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11. 赤い糸は謎すぎる

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  私は慌ててルーシェ嬢の左手を見る。
  そこにはいつもと変わらない5本の赤い糸。

  (どういう事なの?  5本の5人は攻略対象者との糸ではなかったの?)

  それとも、何かがあって既にジェイ様との縁が切れてしまった?
  

  ──駄目だわ、分からない。赤い糸は謎が多すぎる。


  それに、他の攻略対象者の糸も見てみないと結論は出せそうにない。


「フラン?  キョロキョロしてどうしたの?」
「ふぇ!?  あっ!」

  マーカスが後ろから抱き締めてくる。
  ひ、人前なのに!!
  ほら、マーカス……見て?  大変よ!  
  ルーシェ嬢が物凄い顔で睨んでるわ!!  私、怖くて直視出来ない!

「はぁ……」

  何故かため息を吐くマーカス。

「どうしたの?」
「……フランが可愛い。可愛い過ぎて困る」
「!?」

  マーカスが壊れたわ。おかしな事言ってる。
  そんなマーカスが耳元でそっと囁いた。

「昨日の赤い糸……ずっと繋げていられたら良いのにね」
「マーカス?」
「そうしたら、フランは僕のだって皆に分かるのに」
「もう!」

  マーカスはきっと分かっていないんだわ。
  昨日のあの赤い糸を繋げた行為に私がどれだけ救われて嬉しかったか……


「……チッ、何なのよ。ねぇ、マーカス様もジェイ様もさっさと教室に行きましょうよ!  さぁ、ほらマーカス様……」

  ちょっといい雰囲気だったのをルーシェ嬢が文句を言いながら間に入って来て、自然とマーカスの腕に自分の腕を絡めようとした。
  その事にムッとした気持ちになる。

「離してくれないか?  むやみやたらに人に触れるのは感心しない。それに僕はフランをクラスに送ってから教室に行くから、お先にどうぞ」
「……送る?」

   マーカスはルーシェ嬢を腕から引き剥がして、はっきりとそう口にした。
  ルーシェ嬢は一瞬驚いた顔を見せたけどすぐに微笑みながら言った。

「ふふふ……マーカス様って本当に義理堅い方なのですね?」
「義理堅い?」

  マーカスが怪訝そうに聞き返す。

「えぇ、、フランシスカ様をそうやって大事になさっているのでしょう?」
「婚約者だから?  それは違うよ、ルーシェ嬢」

  マーカスが首を傾げながらも再び私を抱き寄せる。

「僕がフランを大事にしているんだ」
「……は?  愛?」

  ルーシェ嬢の顔が分かりやすく引き攣った。

「な、何を言っているんですか?  マーカス様!  フランシスカ様は卑怯な手を使って無理やりあなたを繋ぎ止めているだけの迷惑な婚約者でしょう?  その証拠に傷……」
「卑怯?  それよりルーシェ嬢……それ以上、その言葉を口にしないでもらおうか?」

  一気にマーカスの周りの温度が下がった気がした。
  こんな彼は初めて見る。

、軽々しく口にする事だけは許せない」
「え、やだ、何でそうなるの?  どういう事……おかしいわ」

  ルーシェ嬢がマーカスの怒気に当てられてブルブルと震え出した。

  (───あれ?)

  マーカスの今の言葉にふと疑問が生まれた。
  今、マーカスが止めた話は私の顔の傷の話をしていたのよね?
  この間のルーシェ嬢の言い方だと、マーカスは生徒会の人達とルーシェ嬢も混じえてこの傷の話をしていた様子だったけれど……

  (もしかして違ったの?)

  ルーシェ嬢のあの話は真実と嘘が混ぜられていたのかもしれない。
  ……私にマーカスに対する不信感を植え付ける為に。
  やっぱり鵜呑みにしてはいけなかったんだわ。




「あーあ、ルーシェ嬢はマーカスを怒らせちゃったねぇ」
「ジェイ様?」

  呑気な声を出しながらジェイ様が私の傍に寄って来た。

「マーカスは君の事になると、本当に冷静さを欠く。いつだっけ?  君が裏庭で倒れた日……あの日も凄かったなぁ……」

  あの日、意識を失う直前、マーカスの“フラン”って叫ぶような声が聞こえたっけ……

「だから、俺はずっとマーカスが大事そうに隠してる婚約者殿がどんな人なんだろうと気になっていたんだけど」
「?」

  そう言いながら、ジェイ様が私を見つめる。そしてにっこりと笑った。

「……マーカスが隠したくなる気持ちも分かるね、うん」
「えっと……?」

  ジェイ様の真意が見えずに私が狼狽えていると、

「ジェイは、フランシスカに近付くな」
「「マーカス」」

  マーカスが不機嫌そうな顔でこちらにやって来た。

「ルーシェ嬢は?」

  ジェイ様がキョロキョロと辺りを見回しながら聞く。
  もう、ルーシェ嬢の姿は無かった。

「きゃんきゃん煩かったから、さっさと教室に行かせた」
「……犬かよ」
「編入して来て生徒会入りした時からそんな感じだっただろ?  僕達全員に分かりやすく尻尾を振ってた」
「あー……」

  マーカスによるまさかのルーシェ嬢の犬扱いにギョッとした。
  そんな目で見ていたとは……

  そして、二人の会話を聞いていて何となく察する。
  何故、マーカスがルーシェ嬢を妙に警戒していたのかを。

  改めて思わされた。
  確かにここはゲームの世界かもしれないけれど、やっぱり現実なんだわ。
  ゲームの通りに行動しても上手くいくとは限らない。


「それよりさ、フランシスカちゃんに近付くな、とは酷い言い草だな」
「フランシスカを横からかっ攫われるのは誰であってもごめんだ。あと、フランシスカちゃんとか言うな!」
「ははは、酷いなぁ……」

  いや、本当に。
  マーカスったら変な心配してるわ。
  こうして想いを通わせたからか、マーカスの知らなかった面がたくさん見えて、知れる事がたまらなく嬉しい。そして、私はますますマーカスの事が好きだなと思うのよ。

「ふふふ……二人って仲良しなのね」

「は?」
「え?」

  私が笑いながらそう言うと、二人が同時に驚きの声を上げた。
  うん、息もピッタリ!
  にこにこ微笑む私に何故か二人は苦い顔をしていた。




****




「……えっ!?  婚約破棄!?」
「そうなの……」

  その日、ミラージュの顔色が朝から悪かったので、何かあったのかと聞いてみたら、まさかの返答が返ってきた。

「ど、ど、どういう事!?」
「……まさに、流行りそのもののふざけた理由よ……!!  “真実の愛”」

  国内でも巻き起こっていた婚約破棄騒動。
  こんな身近でも起きていたなんて!

  実はミラージュの赤い糸の事が気になってはいた。
  婚約者がいるはずのミラージュの赤い糸は途切れていたから。
  仲が良くないのかも、と。

  今回の件は悲しい出来事だけど、今も赤い糸が出ているミラージュには、婚約者だった人とは別の運命の相手がいる可能性が高いわ。
  まぁ、そんな不確かな励ましは出来ないけれど……

「ねぇ……フランシスカ」
「どうしたの?」
「私、婚約破棄されてしまったけど……それなら好きな人に告白してみてもいいと思う?」
「え?」

  その言葉に驚く。

「ずっと婚約者では無い好きな人が別にいたのよ……でも私には決められた婚約者がいたから無理だって諦めてたの。でも、こうして私は自由になったから……」
「ミラージュ……」

  知らなかった。そんな想いを抱えていたなんて。
  改めて私の婚約はマーカス好きな人に望まれて幸せ者だったんだなと思う。

  ──運命の相手がいる人に赤い糸が出現する。

  きっとこれは間違いないと思う。
  だけど、それは繋がっている人と途切れている人がいる。
  純粋に途切れている人達は、相手との運命の絆みたいなのが薄いのかもと思っていた。
  だから、仲が深まれば自然と糸は繋がるのでは?  そう思っていたけれど……

  そうではなく、その相手と気持ちを通じ合わせて結ばれた時にそれぞれが初めて繋がるのだとしたら?
  だから、糸が途切れている人が多いのかもしれない。まだ気持ちを通じ合わせていないから。
  つまり、途切れている人達は片想いに近い状態と言えるのかも。

  そうなると、5本のルーシェ嬢の相手は間違いなく攻略対象者。
  この世界においても、ルーシェ嬢の様子から言ってもそれ以外は考えにくい。

  あれからマーカスに我儘を言って残りの攻略対象者全員を紹介してもらったけれど、糸が出ていないのはジェイ様だけだった。

  (この場合はやっぱり攻略失敗を指しているのかしら?)

  赤い糸は繋がっていた糸が切れる事や無くなる事があったとしてもおかしくは無いはず。
  ジェイ様はそのパターンなのかもしれない。
  ただ、それならルーシェ嬢の糸は4本になってもいいはずだけど……


  ついでに言うと、自分の赤い糸の有無は考えても分からないまま。
  私とマーカスは本来の運命を捻じ曲げた関係になるのだと思う。

  けれど、もしも今私が考えている事が正しければ
  それだけは確信を持って言えるわ!!


  (だから、私は絶対にルーシェ嬢に負けたりなんかしないわ!)


  改めてそう決意した。

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