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14. 近付く二人の距離
しおりを挟む私はコンコンと扉をノックしながら声をかけた。
「アレク様、おはようございます、起きてますか??」
「……」
(うーん、返事が無いわ。これは寝ているわね……)
「失礼します……アレク様」
そう一声かけて私はそっとアレク様の部屋へと入る。
“自由に出入りして構わない”と言われていても何かいけない事をしている気持ちになるのは何故かしら?
早いもので、公爵家を抜け出し、アレク様と出会って半月は経った。
最初は食堂だけで働いていたものの、食堂は朝のみとなり、最近は宿泊の方を中心に働いている。
(アレク様が突然言い出したのよね)
せっかくなら、色々経験してみるのもいいかもよ? って。
おかげで私の経験値はめきめき上昇中!
ついでに、アレク様のお世話係も継続中で、何故か朝には彼を起こす役目まで与えられた。
「アレク様、朝ですよー?」
「…………」
「アーレークーさーまー??」
「…………」
彼を朝、起こすようになってから知った。
アレク様はなかなか起きない。
なるほど、これは確かに起こす人がは必要なわけだ……と私は納得していた。
「…………ラ」
「アレク様?」
何か言葉を発したので、今日はもう起きたのかも? と思ってアレク様の顔を覗き込む。
そうして見えるはアレク様の美貌の顔!
「……っ」
(眠っていてもかっこいいとか……)
そして、残念ながら寝言だったみたい。アレク様は気持ち良さそうに眠っている。
そんなスヤスヤと気持ち良さそうに寝られていても起きてもらわなくては。
そう思ってもう一度声をかける。
「アレク様、朝ですよ?」
「…………ローラ」
(あら? 反応があった!)
アレク様が、薄ら目を開けてこっちを見ている。
「はい。ローラです、アレク様。今日は目覚めがいいですね! 起きまし……」
「ローラ……」
(っっ!!)
アレク様が今にも蕩けそうな表情を浮かべて笑ったかと思ったら、そのままアレク様の腕が私に伸びて……
「!?」
何故か私をベッドに引きずり込む。
バランスを崩してしまった私は、アレク様の上に被さるようにして倒れた。
(な、な、何事!?)
「す、す、すみません、私。すぐにどきま……」
そう言って私は慌てて起き上がろうとしたのに。
──ギュッ
アレク様の腕がそのまま私を抱え込んだので離れられなかった。
(えぇぇ!? 何この体勢!!)
「ローラ」
「!」
アレク様がまた、私の名前を呼ぶ。その声の甘さにドキッとする。
「俺の可愛い…………な、ローラ……」
「!!」
「……気持ちいい、ローラ……」
そう言って私をギュッと抱きしめてくるアレク様。
(何これ、何これ、何これ……!?)
未婚とはいえ男女がベッドの上で……な、な、なんて事を!!
それに、私は一応婚約者がいる……いた……身?
「アレク様、ダメです……離し」
「やだ」
「……え?」
そんな言葉と共にアレク様の私を抱きしめる腕の力は強くなる。
「…………いかないでくれ、ローラ……」
「??」
(何で今度はそんな切ない声……?)
「アレクさ……」
「…………」
ちょっと心配になって顔を見たら、やはり寝ぼけていたようで、とてもとても気持ちよさそうな顔で再び眠りについていた。
(ちょっとーー!?)
───
「……」
「えっとですね、僕の夢の中にですね、いつも通りとっても可愛いローラさんが現れまして……」
「……」
「夢なら、もう思う存分愛でてもいいのでは? と理性さんが仕事を放棄しまして……」
「……」
「ですから、こう、なんて言うんですかね? 願望……いえ、欲望のままに……目の前のローラさんを……」
「……」
何だかとんでもない発言を聞いている気がするのだけど!
いつも夢に見る、とか……欲望とか。
問い詰めてるのはこっちのはずなのに、私は一気に恥ずかしくなった。
私をベッドに引きずり込み、抱き抱えたアレク様はしばらくそのまま眠った後、ようやく目を覚ました。
『何でローラ? あぁ、まだ夢か……本物みたい……………………えっ!? ほ、本物!? ローラ!?』
(あの驚き方は凄かったわー……本当に寝ぼけていたのね……)
「……本当に申し訳ない」
「……」
そして、目が覚めたアレク様が一応こうなった理由を述べながら私に頭を下げていた。
しゅんっと肩を落とすその姿は、どこかの犬を彷彿とさせた。
(くっ! 私は犬好きなのよ……!)
「ちょっと、心臓が大爆発するかもと思いましたが大丈夫です……」
「ローラ……!」
アレク様は申し訳ないという思いと安堵の思いが入り交じったような顔をした。
でも、ダメよ。ここははっきり言わないと!
「ですが、誰にでもこういう事をするのは……ちょっとどうかと思います!」
「えっ」
アレク様が変な表情になったけれど、私は続ける。
「だってそうですよね? いくら寝ぼけていても、むやみやたらに欲望のままに女性をベッドに」
「待って待って待って!」
「……?」
何故かアレク様が慌て出す。
「まさか、ローラ……僕がいつも不特定多数の女性にこんな事していると思っているんじゃ……」
「……」
私はそっと目を逸らす。そんな私の様子を見たアレク様の顔色が青くなった。
「違う違う違う! 確かに寝起きが悪いのは認めるけど、いつもこんな事はしていない!」
「でも……」
「ローラだけだ! ローラだからだ! 僕が夢に見るのもローラだけなんだ!! だから、欲情するのもローラだけだ!!」
「!? わ、たし……」
だけ!?
その言葉に私が驚いた顔を向けると、アレク様の青かった顔は赤くなっていた。
つられて私も赤くなってしまう。
(よ、欲情って!)
「……」
「……」
そして、互いに言葉が出なくて謎の沈黙が続く。
「……」
「……」
「……ローラ」
「っ!」
沈黙を破るその声。
アレク様の私の名前を呼ぶ声が甘い。とっても甘い。
何だか胸がムズムズする。
(ドキドキが止まらない!)
こんな気持ちは初めてでどうしたらいいのか分からない。どうするのが正解なの?
「アレク……様?」
「……アレク」
「?」
何を言っているのだろう、という顔を向けたら苦笑しながらアレク様は言う。
「……アレク様じゃなくて、アレクって呼んで欲しい」
「アレク?」
「そう」
「……」
(いいのかしら? 絶対に彼は高位貴族だと思うのだけど……)
「いいんだよ、ローラには、ローラにだけはそう呼んで欲しいんだ」
「……ア……レク」
私はおそるおそる呼んでみる。
「うん」
「アレク……」
「うん! ローラ!」
「っ!!」
アレク様……いえ、アレクが、とても幸せそうに笑ったので私の心臓は、またしても大暴れしそうになった。
◆◆◆◆◆◆
愚図女が行方不明になって半月以上経ったその日、ついに初めての有力情報が私の元にもたらされた。
「私に似た女が街の食堂で働いていたですって?」
「はい、ドロレス様」
連日血眼になって探しているあの愚図女の行方。
何故か全然見つからない。
ならば、その辺で行き倒れてるかと思ったけれど、残念ながらそんな話も聞こえて来ない……
「なら、さっさと乗り込んで確認して捕まえなさいよ!!」
私は相変わらず無能な使用人を睨みつけながら怒鳴る。
すると、使用人は震えて脅えた様子を見せながら言う。
「いえ、それが最近は姿が見えなくなってしまって……もうそこには居ないのかもしれません」
「はぁぁ? 本当に何やってんのよ! あなたも愚図女と同じグズのようね!」
「っっ…………も、申し訳、ございません……」
私は深いため息を吐く。
「それなら、もっともっと探しなさいよ! どこかに移動してる最中なら今がチャンスでしょう? そんな事も分からないの?」
「……」
「何だか反抗的な目ねぇ……」
「……お、お許しください……ドロレスお嬢様……」
「ふんっ」
───偽物令嬢は知らない。
公爵家の動きを察知したアレクが、ローラの仕事を限られた人のみしか会えない朝の食堂の手伝いと宿泊向け中心に変えた事。
そして、今回の件で傍若無人に振舞っている事で、徐々に使用人達からの不満が溜まりに溜まって来ている事を──……
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