【完結】ある日、前世で大好きだった人と運命の再会をしました───私の婚約者様が。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
29 / 44

28. もう遅い

しおりを挟む


「……は?  え?  婚約破棄……」
「……」
「認め……え?」

 ハインリヒ様が目を何度もパチパチさせて、え?  え?  と言っている。
 ヴァネッサ嬢も変な声を上げてポカンとしている。

(……驚く気持ちは分からなくはないけれど)

 確かに婚約破棄の話はしていたけれど、この短時間になぜ?
 そう思いたくなるだろう。

「これで私とあなたはもう無関係です」
「……ナ、ナターリエ」
「成立した後ですから、私が誰と手を繋ごうとハインリヒ様には関係ありません」
「なっ……」

 私は二人に向かってにこっと笑顔を浮かべる。

「これで、ハインリヒ様とヴァネッサ嬢も不貞関係ではなくなりますね!  だからと言って不貞していた過去は消えませんし、ヴァネッサ嬢への責任も取らないといけませんけど!」
「待っ……え、責……!?  いや、だから……でもナターリエも聞いていた、だろう?  ほら……さ」

 ハインリヒ様は確実に焦っていた。
 目もグルグルしているし、手も上げたり下げたり……とにかくオロオロしている。

「何を言っているんですか?」

 私はわざと首を傾げる。
 そして、大袈裟に聞こえるような言い方をする。

「あら?  だってお二人は、王宮の庭園でコソコソ会って熱いキスを交わしながら、私をお飾りの妻にするなんて計画を話していたじゃありませんか!」
「……なっ!」
「え……!?」

 二人の顔色がますます悪くなる。
 私はうーんと首を捻った。

「えぇと、確か……私との結婚は、どうしても避けられない結婚だけど……ずっとヴァネッサ様のことだけを愛すると言っていたわよね?  とヴァネッサ様に確認をされていて……」
「……っ!」

 ハインリヒ様がギョッとする。
 これが、いつどこでした会話なのかを思い出したのだと思う。
 ヴァネッサ嬢も目を大きく見開いたままこっちを見ながら固まっていた。

「そうそう──それで、ハインリヒは、“ああ、そうさ!  僕はずっとあなたのことを大好きで愛していた”と男爵令嬢に向かって応えていたな」
「……っ!  で、んか、まで!?」

 何故それを!  と固まるハインリヒ様にリヒャルト様もにっこりとした笑顔で告げる。

「王宮に来ていたナターリエを馬車まで送ろうと共に歩いていて二人を見かけた」
「───!」
「あの場所は人通りがそんなに多くないから油断したのだろう?」
「き……聞い」
「全部、聞いていたが?」

 ハインリヒ様が言葉を詰まらせダラダラと汗をかき始める。
 王子であるリヒャルト様にまで目撃されていたという衝撃は大きいはず。

「えぇと?  それで、私……ナターリエとは子どもを作らずに、ヴァネッサ様との間に子が出来たら……その子を侯爵家の跡取りにするとも言っていましたよね?」
「う、ぅあ……そ、れは……」

 さすがにこの言葉には周囲も大人しく聞いていられなかった。
 一気に会場が騒がしくなり、二人にはこれまで以上の冷たい視線が向けられる。
 向こうの方ではベルクマン侯爵夫妻が床に沈んでいくのが見えた。

(まぁ、ショックよね)

 でも、私は容赦しないと決めた。だからこのまま続ける。

「それであなたたちは熱いキスを何度も交わしていて……」
「……っ!  ぅ……」
「そんな光景を見てしまったのに、家に帰ってみれば、なぜかハインリヒ様からは“ナターリエが大事なんだ”“婚約破棄は考え直してくれ”というような熱い愛の手紙とプレゼントが大量に届いていて──……」
「うわぁぁ、ナターリエ!  ま、ま、待ってくれ……!」
「なんです?」

 ハインリヒ様が無理やり止めにかかって来たので私もムッとする。

「……た、確かにそんな話……も、した!  ことは、み、認める」
「……」
「キ、キスも……した」
「あら、意外です。あっさり認めるんですね?」
「だ……だが、そのくらいで責任を取れとはおかしな話だろう!」

 ハインリヒ様はヴァネッサ嬢に向かって指をさしながら怒鳴った。

「僕は彼女のことを“愛する姫”だと思っていたからこそ───」
「──本当に最低な発言ですね?」

 それって誰のこともちゃんと見ていないということじゃない。
 姫、姫、姫って“アルミン”の執着ぶりには、ただただ寒気がする。
 そして私は思う。
 その“姫”への執着さえ、この人は自分の都合のいいように解釈しているのだと。

 ──ギュッ
 その時、リヒャルト様が私の手を強く握ってくれた。
 手から伝わってくる温もりが大丈夫だと言ってくれているみたいで心強い。

「なぁ、ナターリエ!  彼女は姫じゃなかった……嘘を騙っていた詐欺師なんだよ!  言うなら自業自得……僕が責任なんかとる必要ないだろう?」
「……」
「姫はいないんだ……だったら、僕はナターリエ。それなら君ともう一度!」
「私たちの再婚約は有り得ませんし、ハインリヒ様は責任を取らないといけませんわ」
「!」

 私がきっぱり告げるとハインリヒ様は何故だ……と呟いた。

(ここまで言っているのにどうしてバレていないと思えているのかしら?)

 それだけ冷静さを見失っているということなのだろうと思うけれど。

「ハインリヒ様。私、あの日のキスを見て思ったんです」
「お……思った?」

 ハインリヒ様が眉をひそめる。
 同時に表情が一気に不安そうになる。

暴露するかは、ハインリヒ様の言動と行動しだいと決めていたけれど)

「手慣れているな、と。あぁ、もう二人はキスなんて何度もしているのね、と」
「……っ」
「それで、ふと思い出したのです。そもそも最初の目撃情報は街のデートだったと」
「ナターリエ……?」

 ハインリヒ様は怪訝そうな表情。
 そんな彼に私はまたにっこり笑顔を向けた。

「───ですから、街の宿についても調べることにしました」

 その瞬間、ヒュッと息を呑んだのはハインリヒ様かヴァネッサ嬢か。
 どちらでもいいわ、と思って話を続ける。

「さすがに貴方の名前は無かったけれど───ですが、ここ最近になって頻繁に日中に利用していたという方の書かれた帳簿の字には、とても見覚えがありまして」
「っっっっ!!!!」
「あぁ、もうそこまでの関係なのだな、と思いましたわ」

 ハインリヒ様の顔は真っ青を通り越して真っ白になっていく。
 だけど、反論する元気はあるようで……

「───そ、それは!  姫が……姫のフリをしたそこの大嘘つき女が“早く僕のものになりたい”と、さ、誘ってきたから……!」
「違うわ!  あなたが早くわたしを“僕のものにしたい”と言ったからよ!」
「なんだと!?」
「嘘をつくなんて酷いわ!」

 ヴァネッサ嬢が声を上げたことで、どちらが先に誘惑したのかで二人の意見は真っ向から対立した。
 でも……

「───そんなこと、どうでもいいわ」
「「……え?」」

 私があっさり切り捨てると、言い合いをしていた二人が間抜けな声を上げる。
 そこは婚約破棄の慰謝料問題の話し合いをする時には重要となる要素だろうけれど、今はどっちでもいい。
 ただ、二人には身体の関係もあった。それだけ分かれば充分だった。

「どうでもいい?  ……ナ、ナターリエ……」
「なにか?」
「ぐっ……」

 縋ってきそうなハインリヒ様を冷たく突き放す。

「全然、ショックを受けていない?  ……何で……」
「なんで?  だって私は要らないと言ったでしょう?  ヴァネッサ様」
「!」

 もちろん、ヴァネッサ嬢にも追い打ちを忘れない。

(───さて、ここからね)

 私は息を吸って吐く。
 チラッと隣のリヒャルト様に目を向けるとしっかり頷いてくれた。
 私も頷き返して、そっと繋いでいた手を離す。

 そして、私はハインリヒ様へと一歩一歩近付いていく。

「……それよりも。ハインリヒ様にどうしてもこれだけは、お聞きしたいのですけど」
「?」
「──あなたの大好きだった大事な大事な“お姫様”って、婚約者のいる男性と平気で不貞出来るような人でした?」
「……え?」

 ハインリヒ様は真っ白な顔のまま驚きの声を上げて、近付いて来る私の顔をまじまじと見る。

「ナ、ナターリエ……?  何だか、ふ、雰囲気……が……」
「結婚前から身体の関係を持つことに対して抵抗の無いような人でした?  ……それも相手は婚約者のいる男性」
「……っっっ」

 目を泳がせたハインリヒ様は口をパクパクさせている。

「あなた、それになんの疑問も感じなかったの?」
「そ……それ、は」
「……ハインリヒ様。それってすごくすごく心外だわ」
「…………え?  し、心、外?」

 意味が分からないという顔をするハインリヒ様ににっこりと笑いかける。
 もう、遅いわよ?  ハインリヒ様。

「だって───ヘンリエッテの記憶を持つ者として、そんなの許せるわけないでしょ?」

しおりを挟む
感想 269

あなたにおすすめの小説

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

【完結】真面目だけが取り柄の地味で従順な女はもうやめますね

祈璃
恋愛
「結婚相手としては、ああいうのがいいんだよ。真面目だけが取り柄の、地味で従順な女が」 婚約者のエイデンが自分の陰口を言っているのを偶然聞いてしまったサンドラ。 ショックを受けたサンドラが中庭で泣いていると、そこに公爵令嬢であるマチルダが偶然やってくる。 その後、マチルダの助けと従兄弟のユーリスの後押しを受けたサンドラは、新しい自分へと生まれ変わることを決意した。 「あなたの結婚相手に相応しくなくなってごめんなさいね。申し訳ないから、あなたの望み通り婚約は解消してあげるわ」  ***** 全18話。 過剰なざまぁはありません。

出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。 ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。 しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。 ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。 それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。 この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。 しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。 そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。 素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

処理中です...