【完結】ある日、前世で大好きだった人と運命の再会をしました───私の婚約者様が。

Rohdea

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22. 混乱する記憶

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 ズキンズキン……
 頭の痛みと共に“何か”が私の中に流れ込んで来る。



(ここは、どこかの庭……?)

 同じ年齢くらいの少女と少年がいた。
 少女が木の上に登っているらしく下から少年が声をかけている──……


 ───今日はこっちですか……先生が必死に探していますよ?
 ───ええ!?  なんでぇ?  今日こそはと思ったのに!  どうして、いつも私の居場所が分かるの?
 ───だって、高いところ好きですよね?
 ───そうだけど!  でも、私はわざわざ毎回場所は変えて逃げているのよ?  それなのに!

 先生がと言っているから、勉強?  か何かが嫌で逃げ出した少女を少年が追いかけて来たらしい。
 見つかってしまった少女は不満そうだ。
 でも、そんな少女に木の下にいる少年は優しく笑う。

 ───あなたを追いかけて見つけるくらいのことが出来ないと、将来、あなたの騎士にはなれませんから。
 ───騎士?  私の騎士になりたかったの?  でも私は…………
 ───とりあえず危ないので降りてきて下さい、───ΘΠλΨξτ様。
 ───もう!  τΦдΙτは相変わらずね?  分かったわ。それじゃあ、降りるから支えてくれる?
 ───喜んで。

 そう言って少女は慣れた様子で木から降りていく。
 それをこれまた慣れた様子で支える少年……

(二人が互いの名前を口にしている所だけよく聞き取れなかったわ)

 そのせいで、この少女と少年の名前がよく分からない。
 すごくすごく大事なことのような気がするのに。

 ───ねえ、τΦдΙτ?  私ね、あなたには騎士ではなくて……私の、
 ───その話はまた今度にしましょう?  ΘΠλΨξτ様。
 ───もう!  またそれ?  相変わらずなんだから!
 ───そんなこと言っていていいんですか?  戻ったらまずお説教ですよ?
 ───うっ……

 そうして二人は仲良く手を繋いで建物へと戻って行く。
 その建物はまるでお城のよう─────


──────……


「……っ!」

 そこで私はハッと意識を取り戻す。

(今のは、な、何だったの……)

 もう頭痛は治まっていた。
 痛かった所を手で押さえながら私は思った。
 今のは私の前世の記憶だったりする?

(前世を思い出すきっかけは人それぞれ……)

 だとしても、なぜ今このタイミングなの?  という思いしか湧かない。

 あのお転婆そうな少女の姿は私とは似ていない。
 木の上に登るのが好き──私と共通する所はあったけれど。
 迎えに来ていた少年のことも見覚えはないと思った。
 だって、いつも木の上に隠れている私を見つけてくれていたのはリヒャルト様だったから。

 これが私の子供の頃の記憶ではないとするのなら……今のは前世としか思えない。

(そう思うと何だか変な気持ちね)

 あれだけではどこの誰なのかも分からなかったし、ほんの一部の記憶でしかないけれど自分にも過去があったのかと思うと不思議な気持ちになる。
 ただ、あの少女の姿は……誰かに似ていた。そのことが今、胸に引っかかっている。



「──そうだ、姫と初めて会った時のことを覚えている?」
「え?  初めて……?  それってえっと……」

 色々、考えていた私の耳に、ハインリヒ様とヴァネッサ嬢の声が聞こえて来て現実に戻される。
 そして、二人はまだ前世の思い出話をしていた。
 今度は出会いについて語るハインリヒ様。
 しかしやはり記憶が怪しいのか、ヴァネッサ嬢の表情が固まった。
 彼女のその顔を見た時、私の頭の中であっ!  と叫んだ。

(あの少女……ヴァネッサ嬢に似ているような……?)

 あの少女が成長したら──そう思えるくらいには似ている。

「……え?」

 思わず声も出てしまう。
 これってどういうこと?
 あれは誰?  誰の記憶だった?  私の前世ではなかったの?  
 どうしてヴァネッサ嬢が?

 私の頭の中が再び混乱し始めた。
 ハインリヒ様はヴァネッサ嬢の容姿についてなんて言っていた?
 前世の姫と……
 え?  なにこれ、どういうこ────……

「───落ち着くんだ、ナターリエ!」
「!」

 もう、なにがなんだか訳が分からない!
 そう叫び出しそうになった私を現実に引き戻してくれたのは──

「リ、リヒャルト……様?」
「そうだ。俺だ、大丈夫か?  ナターリエ」

 ふと気付くと、リヒャルト様が私の肩を手で掴んで支えてくれていた。

「……わ、私、」
「うん。あそこの二人が“前世”の思い出話を始めた辺りからナターリエの様子がおかしくなった気がした」
「……」

(それで駆けつけて来てくれたの?)

 リヒャルト様には最後の切り札としての証言をお願いしていた。
 パーティー会場で親しくしている様子を見せると、あとでハインリヒ様が何を言いだすか分からなかったから、会場では距離を取ろうと二人で話して決めていた。
 それなのに……

「頭を手で押さえていたから、頭痛もしていたんだろう?  大丈夫か?」
「!」

 トクンッ
 そんな細かい所まで……と私の胸が高鳴る。
 私の様子をずっと気にしてくれていて、今も様子がおかしいと察知して心配してくれて……

「痛かったけれど今は大丈夫……です」
「よかった」

 リヒャルト様はいつもの顔で笑う。
 その笑顔に胸がホッとした。

「……ナターリエ」
「は、はい!」

 リヒャルト様が、私の肩を掴んでいる腕にグッと力を込めた。
 そういえば、これまで私に指一本触れることをして来なかったリヒャルト様が、今は私に触れているという事実にドキッとした。

 リヒャルト様はチラッとハインリヒ様とヴァネッサ嬢に視線を向ける。
 そこで一旦視線を止めると二人の顔をじっと見た。
 二人……と言うよりもヴァネッサ嬢の方を凝視しているようにも思えた。

「あぁ、………………だったのか」
「?」

 そして小さな声で何かを呟いたあと、私に視線を戻す。

「……あの二人、少し俺に任せてくれないか?」
「え?」
「ちょっとだけあの二人に俺から言っておきたいことがあるんだ」
「言っておきたい……こと?」
「ああ」

 私が聞き返すとリヒャルト様は真剣な表情で力強く頷く。

(あれ……?)

 だけど、どこかいつもの彼とは違う……そんな気持ちにさせられた。
 そんなリヒャルト様から私も目が離せない。

「ナターリエ……すまない」
「リヒャルト様?」
「……」

 真剣な目で私を見つめ続けていたリヒャルト様は悲しげに目を伏せる。

「この後、君は色々と混乱するかもしれない。いや、もう既にしているんだろう」
「混乱……?」
「ああ。だけど……」

 目を伏せていたリヒャルト様はもう一度真っ直ぐ私の目を見つめる。

「ナターリエはナターリエだ」
「え……?」
「君は、侯爵令嬢のナターリエ・ノイラート。俺はこの国の王子リヒャルト……それ以外の何者でもない──そのことを忘れないでくれ」

 ……私は私。
 そうよ!  私はナターリエ……ナターリエ・ノイラート!

「───分かりました」
「……ありがとう」

 私がしっかり頷くとリヒャルト様は安心したように微笑んだ。

「それじゃ、ちょっと行ってくる」

 そう言ってリヒャルト様が私の肩から手を離した。
 何だかそのことを寂しく感じてしまう……

「そうだ、ナターリエ」
「はい」
「……全てが片付いたら……君に話したいことがある」
「は、話したいこと?」
「ああ。だから時間をもらえると嬉しい」

 わざわざ改まって何だろう?
 そう思ったけれど断る理由なんてない。だから私は頷いた。

「分かりました!」
「……うん、ありがとう」

 リヒャルト様は軽く微笑むとそのまま、今も前世の思い出話を続けている二人の元に向かった。
 私はなぜかドキドキする胸を抑えながらその背中を見送った。



「……ハインリヒ。先程から随分と騒がしいことをしているな」
「あ、で、殿下……」
「お前とナターリエの婚約についての話は聞いていたが、派手にやらかしたな」
「それは……あ、でも、殿下なら僕の気持ち、分かってくれますよね?」

 ハインリヒ様の言葉にリヒャルト様が眉をひそめる。

「お前の気持ち?」
「そうです!  僕のこれは浮気ではなくて、ナターリエが誤解して騒いでいるだけ───ぐはっ!?」

(えっ!?)

 その光景に会場が大きくザワついた。
 それもそのはず。
 なんとリヒャルト様は問答無用でハインリヒ様を拳で殴りつけた。

「で、殿下……な、にを」
「……ヒッ」

 殴られたハインリヒ様は目を丸くしていて、横にいるヴァネッサ嬢は怯えて小さな悲鳴を上げる。
 いったいどうして……?
 会場内の誰もが驚く中、リヒャルト様は殴られて呆然としているハインリヒ様の胸ぐらを掴む。
 そしてこう言った。

「───まさか、ハインリヒがお前だったとはな───裏切り者のアルミン」

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