわね)
未来は確実に変わったけれど迎えた“日付”は同じ。
今日は、前の私があの人達に用済みとして殺された日────……
「……ん」
「おはよう、ローラ。今日も可愛いね」
「…………ア、レク?」
アレクがベッドの中で朝から私をギュッと後ろから抱きしめて、髪にキスをしている。
なんと一緒に寝るようになってから、あんなに寝起きの悪かったアレクの方が先に目覚めるという珍事が頻繁に起こっていて、むしろ、最近は“今日”が近付く事で私の方が目覚めが悪くなっていた気がする。
(アレク曰く“ローラの寝顔はずっと見ていたいし、寝起きの様子は最高に可愛いから絶対に見たい!”という事らしいけれど)
そんな欲望の前では寝起きすらも良くなってしまうアレクに私は驚かずにはいられない。
「そう。僕だよ、ローラ」
「…………んっ」
寝ぼけた目でアレクを見つめると、彼はとても愛おしそうな目で私を見ている(気がした)
そして、うっとりとした顔で言う。
「毎日毎晩、可愛いローラが僕の腕の中で眠り……目覚めて真っ先に飛び込んで来るのがローラの可愛い寝顔……幸せだ……最高に幸せ」
「わ……私も幸せ、ですよ?」
「ローラ!!」
私がそう伝えると、アレクはとても嬉しそうに笑って、朝のお決まりのキスが始まる。
「……んん、あ、アレク……待って! 今日はそこに跡は付けないで……」
「ん? そこ?」
アレクのキスが首筋に向かったのが分かり、私は慌てて止める。
「だって、今日は…………パーティーでしょう?」
「……ごめん。そうだった。ドレスでは隠せないのか……」
キスを中断したアレクが私を起こしながら、そっと抱きしめて耳元で囁く。
「ローラ。今日で決着をつけるよ」
「!」
そう言ったアレクの手が私の頬に触れ、額にキスを落としながらアレクは言う。
「長年、君を苦しめたあいつらを追い払って全てを奪い返そう?」
サスビリティ公爵家……私がお父様とお母様と過ごした沢山の思い出を。
「公爵家には手紙を出したからね。きっと浮かれているよ………………みたいに」
「アレク?」
一瞬、アレクの表情が変わった気がした。
私が怪訝そうな顔をするとアレクは笑う。
「今頃、豪勢なドレスを用意して僕からエスコートされる! と、はしゃいでいる頃だろうね」
「想像つきます」
(そう言えば)
死に戻る前の人生のアレクは、あの日、偽ドロレスをエスコートしたのよね?
どうしてアレクが……アレクサンドル殿下がずっと音信不通だったのかは今世で理解したけれど、今と違って本物のドロレスと交流が無かった事は変わらない。
“違い”に気づく要素は無かったはずだから、まさか偽物をエスコートしていたなんて夢にも思ってなかったのでしょうね。
(何だか変な感じ)
「……ローラ」
「はい」
「今日を無事に終えたら……ローラの奪われた物を全て取り返したら……大事な話があるんだ」
「大事な……話?」
そう語るアレクの顔はとても真剣だった。金の瞳が真っ直ぐ私を見ている。
「君は驚くかもしれない。それと、ちょっぴり怒るかもしれない」
「何ですか、それ」
すっごく気になるじゃないの。
私がそんな、じとっとした目で見た事を理解したアレクは苦笑しながら私の頭を撫でる。
「どんな事をしても……何があっても僕は君を守るよ、ローラ」
「アレ……」
……チュッ
すかさずアレクは私の唇を塞ぐ。
「ローラと生きる未来を必ず手に入れてみせる……」
「私も……あなたと生きたい」
(今度こそ……!)
それぞれの決意を胸に秘めつつ、私達は朝から抱きしめ合った。
◇◆◇◆◇◆◇
「ローラ様、お綺麗です」
「……ありがとう」
(まさか、こんなドレスを私が着る事になるなんて)
「殿下がメロメロになるのも納得です! 高位貴族の令嬢だと言っても皆、信じちゃいますよ!」
「……ふふ」
王宮に来た日から私に付いてくれているこの侍女は、私を平民だと思っているらしい。
説明のしようが無かったので申し訳ないけれど今日まで訂正出来ずにそのままだった。
「子供の頃からの愛を実らせるなんて……素敵ですね! 憧れてしまいます……初恋ですね」
「……子供の頃? 初恋?」
(そう言えば、初めて会った時も私の事をアレクが昔から言っていた恩人だとか言っていたわ)
「? お二人は子供の頃に会っているんですよね?」
「……」
「殿下はローラ様がいたからここまで、生きて来れたと言っていましたけど」
「……」
(───ちょっと待って? アレクと私の出会いはあの男たちに助けられた時が初めてじゃない……? 違ったの??)
子供の頃に会ってる?
アレクサンドル殿下とドロレス……いえ、ローラが?
───ローラ!
何故か、そこでハッと思い出したのは……レックスの顔。
アレクに恋をするまでは度々彼の事を思い出していたけれど、最近はあまり思い出す事が無くなっていたレックス。
(そうだ……初めてアレクに会った時、レックスと似てると思った)
でも、髪色も瞳の色も違うから、二人を結び付けて考えた事は無かった。
でもでも、レックスも病弱だったわ。
それが私と出会った後は元気そうで────……
(!!)
レックスが元気になったのって……
まさかまさかという思いが私の中に生まれていく。
「ローラ!」
「!!」
ちょうどその時、アレクが部屋に飛び込んで来た。
「……あぁ、ローラ……綺麗だ」
「ア、アレク……待って?」
アレクは今にもキスをして来そうな勢いで私を見つめて来るので、慌てて止める羽目になる。
「何を待つの?」
「お化粧……落ちてしまうわ」
「……くっ! 触れたいのに」
アレクはとても悔しそう。
だけど、すぐに思い直したのか決意を込めた目で言う。
「今は我慢する。でも、今夜は……」
「……え、 今夜?」
戸惑う私にアレクは言う。
「だって、今日の僕は正式に皆に“婚約者をお披露目”するんだからね」
「アレク……」
結局、レックスについての事は聞きそびれたまま、私達はパーティー会場へと向かう事になった。
──
並んでパーティー会場までの廊下を歩きながら私はアレクに訊ねる。
「……アレク。“ドロレス・サスビリティ公爵令嬢”のエスコートは大丈夫なの?」
すごく今更だけど、何故かアレクは私と会場に向かっている。
手紙ではドロレスのエスコートをするって書いて公爵家に送っていたのに。
「今、してるよ?」
「…………え!?」
私が目を丸くして驚くとアレクは言った。
「ドロレス・サスビリティ公爵令嬢はこの世に一人だろ? だから僕のエスコート相手は間違ってない」
「!」
「僕はあくまでも“サスビリティ公爵家”の邸宛てに“ドロレス嬢”をエスコートしてパーティーで婚約披露する……という内容の手紙を送っただけ」
アレクは何一つ間違ってないだろう? と言って笑う。
(あぁ、すでに断罪は始まっているのね)
アレクの笑顔は本気で容赦しないと言っていた。
だから、私は思う。あの人達は、どんな思いで会場に来るのかしら───
そして───……
「ドロレス・サスビリティ公爵令嬢! 今日この日を持って君との長年結ばれていたこの婚約は破棄させてもらう!」
今、まさに名指しされたサスビリティ公爵令嬢、ドロレスの社交界デビューでもあり、ようやく待ちに待った王子との婚約披露となるはずだったパーティーの幕開けは、アレクのこんな言葉から始まった。
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