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1. 浮気発覚?
しおりを挟むそれから数日後。
私は友人でもあるこの国の王女、マリーアンネ様に急遽呼ばれて王宮を訪ねていた。
(お茶をしましょう……とのことだけれど……どうしたのかしら?)
マリーアンネ様は、今、私が忙しいことを知っていたはずなので少し不思議に思った。
「ナターリエ、結婚式の準備は順調かしら?」
「はい、お陰様で順調です。先日は無事にドレスも完成しました」
「そう……それは良かったわ」
マリーアンネ様はそう言って優しく微笑んでくれたけれど、どこかいつもと違うような気がした。
「……」
「……」
互いに無言でカップを手に取りお茶を飲む。
(やっぱり……変だわ)
いつものマリーアンネ様なら、もっとあれこれハインリヒ様についてや結婚についてを聞いてくるし、なんならご自分の話をたくさんされるのに。
「……ね、ねぇ、ナターリエ」
「はい?」
それから、しばらく無言でお茶を飲み続けていたら、マリーアンネ様が手に持っていたカップを戻すと意を決したように口を開く。
その表情が少し強ばっていたので、あまりいい話ではない……そんな予感がした。
私も持っていたカップを戻して背筋を正して話を聞く姿勢を取った。
「最近、婚約者のハインリヒとはいつお会いしたかしら?」
「え?」
「忙しくてなかなか会えていないと言っていたでしょう?」
「あ、はい。そうですね……」
忙しくなってきた頃に、手紙でそう愚痴をこぼした覚えがある。
もしかしたら、マリーアンネ様はすれ違いを心配してくれたのかもしれない。
「ですが、先日、ウェディングドレスが完成した時に訪ねてきてくれて少しだけお会いしましたよ」
「そ、そう……? その時のハインリヒはいつもと変わらなかった?」
「はい。私のウェディングドレス姿を楽しみにしていると言ってくれました!」
「……」
私が笑顔で答えるとマリーアンネ様の表情が思案顔になった。
これはさすがに気になってくる。
「あの、マリーアンネ様? 先程から何か言いたげなご様子ですが……何かありましたか?」
「……」
マリーアンネ様はハッとして「そうですわよね、ごめんなさい……」と小さく謝ると……とても言いにくそうに口を開いた。
「……実は、一昨日……お兄様とこっそりお忍びで街に繰り出しましたの」
「え? リヒャルト様とも?」
マリーアンネ様は昔からお忍びでよく街へと繰り出される。
追いかける護衛たちがいつも大変そうなのは有名だ。
けれど、そこに兄王子であるリヒャルト殿下までついていくのはなかなか珍しい。
「あ、お兄様もこっそり行きたい場所があったそうなの」
「なるほど……そうなんですね?」
「……それで」
マリーアンネ様はそこで言葉を切ると目を伏せた。
「その時……わたくし、見てしまったの」
「見てしまった?」
「ええ、ハインリヒを」
「え?」
そう言われて私は首を傾げる。
(別にハインリヒ様が街にいたからといっておかしなこと……は無いわよね?)
けれど、マリーアンネ様が言葉にするのを躊躇っていたことや、話すと決めても言いにくそうにしていたことから察するに───
「……ハインリヒ様はおひとりではなかったのですか?」
「……」
コクリとマリーアンネ様は静かに頷いた。
そしてこの様子。考えられることは……
「…………一緒にいたのは、女性?」
「……」
コクリと再び、マリーアンネ様がどこか躊躇いがちに頷く。
そして私に頭を下げた。
「ごめんなさい……! 言うか言わないかは本当に迷ったの! でも……」
「えっと、と、とにかく今は頭! 頭を上げてください!」
この国の王女様に頭を下げさせるなんて恐れ多過ぎる!
私はどうにか宥めてなんとか頭を上げてもらうことには成功した。
「……えっと、それでハインリヒ様が女性と一緒にいたのですか?」
「ええ」
「ですが、それだけなら別に……えっと、ハインリヒ様に妹はいませんけど、親戚という可能性もありますし」
「……そう、なのだけど、身内の雰囲気という感じではなかったわ」
「では、その場でたまたま声をかけられて話していただけ、とか! ほら、ハインリヒ様ってモテますし……」
そう言ってみるも、何だか自分で口にしていて悲しくなる。
そんな私にマリーアンネ様は申し訳なさそうに話を続けた。
「お兄様には、まだ何の確証もないのに先走ってナターリエを傷つけるかもしれないようなことは言うな、と釘を刺されたのだけど……でも、やっぱりわたくしは黙っていられなくて」
「……」
「だって………ね? ハインリヒとその女性……とても親密そうだったの」
「!」
さすがにその言葉には驚かされた。
ハインリヒ様はどんなにモテていても、女性と必要以上に親しくすることはなく、決して私を不安にさせるようなことはしない……人。
マリーアンネ様もそれを知っているからこその言葉だった。
「……」
やっぱり親戚?
結婚式の為に王都に出て来た……とか?
でも、マリーアンネ様曰く雰囲気が……
色々と考えてみるけれど答えは出なかった。
きっとそこまで気にする話ではないわ。
そうは思うも、どこかモヤモヤした気持ちは私の中に残ってしまうこととなった。
「少し、街に寄ってから戻りたいわ」
マリーアンネ様とのお茶を終えて帰宅することになった私は御者にそう告げる。
大好きなお菓子でも食べてこのモヤモヤした気持ちを全て吹き飛ばしてしまいたかった。
だけど……
馬車が街についてふと窓の外を見ていたら───
(え? あの後ろ姿はハインリヒ様?)
人混みに紛れてよく見えなかったけれど、ハインリヒ様らしき人の姿が見えた気がした。
残念ながら姿は一瞬で一人だったのか、それこそ傍らに誰かいたのかすら分からなかった。
「……気のせい、よね? ハインリヒ様ってそんな頻繁に街に顔を出す人じゃないし」
それに今頃なら仕事をしている時間のはず───
「きっと、マリーアンネ様に言われたことを気にしすぎちゃったからよね……うん」
私は自分にそう言い聞かせて、その日は大好きなお菓子をヤケ食いして忘れることにした。
しかし──……
「……手紙の返事が来ないってどういうこと?」
ハインリヒ様に手紙を出したのになぜか一向に返事が戻って来ない。
忙しくて会う時間は作れないけど手紙なら……そう言って開始したはずの手紙のやり取り。
それが、何故か突然ぱったりと途絶えてしまった。
「……」
せっかくヤケ食いして忘れたはずのモヤモヤした気持ちが湧き上がってくる。
それから待つこと更に一週間。
ようやく届いた手紙の返事は……
───仕事が前より忙しくなったので、会えない。
申し訳ないが、手紙もしばらく返信出来ないと思う。
挨拶の言葉すら何もないたった二行の手紙だった。
いつもの手紙なら、どんなに内容が少なくても必ず最後に書いてくれる、“ナターリエも身体に気をつけて”“無理せずに”と言った言葉すらもない。
「別に必ず労わりの言葉を入れて欲しい……そう言いたいわけじゃないけれど簡素すぎるわ」
今までとは違い、この二行の文字が“邪魔だから連絡してくるな”という意味にも思えてしまって悲しくなった。
そして、鬱々とした気分を晴らすため、また、ヤケ食いかそれとも買い物か……とにかく何でもいいから気を紛らわせたかった私は街に向かうことにした。
馬車の中から、ぼんやり窓の外を見ながら思った。
(前にヤケ食いした時もこんな感じで馬車の窓から外を見ていたら、ハインリヒ様を見かけたような気がしたっけ───)
「……ん? 今日のは間違いなくハインリヒ様……よね?」
また、窓の外に見覚えのある人の姿が……
それもこの間とは違って、間違いなくハインリヒ様の姿だった。
「すごい偶然! こんなこともあるものなのね──」
目の前に私が現れたら驚くかしら?
そう思って馬車を止めて降りようと思ったら、ハインリヒ様が一人ではなかったことに気付く。
(……隣に誰かいる、わ)
ハインリヒ様の隣には見たことのない女性がいる───
それも馬車の中からなのに二人の親密そうな様子が窺えた。
マリーアンネ様が言っていたのはこれだわ、そう思った。
(え? 待って? 私……あんな風に手を繋がれた覚え……ないわ)
二人の手はしっかり恋人繋ぎをしていて時折、はしゃいだ様子でハインリヒ様が彼女のその手にキスをしていた。
「……どういう、こと?」
私は唖然としてその光景を見つめることしか出来なかった。
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