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8. 浮かぶ疑問

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(どうしてここまで言っているのに駄目なの?)

 私にはハインリヒ様がそこまでして私との結婚を望む理由が分からない。
 これだけ私が拒否反応を示しているのだから、このままでは愛情がない結婚になることは分かっているはず。
 それなのに。

(……まさか、ハインリヒ様はなんて求めていないのでは?)

 ───だとすると、ベルクマン侯爵家の嫁としてはちょっと……というのも理由としてあるのかもしれん。

 お父様もそう言っていたわ。
 そのことを思い出して、慌てて隣にいるお父様の顔を見ると目が合った。
 おそらく同じことを考えていたのか神妙な表情でお父様は頷く。

(なんて面倒なの!)

 これはどうしたものかと思案していたら、ハインリヒ様はもう少し押せばいけるとでも思ったのか更に畳み掛けてきた。

「ナターリエ、それに君だって僕との縁談が流れたら困るだろう?」
「……え?  困る?」
「君は生まれた時から僕の婚約者だったじゃないか。年齢もちょうど結婚適齢期を迎えている。ここで僕と婚約破棄なんてしたら次の相手なんてきっと見つからないよ?」
「……」

 この人はここまで酷いことを言える人だったのかと、私は心の底から落胆した。
 確かにこの時、私は内心で思っていた。
 マリーアンネ様は次の相手よ!  と意気込んでくれていたけれど、ハインリヒ様との婚約破棄がこれ以上泥沼化してしまったらもう私に“次”なんてないのではないか、と。
 でも……

「ハインリヒ様、あなたがそれを言うのは卑怯です」

 私は声にも怒りを含ませる。

「え?」
「そのように言えば私が、やっぱりあなたと結婚します、と言うとでも?  どれだけあなたは私を馬鹿にしているのですか?」
「ち、違っ……僕はナターリエのことを心配して……」
「心配?  余計なお世話です!」

 幸せな花嫁になりたい──その気持ちは今も変わっていない。
 だから、私はこの囁かな夢を簡単に諦めるつもりは、もちろんない。
 ただ、その時の相手はハインリヒ様じゃない。それだけは決定しているわ!

(なんて強情なの……)

 ベルクマン侯爵夫妻もハインリヒ様も、困惑しているようでまさかここまで拒否されるとは思わなかった……
 そんな表情をしている。

「どうして、ヴァネッサ嬢では駄目なんですか?」
「……え?」
「あなたが忠誠を誓った大事な大事なお姫様の生まれ変わりなんでしょう?」
「そうだ!  彼女は……僕の姫は……」

 ハインリヒ様は“お姫様”を思い出したのか、どこかうっとりした表情を浮かべる。

「ご自分で今度は幸せにして差し上げればいいのでは?」
「……そ、それは」
「……」

 結局、ハインリヒ様はそこで私から目を逸らして言い淀む。
 その時にチラッと両親の顔色を窺っていた。
 そこで私はハッと気付いた。
 ハインリヒ様が前世で大好きだったお姫様───の生まれ変わりのヴァネッサ嬢と縁を切らせた、と言っていたのは嘘かもしれない、と。

(……それなら悔しいけれど、一旦泳がせる?)

 今日はこれ以上、話をしていても平行線のまま。
 そこに私が疲れて折れて婚約破棄は諦めると言い出すのを待っている気がする。
 それなら、こちらは然るべき所に訴えるしかない。

(そのためには証拠が必要──)

 この結婚は王命による政略結婚ではないので、王家の介入は出来ない。
 でも、王家としてではなく、一個人の友人としてならマリーアンネ様は私の味方だ。
 リヒャルト様だって浮気現場を目撃しているらしいし。
 ならば、いざという時に証言をお願いすることは可能なはず。

(ハインリヒ様からは街中でのあのデートを問題視している様子が感じられないもの……泳がせれば再びデート繰り返すのでは?)

 更なる不貞の証拠集めつつ、社交界にも噂が広がれば……こちらの訴えは通りやすくなる。
 それなら、今日は一旦引くしかない。
 そう思った私はお父様とお母様の顔を見た。
 二人も今はこれ以上は……と思っているようで頷いてくれた。

「──ハインリヒ様」
「も、もしかして考え直してくれる気になった!?」

 ハインリヒ様はパッと嬉しそうな表情を浮かべた。
 どれだけ頭の中がおめでたいの……そんな目で私は彼を見つめた。

「いいえ……今日は一旦帰ります。私の考えも訴えも変わりませんので、後日改めて話し合いの場を設けてください」
「ナターリエ……」

 ハインリヒ様の嬉しそうだった表情が一気に落胆の表情に変わる。
 そのことに薄ら寒さを感じながらも、最後にこれだけは……と思って口にする。

「それから結婚式はキャンセルさせていただきます。こちらから連絡しておきますね」
「なっ!」
「あら?  結論が出ていませんからこれは当然でしょう?  ですが、そんなにキャンセルがお嫌なら使ってくれてもいいですよ?」
「……!?」

 私はにっこり笑ってそう言ってやった。


────


「つ、疲れた……」

 帰ろうと馬車に乗り込んだ私たちはぐったりしていた。

「全然、引く様子がなかったな」
「ベルクマン侯爵夫妻も全然、こちらの話を聞いてくれなかったわ」

 私がハインリヒ様と話している最中、お父様とお母様もベルクマン侯爵夫妻に説得を続けていてくれたけれど、夫妻が頷くことはなかった。

「──やっぱり私を正妻として置くことを条件にベルクマン侯爵夫妻は、ヴァネッサ嬢との密かな交際を許したのかしら?」
「おそらくな。結婚さえすれば母上たちの望んだ縁談の約束は守られるし」
「……」

 あの場にはいなかった前侯爵は今のこの事態をどんな気持ちで受け止めているのかしら。
 こんなことになって……と思っている?
 愛されない惨めな姿の花嫁でもいいから私に嫁いで来いと思っている?

「けれど、ヴァネッサ嬢だって納得しているのかしら?  このままでは日陰の身に……」

 そう言いかけてとふと疑問が浮かんだ。

 ハインリヒ様は確かに前世でお姫様に恋をしていたようだけれど、二人の関係は姫と護衛騎士。
 これまでの話の様子から彼の前世アルミンの一方的な想いだったのは間違いないと思う。
 そもそも歴史書によればお姫様には婚約者がいたのよね?
 もし、お姫様がその婚約者のことを愛していたならアルミンのことは眼中に無かったわけで……

 そうなると……お姫様の生まれ変わりで同じく記憶持ちのヴァネッサ嬢ってハインリヒ様のこと……好きなの?
 むしろ、記憶があるなら結婚出来なかった婚約者のことの方を強く想うものでは……?

「ん~……?」

 同時代に生まれ変わって互いにまさかの記憶持ちということに意気投合してそこで恋が芽生えて……ということも絶対に起こらないとは言いきれないけれど……
 もし、私なら結婚出来なかった“婚約者”のことが絶対に胸に引っかかってしまうわ。

(……ヴァネッサ嬢って本当に“お姫様”なのよね……?)

 この時、そんな疑問が私の中に生まれてしまった。


❈❈❈


 そして、翌日。
 お父様とお母様と一緒に、ことの次第を国王陛下に説明するため謁見に向かった。
 王族は直接この話に介入出来ないといっても、侯爵家同士が揉めていることはきちんと報告しなくてはならないから、と。



(疲れたわ……少し、休んでから帰ろう……)

 謁見後、二人には別で帰宅することを伝えて、私はこっそり王宮内の庭のお気に入りの場所に向かう。

「わぁ!  久しぶりに来たけれどあまり変わっていないわ!」

 ここは昔、かくれんぼしていた時に見つけた場所。
 程よく人目も避けられるのに、日当たりはよくてゆっくりするにはいい場所。
 そして、中央にある大きな木。
 昔、かくれんぼして遊んでいた頃、私はこの木に登って隠れていたこともある。

(リヒャルト様にはすぐに、見つかってしまったけれど)

『ナターリエ、そこにいるのはわかっている。危ないから早くおりておいで?』
『……な、なんでぇ!?』

 かくれんぼを開始してまだ数分だったと思う。
 リヒャルト様は迷うことなくこの場に来ると木の上にいた私に向かって声をかけた。
 もう見つかってしまったことにびっくりして、顔を出してそう聞き返すとリヒャルト様は小さく笑いながら言った。

『だって…………高いところ好きだろう?』
  
 そういえば。
 そんな話を彼にした覚えは無いのになぜ、リヒャルト様は私が高い所を好きだと知っていたの?
 今更ながら疑問に思う。

「やっぱり不思議な人ね……」

 そんな過去を思い出してクスッと微笑んだ時だった。

「……ナターリエ!」
「!」

 後ろから今まさに思い出していた人物の声が聞こえて来たので、慌てて振り返った。

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