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3. 私が用済みとなった日
しおりを挟む「聞いたでしょう? 殿下は私をエスコートして私を婚約者として披露してくれるのよ!」
朝食の後、ふふん! と得意そうな顔で私に話しかけてくるお嬢様。
どうやら、殿下から返事があった事が嬉しくて嬉しくて仕方ないらしい。
「何か言ったらどうなのかしら~?」
「……」
「あぁ、悔しくて何も言えない? うふふ、そうよねぇ……あはは、ごめんなさいね?」
「……お嬢様は」
何故かは分からない。
だけど、この時の私はよせばいいのについ聞いてしまった。
「……お嬢様は、そんなに私の事が嫌いなんですか」
「!」
私のその言葉に、ニタリとした笑いを浮かべたお嬢様は言った。
「ええ、昔からね!」
「……」
「公爵令嬢と言うだけでチヤホヤされて、王子と婚約。お父様同士は兄弟なのにいつも、あんただけが幸せそう。大っ嫌いね!」
……お父様は長男だったからサスビリティ公爵家を継いだけれど、弟である叔父様は伯爵家を継ぐ事になった。公爵と伯爵……そこにある壁は大きい。お嬢様の言葉にはその待遇差による不満がありありと現れていた。
(だけど、全然、交流なんて無かったはずなのに……)
そこまで敵意される理由が分からなかった。
「ふふ、ろくに会ったことなかったし、伯父様達には悪いけど天罰ってあるのね~って思ったわ」
「!!」
(天罰ですって?)
さすがにその言葉には我慢が出来なかった。
「っ! お父様とお母様をバカにしないで!!」
「きゃっ! ちょっと何? 近寄らないでよ、この愚図!」
「……っ!」
思わず手を出しそうになった所を、逆にそのまま突き飛ばされた。
お嬢様は私を蔑んだ目で見ながら大声で叔父夫婦を呼ぶ。
「ふんっ……私に歯向かおうなんてバカな子。お父様、お母様~この愚図が私に手を出そうとしたわよ~」
「……!」
──その日、私の食事は抜きになった。
◇◆◇◆◇◆◇
「ドロレス様、お綺麗ですわ」
「ええ、本当に」
そして、“ドロレス・サスビリティ公爵令嬢”の社交界デビューの日がやって来た。
「まぁ、ふふふ。ありがとう!」
「きっとこんな素敵なドロレスお嬢様を見たら、殿下も一目惚れしてしまいます」
「そうかしら?」
あの日の宣言通りに豪華なドレスを纏ったお嬢様……“ドロレス”は妖艶に微笑んでいた。
そして言葉を発する事もせず、ただ、黙ってその場にいるだけの私の方を見るとニヤリとした笑いを浮かべる。
「相変わらず役立たずのようね~ドレスの着付けも、髪型のセットも、化粧も何一つ出来ないなんて」
クスクスと他の侍女達も小馬鹿にしたように笑う。
お嬢様は私が何も出来ない事を知っていてわざと側に付くよう命じている。
目的はもちろん、こうして思う存分いたぶる為。
「あぁ、いい気味! あなたは私が幸せになるのをそこで指をくわえて見ていればいいのよ! オーホッホ!」
その言葉を残してお嬢様は嬉しそうに叔父夫婦と王宮のパーティーへと向かった。
───
「……疲れたわ」
私はお情けで与えられている自分の部屋……物置部屋に戻ると固い石のようなベッドに腰掛けた。
(でも、お嬢様がパーティーから戻って来るまでは少し休めるわ)
戻って来たら来たで、パーティーがどうだった、料理がどうだった、そして、初めて会ったであろう婚約者の王子の自慢話を延々と聞かされる事になる。
「……王宮かぁ。お父様について遊びに行っていたのが遠い昔のようね」
あの頃は、まさか自分にこんな未来がやって来るとは思わずにいた。
「……そう言えば、彼は元気になったのかしら?」
せっかくお友達第一号に立候補したのに……
王宮に行っても会えない日もあったりして数回遊ぶのが精一杯だった。
「最後に会った時は、だいぶ元気になっていたような気がしたけれど……」
───ローラ、見て! 走れるようになった!
───もう! レックス! そんないきなりたくさん走ったらダメよ!
───でも、不思議なんだよ。ローラといると元気が出る!
───何それ?
「……病気のせいで小柄だったけど、確か歳はそう私と変わらなかったはず」
───ローラ! 僕は丈夫になって強くなる! もっと大きくなって必ず君を守れる男になるよ!
───ふふ、ありがとう! 待ってるわ!
「……大きくなったレックスも、もしかしたら今日の王宮のパーティーに参加しているのかしらね」
(それなら、あの時“ドロレス”と名乗らなくて良かったわ)
二度と会う事は無いでしょうし、彼の中でだけはあの頃の無邪気な“ローラ”でいたい。
…………そんな事を考えていた時だった。
私の部屋……いや、単なる物置部屋にしか思えないこの部屋の扉がノックされた。
「……?」
こんな所、訪ねてくる人なんていないはずなのに。
住み込みの使用人には、ちゃんとそれなりの部屋が与えられている。
こんな物置部屋に住んでいるのは私だけ。
(何も知らなければここがノックの必要な部屋だなんて思わないわよね?)
「……どちら様ですか」
扉を開ける前に念の為、声をかけてみた。
「……私よ。中にいるんでしょう? 開けなさい」
「あ……」
この声は、侍女頭のスザンナさん?
私に用なんて珍しい。そう思って扉を開ける。
そこには確かに侍女頭のスザンナさんがいた。
「あの……?」
「ごめんなさいね、ちょっとあなたに聞きたい事があるのよ」
「?」
そう言ってスザンナさんは、どうぞなんて一言も言っていないのに部屋の中に入って来る。
「埃っぽい部屋ねぇ……」
「……聞きたい事って何でしょうか」
「…………せっかちな子ね」
「……」
だって、あまり誰かと関わりたくないんだもの。
「まぁ、いいわ。お茶でも飲みながら私の話を聞いてちょうだい」
そう言ってスザンナさんは手際よくお茶の用意を始める。何を手に持って訪ねて来たのかと思えばお茶のセットだったらしい。
(そんなゆっくりお茶を飲みながら話をする気分では無いのだけど)
どうぞ、と出されたお茶を一口飲む。
そう言えば、誰かにお茶を淹れてもらうのなんて久しぶりだわ、なんてこの時は呑気に考えていた。
「それで、話というのは何ですか?」
「……ええ、実はね。私の統括する侍女達からあなたについての苦情が───」
あぁ、やっぱり私に対する苦情の話……そう思った時。
「……?」
(……あ、れ?)
何かしら? 突然、ぐにゃりと視界が歪んで、更にはぐるぐる回り始めた。
(な、にこれ……気持ち……悪、い)
「……ス……ナさ……」
私は目の前のスザンナさんに手を伸ばして助けを求めた。
だけど……
「あらあら、ふふ。凄いわ~。この毒って、即効性なのね?」
伸ばした手は振り払われ、スザンナさんは明るい声で何かを言っている。
(……ど……く?)
「悪く思わないでね。これも旦那様たちの命令なの」
「……」
「ドロレス様が社交界デビューを迎えたら、あなたは用済みなんですって」
(よう……ずみ?)
「帰ってくる前に毒で始末してくれって頼まれちゃったのよ」
「…………」
「何で私? って思ったけれど私ならあなたが警戒しなさそうだからって、それで───」
ダメ……身体が痺れて力が入らない……
スザンナさんが言っている事ももう頭に入って来ない……視界も歪んで、息……が……
(毒? ……飲まされた……用済み……だから……?)
苦しい……
─────助けて! お父様、お母様……レックス!!
「……」
そうして、このまま私の意識は途絶える。
───これが今も覚えている前回の人生の最後の記憶。
何が起きたのか分からないまま、突然、理不尽に命を奪われた時の記憶────
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