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38. 裏切り者
しおりを挟む「……」
(これ、絶対この格好は僕のため……と、勘違いしているわね)
ハインリヒ様の私を見る目の気持ち悪さを感じながらそう思った。
そもそもアルミンは思い込みが強くて自分にとって都合の良い解釈をする傾向のある人だった。
前世の記憶に強く引きずられているハインリヒ様も今はかなり似た思考になっている。
そう。あれは、確かヘンリエッテがテオバルトとの婚約を世間に発表した時───
『姫は本当にお優しい心の持ち主ですね』
『優しい?』
皆が婚約に祝福の言葉をくれる中、アルミンだけはそんな言葉をヘンリエッテに向かって言った。
『だって、テオバルトが無理やり姫との結婚を強要したんですよね?』
『え? 違うわよ……あなた何を言っているの?』
むしろ、テオバルトでは……と渋るお父様たちを説得したのは私の方なのに?
『いいんですよ、姫。僕には分かっています』
『全然違う。あなたは何も分かっていないわ。私は───』
『───ヘンリエッテ様!』
『ちょっ……テオバルト……!?』
アルミンの勘違いを正そうとしたけれど、隣にいたテオバルトがヘンリエッテの口を慌てて手で塞ぐ。
『……ッ!(テオバルト! 何をするの?)』
『……(大丈夫ですから、今は静かにしていてください)』
『……?』
『……!(アルミンには下手に刺激する方が面倒なことになります!)』
テオバルトがなぜ止めるのか。
その時のヘンリエッテには分からなかったけれど、確かに今のアルミンからは嫌な感じがしたのでテオバルトの言う通り、アルミンの言葉を強く否定することはやめておいた。
───そう。
その後、テオバルトに聞かされた。
婚約を発表してから特にアルミンの様子がおかしいと。
もともと、一方的にヘンリエッテに好意を抱き、テオバルトをライバル視していたアルミンだけど、最近は言動に“姫は僕のことを好きだったはずなのに”が加わったという。
「……」
(変な思い込みを強くする癖……今のハインリヒ様からもかなり感じる)
リヒャルト様が婚約のことをサラッと口にしたけれど、信じられないという顔をしていた。
やっぱり絶対に分からせないと。
私はハインリヒ様の口から出る“僕の姫”という言葉を聞く度に背筋がゾワゾワして仕方がない。
ナターリエもヘンリエッテもハインリヒ様のものじゃない!
そのことを今日は思い知ってもらう。
(それから……こっちも)
私はチラッとその隣にいるヴァネッサ嬢にも目を向けた。
ヴァネッサ嬢は私の姿を見て驚き言葉を失っている。
でも、その目は私のことを睨んだまま。
それは、ナターリエにというよりもヘンリエッテに向けたものだと思った。
(かなり、ヘンリエッテは憎まれているわね)
だから、コルネリアはヘンリエッテを───……
遠い過去を思い出して私は目を伏せる。
────あの戦争は、最初からパルフェット王国が圧倒的に不利だった。
戦局が悪化していくことは初めから分かっていた。
けれど、そのスピードはかなり異様。
立てた作戦は尽く潰される。
それは奇襲でさえも……まるで、こちらの手の内が全てお見通しかのように。
だから、誰もが考えた。
(スパイがいる)
誰かがこちら側の事情を敵国に流している。
それはもう明らかだった。
では誰が?
疑心暗鬼に陥り誰を信じればいいか分からなくなったパルフェット王国はますます崩れていく……
そして肝心のスパイ。
それは───……
「ねぇ、ハインリヒ様……いえ、アルミン。あなた、どうして私を裏切ったの?」
「ひ、姫! え? 裏切った……?」
アルミンと呼ばれて一瞬嬉しそうな顔をしたハインリヒ様だけど、裏切りという言葉には首を傾げた。
私は内心でため息を吐く。
これは、白を切ってすっとぼけているの? それとも、本気で分かっていないの?
「あなた、敵国に情報を流していたでしょう?」
「!」
ハインリヒ様が驚いた顔をする。
でも、その驚き方は怪しい企みがバレてしまった……そういった表情ではなく───……
なぜか誇らしげ。そのことにゾッとする。
「なんだ、姫はご存知だったのか! だが……なぜ僕が裏切った、なんて話に? そういえば殿下も僕のことをそう言っていた……」
ハインリヒ様はそう言ってリヒャルト様の方にも目を向ける。
リヒャルト様は無言でハインリヒ様を見たまま答えない。
「……」
「あ、ナターリエ。もしかして誤解している? 違う! 僕は国を売ったわけじゃない!」
その言葉に心底呆れた。
情報を流したことは認めておきながら国を売ったつもりはないって。
「ナターリエ! 僕は姫を助けようとしただけなんだ!」
「……私を?」
「そうだ! だけど、結局姫は処刑されてしまった……だから、むしろ裏切られたのはこっちなんだよ!」
「……アルミンが? それなら、あなたは誰に裏切られたというの?」
その答えはもう知っているけれど敢えて聞く。
「それはもちろん……コルネリアだ!」
ハインリヒ様は勢いよくヴァネッサ嬢に向かって指をさした。
指をさされたヴァネッサ嬢がヒッと悲鳴を上げる。
そして勢いよく首を横に振る。
「な、な、なんのこと? わたしは何も知らないわ!!」
ヴァネッサ嬢……それだけ動揺しておいて知らないも何もない。
私とリヒャルト様は目を合わせて互いにため息をついた。
「ある日。コルネリアは見知らぬ男と密会していたんだ。それを偶然見かけた僕は彼女を問いつめた。その時にコルネリアは言った」
「───なんて?」
「“わたしはヘンリエッテ様だけでも助かって欲しいと思っているの。その為のいい方法があるのよ”と!」
「……それが、スパイになることだったわけ?」
私が訊ねるとハインリヒ様は首を横に振る。
「スパイじゃない。あれは正当な取引きだ!」
「取引き……」
「奴らは最終的に王族を全員根絶やしにするつもりでいた! だけどこっちの軍の情報を流す代わりに、姫を……姫だけは特別ルートで逃がす手立てになっていたんだ!」
「……」
───嫌な記憶が甦る。
あの日、敵軍は王都まで攻め入ったあと、遂に王宮にまで入り込んで来た。
敵の狙いは私たち王族───
この時点で王族に付いていた護衛も戦争に駆り出されていたので、もうヘンリエッテたちの周りには殆ど残っていなかった。
(それに、この時すでにテオバルトは……もう)
そんな中、逃げる私に最後まで付き添っていたのはコルネリアだった。
私はお父様とお母様とは違うルートで王宮からの脱出を試みることになったのだけれど……
(あれが……特別ルート)
「そう……だからあの時……私が敵に捕まった時、コルネリアだけは無事だったのね」
「ヒッ!」
私が冷たい目で見つめるとヴァネッサ嬢が怯えた声を上げる。
「処刑前に聞かされたのよ。お父様とお母様を逃がそうとした護衛や使用人たちは皆、問答無用でその場で斬り捨てられていたって。でも、ヘンリエッテのそばにいたコルネリア“だけ”はなぜか見逃されて無事だった……」
それを聞かされた時、あれ? と思った。
処刑寸前のヘンリエッテにはその疑問を調べる時間なんて残されていなかったけれど。
つまり、あれは逃げる為のルートなんかではなく……確実に私を敵に差し出す為のルートだった……ということ。
(あの時のヘンリエッテはテオバルトの死を知って、まともな精神状態ではなかったわ)
だから、コルネリアの様子がおかしいと気付かなかった。
今、思えば彼女の言動はおかしかった気がするのに。
「ほら、やっぱりそうだ! 分かっただろう? 僕だってコルネリアを信じて騙された被害者なんだ!」
「……」
ハインリヒ様はそう訴えてくる。
そういう意味では確かにアルミンはコルネリアに騙された……のかもしれない。
明らかなスパイ行動を取引と言っている時点で頭がおかしいと思うけれど。
でも、それとは別に私にはどうしても許せないことがある。
「あなたも騙された被害者、ね……それなら、もう一つ“アルミン”に問うわ」
「な、なにを……?」
ハインリヒ様の瞳が不安そうに揺れる。
私はハインリヒ様を見ながら隣にいるリヒャルト様の手をこっそり取る。
そして、その手をギュッと握りしめた。
「ナターリエ……?」
「……」
リヒャルト様が不思議そうに小声で私の名前を呼ぶ。
(リヒャルト様は自分の……いえ、テオバルトの死のこと、どこまで把握しているのだろう───……)
「───テオバルトを死に追いやったのは……アルミン、あなたよね?」
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