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17. 名ばかり婚約者王子様の愛
しおりを挟む───アレクサンドル・デュラミクス
それはどこからどう聞いても、何度思い返してもドロレスの名ばかり婚約者の王子様の事を指している。
(……あなただったの?)
何故か一度も会ってくれないし連絡もしてくれない、存在さえ怪しかった婚約者の王子様。
高位貴族の息子どころじゃなかった。
アレクこそが───……
「ローラ……すごく驚いた顔をしている」
「だだだだだって……! アレクが……」
こんなの驚かないはずが無いじゃない!
私は動揺が隠せない。
アレクは動揺している私の手をそっと取ると、そこに口付けを落とす。
(!!)
「君の事が好きだよ、ローラ。いや、ドロレス・サスビリティ公爵令嬢。僕の……婚約者」
「……っ!?」
ガンッと頭を鈍器殴られたかのような衝撃を受けた。
(何故、その名前がアレクの口からローラに……?)
「ア、アレク……わ、私は」
「……ごめんね、ローラ。僕は全部知ってる。気付いていたんだ」
「な、にを……」
「君が、“本物”のサスビリティ公爵令嬢のドロレスだって事だよ」
再びの衝撃にもはや立っていられず、フラフラと倒れ込みそうになる私をアレクが支えてくれる。
「……ローラ!」
「……」
「立ったままする話じゃなかったよね……座ろうか」
「……」
私は無言でコクリと頷く。
そうして私達は一旦腰を下ろして話す事になった。
……けれど!
(あれ……??)
「…………アレクさん」
「うん?」
「体勢がおかしいです、密着……」
「?」
アレクがきょとんとした顔をしている。何故、そんな不思議そうな顔をするのかさっぱり私には分からない。
「えぇと、では何故、私はあなたに後ろから抱き抱えられて座っているのでしょう?」
アレクの反応から変化球は駄目なのだと悟った私は、直球で行く事にした。
それを真正面から受け止めたアレクは至極真面目な表情のまま言った。
「何を……座っていてもローラが倒れたら危ないじゃないか!」
「……!」
「それに、少しでもこうしてローラに触れていたい」
「…………!!」
(……直球が返って来たぁ!)
こんなに密着したら、私の心臓の音が伝わってしまいそうで聞いただけだったのに!
ますますドキドキさせられる結果になっただけだった。
「ローラ、話を戻そう。あ、ローラでいい?」
「……ローラがいいです」
「分かった、ローラ」
───
「知っていた、と言っても気付いたのは最近だ」
「え?」
「ローラも分かってると思うけれど、僕達は会っていなかったから」
「……」
ここで、どうして会ってくれなかったの? 連絡もくれなかったの?
そう訊ねてアレクを責めるのは簡単。
でも、分かってしまった。
(あの発作……アレクは……アレクサンドル殿下は連絡出来なかったんだわ)
ドロレスの事が嫌だったわけでも、疎んでいたわけでも、興味が無かったわけでも無かった。
「……いつからですか?」
「え? ローラの境遇に気付いたのが?」
「違います! アレクの……あなたの病気です」
「!」
私のその言葉にアレクが息を呑んだのが分かる。そして小さく「そっちか……」と呟いた。
だって、私は自分の事よりもアレクの事が知りたかった。
「……生まれつき……かな」
アレクが寂しそうな声でそっと答える。
「お医者様は何て……?」
「……僕のこれはちょっと特殊なんだ。普通の病気とは違う。だから、医師に見せても決して良くはならない」
「え……?」
そう言いながら、アレクが後ろからギュッと私を抱きしめる。
「ずっと思うように身体が動かなくて、結果としてローラ……ドロレス嬢を放置する事になってしまった。本当にごめん」
「そんな!」
「サスビリティ公爵……君のお父上は知っていたけれど、ローラには話さなかったんだろう?」
「…………何も聞いていなかったです」
(お父様!!)
あぁ、でも、はっきり教えてはくれなかったけれど、示唆するような事は言っていたわ。
───いいかい? ローラ。アレクサンドル殿下はとてもとても重い物を背負っているんだ
───ローラは一緒にその荷物を持ってあげられるかい?
(あれはきっと……この事だった)
「そんな事情もあり、僕は何も知らずに長年……そして特にこの5年間は……」
「アレク……」
私は耐えきれずに後ろを振り向いてアレクを抱きしめる。
「ロ、ローラ!?」
「わ、私の事なんて……あなた自身の長年の苦しみに……比べたら……」
「ローラ……」
泣く資格なんて無いのに、勝手にどんどん涙が溢れてくる。
「そんな事は無いよ。ローラはあんな奴らに名前も居場所も奪われてるんだよ? ローラだって苦しんでるじゃないか! それに僕は」
「…………僕は?」
私が聞き返すと、アレクは優しく笑う。
どうしてそんな笑顔で笑えるの? 生まれつきなら20年も苦しんで生きて来てるのに……
「何で笑えるかって? 僕のこれまでが悪い事ばかりじゃ無かったからだよ」
「……? そ」
「ローラ、好きだ」
その言葉の意味を聞こうと思ったのに、アレクの愛の言葉が真っ直ぐ降って来る。
「ローラでも、ドロレスでも名前なんてどちらでも構わない。今、僕の目の前にいる君が好きだよ」
「アレク……」
「君がいてくれれば……」
アレクはそう言って私の頬に手を添えて、私の涙をそっと拭う。
「……」
「……」
そうして無言で見つめ合った私達は、どちらからともなく顔を近づけ、そっと互いの唇を重ねる。
(……甘い、そして……とっても幸せ……)
だって、私もアレクの事が…………好きだから。
ようやく、ずっとこんなにドキドキしていた意味に気付いた。
「……」
すぐに離れてしまった幸せな温もりを残念に思っていると、私を熱っぽい目で見つめるアレクが私の耳元で甘く囁く。
「ローラ……その顔は、もっとしたい……であってる?」
「っっ!」
「……あはは、その顔。やっぱり可愛い。すごくすごく可愛い」
アレクは顔が赤くなった私の反応を見ると、そんな事を言いながらもう一度顔を近付けて来て、優しい優しいキスをした。
「……」
「……ん」
アレクからのたくさんの甘いキスを受けながら、私は思う。
私はこの為に死に戻って来たのかもしれない。
(このままドリーなんかにアレクは渡せない!)
「ア、レク……」
「うん?」
アレクは全然キスをやめてくれない。唇が解放されても他のあちこちにたくさんキスをしてくる。
私はそんなキスの猛攻撃を受けながら伝える。
「お父様……言ってた……」
「え?」
「アレク……重い物……背負ってる」
チュッ……
「んっ…………だから、一緒に、その荷物を持てる……って?」
「……」
アレクはキス攻撃を一旦中断して驚いた顔をして私を見た。
私はその揺れ動く金の瞳をしっかり見つめながら伝える。
「……私、その荷物、持ちたい。いえ、一緒に持たせて?」
「ローラ?」
「私じゃ頼りないかもしれないけれど……あなたが背負っている物を……どうか、私にも」
「……ローラ……」
「アレク!」
感極まったアレクが力強く私を抱きしめる。
私もしっかりと抱きしめ返した。
アレクの温もりに包まれながら私は決意する。
───叔父様、叔母様……そして、ドリー……
私の大事な人……アレクとこの先を生きていく為に、あなた達に奪われたモノ…………
全て返してもらうわ!
……そして、そんな私の決意を表すかのように、胸元のブローチの石が微かに光っていた。
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