【完結】ある日、前世で大好きだった人と運命の再会をしました───私の婚約者様が。

Rohdea

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6. 豪快な王女様

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「……」

(うぅ、ドキドキしてきた)

 きっと今、この私の笑顔が無理やり作られたものだとリヒャルト様には気付かれている。
 だけど今は何も聞かないで欲しい。
 私は必死に心の中でそう願った。

「……さて、俺も自分の用事を済まさないと。ナターリエ、ではまた」
「は、はい。本当にありがとうございました」

 私が再び頭を下げると、頭の上でリヒャルト様が小さく笑った気配がした。
 そしてこれ以上は何も聞かずにそのまま自分の用事を済ませるために別の書架へと向かっていく。
 私はその後ろ姿を見送りながら思った。

(リヒャルト様の口からは結婚式のこともハインリヒ様の話も……出なかったわ) 

 先日のマリーアンネ様の話だと、リヒャルト様もハインリヒ様が浮気している現場を一緒に目撃していたらしいのに。
 でも、
 ───お兄様には、まだ何の確証もないのに先走ってナターリエを傷つけるかもしれないようなことは言うなーー……
 そう言ってくれていたそうだから、私のことを気にしてリヒャルト様はあえて今は何も言わなかったのかもしれない。

(そういう優しい性格の方、なのよね)

 今は、何か聞かれても答えられる気分ではなかったし、もっと無理して笑えばきっと確実に彼には見抜かれてしまう。
 だから、その気遣いがとても有難いと思った。

 そしてもう一つ不思議に思う。
 リヒャルト様にとっては余計なお世話だろうけれど。

「……どうして、リヒャルト様は未だにご自分の婚約者を決めようとなさらないのかしら?」

 あれは──……リヒャルト様が、もはや何度目になるかも分からないお見合いからまた逃げた、という話をマリーアンネ様から聞いた時だったか。
 マリーアンネ様は私の前で、また逃げたのよ!  と強く嘆いていた。そして……
 ───実はね?  こっそり聞いたのだけど、お兄様にはずーーっと片想いをしている相手がいるそうなの。でも、何度聞いても頑なにその相手のことだけは教えてくれないのよ!  わたくしは応援したいのに!
 そう言っていた。

(もしかして、リヒャルト様はまだその相手のことを想っているのかしら?)

 そして、今も一向に婚約の話が聞こえてこないということは……意中の女性とは婚約を出来ない何らかの事情があるのかもしれない。
 それでも、きっとリヒャルト様もいつかは国のために決断をするのだろう。

「恋愛結婚が主流になって来た、と言ってもなかなか上手くいかないものなのね」

 私は遠ざかるリヒャルト様の背中を見ながら小さな声でそう呟いた。





「なんですって!?  ハインリヒがやっぱり浮気していた!?」
「……はい」

 マリーアンネ様は飲んでいたお茶のカップをガシャンと音を立ててソーサーの上に戻した。
 その顔には青筋が見える。相当お怒りだ。

 図書室で借りた本は屋敷に戻ってからゆっくり読むことにして、約束の夕方になりマリーアンネ様の元に向かった私はハインリヒ様とのことを話した。
 前世の記憶については、身内以外に私が勝手に話していいのかの判断がつかなかったので、とりあえず、私に嘘をついて相手の女性と会っていたことや、恋人繋ぎをして連日街でデートをしていた所を目撃したことだけを伝える。

「マリーアンネ様が目撃したのも、嘘をついてデートしていた時だったと思われます」
「は~~?  ハインリヒは何しているの……それで?  相手はどこの令嬢?」
「シュトール男爵家の令嬢でヴァネッサさんという方で……」
「──それって、最近男爵に引き取られたとかいう方かしら!?」

 マリーアンネ様がの目がクワッと大きく見開いた。
 私の話を遮りつつ、かなり前のめりでそう聞いてこられたので驚きながらも私は頷く。

「え、ええ。そうみたいです。マリーアンネ様は彼女をご存知なのですか?」
「……知っている……というか──……」
「?」

 なぜかそこで勢いをなくした、マリーアンネ様。
 少しして渋い顔をしながら話してくれた。

「一昨日だったかしら。お茶会に誘われて参加した時に、その方の話題が出ましたのよ」
「え?」
「最近、男爵家に引き取られたとばかりという令嬢が、元庶民だったとは思えない振る舞いをしている、と」
「……どういうことですか?  それは生意気だー、とかそういう?」

 貴族社会は怖いところ。
 特に突然現れた令嬢はすぐ噂の的になるし、悲しいことに爵位が低いと嫌がらせのターゲットにもなりやすい。

(ましてや、ヴァネッサ嬢は出自が……)

 そう思って聞いたのだけど、マリーアンネ様は違うわと首を振った。

「まるで立ち居振る舞いが一国の王女様みたい……なんですって」
「……!」

 その言葉に胸がドキッとした。
 けれど疑問に思う。

「ですが、彼女は街中でハインリヒ様とあんなこと……」
「そうね……つまり、彼女はそれだけ、“上手”ということなのでしょうね」
「!」

 マリーアンネ様は複雑そうに笑った。

「それで、自分で言っていて悲しくなりますけど、わたくしはあまり王女らしくないでしょう?」
「……」

 なんて答えにくいことを!
 けれど、お忍びで街に繰り出すのが日常茶飯事の王女様だから、と内心では思う。

「だから、その場でわたくしは嫌味を言われてしまったの。“マリーアンネ王女殿下もその男爵令嬢を見習ったらどうですか?”って」
「ええ!?」

 今、思い出しても腹が立つわ!  と、怒っているマリーアンネ様。
 いやいやいや……私は頭を抱えた。

「……話の内容も内容ですけど、なぜ、マリーアンネ様はそんな敵意むき出しにされているお茶会に参加しているのですか……」
「え?  だって面白いじゃない?」
「面白い?」
「そうですわよ!  わたくしの顔色を窺ってヘラヘラ合わせてくる令嬢たちの中にいるより刺激があって面白いですもの」
「そ……そうですか」

(本当に……昔からちょっと変わったところのある王女様だわ……そこが面白くて好きだけれど)

 勝手に親近感が湧いてしまうのは何故かしらね。
 さすがにそうは言えないけれど。

 それよりも……だ。
 一国の王女様みたいな立ち居振る舞い……きっとこれは“そういうこと”なのでしょうね。

(……ベルクマン侯爵家は多少揉めるかもしれないけれど、その様子ならハインリヒ様のお相手としてもやっていけるのではないかしら?)

 やっぱり私との婚約は破棄すべきで───……

「……コホンッ、それで?  ナターリエはハインリヒとはどうするつもりなの?」

 マリーアンネ様は咳払いで誤魔化しながらハインリヒ様の話に戻して来た。

「どう考えても許せなかったので、両親にも話して婚約破棄の手続きを進めてもらっています」
「まあ!」

 さすがに婚約破棄ともなると驚いてしまうらしい。

「わたくし、ナターリエは我慢して、浮気も無かったことにしてそのままハインリヒと結婚するという選択をしてしまうのかと思っていたわ……」
「ええ?」
「ほら、おばあ様のこともあるし、ハインリヒとの付き合いも長いでしょう?  だから……」
「あ……情が湧いてしまって、というやつですか?」

 私が苦笑しながらそう口にすると、マリーアンネ様はそうそうと頷いた。
 そういえば、ハインリヒ様に対して情とかそういう気持ちは一切湧かなかったわ、と思った。
 それはきっと……

「私の中の優先順位の一番が、“幸せな花嫁になりたい”だからなのかもしれません」
「……幸せな花嫁に?」
「はい。どんな理由があるにせよ、私にコソコソして嘘をついていたことが分かった段階で、ハインリヒ様と一緒になっても私のこの望みは叶わないと思ってしまったんです」
「ナターリエ……」

 私がそう口にしたら、マリーアンネ様が素早く私の手を取るとギュッと強く握りしめた。

「あの……?」
「そうと決まったら、さっさとハインリヒなんかとは婚約破棄して次!  次に行きますわよ、ナターリエ!」
「え?  つ、次……?」

 その切り替えの早さにびっくりした。

「それで、ハインリヒのやつに“あなたなんかより素敵な人を見つけましたわ!”と言って高笑いしてやりましょう!」
「あ、あなたなんかより……た、高笑い……」 
「ハインリヒは、その時になって後悔しても、もう遅いんですのよ!  ホーホッホッホッ」

(……次、次のお相手?)

 いきなりそう言われても、正直今すぐには考えられない。
 けれど、今度こそ抱いている夢が叶えられそうな相手とだったら嬉しいと思った。


 ───だけど、数日後。
 ようやくハインリヒ様……ベルクマン侯爵家から届いた手紙に書かれていたのは、婚約破棄の拒否と予定通り結婚式を行いたいという信じられない内容だった。

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