上 下
24 / 44

23. 婚約破棄と王子様の正体

しおりを挟む


 リヒャルト様のその発言に会場内はしんっと静まり返った。
 私も驚きで言葉を失う。

(……今、なんて?)

 リヒャルト様は、ハインリヒ様たちの元に向かう際に前世と口にしていたことから、二人が前世の記憶持ちなのは理解していたはず。
 そして、ヴァネッサ嬢がアルミンの名前も出していたから、ハインリヒ様の前世がアルミンという名の人物だったことも分かっていたと思われる。
 では……

(裏切り者ってなんのこと?)

 リヒャルト様はいったい何を知っているの?

 そこで私は思った。
 リヒャルト様はたくさん歴史書を読み込んでいるようで、以前からパルフェット王国のことも知っている様子だったからおかしい話ではない。

 ヴァネッサ嬢は“ヘンリエッテ王女”の名前も出していたから、二人の話していた前世はあの国のことかとアタリをつけたのかも。
 私が読み込んだ歴史書にアルミンの名前は無かったけれど、リヒャルト様は私の知らない歴史書を読み込んでいて知っていた可能性だってある。

「……」

 そう考えるのが妥当。
 だけど、私の胸がドクドク鳴っているこの胸が訴えてくる。
 そうではないのだと───……



「う、裏切り者、だと!?」
「……」
「いや、その前に殿下、あなたは何を言っているんですか!  そ、それに、なぜ僕が殴られなくてはいけないんですか!」
「……」

 ハインリヒ様が殴られた頬を手で押さえながら抗議する。
 謎の前世に関する発言よりも殴られたことの方が今は許せないらしい。

「そんなの……お前がナターリエを侮辱するような発言を繰り返していたからに決まっているだろう?」
「……なっ!?」
「浮気を認めようとしない、言い訳したかと思えば前世の話を持ち出して正当化しようとする。そんなにそこの令嬢のことが好きそうな顔をしているくせに婚約破棄だけは否定する……」
「ぐっ……」

 リヒャルト様は、これまで見たことがないくらいの顔で怒ってハインリヒ様のことを責めていく。

「ハインリヒ、お前は自分の発言や行動がどれだけ最低なことをしているのか分かっているのか?」
「……っっ」

 ハインリヒ様はリヒャルト様からそっと目を逸らそうとする。
 だけど、リヒャルト様はそれを許さない。
 ハインリヒ様と──彼の両親の侯爵夫妻にも目を向けながら言った。

「───ベルクマン侯爵領は毎年の報告書を読む限り、一見問題なさそうな領地だったが、実はここ数年は税収は右肩下がり……資金繰りにも悩み始めていたそうだな。つまり、虚偽の報告をしていた」
「どうしてそれ…………あッ」

 どうしてそれを───ハインリヒ様はそう言いかけて慌てて自分の口を押さえる。
 だけど、もう遅い。その表情が全てを語っている。
 一方のベルクマン侯爵夫妻も青ざめた表情で身体を震わせながら顔を見合せていた。

「ナターリエの持参金への期待と無事に婚姻を結んだ後は、上手いこと言って資金援助を言い出すつもりでいたんだろう?」
「……っっっ!」
「そんな状態なら、身分がという問題以前にそこの男爵令嬢を娶ることは出来ない。持参金も資金援助も期待出来ないからな」

 リヒャルト様はチラッとヴァネッサ嬢の顔を横目で見ながらそう言った。

「そんな言い方、ひ、酷い……」
「~~~!」

 ヴァネッサ嬢が涙目で震えている。
 おそらくこれは泣き真似ではなく本気で震えている様子。
 そして、ハインリヒ様も声にならない声を上げる。

(そういうことだったの……)

 ようやく、ベルクマン侯爵夫妻が必死だった理由が分かったわ。
 でも、と私は思う。
 持参金はともかくとして、資金援助?  有り得ないわ。
 この私が何も知らずに結婚してしまったとして、結婚後にお飾りの妻扱いされて大人しくしているとでも思ったのかしら?
 そんなのお父様たちに即報告するに決まっている。

(随分と舐められていたわけね……?) 

 ただ、この場……大勢の前で内情と不正が暴露されたベルクマン侯爵家は、これから取調べが入り、何らかの処罰を受けることになる。

「……っ、だ、誰が我が家のそんな内情を殿下に教えたんだ!  いくら殿下でもそこまで……」
「…………ベルクマン前侯爵だ」
「お、おじい様!?」

(え!)

 ハインリヒ様が驚きの声を上げる。
 これには私も驚いた。

「ハインリヒ、前侯爵はお前がナターリエを裏切っていることを知ってから、自分たちのエゴで婚約を結ばせたことを後悔していたそうだ」
「知っ……?」
「大事な人の孫娘をこれ以上苦しませたくない。だからナターリエの望むハインリヒとの婚約破棄の訴えにこの情報が使えるなら……そう言って隠蔽された本物の資料を持って俺の元を訪ねて来た」
「そ、そんなおじい様……が?」

 ハインリヒ様は真っ青を通り越して真っ白になり、ベルクマン侯爵夫妻はその場で膝から崩れ落ちる。
 密告者は身内だった──

「ナターリエとの婚約破棄を了承しろ、ハインリヒ!」
「……」

 呆然とするハインリヒ様は答えない。いや、ショックが大きすぎて答えられないのかも。

「これ以上ゴネても無駄だ」
「む……だ?」
「ここでお前が頷かなくても、もうナターリエの訴えは確実に通るだろうからな」
「!」
「ナターリエは細かくお前の浮気の詳細の報告書を用意している。諦めろ」

 明らかな浮気、虚偽の申告……これは確かに婚約破棄を申し出る理由としては充分だった。
 もうどんなにハインリヒ様やベルクマン侯爵家が拒否をしても婚約破棄の命令がくだされ成立する。

(リヒャルト様……)

 私が感謝の意を伝えたくてリヒャルト様の元に向かおうとした時だった。

「どうして!?  どうして殿下はハインリヒ様をそんなに追い詰めるのですか!?  こんなの酷い……!」

 ヴァネッサ嬢だった。
 目に涙を浮かべながら殿下に訴える。

「それにさっきの発言はなんですか!  裏切り者って!  ハインリヒ様……アルミンのこと何も知らないくせに……!」

 本来なら不敬罪になってもおかしくないくらいの無礼な態度でヴァネッサ嬢はリヒャルト様に喰いついた。

「───俺が何も知らない?」
「そうです!   だって、アルミンは前世のわたしに忠誠を誓ってくれた護衛騎士なんですから!」

 ヴァネッサ嬢がそう訴えるけれど何故か、リヒャルト様はハハハと笑い出す。

「な、なんで笑うんですか!」
「いや、あまりにも滑稽で可笑しくて。この茶番をいつまで続けるのかと思ったら……ハハッ、笑いが止まらない」
「~~~っ!」

 ヴァネッサ嬢がバカにされた怒りと悔しさで顔を真っ赤にする。
 それでもリヒャルト様は笑うのを止めない。
 そこにハインリヒ様も参戦した。

「……っ!  茶番とはどういう意味ですか!  それに僕は……僕の前世は裏切り者なんかじゃ……!」
「……ハハハ」
「何を根拠に───……」
「……」

 ハインリヒ様の訴えにリヒャルト様は笑うのを止めると冷たい視線を二人に向けた。

「そうか。お前たちは本当に俺が誰なのか分からないのか」
「な……?」
「え?」

 ハインリヒ様とヴァネッサ嬢が顔を見合わせる。

「確かに前世の記憶を思い出しても、同時代に生きた者が出会うことはほとんどないと言うな」
「……そうです!  だから僕は姫ともう一度巡り合えたこの運命の再会を喜んだだけで」

 その言葉にリヒャルト様はにっこりと微笑んだ。

「なら───どうしてお前たちはそれがだと思えたんだ?」

 そこで一旦言葉を切ったリヒャルト様は、何故か私に視線を向けた。
 私たちの目が合ったので胸がドキッと跳ねる。

(え?  今、なんで私を見た……の?)

 それに、リヒャルト様のこの口振り。
 これはおそらく……いや、リヒャルト様は歴史書の知識で語っているのではない。
 ───前世の記憶。
 リヒャルト様も、前世の記憶を持っている。
 そしてそれはなんの偶然か……ハインリヒ様やヴァネッサ嬢の前世と同じ時代で同じ場所……
 つまり、パルフェット王国を生きていた人なんだわ。

(だから、歴史書にほとんど記載の無いパルフェット王国のことを知っていた……)

 そのことに私はようやく気付く。
 では、リヒャルト様はいったいどこの誰なの?
 理由は不明だけど、ハインリヒ様の前世のアルミンを裏切り者と呼んでいた。
 そのことからも近しい距離にいた人?

「──自分たちだけって……ま、まさか」

 ハインリヒ様が震える声で訊ねる。

「……まさか、もう一度お前と会うことになるとは思わなかったよ、アルミン」
「だ、誰だ!  じゃない殿下、あなたは……いったい誰なんですか!」

 リヒャルト様はフッと鼻で笑う。

「お前が大嫌いな男だよ」
「え?」
「───テオバルト」

 リヒャルト様が口にしたその名前にハインリヒ様の表情が歪む。

「テ、テオバルト!?」
「そうだ。俺はお前が大好きだったお姫様、ヘンリエッテ王女の婚約者だったテオバルトだ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります

みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった! しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢? 私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。 どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も… これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない… そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが… 5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。 よろしくお願いしますm(__)m

処理中です...