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おまけ番外編 ~密かな想い~ (ジェイ視点)

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  ──何より私が、マーカスの事が大好きで彼じゃなきゃ駄目なんです!


  一点の曇りも無い瞳で彼女は最高の笑顔を浮かべてそうはっきりと言い切った。
  その時の俺の胸はズキンッと、痛んだけれど彼女に知られたくなくて、どうにか微笑んだ。






  マーカスが大事に大事にしているお姫様。
  決して俺達に会わせようとしないマーカスの婚約者。

  ──フランシスカ・マドラス子爵令嬢。

  俺は彼女と話をした事は無かったけれど、ずっと顔だけは知っていた。

  何故なら彼女はいつもいつも遠くから、邪魔にならない所から俺達を……違うな、マーカスの事を見つめていた。

  婚約者同士なのに何故か一緒に過ごす事をしない二人。
  公爵家と子爵家で?  と思わなくもないが、政略結婚か何かで結ばれた婚約で仲が悪いのかと思いきやどうも違うらしい。

  別に彼女を好きだとかでは無い。
  そもそも人の婚約者だし。しかも、マーカス。

  ただ、何となく、何となく気になる……あの寂しそうな視線がいつか笑顔になればいいのにな。

  そう思っていた。



****



「ジェイ様~」

  ……また来たか。本当にしつこいな。

「何かな、姫さん」
「あ、いえ!  ジェイ様の姿が見えたので……」

  そう言いながら頬を赤く染めながら上目遣いで俺を見てくるのは、ルーシェ・エランドール男爵令嬢だ。
  平民でありながら優秀さを買われ男爵家の養子となった令嬢。
  編入早々に先生方の推薦を受け生徒会入りした紅一点。

  優秀と言えば確かに優秀なんだが……

  (何か嘘くさい)

  マーカスの家ほどでは無いにせよ、それなりに力のある侯爵家の嫡男として育って来た俺は昔から嫌という程、多くの人達と接して来た。

  (だから、何となく分かるんだよなぁ……これが素なのか演技なのか)

  今、ルーシェ嬢のこの微笑みは明らかに計算された微笑みだ。
  どの角度でどのように微笑めば自分が一番可愛く見えるのかを計算し尽くした微笑みだ。

  (何でこんな事してるんだかな……普通にしてても、それなりに可愛い部類に入るだろうに)

  ルーシェ嬢が俺達生徒会役員の男達に秋波を送っているのはバレバレだ。
  俺は適当に乗っかってみたりしているけど、マーカスに至っては、笑ってしまうくらいばっさり切り捨てていた。

  (マーカスはびっくりするくらいブレないな)

  それだけ、あの子……あの婚約者の彼女を大切にしている……という事なのだろう。
  それなのに、彼女はあんな切なそうな目でマーカスを見つめているんだもんな……




  何かの話のついでだったか、俺は以前どこかで聞いた事のある噂……フランシスカ嬢には傷があるという話をマーカスに聞いた。

「マーカスの婚約者には傷があるって噂が流れてるけど……」

  今思えばあんなセンシティブな話題を出した俺は大バカだと思う。
  しかも、その時の会話をどうやら姫さんに聞かれていたらしいからな。

「噂だと!?  誰が流したんだ!!」
「さすがに、そこまでは……っておい!  苦しい……離せ!!」

  マーカスに絞め殺されるのでは?  と思うほどの力で締められた。噂を流したのは俺じゃないのに! 

「誰だ……フランシスカを傷付けるような噂を流した奴は……」

  噂を流した犯人を見つけたら八つ裂きにしてこの世から消し去ってしまいそうな顔でマーカスがブツブツと呟く。

「……お前がそんな顔をするって事は本当の話なんだな」
「……」

  それでも、マーカスは彼女を婚約者として側に置いているんだな。
  普通なら婚約者として敬遠される様な話なのに。

「……フランシスカのその傷さえ無ければ……僕は…………のに」
「ん?  何か言ったか?」
「何でもない!  頼むからその話題は今後絶対にしないでくれ!!」
「わ、分かった……すまない」


  その後、噂はぱったりと聞かなくなった。
  ……確認はしていないが、魔王マーカスが何かをしたとしか思えなかった。

  (噂を流した奴は生きてるのかな……)



****




「ねぇ、フランシスカ。あなたの婚約者のマーカス様、最近よく編入生のあの子とよく一緒にいる所を見かけるわ」

  (フランシスカ?)

  その日、たまたまそこを通りかかった時、聞き覚えのある名前が聞こえて来た。

「えっと、それは……ほら、マーカスは生徒会長だし!  それに他の生徒会の方々も一緒よ?」
「だとしても」

  (やっぱりマーカスの婚約者のあの子だ。それと一緒に話しているのは友人か?)

  どうやら、友人は姫さんの事が気になるらしい。
  まぁ、生徒会に唯一いる女性だしなぁ……面白くは無いよなぁ。
  しかも、マーカスによく絡んでいるのは事実だ。

  ……ま、実際は全く相手にされていないけどな。

「マーカスからは、新しく生徒会に入った彼女の話は聞いてるもの。すごい優秀な人材なんですって!」
「そう……?」

  マーカスの婚約者の彼女はそう答えていた。

  (マーカスの奴、あんまり構っている様子は無いけれど、一応ちゃんとフォローは入れていたのか)

  と、思ったのだが、

「そうよ」

  そう笑顔で答える彼女の顔を見て、“嘘だな”と思った。
  その笑顔は不安だけが前面に押し出されていた。

  (マーカスの奴は何やってんだろうな……)



  そう思った数日後───



  皆で裏庭にいた時に突然悲鳴が聞こえて何事かと思ったら、マーカスの婚約者が倒れていた。

「……フラン!?」

  マーカスが真っ青な顔をして物凄い勢いで彼女の元に駆け付けた。

  青白い顔のまま「フラン!  しっかりしてくれ!!」と泣き叫ぶように呼びかけるマーカス。俺はあいつのあんなに取り乱す姿を見たのは初めてだった。

  そこからのマーカスの行動は素早かった。
  彼女を横抱きにして医務室に連れて行き家まで送る手配を済ませ……

「僕はフランシスカに付いていくから、午後の会議は頼む」
「は!?」

  マーカスは授業よりも会議よりも彼女の傍にいる事を選んだ事に俺は驚いた。


****


  そこから、紆余曲折を経てどうやら、マーカスとフランシスカ嬢は互いの想いを確認し合ったらしい。
  良い事だ。もうきっと彼女のあんな切なそうな顔を見なくて済む。

  なんて思っていたら、マーカスはまるで今まで我慢していた分が爆発したかのように彼女を溺愛し始めた。

  (変わりすぎだろ!!)

  そんなある日、俺は彼女……フランシスカ嬢との対面を果たした。

「初めまして……かな?  マーカスの婚約者殿。ジェイ・フォンドーです」
「は、初めまして、フランシスカ・マドラスと申します」
  
  ちょっと緊張した様子の彼女。そんな緊張を解いてもらおうと少しだけおどけてみた。

「いやー、ようやく会えた!  マーカスの大事な大事なお姫様。なかなか会わせてくれないからさぁ」

  すかさずマーカスに止められたけど。
  だけど並んで話す二人は以前のようなよそよそしい壁も無くなり、どこからどう見ても互いを想い合う恋人同士だ。

  その後、絡んでいた姫さんに対して、マーカスはフランシスカ嬢の事をはっきりと愛してるとまで言ってのけた。

  (何で胸が疼くんだろうな……)

「あーあ、ルーシェ嬢はマーカスを怒らせちゃったねぇ」
「ジェイ様?」

  ちょっと呑気な声を出しながら近付いてみた。
  
  (ちょっとだけフランシスカ嬢と話してみたい……)

「マーカスは君の事になると、本当に冷静さを欠く。いつだっけ?  君が裏庭で倒れた日……あの日も凄かったなぁ……」

  フランシスカ嬢はちょっとだけ驚いた顔をした。

「だから、俺はずっとマーカスが大事そうに隠してる婚約者殿がどんな人なんだろうと気になっていたんだけど」

  そこまで言ってから彼女の顔を見つめた。
  きょとんとした顔が、可愛いなんて思ってしまった。
  だから、無理やり笑って言った。

「……マーカスが隠したくなる気持ちも分かるね、うん」
「えっと……?」

  (本当に。マーカスの気持ちが分かるよ。この無防備な感じは閉じ込めておきたくなる……)

  駄目だ、駄目だ。
  何て気持ちを抱いているんだ、俺は!!

  あそこで何やら喚いている計算だらけの姫さんと違って、何の計算も打算もないただ真っ直ぐなその瞳。
  その瞳に映れている自分が幸せだと思ってしまった。

「ジェイは、フランシスカに近付くな」

  ……何かを感じ取ったマーカスに即、牽制されたけどね。


****



「いっそ、俺にしとけば?  フランシスカちゃん」


  姫さんに酷い事を散々言われた後の彼女につい出てしまったこの言葉。
  マーカスの婚約者だからこんな目に合ってしまうんだ。

  (俺なら……)

  そんな気持ちからつい本音が……彼女に惹かれている自分の気持ちが溢れた。

「……?」

  彼女はまたしても、きょとんとした顔をしている。
  これ、口説かれてるとは夢にも思ってないんだろうなぁ……

「やっかみもマーカスよりは幾分かマシだと思うよ?」

  分かってる。
  こんな事言ってみても彼女は絶対に俺を選ばない。

  だから、スッパリと俺を振って欲しい。
  これ以上想いが育ってしまう前に────……





  


  彼女は姫さんに絡まれ酷い事を言われていた。
  気丈に振舞ってはいたけど、傷つかないはずが無い。

「慰めるのは……俺の役目じゃない……マーカスだ」

  そう思って急いでマーカスを呼びに行った。
  仕事中だったマーカスは書類を投げ出して彼女の元に走って行った。

  そんなマーカスの後ろ姿を見ながら呟く。

「……ははは、適うわけないよなぁ」

  あんなに互いを想い合ってる二人に割り込める隙なんてあるはずが無い。
  無かったんだ。

「姫さんも早く気付けばいいのにな」

  魔王マーカスは怒らせちゃ駄目だ。
  魔王が降臨するのは彼女が絡んだ時だけなんだから───


  ちょっとだけ胸は痛むが大丈夫だ。
  彼女が笑ってくれているのなら……それで充分だ。


「俺もあんな風に真っ直ぐな瞳で自分を想ってくれる子と出会いたいもんだなぁ……」


  まぁ、しばらくは姫さんのあの様子も気になるし、二人を見守ろう。


「───好きだったよ、フランシスカちゃん」


  そう小さく呟いて俺はマーカスが投げっぱなしにしていった仕事の続きに取り掛かった。




✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼



ありがとうございます。
リクエストを頂いていたジェイ様視点でした!
赤い糸が出現したあの時の彼の気持ちです。
いつかジェイ様にも素敵な人が現れる事を願って……

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