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4. 意外とある話
しおりを挟むハインリヒ様が必死に頭を下げている姿を見て、自分の心がどんどん冷えていくのが分かった。
(前世を……って言い訳にするのはずるくないかしら?)
前世の記憶──この話を信じるとして。
突然、記憶が戻って混乱するのはしょうがないことだとは思う。
でも、わざわざ嘘をついてまでその“お姫様”と、再会したパーティー以外でも会うことにしたのは、まぎれもなく“ハインリヒ様の意思”でしたことよね?
(それなら、前世など関係なく単純に浮気心が働いた……と謝罪される方がマシ!)
申し訳ないけれど、前世の記憶が戻ったのだから仕方がないわね?
なんて笑ってすませることは出来ない。
「……ハインリヒ様。私としては、前世で大好きだった人? だから何? そんな気持ちです」
「ナ、ナターリエ……」
「前世の記憶を思い出したから、が免罪符になるなんて思わないでください」
「……っっ」
顔を上げたハインリヒ様は泣きそうな顔になっていた。
私はふぅ、とため息を吐いた。
「ハインリヒ様、私……今日はもう帰ります」
「え……」
「ご存知だと思いますが……私たちの結婚は私たちだけの問題ではないので。今後のことを家族と話します。ですから、ハインリヒ様もちゃんと話してくださいね?」
「……っ」
ハインリヒ様はハッとして気まずそうな表情になる。
私たちが縁付くことを望んだ二人……私のおばあ様はもういないけれど、ハインリヒ様のおじい様の方はご存命だ。
もし、この婚約話が流れてしまったら……そう言いたそうな表情だった。
「それでは、また連絡しますね」
「あ……待っ! 待ってくれ、ナターリエ!」
「お見送りは結構ですので────失礼します。突然、お邪魔しました」
「……っっ! ナター……!」
何か言いたそうに必死に引き止めてくるハインリヒ様をにっこり笑顔で突き放し、私は屋敷に戻ることにした。
───
そして、屋敷までの間、馬車に揺られてぼんやり窓の外を眺めながら色々なことを考えた。
これまでハインリヒ様と過ごして来た日々のこと、そしてこれからすべきこと。
(───前世の記憶、かぁ)
「過去のハインリヒ様……えっとアルミン? が大好きだったお姫様……ヘンリエッテ」
(いったい、どんな人だったのかしら──)
「…………うっ! 痛っ」
私の理解出来る範疇の話を超えて頭を使いすぎたせい?
また、頭がズキズキと痛みだしたので頭を押さえる。
(これ以上考えるのは無理だわ。屋敷に着くまで少し眠ろう。帰ったら薬を飲んで……)
「───幸せな花嫁に…………なりたかったな」
おばあ様の話の影響なのかは分からないけれど──……
物心ついた時から自然と抱いていた、
“幸せな花嫁になりたい”
そんな囁かな夢がガラガラと音を立てて壊れていく……そのことがただただ悲しかった。
❈❈❈
「えっ!? 前世の記憶を持っているって意外と公にある話なの?」
屋敷に戻った私は、すぐにお父様とお母様にハインリヒ様との結婚について考え直したいという話を持ちかけた。
突然の話に二人は当然だけど驚き、そして理由を聞かれる。
そこで、ハインリヒ様の語った“前世の話”をしたのだけど───
「あまり多くはないが、たまに聞く話だ」
「あえて語らないって人もいるわよね」
お父様もお母様もわりとあっさりした様子で前世の話を受け止めていた。
「……知らなかった。ハインリヒ様から聞いたのが私は初めてだったし」
「そもそも、同じ時代に生きていて当時近しい関係だった者たちが出会う確率なんて圧倒的に低いから話題にすることがないのだ」
「あ……」
「あとは証拠がないでしょう? 前世が~と語られても皆、真偽が分からないもの。だから、だいたい話半分で聞いていることが多いのよ」
お母様にそう言われて、確かに……と思った。
同じ時代に生きた人間同士で出会わない限りは好き勝手なことが言えてしまう。
それなら、余計なことは言わずに過ごす人の方が多いだろうと思われる。
「ということは、ハインリヒ様のケースはとても珍しい……?」
「ハインリヒ殿とその女性が浮気の言い訳に口裏を合わせていないのであればな」
「口裏合わせるにしても、浮気の言い訳に普通なら前世は使わないと思うわよ?」
「……」
そうなると、ハインリヒ様が前世の記憶を思い出したという話は本当……と言えるのかもしれない。
(相手の女性……ヴァネッサ嬢のことはよく分からないけれど)
「……だからと言って、私はやっぱりハインリヒ様を許せそうにないの」
「ナターリエ……」
「だってこんなの普通に浮気されるより……心が痛いわ」
目撃したのは手を繋いでデートしている姿。
手へのキスがフリかどうかなんてどうでもいい。私にはしているように見えた。
人によっては、たかがそんなことで怒るの? 心が狭い!
なんて思うかもしれないけど。
(でも、無理なの……)
ずっと私が彼の婚約者として過ごして来たはずなのに。
“前世で大好きだった人”
そんな理由で、これまで私が見たことのない顔をしてハインリヒ様は彼女に笑いかけていた。
もしかしたら、あの顔はハインリヒ様自身も無自覚だったのかもしれない。
だったら余計にそんなの私が入り込めるはずがないじゃない───……
「ごめんなさい。おばあ様にも申し訳ないけれど……私、ハインリヒ様との婚約は破棄したい。それで、ハインリヒ様は前世の大好きだったお姫様と今世で結ばれればいい……そう思っているの」
私がそう口にすると、お父様とお母様は「ナターリエの気持ちが一番だから」と言ってくれた。
❈❈❈
とりあえず、婚約破棄に関してはお父様たちにお任せすることに……そうなったら、ずっと結婚準備に追われていた私は、することが無くなってしまった。
「……暇」
そんな言葉が口から出て来てしまうくらいやることがない。
「お父様もお母様も今はゆっくり休めと言ってくれるけれど──……」
何もしないで部屋でボーッとしていると、ついつい考えてしまう。
ハインリヒ様のこと───と、言うよりも“前世”のこと。
「……えっと? なんだったかしら……パルフェット王国? だったっけ……国の名前」
おそらく今は存在していない国だと思うのだけど……何だか無性に気になるのよね。
そんなことを思いながら、部屋にある世界地図の本を確認してみた。
パラパラとページをめくり確認していくけれど、海を越えた遠くの大陸であってもその名前の国は見つけられない。
(滅んでしまった? それともどこかの国に吸収されてしまった?)
「うーん……そういうことなら歴史書の方が詳しく載っていたりするのかしら?」
けれど、残念ながら我が家の蔵書ではそんな詳しく載っていそうな本はない。
「そうだわ! マリーアンネ様に諸々のことの報告もしないといけないし……王宮の図書室ならもう少し色々な本があるかも!」
そう思った私は、マリーアンネ様への訪問と王宮図書室の使用許可の連絡を取った。
───
「思った通り! たくさんの資料があるわ!」
マリーアンネ様は夕方にならないと時間が取れないと言うので、私は先に王宮の図書室に行くことにした。
王宮図書室と言うだけあってとても広い。
そして、どうにか歴史書のコーナーにはたどり着いたものの、その蔵書の数に圧倒されてしまっていた。
「年代や地域で分類はされているみたいだけど……うーん」
国名しか分からない状況だと目的の資料を見つけるのが難しいことは一目瞭然だった。
(これ以上、ハインリヒ様に前世の話を深く聞くのも嫌だし……そもそも会いたくない)
パルフェット王国とやらについてを追うのは諦めて、他の本を読みながらマリーアンネ様との時間までを過ごそうと思ったその時……
「───ナターリエ?」
「はい?」
名前を呼ばれたので後ろを振り返る。
その人の姿を見て私はあっ……と声にならない声を上げた。
そして、失礼のないように慌てて礼をとる。
「少し、久しぶり……かな?」
「ご、ご無沙汰しております……」
私に声をかけてきたのは、マリーアンネ様の兄でもある王子、リヒャルト様だった。
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