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16. 追い詰められたヒロインと私 ①
しおりを挟む「───最後に生徒会からのお知らせとしてルーシェ・エランドール男爵令嬢は、今期の活動を持って生徒会役員の任務を解く事になった」
マーカスは、ルーシェ嬢の解任を特に感情のこもらない声で淡々とそう説明した。
ルーシェ嬢の突然の役員解任の発表には生徒達もついていけなかったのか、騒がれる事もなく逆に静まり返ってしまった。
その中で、当然だけど名指しされたルーシェ嬢のあげた声はとてもよく響いた。
「……静かにしてくれないか?」
マーカスは、ルーシェ嬢に冷静な声で返す。
「っっ、静かに……ですって!? こんな事を言われて静かになんて出来るわけないでしょう!?」
ルーシェ嬢がワナワナ震えながら言った。
「納得いきません! どうして私が生徒会役員を辞めさせられなければならないのですか!」
「分からない?」
「え?」
「今、まさに君がしている振る舞いそのものだよ。主な理由は」
「は?」
「僕らが勝手に事を進めて、突然の発表を聞かされて怒りたくなる気持ちは分かる。そこは申し訳ないと思っている」
「だったら!!」
ルーシェ嬢の言葉にマーカスは首を横に振る。
「君は確かに学業の面では優秀かもしれない。だからこそ君は役員に選ばれた。だが、残念ながら君にはそれよりも大事な事が身についていない」
「……? 何よそれ!!」
ルーシェ嬢は意味が分からないという顔で叫んだ。
「まず最も先に学んでおかなければならない貴族社会の事、そして淑女としてのマナーだ。君の振る舞いや言動はこのままでは周囲に悪影響を及ぼしかねない。なので勝手で申し訳ないが、まず今の君はそちらをしっかり学ぶべきだと判断させてもらったんだ」
マーカスが淡々と説明していく。
「は? 何でそんな事。そんな事はどうでもいいでしょう? だって……」
──そんな事はどうでもいい。
その言葉に多くの人が眉を顰めたけれどルーシェ嬢は気付いていない様子だった。
──だって……
その言葉の後に続く……彼女が言いたいのは、
“だってゲームでは全部許されていた!”
なのだと思う。
マーカスのおかげで、私自身が目を覚ましてから何度も感じるようになったゲームとの違い。
あれは。あの世界はやはり、作り物の世界。
ゲームの中の主人公は、ちょっと貴族社会のマナーに疎くても、仕方ないねと許されていた。ゲームは主人公の為の世界だから。当然だけど主人公には甘く出来ている。
でも現実は違う。仕方ないね、とは誰も言ってはくれない。
──その結果がこれだった。
実際、ルーシェ嬢の情報を集めている時にも「貴族社会の常識に疎い所が見受けられる」という声は、高位貴族以外からもちらほら出ていた。
どんなに崇拝されていてもそこは気になるもの。
「…………」
きっとルーシェ嬢は今、混乱している。
だって、こんな展開はゲームには全く無かったから。
バッドエンドとも違う──現実を感じているはず。むしろ、感じていて欲しい。
「何で、何で私がこんな目に合うの? 私って幸せになる存在でしょう……?」
「何を言っているのかさっぱり分からないな。君は時々そういう所があるけど」
ルーシェ嬢がプルプル震えている。
「ねぇ、ジェイ様! 私、あなたの役に立ってたわよね? 私の存在、必要でしょう?」
マーカスでは話にならないと思ったのか、ルーシェ嬢は他の役員……まずはジェイ様に助けを求めた。
「んー、助かってた面が無かったわけではないけど……」
「でしょう!?」
「でも、フランシスカちゃんにあんな暴言吐いてた人とはね、一緒にやっていけないよ。人間性を疑う」
「なっ!」
ジェイ様のその言葉にざわりと会場内が騒ぎ出す。
「暴言……?」と驚きの声があちらこちらから聞こえて来る。
ちなみに、ジェイ様が“フランシスカちゃん”と言った際にマーカスの眉がピクリと鋭く反応したのは気の所為……にしておくわ。
「ラルフ様!」
「近付かないでくれ。君が近付くと身体が拒否反応を示すようになった」
「は?」
「勝手に人の心にズカズカと入り込むその神経……どうか改めてくれ」
「……え」
ルーシェ嬢の顔にはどうして? と言った表情が浮かぶ。
「ロン様!」
「わ~ここで僕に振るんだ~? すごいね、ルーシェ嬢、状況をよく見てみなよ~」
「え?」
「だって、そうでしょ~? 解任だよ? 君を除いた生徒会役員全員の総意って事だよ? 何でここで僕が君を助けると思えるの?」
「…………」
ロン様が、天使のような笑顔でそう言った。
ルーシェ嬢、絶望の顔をして黙り込んでしまったわ。
えぇ、でもまぁ、ゲームでの彼は天使の様な無害キャラを装ってその裏は……
あ、現実もそのまんまね。
「……っ! ニックス先生!!」
ルーシェ嬢は諦めないらしい。
最後の砦の先生を呼んだ。
冷静に考えれば解任の許可は先生が出していると分かりそうなものだけど、多分今のルーシェ嬢はそんな考えもどこかに行ってしまっている気がする。
「あー、悪いな。そいつらきっちりと根拠を揃えて話を持ってきたんだわ」
「え……?」
「そう。一向に貴族社会の事を学ぶ姿勢が見えない様子やら、生徒会役員の男共に擦り寄る様子……そして、さっきジェイが言ってたように数々の暴言とやらの証拠がなぁ」
「!? いつの間にそんな事を……!!」
ルーシェ嬢はショックを受けた顔をして立ち尽くしていた。
そして、すぐに何かを思いついたかのような顔をして口を開いた。
「……フランシスカ様ね?」
「は?」
「そうでしょう? 全部、フランシスカ様の仕業だわ……」
──え?
突然の名指しに驚く。しかも、完全に決め付けている!
マーカスもギョッとしている。
「ずっと、ずっとおかしいと思っていたのよ。マーカス様は特に他の誰よりも私に見向きもしなかったもの」
……いや、他の方もそうですよー……と言いたいけど、多分これは口にしては駄目だ。
火に油を注ぐ事になる。
「フランシスカ様が勝手に書き換えたんだわ。私が! 私の幸せになる未来を……!!」
「ルーシェ嬢、君は何を言っているんだ?」
マーカスが頭を抱えた。
本当よ! 何て無茶苦茶な事を言っているの……
私は謎の赤い糸は見えるけれど、シナリオの書き換えなんて事が出来るわけないでしょう!?
私はそう叫びたいのを必死で我慢する。
そんなルーシェ嬢は、マーカスの言葉も無視してなおも続ける。
彼女の異様な様子に、会場内はしーんと静まり返っていた。
「フランシスカ様ったら、そんなに私の事が羨ましくて蹴落としたいのかしら?」
ふふふ、と笑うルーシェ嬢ははっきり言って不気味だと思う。
「でもね? フランシスカ様……私、あなただけが幸せになるなんてやっぱり許せないの。だって、“フランシスカ”は“マーカス”に“婚約破棄”されるだけの存在だもの!!」
「ルーシェ嬢!? 何言ってるんだ。いい加減に……」
マーカスが眉を顰める。
いい加減にしろ、と言いかけたマーカス様の言葉を遮ってルーシェ嬢はまだまだ続ける。
「だからね? 全然、婚約破棄となる素振りが無いから、正しい道に戻さなきゃと思ってお義父様に頼んでフリーデン公爵と接触してもらったのよ」
「!」
「そこでたくさんフランシスカ様の事をお話してもらったわ。公爵様も随分と興味深く真剣にお話を聞いてくださったそうよ? ふふふ」
話の内容など今、ここで聞かなくても分かる。
私を陥れるような内容に違いない。
ルーシェ嬢が更に嫌な笑みを浮かべながら言う。
「実はですね、フランシスカ様。私、少し前にどうしても気になってあなたの事を調べた事があるのです」
「……」
「ルーシェ嬢! 何を勝手な事を!!」
マーカスがルーシェ嬢を睨む。
でも彼女はそんな様子に怯むこと無く、マーカスを見ながら微笑んで言った。
「ねぇ、マーカス様……私の調べた所によると、実はまだ二人の婚約って公爵様に正式には認められていないんですってね?」
「!!」
ルーシェ嬢のその言葉にマーカスが驚いて言葉を失う。
そんなマーカスの驚いた顔を見たルーシェ嬢が、ふふんと勝ち誇ったような顔を見せた。
「マーカス様、お父上の公爵様と約束されていたそうですね? 学院では必ず生徒会長に抜擢され、成績もトップを維持し続けてみせるから、このままフランシスカ様との婚約を認めてくれ……と。それでしぶしぶ公爵様は認めたものの、とりあえずは様子を見ているそうではありませんか!」
「……っ」
マーカスは悔しそうな顔をしながらも反論しなかった。
つまり今、ルーシェ嬢が言った事は肯定を示しているのだと誰もが理解した。
「フランシスカ様、公爵様はいつでも婚約破棄して慰謝料を払う準備は出来ているそうですよ?」
ルーシェ嬢は私に向かって嬉しそうにそう話す。
「そんな危うい状態で成り立っていたマーカス様とフランシスカ様の婚約よ。フランシスカ様の悪評が公爵様の耳に入った今、ふふ、それでもあなた達の婚約関係は続けられるのかしらね?」
ルーシェ嬢はとことん私を追い詰めようとしていた。
応援ありがとうございます!
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