21 / 44
20. デートの証拠
しおりを挟むヴァネッサ嬢は会場に入ると、何やら目立つ場所で揉めている様子の私とハインリヒ様を見て驚いた表情をして足を止めた。
ハインリヒ様とヴァネッサ嬢は、実際は……だけど一応別れたことになっている。
裏ではコソコソ密会していたようだけれども、その設定をここでも貫くつもりがあるなら、今はこちらに近寄ってくることはないと思われる。
案の定、彼女はこちらを見ているもののそのまま動こうとはしなかった。
(様子見かしら?)
でもそのままそこに居られるだけでは駄目。
こちらに来てもらわないと!
どうやってこちらに引きずり出そうかと考えた時だった。
(……ん? あれって)
ふと、彼女の耳元で揺れているイヤリングが目に入る。
一見、よくあるデザインのものだけど───……
と、ちょうどその時、ハインリヒ様が私に向かって怒鳴ってきた。
「───ナターリエ! き、君はまだそんなことを言っているのか!」
「……」
入口の扉側に背を向けているので、愛しの愛しのお姫様が登場したことに気付いていないハインリヒ様。
「そんなことって……私の気持ちはすでに何度もお伝えしている通りであって……それを変えるつもりがないだけですわ?」
「何故なんだ! ナターリエだって本当は分かっているはずだ!」
「……分かっている、とは?」
私はわざとらしく首を傾げる。
するとハインリヒ様はなぜか得意気な表情になって堂々と言い放つ。
「このまま僕と結婚することが一番いいってことだ!」
「……」
「不快な思いをさせたことは謝る。すまなかった……だが、手紙にも書いた通り僕はナターリエ、君のことを───」
「ハインリヒ様? そこまで仰るなら私、どうしても説明してもらいたいことがあるのですけど?」
ハインリヒ様の話を遮るような形で私は割り込む。
薄ら寒い偽の愛の言葉なんて聞きたくもない。
そして──会場の人たちもいい感じに注目してくれている。
「せ、つめい?」
「ええ。たとえば───あなたが私に送ってくださった手紙の中に……『本当に一番大切なのはナターリエだと気付いた』という内容がありました」
「……そうだ! それは僕の本心だ! これまでナターリエと過ごして来た時間はかけがえのないものだとようやく気付いたんだ」
ハインリヒ様は自分に酔いしれているのか思ってもいないことを平気で口にする。
「失って……もしくは失いそうになって、私のことが大切だと気付いたと?」
「そうだよ」
「……」
よくもまぁ、そこで自信満々に頷けるものだわ、と色んな意味で感心してしまった。
「本心……では、何故かしら? ハインリヒ様、あなたがその手紙を書いたと思われる頃に、私ではない女性とデートをしている姿が目撃されていますけど?」
「なに……?」
怪訝そうな表情になったハインリヒ様に向かって私はにっこり微笑む。
「どういうことなのでしょう?」
「な、何を言っている? そんなはず……」
そう言って必死に誤魔化そうとするハインリヒ様。
「あら? そんなはずはないと?」
「ああ、ナターリエ。どこでそんな話を聞いたか知らないが、完全なでっち上げだよ」
その言葉を聞いて私はクスッと笑ってしまう。
「な、なぜ、笑う?」
「いえ、だってなんだか必死に否定するその姿が可笑しくて。ハインリヒ様ったらこう思っているでしょう? なぜなんだ? 最近は変装していたのにと」
「──!!」
ハインリヒ様の目が驚きで大きく見開かれる。
「そういう不慣れなことをするから、逆に目立つんですよ、ハインリヒ様」
「……な、え? 不慣れ……」
「慣れない変装をしてデートをしていたあなた達は、逆に街では目立っていたそうですよ?」
──明らかに不自然すぎる格好と雰囲気なのでどこにいてもすぐに分かりました。
報告者にはそう書いてあった。
「た、他人の空似だ! それは僕じゃない! ひ、姫……ヴァネッサ嬢とはもう会っていな……」
「───ハインリヒ様はそう仰っていますけど。貴女はどうなのです? お相手のヴァネッサ様?」
そろそろ彼女にも話に入って来てくれないと。
そう思った私はハインリヒ様の肩越しに彼女に向かって声をかけた。
「……え? 姫……!?」
「……」
ハインリヒ様は慌てて後ろを振り返る。
慌てる様子のハインリヒ様とは対象にヴァネッサ嬢は無言で俯いているため表情は見えない。
「ハインリヒ様のデートの相手はヴァネッサ様ですよね? ああ、貴女もそんなはずはない他人の空似と言います?」
「……」
ヴァネッサ嬢は無言。
どうやら答える気はなさそうだ。
(それなら仕方がないわねぇ……)
「───ヴァネッサ様、本日あなたがつけられているそちらのイヤリング、とても素敵ですね?」
「……え?」
想像していた話と違ったからか、俯いていたヴァネッサ嬢が慌てて顔を上げて私と目が合った。
私はふふっと笑みを深める。
入場の時にも見えた耳元のそのイヤリング。
まるでハインリヒ様の瞳を彷彿とさせる色の石が光っている。
「……実はですね。最近、人の迷惑も考えずに我が家に大量に宝石を贈りつけてきた方がいまして」
「ぐふっ!」
ハインリヒ様が変な声を上げた。
一方のヴァネッサ嬢は話の意図が見えずに不安そうな表情をしている。
「あまりにも数が多くて邪魔…………失礼、このまま眠らせるのは勿体ないわと思って宝石店の方に色々と相談していましたの」
本音は売り払うためだけどさすがにそれを今ここでは言えない。
二人は何の話だ? という顔で私を見て来た。
「その宝石屋の主人が、微笑ましいエピソードとして最近お店に来たというとても変装の下手だった貴族カップルの話をしてくれまして」
「……」
「……」
ハインリヒ様とヴァネッサ嬢がチラリと視線を交わす。
「女性の方が“ずっとあなたの瞳の色の宝石を身につけることが夢だったの”と言ったら男性の方も“僕もずっと姫に身につけて貰いたいと思っていた”と言って嬉しそうに鼻の下を伸ばしてあれやこれやと沢山購入していた、なんて話」
「……!」
ハインリヒ様の目が大きく見開かれる。
心当たりがあるのだろう。
「もちろん、購入した物にはイヤリングもあるそうで──あぁ、話で聞いた宝石の色とヴァネッサ嬢がつけているそのイヤリングは同じ色のようね?」
「……」
ヴァネッサ嬢がそっと自分の耳のイヤリングに手を伸ばす。
その手は震えていた。
(おそらく私に自慢するつもりで身に付けて来たのでしょうけど失敗だったわね?)
最初は他の話をしようと思ったのだけど、イヤリングが目についたのでこちらの話に切り替えることにした。
二人が密会してデートしていたことがこの場にいる人に伝われば、話そのものはどんなエピソードでも構わない。
「そうそう。そのカップル……男性は令嬢のことをずっと“姫”と呼んでいたのでとても印象に残っていたんですって」
「───!」
宝石屋の主人は、たまたまこんなカップルがいたんですよ、と単なる微笑ましいエピソードとして語ってくれたのだけど、それを聞いて私にはすぐに分かったわ。
その後、その日の二人のデートに関する報告書には宝石店に行っていたと書かれていたので確信した。
「ねぇ、ハインリヒ様? 男性が婚約者でもない女性に自分の瞳の色の宝石がついた装飾品を贈ることって普通のことなのかしら?」
「……っ!」
「そもそも婚約者がいるはずの男性が取る行動としてはどうなのかしら?」
「……っっ!」
「あのたくさん届いたハインリヒ様からの手紙はなんだったのかしら?」
「……っっっ!」
「あ、でもそれ以前に、二人はデートすらしていないはずなんでしたっけ?」
「……っっっっ!」
「まさか、ここに来て他人の空似なんて言ったりしませんよね? ハインリヒ様?」
私はここぞとばかりに一気に畳み掛けた。
188
お気に入りに追加
5,885
あなたにおすすめの小説
本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~
なか
恋愛
私は本日、貴方と離婚します。
愛するのは、終わりだ。
◇◇◇
アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。
初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。
しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。
それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。
この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。
レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。
全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。
彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……
この物語は、彼女の決意から三年が経ち。
離婚する日から始まっていく
戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。
◇◇◇
設定は甘めです。
読んでくださると嬉しいです。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】他人に優しい婚約者ですが、私だけ例外のようです
白草まる
恋愛
婚約者を放置してでも他人に優しく振る舞うダニーロ。
それを不満に思いつつも簡単には婚約関係を解消できず諦めかけていたマルレーネ。
二人が参加したパーティーで見知らぬ令嬢がマルレーネへと声をかけてきた。
「単刀直入に言います。ダニーロ様と別れてください」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる