25 / 44
24. 偽者のお姫様
しおりを挟む「───なっ! う、嘘だろう!?」
ハインリヒ様が驚愕の表情を浮かべて震えた声で聞き返す。
そんなハインリヒ様にリヒャルト様はとても冷静に返した。
「今、こんなことで嘘をついて何の意味がある?」
「……!」
「今から遡って遠い過去に滅んだ国の王女の元婚約者の名前なんて、普通はスラスラ出て来ないと思うが?」
「ぐっ……そ、れは」
「……お前が“テオバルト”のことが大嫌いなのは知っている」
ハインリヒ様は言葉を詰まらせた。
一方、ヴァネッサ嬢は驚愕の表情を浮かべて無言のままリヒャルト様を見つめていた。
顔は真っ青でその身体はかなり震えているように見える。
(……ヘンリエッテ王女の、こ、婚約者!?)
そして私も私で驚きが隠せない。
リヒャルト様の前世がお姫様の婚約者!?
え? 待って?
つまり、それってヴァネッサ嬢の……お相手ってこと?
「───っ」
私の胸がドクンッと嫌な音を立てる。
(それは嫌だ……すごく嫌だ)
ハインリヒ様なんかどうでもいい。
だから“アルミン”となら、どれだけ親密な関係になろうとも好きにすればいい。
そう思えたのにリヒャルト様は嫌だ。
「……」
私はギュッとドレスを両拳で握りしめる。
(……嫌だけど、目を逸らしては駄目。私はしっかり見届けなきゃ)
リヒャルト様はこれまで前世の記憶を持っている素振りなんて見せて来なかった。
それなのに今、この場でそれを明かしているのは、私のため……
だから、私はきちんと見届ける義務がある!
(それに、過去は過去! 私たちは今を生きている!)
そう思って沈みそうだった気持ちに喝を入れた。
そうして顔を上げて対峙しているリヒャルト様とハインリヒ様へと視線を戻した。
(──テオバルトって名乗っていたわ)
どんなに歴史書を漁って読んでみても、お姫様……ヘンリエッテ王女の婚約者の名前はどこにも載っていなかった。
(どうしてこの名前をどこか懐かしく感じるのかしら……?)
不思議な感覚にとらわれながらも私は考える。
ハインリヒ様の様子からいっても“テオバルト”が婚約者の名前なのは間違いなさそう。
同時代に生きた人間が三人───
こんな珍しいことが有り得……
───ズキッ
(……っ)
ほんの一瞬だけまた私の頭が痛んだ。
やっぱり私のこの頭痛は前世───それも、パルフェット王国に関連している気がする。
なぜ私が?
あの少しだけ流れて来た記憶……
私の過去と思えるあれもパルフェット王国と関係している?
そんなことを考えていると、ハインリヒ様がリヒャルト様に問いかけていた。
「本当に……テオバルトなのか……いや、なので、すか?」
「ハインリヒ。俺はお前と違って当時の面影なんて全く残っていないからな」
「はい……髪色も瞳の色も……殿下には“テオバルト”を彷彿させるものは……ありません」
ハインリヒ様は震える声でそう言った。
「そうだな。強いて言うなら俺の前世との共通項はこれだな」
そう言って、リヒャルト様は自分の服の腕部分の袖を捲る。
そして左腕をハインリヒ様に見せつけた。
(んー? 私の位置からは見えないわ?)
「この腕にある三つ並んだほくろ。これくらいだな」
「っ! テオバルトの左腕……規則的に並んだほくろ、確かにあった……だが、そんなの分かるわけないじゃないか!」
確かに、王子の服の下の腕のほくろなんて見る機会なんてそうそうないわね。
でも、今の発言からもハインリヒ様はリヒャルト様の過去の人物にほくろがあることを知っていた。
それってつまり前世の二人はかなり近しい関係だった……?
「……そういうものなんだよ」
「え?」
「前世は前世。どんな過去の記憶が自分の中にあろうとなかろうと、それは“今”じゃない」
「…………今、じゃない?」
ハインリヒ様が青い顔のまま首を傾げる。
「俺たちはもう今の人生を生きているんだから当然だろう? むしろ、過去の姿を色濃く受け継いでいる方が異常なんだよ」
「異常……」
そう言ってハインリヒ様がおそるおそるヴァネッサ嬢に視線を向ける。
「……え? なに?」
ハインリヒ様と目が合ったヴァネッサ嬢が怯えだした。
確かにハインリヒ様はヴァネッサ嬢は前世の姫と……と豪語していた。
「……ハインリヒも珍しく“アルミン”の面影をかなり引き継いでいるが……そこの男爵令嬢は異常だ」
リヒャルト様もそう言ってヴァネッサ嬢に視線を向ける。
「異常ですって? どうして、そんな目で見るの……ですか? わたしが前世の自分にかなり似ているのってそんなに変なこと?」
(───あ)
ヴァネッサ嬢が真っ青に震えながら反論する。
それを見て私は、色々と悟った。
だって疚しいことがなければ、たとえ疑われてもここでこんな言い方はしない。
それに先程のヴァネッサ嬢はハインリヒ様の思い出話にきちんと答えられていなかった。
そのことは、多分この場にいる誰もが感じている。
(リヒャルト様、あなたは……)
ハインリヒ様と同じ時代の記憶を持ったリヒャルト様はずっとおかしいと思っていたんだわ。
……彼女は違うって。
見た目はそっくりだけど“違う”のだと。
「──ハインリヒ。もし、本当に彼女がヘンリエッテ……本当に王女の記憶があるのならお前をそばに置こうとなんて絶対に思わない」
「え……?」
ハインリヒ様が何故だって顔をした。
それにはやはりリヒャルト様が言った“裏切り者”という言葉が大きく関わってくる気がする。
「……その表情。そうかお前は今でも自分のしたことは正しかった、そう思っているのか」
そう口にするリヒャルト様は悲しそうな表情だった。
そして小さなため息を吐くと言った。
「ハインリヒ。その話は後だ。今はそこの男爵令嬢の正体をはっきりさせる方が先だ」
「正体……ひ、姫……いや、ヴァネッサ。まさか、本当に君は姫、じゃなかった、のか?」
リヒャルト様に促されたハインリヒ様が青白い顔と震える声でヴァネッサ嬢に訊ねた。
だけど、ヴァネッサ嬢はもちろん大きく否定する。
「何を言っているの、アルミン! わたしはわたしよ、あなたのお姫様のヘンリエッテ! 護衛だったあなたも、わたしと会ってそう感じてくれていたのでしょう?」
「……」
ハインリヒ様は何も言えずにヴァネッサ嬢から顔を背ける。
ここに来て彼女こそが自分の姫だという自信が大きく揺らいだのだと思う。
「ど、どう……して?」
「……」
「ねぇ、ハインリヒ様……いえ、アルミン! わたし、わたしよ? ほら、わたしを見て?」
ヴァネッサ嬢は必死にハインリヒ様に縋りつく。
そんな彼女に冷たい声が降りかかる。
「ヴァネッサ・シュトール。初めて君の姿を見た時から、俺は誰なんだろうと思っていた」
「え……?」
リヒャルト様が冷たい表情、冷たい声でヴァネッサ嬢に問いかける。
「そう。ヘンリエッテ王女の名を騙る偽者──不届き者は誰なのか、と」
「ふ、不届き者ですって!?」
「そうだろう? なぜ君がそんなにも“ヘンリエッテ王女”を彷彿とさせる容姿なのかもずっと考えていた───中身はまるで違うのに」
「──……っ!」
ヴァネッサ嬢が悔しそうに黙り込む。
「まぁ、誰なのかは仮説を立てていたが。ハインリヒ……アルミンへの執着を考えれば思い当たる人物は一人だからな」
「……なっんですって!? わたしは!」
「───それだ」
リヒャルト様がヴァネッサ嬢の言葉を遮る。
「それ……?」
「それに加えて、俺が仮説を立てたその者もそういう少し変わったイントネーションでいつも自分のことを“わたし”と言っていた」
「え……?」
「あ! ま、さか」
ポカンとするヴァネッサ嬢。
そしてリヒャルト様のその指摘でようやく何かに気づいた様子のハインリヒ様。
「こういうことは案外、自分では気付かないものなのだろうな」
「……え? どういう、こと? わた……し? え? わたし……」
ヴァネッサ嬢はまだよく分かっておらず、わたし、わたしと繰り返していた。
「はぁ、いい加減に諦めろ。本当に往生際が悪いな───ヘンリエッテ王女の従姉妹であり侍女でもあった公爵令嬢、コルネリア!」
「──!」
リヒャルト様がため息混じりで叫んだその名前にヴァネッサ嬢は分かりやすく動揺した。
220
お気に入りに追加
5,885
あなたにおすすめの小説
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。

婚約破棄から~2年後~からのおめでとう
夏千冬
恋愛
第一王子アルバートに婚約破棄をされてから二年経ったある日、自分には前世があったのだと思い出したマルフィルは、己のわがままボディに絶句する。
それも王命により屋敷に軟禁状態。肉塊のニート令嬢だなんて絶対にいかん!
改心を決めたマルフィルは、手始めにダイエットをして今年行われるアルバートの生誕祝賀パーティーに出席することを目標にする。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。
【完結】見返りは、当然求めますわ
楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。
伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかし、正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。
※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる