10 / 36
8. 公爵家から抜け出して
しおりを挟む(……え? 嘘でしょう!?)
邸を抜け出して逃亡を図ろうとした私はあまりの出来事に驚きが隠せなかった。
よし、行くわよ! と覚悟を決めてそっと物置部屋を抜け出し廊下に出た。そこに人気は無い。
「ちょっと待って……びっくりするぐらい警備も人も手薄なんだけど……」
領地について行った使用人が多くいるにしても、さすがにこれはおかしい。びっくりするぐらい人気が無さすぎるわ。
(まさか皆、サボっているの?)
叔父様も叔母様もお嬢様もいないしという事で、完全に気が抜けているのかもしれない。
「……つまり、今、ここで働いている使用人達は仕えている家……今のサスビリティ公爵家に対する忠誠心なんか持ち合わせていないという事?」
主人が留守の間のこの家は自分達がしっかり守るんだ! という気持ちがまるで無いと言っているようにしか思えない。
昔、ここで働いていて私達に仕えてくれていた使用人達とは雲泥の差。
(昔、ここにいた使用人達は、私達が領地に行っている間もしっかり仕事して管理してくれていたわ)
──お任せ下さい! 留守の間は我々がしっかり守ります!
(あんなに誇らしげに働いてくれる人達ばかりだったのに)
自分達の欲望の為に叔父夫婦は全て理不尽な理由を突き付けて解雇した。
私はその事が今も許せない。
「……この様子ならお嬢様……いえ、ドリーが戻って来るまで私が抜け出した事にも気付かれないのではないかしら?」
何故なら、ドリーは私を目の敵にしている侍女は全て連れて行っている。残っているのは私に無関心か、仕事上全く関わらない使用人だけ。
「……分かりやすいわよね」
ウキウキしながら今回出かける為の荷物の準備をさせていたドリーは私に向かって勝ち誇ったような顔で言った。
『残念だけどね~あんたは連れて行けないわ。私はあんた以外の皆とゆ~~っくり観光して楽しんでくるわね。ふふふふ、どう? 羨ましいでしょう?』
『お嬢様、ありがとうございます!』
『楽しみですね! やっぱり日頃の行いって大事なんだわぁ』
ドリーのその言葉に侍女達ははしゃいでいた。もちろん、私をバカにするのも忘れない。
『そうね、ふふふ、皆もどうか楽しんで頂戴ね? ふふふ』
「……ものすごい勝ち誇った顔をしていたけれど、私が心の中で“抜け出すチャンスをありがとう”と思っていたなんて夢にも思ってないのでしょうね」
悔しさ? そんなものは全く感じなかった。
私の頭の中は“チャンスだわ”それだけ。
そんな事を思い出しながら私は拍子抜けする程の簡単さと早さで、あっさりと邸を抜け出す事に成功した。
(門番すら仕事してないとか……門壁乗り越えるくらいの覚悟だったのに……)
もはや、笑うしか無かった。
でも、おかげで私は堂々と門から外に出る事が出来た。
「……」
そして、道に出てから数歩進んだ所でそっと振り返る。
「……お父様、お母様……」
両親と過ごした思い出がたくさんつまった家。
虐げられた辛い記憶の多い場所にもなってしまったけれど、至る所にまだまだ両親との思い出が残っている。
(泣くもんか!)
私はギュッと拳を強く握る。
(ここにはもう戻らない)
今度は連れ戻されるつもりなんか無いから。
だけど、もしも……もしも再び私がここに戻る時があったなら。
その時は…………
「───あなた達から奪われた物を全て取り返す時よ」
それだけ呟いた私は前を向いて歩き出した。
───
「静かね、そして真っ暗……」
昔、抜け出した時は昼間だったから、全然違う。
夜は闇に紛れられるけれど、その分危険も多い。
女性が夜に一人で歩く事がどれだけ危険な事かはもちろん分かっている。
「こんなに拍子抜けする程、簡単に抜けられるのなら逃亡は昼間でも良かった気がする……」
計画を練った時間を返してよ、と思いたくなったけれど、今はこのまま突き進むしかない。
「とりあえず、今晩は予定通り森で過ごす! 夜が明けて明るくなったら街に移動するこれは変えないわ」
公爵邸を出て少し歩くと、そこには森が広がっている。お金の節約をしなくてはならない私は今夜は最初から野宿するつもりでいた。
(小さい頃は難度も遊びに来ていた森よ。入口から真っ直ぐ進んでいくと、そんなに奥までいかなくても開けた場所がある。そこまでなら危険も少ない……)
「どうせ眠る事なんて出来そうにないし」
そう言いながら、私はそっと森へと足を踏み入れた。
───きっと眠れない、そう思ったのに。
森の中に踏み入った後、思った通りの場所に出た私はそっと木の麓に腰を下ろした。
そこで、これからの事を考えようと思ったけれど、緊張疲れからかウトウトし始めてしまった。
────……
『……!? ねえ、大丈夫!?』
『……』
その日、お父様にくっついて王宮を訪ねていた私は、お父様が仕事をしている間、遊んで過ごすために向かったと庭園で苦しそうに蹲っている男の子を発見した。
『苦しいの!? 誰か呼ぶ??』
『……』
慌てて駆け寄って声をかけるけど、その男の子は苦しそうに呻くばかり。
『どうしよう……とにかく人を、人を呼ばなくちゃ』
『…………っ』
私がそう言って誰かを呼びに行こうとした時、男の子の手が、がしっと私の腕を掴み、その子が首を横に振る。
『大、丈夫……だ。だ、れも呼ぶな……ケホッゴホッ……』
全然、大丈夫そうじゃない顔色と声でその子は私を止めた。
『でも、全然大丈夫そうじゃないわよ?』
『い……から。少し休めば……よくなる……慣れて、る……ケホッ』
『……』
そうまでして、人を呼ばれたくないなんて……
本当にいいのかしら? そう思ったけれどここはその男の子の言う事に従う事にした。
『じゃあ、私が背中をさすってあげる!』
『……せ、なかを?』
『そうよ! 私が苦しい時、お母様がよくしてくれるのよ! 凄い効くんだから!』
『ケホッ……そんなんでよくなるとか……ゴホッゴホッ』
『ああ、もう! ほら!』
そう言って私はいつもお母様がしてくれるみたいに、男の子の背中をさすってあげた。
しばらくの間、男の子は苦しそうに咳をしていたけれど……
『…………あれ?』
『どうかしたの? 大丈夫?』
『……さっきより、苦しくない……』
『ほらね? 効いたでしょう!』
男の子が驚いた顔で私を見る。
『き……君、は』
『私? 私はローラよ』
『え?』
私は本名の“ドロレス”よりも“ローラ”と呼ばれる事の方が多かった為、名前を聞かれた時、自然とそう答えていた。
『ローラ? いや、だって、き、君は……その瞳……』
『どうかした?』
私が首を傾げながら答えると男の子は、いや……と小さく呟く。
『……ありがとうローラ。僕はレックス』
『レックス?』
『君のおかげで本当に落ち着いたよ、ありがとう!』
『良かったわ』
私は嬉しくて満面の笑みを浮かべた。
───……
「……ん? やだ、うたた寝しちゃった?」
こんな時でも眠れてしまうなんて。
私の心臓は思っていたよりも図太かったらしい。
「…………だけど、懐かしい夢。レックスとの出会いの時ね」
小柄ですごく綺麗で女の子みたいな顔をした見た目の男の子だった。
そのまま仲良くなって“お友達第一号”になって……
───ローラ! どこに行って遊んでって……ぇぇえぇえ!? で! あ……!
───お父様??
あの時の私を探しに来たお父様は凄い驚いた顔をしていたわね。
レックスとお友達になったの! と言ったら目を丸くしていた。
(懐かしいわ。本当に)
「今の私を見たら、レックスの方が驚いてしまうかも。また、会いたいわ……」
そんな事を呟いていたら、段々と空が明るくなって来た。
「……朝ね。さて、行かなくちゃ」
無いとは思うけど、万が一追っ手がいたら困る。移動するなら早い方がいいはず。
私は立ち上がって前を向いて森の外に向かって歩き出した。
◆◆◆◆◆◆
────その頃の王子と側近は。
「殿下!? まさか、外に出かけられるつもりですか!?」
「ん? ダメかな」
クォンは目眩がした。
まだ、完全では無いだろうに、何を呑気な事を言っているんだ!
と、怒鳴ってやりたい気持ちになる。
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと護衛を連れて行くから」
「そこを心配しているわけじゃないんですよ!! 身体! 身体ですよ!?」
「あはは」
アレクサンドルはひとしきり笑った後は、分かってるよと微笑んだ。
「無茶はしないよ。でも、そろそろ街に行ってローラの為に出来る事をしておかないと」
「それなら自分が……!」
「いいや、僕がやりたい」
アレクサンドルは頑として譲らない。
「クォンに任せたら、ローラが見せてくれるかもしれない可愛い笑顔と“ありがとう”が全部クォンのものになっちゃうじゃないか。それは狡いからダメだ」
「狡い!? 子供ですか!? あなたはいい歳して子供なんですか!?」
「あはは」
この主はどこまで本気で言っているんだろう?
クォンは本気で悩む。
「……僕はね、ローラが元気で笑っている姿がとにかく見たいんだ」
「殿下……」
───二人の出会い……の瞬間は確実に近付いていた。
55
お気に入りに追加
3,910
あなたにおすすめの小説

【完結】で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?
Debby
恋愛
キャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢とクラレット・メイズ伯爵令嬢は困惑していた。
最近何故か良く目にする平民の生徒──エボニーがいる。
とても可愛らしい女子生徒であるが視界の隅をウロウロしていたりジッと見られたりするため嫌でも目に入る。立場的に視線を集めることも多いため、わざわざ声をかけることでも無いと放置していた。
クラレットから自分に任せて欲しいと言われたことも理由のひとつだ。
しかし一度だけ声をかけたことを皮切りに身に覚えの無い噂が学園内を駆け巡る。
次期フロスティ公爵夫人として日頃から所作にも気を付けているキャナリィはそのような噂を信じられてしまうなんてと反省するが、それはキャナリィが婚約者であるフロスティ公爵令息のジェードと仲の良いエボニーに嫉妬しての所業だと言われ──
「私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
そう問うたキャナリィは
「それはこちらの台詞だ。どうしてエボニーを執拗に苛めるのだ」
逆にジェードに問い返されたのだった。
★★★★★★
覗いて下さりありがとうございます。
女性向けHOTランキングで最高20位までいくことができました。(本編)
沢山の方に読んでいただけて嬉しかったので、続き?を書きました(*^^*)
★花言葉は「恋の勝利」
本編より過去→未来
ジェードとクラレットのお話
★ジェード様の憂鬱【読み切り】
ジェードの暗躍?(エボニーのお相手)のお話
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓

(完結)逆行令嬢の婚約回避
あかる
恋愛
わたくし、スカーレット・ガゼルは公爵令嬢ですわ。
わたくしは第二王子と婚約して、ガゼル領を継ぐ筈でしたが、婚約破棄され、何故か国外追放に…そして隣国との国境の山まで来た時に、御者の方に殺されてしまったはずでした。それが何故か、婚約をする5歳の時まで戻ってしまいました。夢ではないはずですわ…剣で刺された時の痛みをまだ覚えていますもの。
何故かは分からないけど、ラッキーですわ。もう二度とあんな思いはしたくありません。回避させて頂きます。
完結しています。忘れなければ毎日投稿します。
婚約破棄宣言は別の場所で改めてお願いします
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【どうやら私は婚約者に相当嫌われているらしい】
「おい!もうお前のような女はうんざりだ!今日こそ婚約破棄させて貰うぞ!」
私は今日も婚約者の王子様から婚約破棄宣言をされる。受け入れてもいいですが…どうせなら、然るべき場所で宣言して頂けますか?
※ 他サイトでも掲載しています
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。

やさしい・悪役令嬢
きぬがやあきら
恋愛
「そのようなところに立っていると、ずぶ濡れになりますわよ」
と、親切に忠告してあげただけだった。
それなのに、ずぶ濡れになったマリアナに”嫌がらせを指示した張本人はオデットだ”と、誤解を受ける。
友人もなく、気の毒な転入生を気にかけただけなのに。
あろうことか、オデットの婚約者ルシアンにまで言いつけられる始末だ。
美貌に、教養、権力、果ては将来の王太子妃の座まで持ち、何不自由なく育った箱入り娘のオデットと、庶民上がりのたくましい子爵令嬢マリアナの、静かな戦いの火蓋が切って落とされた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる