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28. もう遅い
しおりを挟む「……は? え? 婚約破棄……」
「……」
「認め……え?」
ハインリヒ様が目を何度もパチパチさせて、え? え? と言っている。
ヴァネッサ嬢も変な声を上げてポカンとしている。
(……驚く気持ちは分からなくはないけれど)
確かに婚約破棄の話はしていたけれど、この短時間になぜ?
そう思いたくなるだろう。
「これで私とあなたはもう無関係です」
「……ナ、ナターリエ」
「成立した後ですから、私が誰と手を繋ごうとハインリヒ様には関係ありません」
「なっ……」
私は二人に向かってにこっと笑顔を浮かべる。
「これで、ハインリヒ様とヴァネッサ嬢も不貞関係ではなくなりますね! だからと言って不貞していた過去は消えませんし、ヴァネッサ嬢への責任も取らないといけませんけど!」
「待っ……え、責……!? いや、だから……でもナターリエも聞いていた、だろう? ほら……さ」
ハインリヒ様は確実に焦っていた。
目もグルグルしているし、手も上げたり下げたり……とにかくオロオロしている。
「何を言っているんですか?」
私はわざと首を傾げる。
そして、大袈裟に聞こえるような言い方をする。
「あら? だってお二人は、王宮の庭園でコソコソ会って熱いキスを交わしながら、私をお飾りの妻にするなんて計画を話していたじゃありませんか!」
「……なっ!」
「え……!?」
二人の顔色がますます悪くなる。
私はうーんと首を捻った。
「えぇと、確か……私との結婚は、どうしても避けられない結婚だけど……ずっとヴァネッサ様のことだけを愛すると言っていたわよね? とヴァネッサ様に確認をされていて……」
「……っ!」
ハインリヒ様がギョッとする。
これが、いつどこでした会話なのかを思い出したのだと思う。
ヴァネッサ嬢も目を大きく見開いたままこっちを見ながら固まっていた。
「そうそう──それで、ハインリヒは、“ああ、そうさ! 僕はずっとあなたのことを大好きで愛していた”と男爵令嬢に向かって応えていたな」
「……っ! で、んか、まで!?」
何故それを! と固まるハインリヒ様にリヒャルト様もにっこりとした笑顔で告げる。
「王宮に来ていたナターリエを馬車まで送ろうと共に歩いていて二人を見かけた」
「───!」
「あの場所は人通りがそんなに多くないから油断したのだろう?」
「き……聞い」
「全部、聞いていたが?」
ハインリヒ様が言葉を詰まらせダラダラと汗をかき始める。
王子であるリヒャルト様にまで目撃されていたという衝撃は大きいはず。
「えぇと? それで、私……ナターリエとは子どもを作らずに、ヴァネッサ様との間に子が出来たら……その子を侯爵家の跡取りにするとも言っていましたよね?」
「う、ぅあ……そ、れは……」
さすがにこの言葉には周囲も大人しく聞いていられなかった。
一気に会場が騒がしくなり、二人にはこれまで以上の冷たい視線が向けられる。
向こうの方ではベルクマン侯爵夫妻が床に沈んでいくのが見えた。
(まぁ、ショックよね)
でも、私は容赦しないと決めた。だからこのまま続ける。
「それであなたたちは熱いキスを何度も交わしていて……」
「……っ! ぅ……」
「そんな光景を見てしまったのに、家に帰ってみれば、なぜかハインリヒ様からは“ナターリエが大事なんだ”“婚約破棄は考え直してくれ”というような熱い愛の手紙とプレゼントが大量に届いていて──……」
「うわぁぁ、ナターリエ! ま、ま、待ってくれ……!」
「なんです?」
ハインリヒ様が無理やり止めにかかって来たので私もムッとする。
「……た、確かにそんな話……も、した! ことは、み、認める」
「……」
「キ、キスも……した」
「あら、意外です。あっさり認めるんですね?」
「だ……だが、そのくらいで責任を取れとはおかしな話だろう!」
ハインリヒ様はヴァネッサ嬢に向かって指をさしながら怒鳴った。
「僕は彼女のことを“愛する姫”だと思っていたからこそ───」
「──本当に最低な発言ですね?」
それって誰のこともちゃんと見ていないということじゃない。
姫、姫、姫って“アルミン”の執着ぶりには、ただただ寒気がする。
そして私は思う。
その“姫”への執着さえ、この人は自分の都合のいいように解釈しているのだと。
──ギュッ
その時、リヒャルト様が私の手を強く握ってくれた。
手から伝わってくる温もりが大丈夫だと言ってくれているみたいで心強い。
「なぁ、ナターリエ! 彼女は姫じゃなかった……嘘を騙っていた詐欺師なんだよ! 言うなら自業自得……僕が責任なんかとる必要ないだろう?」
「……」
「姫はいないんだ……だったら、僕はナターリエ。それなら君ともう一度!」
「私たちの再婚約は有り得ませんし、ハインリヒ様は責任を取らないといけませんわ」
「!」
私がきっぱり告げるとハインリヒ様は何故だ……と呟いた。
(ここまで言っているのにどうしてバレていないと思えているのかしら?)
それだけ冷静さを見失っているということなのだろうと思うけれど。
「ハインリヒ様。私、あの日のキスを見て思ったんです」
「お……思った?」
ハインリヒ様が眉をひそめる。
同時に表情が一気に不安そうになる。
(ここまで暴露するかは、ハインリヒ様の言動と行動しだいと決めていたけれど)
「手慣れているな、と。あぁ、もう二人はキスなんて何度もしているのね、と」
「……っ」
「それで、ふと思い出したのです。そもそも最初の目撃情報は街のデートだったと」
「ナターリエ……?」
ハインリヒ様は怪訝そうな表情。
そんな彼に私はまたにっこり笑顔を向けた。
「───ですから、街の宿についても調べることにしました」
その瞬間、ヒュッと息を呑んだのはハインリヒ様かヴァネッサ嬢か。
どちらでもいいわ、と思って話を続ける。
「さすがに貴方の名前は無かったけれど───ですが、ここ最近になって頻繁に日中に利用していたという方の書かれた帳簿の字には、とても見覚えがありまして」
「っっっっ!!!!」
「あぁ、もうそこまでの関係なのだな、と思いましたわ」
ハインリヒ様の顔は真っ青を通り越して真っ白になっていく。
だけど、反論する元気はあるようで……
「───そ、それは! 姫が……姫のフリをしたそこの大嘘つき女が“早く僕のものになりたい”と、さ、誘ってきたから……!」
「違うわ! あなたが早くわたしを“僕のものにしたい”と言ったからよ!」
「なんだと!?」
「嘘をつくなんて酷いわ!」
ヴァネッサ嬢が声を上げたことで、どちらが先に誘惑したのかで二人の意見は真っ向から対立した。
でも……
「───そんなこと、どうでもいいわ」
「「……え?」」
私があっさり切り捨てると、言い合いをしていた二人が間抜けな声を上げる。
そこは婚約破棄の慰謝料問題の話し合いをする時には重要となる要素だろうけれど、今はどっちでもいい。
ただ、二人には身体の関係もあった。それだけ分かれば充分だった。
「どうでもいい? ……ナ、ナターリエ……」
「なにか?」
「ぐっ……」
縋ってきそうなハインリヒ様を冷たく突き放す。
「全然、ショックを受けていない? ……何で……」
「なんで? だって私は要らないと言ったでしょう? ヴァネッサ様」
「!」
もちろん、ヴァネッサ嬢にも追い打ちを忘れない。
(───さて、ここからね)
私は息を吸って吐く。
チラッと隣のリヒャルト様に目を向けるとしっかり頷いてくれた。
私も頷き返して、そっと繋いでいた手を離す。
そして、私はハインリヒ様へと一歩一歩近付いていく。
「……それよりも。ハインリヒ様にどうしてもこれだけは、お聞きしたいのですけど」
「?」
「──あなたの大好きだった大事な大事な“お姫様”って、婚約者のいる男性と平気で不貞出来るような人でした?」
「……え?」
ハインリヒ様は真っ白な顔のまま驚きの声を上げて、近付いて来る私の顔をまじまじと見る。
「ナ、ナターリエ……? 何だか、ふ、雰囲気……が……」
「結婚前から身体の関係を持つことに対して抵抗の無いような人でした? ……それも相手は婚約者のいる男性」
「……っっっ」
目を泳がせたハインリヒ様は口をパクパクさせている。
「あなた、それになんの疑問も感じなかったの?」
「そ……それ、は」
「……ハインリヒ様。それってすごくすごく心外だわ」
「…………え? し、心、外?」
意味が分からないという顔をするハインリヒ様ににっこりと笑いかける。
もう、遅いわよ? ハインリヒ様。
「だって───ヘンリエッテの記憶を持つ者として、そんなの許せるわけないでしょ?」
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