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17. 譲れない夢

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「面白いくらいハインリヒ様は手紙を寄越して来るわねぇ……」

 私は今日も届いた手紙を開封しながら感嘆の声をあげた。
 ハインリヒ様の、自分は必死にいい夫になりますよアピールがすごい。

(なれないくせに!)

「残念だけど……“ハインリヒ様ってこんなに私のことを想ってくれていたのね!?  トクンッ!”とは全くならないわ」

 でも、おかげでハインリヒ様の嘘吐きの証拠はだいぶ溜まった。
 何故なら───

「お嬢様、こちらが今日の報告書です」
「ありがとう」

 私は使用人にお願いして、ハインリヒ様の様子を追ってもらっていた。
 今日の報告書を渡されて目を通す。

「今日も……やっぱりヴァネッサ嬢とデート三昧なのねぇ……」
「そのようです」
「……」

(前侯爵はあれからハインリヒ様に何か話したのかしら?)

 たとえ、話をしていたとしてもハインリヒ様のあの様子では聞き入れなかった可能性の方が高いけれども。
 私はふぅ、とため息を吐く。

「……私にはそんなに彼女が魅力的なお姫様には思えないのだけど」

 ヴァネッサ嬢は生まれ変わったことで性格が悪くなってしまったのか、それとも、実は元々性格が悪いお姫様だったのか。
 どちらだろう?   なんて考えてしまった。

 ──ズキッ

「……痛っ」

 そのとき突然、頭に痛みが走る。
 またなの? 

「お嬢様!?」
「だ、大丈夫よ。ほんの一瞬痛みが過ぎっただけだから」

 心配する使用人には笑ってそう返したけれど、一度医者に診てもらうべきかしらと考えた。



❈❈❈



「ナターリエ、こんにちは。お邪魔するよ」
「リヒャルト様!  な、なぜ……?」

 その日、突然我が家に訪問者が現れた。誰かと思えばまさかのリヒャルト様。
 けれど、今日の彼は格好が王子様らしくなくて明らかに変装している。

「うん……そろそろ準備が出来た頃かと思ってね」
「!」
「ただ、お忍びでこっそり来たから事前に連絡が出来ず申し訳なかった」

 リヒャルト様はそう言って私に頭を下げる。

「……」

(相変わらずだわ……)

 どうしてこの方は、ここぞという時に来てくれるの?
 そう思ったら私の胸がキュッとなる。

「ど……どうして、わざわざ変装までしてお忍びでいらしたのですか?」
「え?  それは……」

 私の質問にリヒャルト様は苦笑しながら答えた。

「だってナターリエ。そろそろ、ハインリヒを公の場で断罪するつもりでいるだろう?」
「っ!  そ、れは……」
「それって誰かに聞かれて外に漏れたら困る話だから、打ち合わせるなら王宮ではない方がいいと思ったんだ」
「う……?」

 打ち合わせ?
 まさかの言葉に驚いているとリヒャルト様もあれ?  と首を傾げる。

「もしかしてナターリエは俺を除け者にするつもりだった?」
「え!?  そ、そうではなくて……まさか王子様であるリヒャルト様がそんな堂々と手伝ってくれようとするとは思わなくて!  それで驚いてしまって……」

 私が正直にそう口にすると、リヒャルト様は優しく微笑んだ。

「だって約束しただろう?  必ず君の力になる、と」
「!」

 その言葉になぜか私の胸がトクンッと高鳴る。

「で、ですが、それはハインリヒ様の不貞の証拠を証言する時の話で……」
「それはもちろんだけど、それ以外にも力になれることがあれば協力したいと思ったんだ」
「リヒャルト様……」

 何だか頬が熱い……
 リヒャルト様は……私に優しすぎると思うわ。

「ナターリエ。君はハインリヒとの婚約破棄は、もう両家のみの話し合いの場ではなく、大勢の前で行ってやる!  とあのキスの場面を見た時に思っただろう?」
「は……はい」

 どうして分かったの?  とは聞かない。
 きっとリヒャルト様は、あの時の私の表情を見て察したんだわ。

 ふざけるなって思ったこと。
 これは───二人の関係を大勢の前で暴露させるくらいしないと私の気が済まない!  と思ったこと。

(リヒャルト様にはいつだって筒抜けだから……)

「ハインリヒはきっと公の場で追い詰めても絶対に話を素直に受け入れない。なんなら反論もしてくるだろう。だから、その時に示すための証拠集めもそろそろ出揃った。違う?」
「!」

(本当に何もかもお見通し)

 内心で苦笑しているとリヒャルト様は言った。

「でも、ナターリエには一つ困ったことがあったんじゃないか?」
「……!」

 その言葉に私はギクッとする。だってその通りだったから。

「ナターリエが困っていたのは、ハインリヒの不貞を断罪する──婚約破棄を言い渡す公の場所だ」
「…………そうです」

 人が多く集まると言えばパーティーや夜会。
 だけど、全く無関係の人の主催するパーティーで……というのは申し訳ない気持ちが強かった。
 それなら、我が家がパーティーを主催すれば……とも思ったけれど、下手にハインリヒ様たちに警戒されては困る。

「そんなことだろうと思ったから、パーティーの予定をちょっと強引に用意してみた」
「え……!」
「王家のパーティーだ。人も集まるし、ハインリヒたちも絶対に参加するだろう。もちろん騒ぎになることは承知している」

 リヒャルト様はどうだ?  と言わんばかりの表情で私を見つめる。

「……そ、それは……」
「それは?」

 驚き動揺する私にハインリヒ様はまたしても優しく微笑む。
 その優しい眼差しは……ずるいわ。胸が疼く。

「リ、リヒャルト様の主催……なのですか?」
「いや?  正確にはマリーアンネの主催だ」
「マリーアンネ様!?」

 まさかのマリーアンネ様の登場に私は更に驚く。

「本当は俺の主催にしようと思っていたんだ。でも……」
「でも?」
「ハインリヒの不貞の証言を俺もすることになった時、ハインリヒはパーティーの主催が俺だということを責めてくるかもしれないな、と」
「……それは、つまり私とリヒャルト様の関係が怪しい……と疑われるとかですか?」
「そういうこと」

 リヒャルト様は大きく頷いた。

「口裏を合わせて今回のパーティーも仕組んだんだろう!  その証拠は不正なものだ!   なんて自分のことを棚に上げて浮気だー!  とか言いかねないなと思っていたら……マリーアンネがやって来て───」
「……?」
「……フッ」

 リヒャルト様はその時のことを思い出したのか、クツクツと思い出し笑いを始めた。

「あの……?」
「───それならば、わたくしの主催ということにすれば万事解決でしてよ!  ですから、お兄様は思う存分ハインリヒをこき下ろしてやってくださいませ!  ホーホッホッホッ!  と、高笑いしていた」
「ふっ……マリーアンネ様」

 その話を聞いて私も思わず笑ってしまう。
 とってもとってもマリーアンネ様らしい言葉だわ。
 ありがとうございます、と今は心の中でお礼を言っておく。
 今度お会いした時には直接感謝を述べなくては。

「というわけで、マリーアンネ主催のパーティーとなった。俺たちは思う存分やってやろう?」
「あ……ありがとうございます!」

 その言葉が嬉しくて私も微笑んだ。

「コホッ、と……ところで一つ聞きたい」
「はい?」

(あら?  リヒャルト様の顔が……?)

 ほんのりだけど頬を赤く染めたリヒャルト様が改まった様子で私に訊ねる。

「……ナターリエは、ハインリヒとの婚約破棄が成立したらどうするつもりなんだ?」
「え?」

 婚約破棄が成立したら?
 そういえば、目先のことにいっぱいいっぱいでその後のことはあんまり考えていなかったかもしれない……

「新しい婚約者を探すのか?」
「そう、ですねぇ……」

 私は目を伏せる。

(正直、誰かとまた婚約するっていう未来を想像するのは難しい)

「婚約破棄を言い渡すのが私の方でも、結果として社交界的には醜聞とはなるので……」
「……ナターリエ」
「でも、私……諦めません!」
「え?」

 目を伏せていた私は顔を上げて笑顔を浮かべる。

「───幸せな花嫁になる!  これは絶対に私の譲れない夢なので!」
「幸せな……花嫁?」

 リヒャルト様が不思議そうな表情になった。
 そういえばこの話はしたことがなかったかもしれないわね。

「私が物心ついた時から抱いてる夢……なのです」
「幸せな花嫁になることが?」
「はい!  だから、私は諦めません!」
「……」

(って、あら?  リヒャルト様の様子が……?)

 私は満面の笑みでそう答えたのだけど、なぜかこの時のリヒャルト様は今にも泣き出しそうな……そんな表情に見えた。



 ───そして、マリーアンネ様主催によるパーティーの開催が大々的に社交界に告知され……

 いよいよ、ハインリヒ様に諸々のことを思い知らせる日……がやって来る───

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