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10. ヒロインの狙いは

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「ルーシェ様」
「何かしら?」

  ルーシェ嬢は悠然と微笑んでいる。
  どこまでいっても彼女は自信に溢れていた。
  元々の性格なのか、それとも“ヒロイン”だという思いがあるからか。

「勝手に決め付けないで頂けますか?」
「何をです?」
「マーカスが可哀想だと。それを決めるのはマーカスであり、ルーシェ様ではありませんから」
「まぁ!」

  私が反論した事に何故か嬉しそうな顔を見せるルーシェ嬢。
  その反応に私の中であれ?  という思いが生まれる。

「……?」
  
  そんな様子の彼女を見て朧気ながら、何故彼女が私を煽るのかをようやく理解した。

  やっぱりルーシェ嬢は私と同じ転生者で知識があるからこその、この行動なんだわ。
  だって、これはおそらくマーカスルートのイベントだ。

  マーカスルートのイベントで、マーカスと一緒にいたフランシスカの前で、マーカスとヒロインであるルーシェ嬢しか分からない話(おそらく生徒会の仕事に関する話)が始まってしまい、フランシスカは除け者にされたと憤慨し、ルーシェ嬢に「邪魔をしないで!」と、詰め寄るシーンがある。

  このイベントの為に、ルーシェ嬢は私の目の前でマーカスから頼まれていた仕事の資料を渡して私には分からない話をしようとしているんだわ。


『フランシスカ、落ち着いてくれ!  何をそんなに怒る事がある?』
『マーカス……だって、あなたも酷いわ!  どうして私と一緒にいるのに仕事の話なんて始めるのよ!!』
『やめて下さい!  私が勝手に先走っただけなんです!  少しでも早くマーカス様にお伝えしておきたくて……フランシスカ様、ごめんなさい』
『僕も悪かったよ、だけど彼女もこう言ってるじゃないか……なぁ、フランシスカ』


  こんな感じの会話が繰り広げられる。
  細かい会話の内容はうろ覚えだけれど、このシーンでルーシェ嬢に対して激昂したフランシスカの様子を見たマーカスはフランシスカに幻滅していく。

  そして……

  ここから、フランシスカとマーカスの関係は綻び始め崩れ去って行く事になる。
  ──つまり、これはマーカスルートに入る為の必須イベント。

  ルーシェ嬢は、このイベントを再現しようとしているのではないかしら? 
  だから今、私が反論した事を喜んだ……
  このまま私が激昂し、彼女を薄汚い言葉で罵れば、私がマーカスに幻滅されると信じているに違いない。

  (危な……あやうく乗せられる所だった)

  でも、現実はゲームとは違うもの。
  実際、マーカスも私もゲームとはかなり性格も行動も違っている。
  当たり前だ。現実を生きる私達は自分で考え行動しているのだから。変わって当然。


  それに、ゲームと違って私達は互いを想い合っている事を確認出来たおかげか、何となくだけどここで私がルーシェ嬢に文句を言ってもマーカスは幻滅などしない気がする。


  むしろ──……


「ルーシェ嬢」
「……!  はい、マーカス様」

  資料とやらの確認を終えたらしいマーカスが私達の元へやって来た。

「急いで仕上げてくれてありがとう。でも内容に問題は無いけど、以前からも指摘して来たようにちょっと誤字が……このままだとちょっと使えないから修正してもらってもいいかな?」
「……え!」
「急ぐと余計に誤字が増える傾向にあるみたいだから、それはそんなに急ぎではないのでゆっくりで構わない」

  はいっとマーカスが資料をルーシェ嬢に返す。
  ルーシェ嬢はそれを受け取るも唖然とした表情を浮かべたままその場に固まっていた。

  (これは……思っていた通りの展開にならなくて困惑しているのかしら?)


「それじゃ、行こうか?  フラン」
「え?  えぇ……」

  マーカスはそんなルーシェ嬢を気にすること無く私の腰に手を回し、さっさとこの場から去ろうとする。
  そして、私の耳元でそっと囁いた。

「素早い資料作成は感謝してるけど、フランとの時間は邪魔されたく無かったなぁ……」
「マーカス……」
「ん?  どうかした?」

  マーカスが首を傾げながら聞いてくる。

「ううん、何でもないわ……いえ、違うわね……私もその、同じ事を思ってしまったから嬉しいなと思ったの」
「フラン!」

  マーカスが嬉しそうに笑って更に私を引き寄せた。
  距離がぐんと近付いて、ドキドキしてしまう。

「あはは、そんなちょっとしたヤキモチも嬉しいなぁ」

  マーカスが嬉しそうにそんな事を言う。
  私も可笑しくなって思わず笑ってしまった。

「ふふ……」

  ……ほらね?  
  むしろ、マーカスは嫉妬してくれた!  って喜んでしまう気がしたの。思った通りだったわ。
  そんな事が嬉しくて微笑んでいたら、今度は後ろから別の声が聞こえて来た。


「朝からイチャイチャしているカップルがいると思ったら、まさかのマーカスとは……」


  (ん? この声は……)


「……ジェイか」

  マーカスが呆れた声で呟いた。

  “ジェイ”

  あぁ、間違いない。
  私は面識は無いけれど、今現れた声の主は……

  ジェイ・フォンドー
  フォンドー侯爵家の嫡男。
 
  そして、マーカスに次ぐ二番手……生徒会の副会長。
  当然だけど彼も攻略対象者。

「おはよう、マーカス、ルーシェ嬢……そして」

  パチッと私と彼の目が合う。

「初めまして……かな?  マーカスの婚約者殿。ジェイ・フォンドーです」
「は、初めまして、フランシスカ・マドラスと申します」
  
  挨拶を交わし終えると、ジェイ様はにんまりと笑って言った。

「いやー、ようやく会えた!  マーカスの大事な大事なお姫様。なかなか会わせてくれないからさぁ」
「!」
「ジェイ!!」

  ゲームのジェイ様は物怖じしない明るい人だったけれど、現実もなかなかフランクな感じの方だわ。
  真面目なマーカスとは正反対でうまくお互いの足りない所を補っている設定だったけど現実もそんな感じなのかもしれない。

  ふふ、と嬉しくて微笑んでると、マーカスが言った。

「フラン、あいつの事は見なくていい」
「何で?」
「……女性に手が早い」
「…………ぷっ」
「!  何で笑うんだよ!!」
「だって……!!」

  ちょっと拗ねた顔をするマーカスが可愛かった。

「本当に仲が良いんだなぁ……で、そっちの姫さんは何をそんな呆けた顔をしているんだ?」

  ジェイ様が不思議そうな顔をルーシェ嬢に向ける。
  その言葉で私は慌ててルーシェ嬢の存在を思い出した。

  (そうよ、まだこの場にいたのよね……思いっきり無視していたわ……)

「……ほ!?  呆けた顔なんてしていませんけど!?」

  ルーシェ嬢が慌て出した。

「えー、してたよ?  せっかく可愛いのにその顔はもったいないなぁ」
「まぁ、嫌だわ、もうジェイ様ったら……」

  随分、二人の仲は良さそうに見える。

  (これって攻略が進んでるという事……?  なら、さっきのルーシェ嬢がマーカスルート狙いな感じがしたのはどういう事……?)

  ルーシェ嬢の狙いが分からなくて気持ち悪い。
  それに赤い糸だって……
  
  (そうだ! ジェイ様の赤い糸はどうなっているのかしら?)

  そう思って彼の左手へと視線を向ける。

「……え!?」

  私は思わず驚きの声を上げていた。

「フラン?  どうかした?」
「……マーカス、あ、ううん。何でもないわ」

  (どういう事……?)

   ───ジェイ様の左手には

  
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