上 下
15 / 36

13. 新しい生活

しおりを挟む


「ローラ!  そっちじゃないよ!  それはあっちのテーブルだよ!」
「は、はい!」

  (いけない……また、やってしまった!)

  私は慌てて言われた正しいテーブルの方に料理を持って向かう。
  そして、お客様の前に料理を並べながら笑顔で言う。

「お、お待たせしました!  本日のオススメです!」

  言い終わると同時にまた、声がかかる。

「ローラ、次はこれをそちらのテーブルに持っていって」
「はい!」

  お昼時の食堂は多くのお客様で大変賑わっていた。
  その中を私は慣れないながらも必死に動き回っていた。

  (あぁ、……働くって大変!)





   ───アレク様に助けられてお誘いを受けてそのお言葉に甘える事にした私。
  アレク様が呈示した条件は私にとって勿体ないくらい良いものだった。

  (アレク様のお世話?  という謎の使命もあるけれど)

  でも、正直、自力で見つけるのが困難だと思われた仕事にもつける。
  それも住み込み。
  そして、アレク様の用事とやらが終わるまでの期間限定……
  長い間、同じ場所にじっとしているのが危険な私にとってはうってつけの条件だった。

  こんなの頷かない理由がない。
  そうして、私はアレク様のご厚意に甘えて一階の食堂の方で働き始めた。



「お疲れ、ローラ。休憩に入っていいよ」
「ありがとうございます、では休憩を頂きます」

  食堂の責任者でもあるリュリュさんのその言葉を受けて、私は従業員用の休憩室に入り一息つく。

「足がパンパン!」

  このお店はアレク様のお店だと言っていた。
  店舗の最高経営責任者であるアレク様の部下である、ゴットンさんとその妻のリュリュさん。

  宿をゴットンさん、食堂をリュリュさんが担当しているらしい。
  そうして、私はリュリュさんの元で慣れないながらもあれから毎日こうして働いている。

「んー……疲れたぁー……でも、楽しい。それに……生きてるって感じがする」

  私は腕を伸ばしながら大きな独り言を呟く。

  叔父様達に乗っ取られるまでは、貴族のお嬢様だった私。乗っ取られてからはドリーの使用人になったけれど、八つ当たりされるか蔑まれるかだけで仕事らしい事は何一つしていなかった。
  そんなこれまで何一つまともに働いた事の無い私にとって、“仕事”は未知の世界でしかなく、失敗ばかりの私をリュリュさんは見捨てること無く色々教えてくれている。

  (行き当たりばったりで、逃げ出したのに本当に運が良かったわ)

「……改めて違う未来を歩いているのだと思えるわね」

  今、私はドロレス・サスビリティでもなく、名前を奪われた名無しの女でもなく、ただのローラとして生きている。

 (“ドロレス”が社交界デビュー前だからあまり顔を知られていないのも良かった)

  私の顔を見ても誰も何も言わない。
  本当に良かった。



「……ローラ」
「!」

  そんな事を考えていたら、突然私の名前を呼ぶ声がして、そっと後ろから抱きしめられた。
   ……こんな事をする人は一人しかいない!

「ア、アレク様?」
「正解!  よく分かったね」
「だ、だって……!」

  アレク様がフッと笑った気がする。

「だって?」
「こんな……抱きしめる、なんて事をするのはアレク様しかいません……」
「……」

  ギュッ……

  (な、何で、そこで更に力が入るの!?)

「あはは!  それもそうだね……他にもしてくるヤツがいたら…………だな」
「?  アレク様?」

  最後がよく聞き取れなかった。

「何でもないよ、それより仕事はどう?」
「……失敗ばかりだけど楽しいです。勉強にもなりますし。紹介して頂き本当にありがとうございます」

  私が後ろを振り返りながら、お礼を伝えるとアレク様と至近距離で目が合う。
  ドッキンと胸が大きく跳ねた。
  私は慌てて顔を戻す。

  (今日も綺麗なお顔……ではなくて近い!)

「……ローラ。何で前向いちゃうの?」
「だだだだだって!」

  あまりの恥ずかしさにどもってしまう。
  顔も赤いけどこれは耳まで真っ赤だと思う。

「僕はローラの可愛い顔がもっと見たいのに」
「かかかか可愛くなんて無……」
「可愛い!  ローラは誰よりも可愛い!」
「!?」

  (な、何て事を口にするの!?)

  謎の力説をするアレク様。
  どうしてそんな恥ずかしい事を堂々と口に出来るの……

  ……ギュッ
  アレク様は少し緩んでいた腕に力を入れたのか、再び、後ろから抱きしめる。

「実はこっそりローラが働いている所を見ていたんだ」
「!?  は、恥ずかしいです……」

  見られていた、と知ってますます私の顔が赤くなる。

「恥ずかしい?  何で?」
「だって失敗ばかりで……たくさん怒られて……います」

  私が少し落ち込んだ声を出すとアレク様の腕にますます力が入る。

「そんなの誰だって通る道だよ?  それに、そんな事を言ったら僕なんて毎日怒られてるよ」
「え?  アレク様が?」
「そうだよ?」

  アレク様ったら、お小言が凄いんだよね~あはは!  とか言って笑ってるけれど、これって一緒に笑っていいもの??
 
「……」
「ローラ」
「……はい」
「僕は慣れないながらも、キラキラした笑顔で一生懸命働いているローラがとても綺麗で美しいと思ったよ?」
「え?」

  アレク様は先程までとは違い真面目な口調になってそう言った。

  (この人はこういう所がずるい!)

  ふざけたりからかったりしているのかと思えば、急に真面目な顔でそういう事を言うの。
  その度に私はアレク様に翻弄される。
  でもね、そんな時間が嫌じゃない。むしろ、心地よいなんて思ってしまう──……

「だからね?  ローラ。自信持っていいんだよ」
「……ア」

  そう言ったアレク様が一旦、身体を離して私の前に回り込んだので、ばっちり目が合ってしまいまたしてもドキッとする。
  そんなアレク様は優しく微笑むとそっと私の頬に触れて言った。

「だから、もしもこんなに一生懸命なローラをバカにする奴がいたらそいつは目が腐ってるか曇ってるかだよ」
「くっ……!?」
「そう。誰がなんて言おうと、ローラは綺麗で美しくてかっこよくて……可愛くて最高の女性だ」
「ほ、褒めすぎです……」
「本当の事だよ。ローラの価値が分からない奴の戯言なんか聞く必要も無いし、忘れていい」

  (アレク様……)

「僕はそのままのローラが好きだよ」
「!」

  私の頬を優しく撫でながら言われたその言葉に心臓が飛び出すかと思った。

  (アレク様は“人として”という意味で言っているのに!)

  ついつい別の意味に捉えそうになってしまう。
  そして、そんな事を考えてしまった私はますます、顔が赤くなる。

「……ローラの顔が赤い」
「…………アレク様のせいです」
「僕の?」
「か、可愛いとか、好き……とか……言うから……で、す」

  私が照れながらそう言うと、アレク様はあぁ、という顔をして笑った。
  その笑顔も眩しくてキュンっとする。

  (あぁ、もう!  私の心臓はどうしてしまったの?)

「……後悔したくないんだ」
「後悔、ですか?」

  そう口にしたアレク様の表情が翳る。

「大事な事を言えないまま喪うのは……もう嫌なんだ。だから言いたい事は言える時に言わないと……」
「!!」

  アレク様のその言葉は、まるでお父様とお母様を亡くした時の私の気持ちを口にしているようで。

  (そっか、アレク様も誰か大事な人を亡くしているのかも)

  そう思ったら私は無意識のうちに私からアレク様をぎゅっと抱きしめていた。

「ローラ?」
「……何ででしょう?  無性にこうしたくなりました。ダメでしたか?」

  アレク様が顔を赤くしながらちょっと大きな声で言う。

「まさか!  駄目なもんか!  むしろ大歓迎だ!  おかわりを所望する!!」
「おか……!?」
「ローラ!!」

  アレク様に勢いよく謎のおかわりを要求されたかと思えば、そのまま力強く抱きしめ返された。




  アレク様のそんな温もりを感じながら私は密かに思う。

  (……アレク様、元気そうだわ)

  初めて会ったあの日は顔色も悪くて辛そうだったアレク様だけど、あの日以来は一度もあんな苦しそうな様子を見せない。

  (まさか、頼まれた毎日の抱きつきギューのせい?  …………なんてね!)

  アレク様は本当に欠かさない。
  何なら一日に何度も何度も私に触れようとする。その度に私の心臓は暴れるのだけど……

  ──でも、そんなアレク様と過ごしながら私は願ってしまう。

  まだ今は……このままでいたいな……と。
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】政略結婚だからと諦めていましたが、離縁を決めさせていただきました

あおくん
恋愛
父が決めた結婚。 顔を会わせたこともない相手との結婚を言い渡された私は、反論することもせず政略結婚を受け入れた。 これから私の家となるディオダ侯爵で働く使用人たちとの関係も良好で、旦那様となる義両親ともいい関係を築けた私は今後上手くいくことを悟った。 だが婚姻後、初めての初夜で旦那様から言い渡されたのは「白い結婚」だった。 政略結婚だから最悪愛を求めることは考えてはいなかったけれど、旦那様がそのつもりなら私にも考えがあります。 どうか最後まで、その強気な態度を変えることがないことを、祈っておりますわ。 ※いつものゆるふわ設定です。拙い文章がちりばめられています。 最後はハッピーエンドで終えます。

お金のために氷の貴公子と婚約したけど、彼の幼なじみがマウントとってきます

恋愛
キャロライナはウシュハル伯爵家の長女。 お人好しな両親は領地管理を任せていた家令にお金を持ち逃げされ、うまい投資話に乗って伯爵家は莫大な損失を出した。 お金に困っているときにその縁談は舞い込んできた。 ローザンナ侯爵家の長男と結婚すれば損失の補填をしてくれるの言うのだ。もちろん、一も二もなくその縁談に飛び付いた。 相手は夜会で見かけたこともある、女性のように線が細いけれど、年頃の貴族令息の中では断トツで見目麗しいアルフォンソ様。 けれど、アルフォンソ様は社交界では氷の貴公子と呼ばれているぐらい無愛想で有名。 おまけに、私とアルフォンソ様の婚約が気に入らないのか、幼馴染のマウントトール伯爵令嬢が何だか上から目線で私に話し掛けてくる。 この婚約どうなる? ※ゆるゆる設定 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでご注意ください

花婿が差し替えられました

凛江
恋愛
伯爵令嬢アリスの結婚式当日、突然花婿が相手の弟クロードに差し替えられた。 元々結婚相手など誰でもよかったアリスにはどうでもいいが、クロードは相当不満らしい。 その不満が花嫁に向かい、初夜の晩に爆発!二人はそのまま白い結婚に突入するのだった。 ラブコメ風(?)西洋ファンタジーの予定です。 ※『お転婆令嬢』と『さげわたし』読んでくださっている方、話がなかなか完結せず申し訳ありません。 ゆっくりでも完結させるつもりなので長い目で見ていただけると嬉しいです。 こちらの話は、早めに(80000字くらい?)完結させる予定です。 出来るだけ休まず突っ走りたいと思いますので、読んでいただけたら嬉しいです! ※すみません、100000字くらいになりそうです…。

そんなに欲しいのでしたらお譲りします

風見ゆうみ
恋愛
私、ミリエル・レナス侯爵令嬢には昔から大好きだった人がいた。 好きな人の名は公爵家の次男のテイン・ヨウビル。 三歳年上の彼に意を決して告白して、思いが報われた。そう思っていたのに、次の日、わたしの好きな人は、姉の婚約者になった。 「……テイン様はどういう気持ちで、私の告白を受け入れてくれたんですか?」 「一日だけでも、レジーから君に夢を見させてあげくれって頼まれたんだ。君が幸せな気持ちになってくれていたなら嬉しい」 「ねえミリー、許してくれるでしょう? だって、私達の仲じゃない?」 「お姉様は、私のものがほしいだけ。だから、彼を一度、私のものにしたんですね?」 ショックを受けていた私の元に縁談が舞い込んでくる。 条件が良くない男性のため、次こそはお姉様に奪われることはない。そう思っていた私だったけれど、お姉様が私が幸せになることを許すはずがなかった。 ※史実とは関係なく、設定もゆるゆるでご都合主義です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良いものとなっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい

水空 葵
恋愛
 一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。  それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。  リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。  そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。  でも、次に目を覚ました時。  どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。    二度目の人生。  今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。  一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。  そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか? ※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。  7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m

【完結】旦那は私を愛しているらしいですが、使用人として雇った幼馴染を優先するのは何故ですか?

よどら文鳥
恋愛
「住込で使用人を雇いたいのだが」 旦那の言葉は私のことを思いやっての言葉だと思った。 家事も好きでやってきたことで使用人はいらないと思っていたのだが、受け入れることにした。 「ところで誰を雇いましょうか? 私の実家の使用人を抜粋しますか?」 「いや、実はもう決まっている」 すでに私に相談する前からこの話は決まっていたのだ。 旦那の幼馴染を使用人として雇うことになってしまった。 しかも、旦那の気遣いかと思ったのに、報酬の支払いは全て私。 さらに使用人は家事など全くできないので一から丁寧に教えなければならない。 とんでもない幼馴染が家に住込で働くことになってしまい私のストレスと身体はピンチを迎えていた。 たまらず私は実家に逃げることになったのだが、この行動が私の人生を大きく変えていくのだった。

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

旦那様の不倫相手は幼馴染

ちゃむふー
恋愛
私の旦那様は素晴らしい方です。 政略結婚ではございますが、 結婚してから1年間、私にとても優しくしてくださいました。 結婚してすぐに高熱を出してしまい、数ヶ月は床に伏せってしまっていた私ですが、元気になったので、心配してくださった旦那様にお礼の品を自分で選びたく、城下町にお忍びで買い物へ出かけた所見てしまったのです。 旦那様と、旦那様の幼馴染のカレン様が腕を組んで歩いている所を、、、。

処理中です...