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23. 婚約破棄と王子様の正体
しおりを挟むリヒャルト様のその発言に会場内はしんっと静まり返った。
私も驚きで言葉を失う。
(……今、なんて?)
リヒャルト様は、ハインリヒ様たちの元に向かう際に前世と口にしていたことから、二人が前世の記憶持ちなのは理解していたはず。
そして、ヴァネッサ嬢がアルミンの名前も出していたから、ハインリヒ様の前世がアルミンという名の人物だったことも分かっていたと思われる。
では……
(裏切り者ってなんのこと?)
リヒャルト様はいったい何を知っているの?
そこで私は思った。
リヒャルト様はたくさん歴史書を読み込んでいるようで、以前からパルフェット王国のことも知っている様子だったからおかしい話ではない。
ヴァネッサ嬢は“ヘンリエッテ王女”の名前も出していたから、二人の話していた前世はあの国のことかとアタリをつけたのかも。
私が読み込んだ歴史書にアルミンの名前は無かったけれど、リヒャルト様は私の知らない歴史書を読み込んでいて知っていた可能性だってある。
「……」
そう考えるのが妥当。
だけど、私の胸がドクドク鳴っているこの胸が訴えてくる。
そうではないのだと───……
「う、裏切り者、だと!?」
「……」
「いや、その前に殿下、あなたは何を言っているんですか! そ、それに、なぜ僕が殴られなくてはいけないんですか!」
「……」
ハインリヒ様が殴られた頬を手で押さえながら抗議する。
謎の前世に関する発言よりも殴られたことの方が今は許せないらしい。
「そんなの……お前がナターリエを侮辱するような発言を繰り返していたからに決まっているだろう?」
「……なっ!?」
「浮気を認めようとしない、言い訳したかと思えば前世の話を持ち出して正当化しようとする。そんなにそこの令嬢のことが好きそうな顔をしているくせに婚約破棄だけは否定する……」
「ぐっ……」
リヒャルト様は、これまで見たことがないくらいの顔で怒ってハインリヒ様のことを責めていく。
「ハインリヒ、お前は自分の発言や行動がどれだけ最低なことをしているのか分かっているのか?」
「……っっ」
ハインリヒ様はリヒャルト様からそっと目を逸らそうとする。
だけど、リヒャルト様はそれを許さない。
ハインリヒ様と──彼の両親の侯爵夫妻にも目を向けながら言った。
「───ベルクマン侯爵領は毎年の報告書を読む限り、一見問題なさそうな領地だったが、実はここ数年は税収は右肩下がり……資金繰りにも悩み始めていたそうだな。つまり、虚偽の報告をしていた」
「どうしてそれ…………あッ」
どうしてそれを───ハインリヒ様はそう言いかけて慌てて自分の口を押さえる。
だけど、もう遅い。その表情が全てを語っている。
一方のベルクマン侯爵夫妻も青ざめた表情で身体を震わせながら顔を見合せていた。
「ナターリエの持参金への期待と無事に婚姻を結んだ後は、上手いこと言って資金援助を言い出すつもりでいたんだろう?」
「……っっっ!」
「そんな状態なら、身分がという問題以前にそこの男爵令嬢を娶ることは出来ない。持参金も資金援助も期待出来ないからな」
リヒャルト様はチラッとヴァネッサ嬢の顔を横目で見ながらそう言った。
「そんな言い方、ひ、酷い……」
「~~~!」
ヴァネッサ嬢が涙目で震えている。
おそらくこれは泣き真似ではなく本気で震えている様子。
そして、ハインリヒ様も声にならない声を上げる。
(そういうことだったの……)
ようやく、ベルクマン侯爵夫妻が必死だった理由が分かったわ。
でも、と私は思う。
持参金はともかくとして、資金援助? 有り得ないわ。
この私が何も知らずに結婚してしまったとして、結婚後にお飾りの妻扱いされて大人しくしているとでも思ったのかしら?
そんなのお父様たちに即報告するに決まっている。
(随分と舐められていたわけね……?)
ただ、この場……大勢の前で内情と不正が暴露されたベルクマン侯爵家は、これから取調べが入り、何らかの処罰を受けることになる。
「……っ、だ、誰が我が家のそんな内情を殿下に教えたんだ! いくら殿下でもそこまで……」
「…………ベルクマン前侯爵だ」
「お、おじい様!?」
(え!)
ハインリヒ様が驚きの声を上げる。
これには私も驚いた。
「ハインリヒ、前侯爵はお前がナターリエを裏切っていることを知ってから、自分たちのエゴで婚約を結ばせたことを後悔していたそうだ」
「知っ……?」
「大事な人の孫娘をこれ以上苦しませたくない。だからナターリエの望むハインリヒとの婚約破棄の訴えにこの情報が使えるなら……そう言って隠蔽された本物の資料を持って俺の元を訪ねて来た」
「そ、そんなおじい様……が?」
ハインリヒ様は真っ青を通り越して真っ白になり、ベルクマン侯爵夫妻はその場で膝から崩れ落ちる。
密告者は身内だった──
「ナターリエとの婚約破棄を了承しろ、ハインリヒ!」
「……」
呆然とするハインリヒ様は答えない。いや、ショックが大きすぎて答えられないのかも。
「これ以上ゴネても無駄だ」
「む……だ?」
「ここでお前が頷かなくても、もうナターリエの訴えは確実に通るだろうからな」
「!」
「ナターリエは細かくお前の浮気の詳細の報告書を用意している。諦めろ」
明らかな浮気、虚偽の申告……これは確かに婚約破棄を申し出る理由としては充分だった。
もうどんなにハインリヒ様やベルクマン侯爵家が拒否をしても婚約破棄の命令がくだされ成立する。
(リヒャルト様……)
私が感謝の意を伝えたくてリヒャルト様の元に向かおうとした時だった。
「どうして!? どうして殿下はハインリヒ様をそんなに追い詰めるのですか!? こんなの酷い……!」
ヴァネッサ嬢だった。
目に涙を浮かべながら殿下に訴える。
「それにさっきの発言はなんですか! 裏切り者って! ハインリヒ様……アルミンのこと何も知らないくせに……!」
本来なら不敬罪になってもおかしくないくらいの無礼な態度でヴァネッサ嬢はリヒャルト様に喰いついた。
「───俺が何も知らない?」
「そうです! だって、アルミンは前世のわたしに忠誠を誓ってくれた護衛騎士なんですから!」
ヴァネッサ嬢がそう訴えるけれど何故か、リヒャルト様はハハハと笑い出す。
「な、なんで笑うんですか!」
「いや、あまりにも滑稽で可笑しくて。この茶番をいつまで続けるのかと思ったら……ハハッ、笑いが止まらない」
「~~~っ!」
ヴァネッサ嬢がバカにされた怒りと悔しさで顔を真っ赤にする。
それでもリヒャルト様は笑うのを止めない。
そこにハインリヒ様も参戦した。
「……っ! 茶番とはどういう意味ですか! それに僕は……僕の前世は裏切り者なんかじゃ……!」
「……ハハハ」
「何を根拠に───……」
「……」
ハインリヒ様の訴えにリヒャルト様は笑うのを止めると冷たい視線を二人に向けた。
「そうか。お前たちは本当に俺が誰なのか分からないのか」
「な……?」
「え?」
ハインリヒ様とヴァネッサ嬢が顔を見合わせる。
「確かに前世の記憶を思い出しても、同時代に生きた者が出会うことはほとんどないと言うな」
「……そうです! だから僕は姫ともう一度巡り合えたこの運命の再会を喜んだだけで」
その言葉にリヒャルト様はにっこりと微笑んだ。
「なら───どうしてお前たちはそれが自分たちだけだと思えたんだ?」
そこで一旦言葉を切ったリヒャルト様は、何故か私に視線を向けた。
私たちの目が合ったので胸がドキッと跳ねる。
(え? 今、なんで私を見た……の?)
それに、リヒャルト様のこの口振り。
これはおそらく……いや、リヒャルト様は歴史書の知識で語っているのではない。
───前世の記憶。
リヒャルト様も、前世の記憶を持っている。
そしてそれはなんの偶然か……ハインリヒ様やヴァネッサ嬢の前世と同じ時代で同じ場所……
つまり、パルフェット王国を生きていた人なんだわ。
(だから、歴史書にほとんど記載の無いパルフェット王国のことを知っていた……)
そのことに私はようやく気付く。
では、リヒャルト様はいったいどこの誰なの?
理由は不明だけど、ハインリヒ様の前世のアルミンを裏切り者と呼んでいた。
そのことからも近しい距離にいた人?
「──自分たちだけって……ま、まさか」
ハインリヒ様が震える声で訊ねる。
「……まさか、もう一度お前と会うことになるとは思わなかったよ、アルミン」
「だ、誰だ! じゃない殿下、あなたは……いったい誰なんですか!」
リヒャルト様はフッと鼻で笑う。
「お前が大嫌いな男だよ」
「え?」
「───テオバルト」
リヒャルト様が口にしたその名前にハインリヒ様の表情が歪む。
「テ、テオバルト!?」
「そうだ。俺はお前が大好きだったお姫様、ヘンリエッテ王女の婚約者だったテオバルトだ」
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