上 下
7 / 24

7. ヒロインとの対面と赤い糸

しおりを挟む

「あ……もしかして、そちらはマーカス様の婚約者の方ですか?」

  ルーシェ嬢の落ち着いた声だけが聞こえる。
  私は怖くて振り向けない。
  ……挨拶するべきなのに。身体が動かない……!

「あぁ。彼女……フランシスカは僕の婚約者だ」

  何故かマーカスが動いた気配がしたので、おそるおそる振り返るとマーカスが私を庇うように立ち位置を変えながら答えていた。そのせいで私からは彼女の姿が見えない。
  まるで、私を隠すかのようなマーカスの行動に疑問が生まれる。

  (……どうして?)

  マーカスの行動の理由が分からない。
  それでも二人の会話は続いていた。

「えぇと……確か、婚約者は子爵家の方だと聞いていますが」

  そう言ってルーシェ嬢は私を覗き込もうとした。

「そうだよ。……だけど、すまない、ルーシェ嬢。フランシスカは病み上がりで今は無理をさせたくないんだ。今はそっとしておいてもらえるかな?  紹介はまた今度にさせて欲しいんだ」
「!?」

  だけど、マーカスが何故か私を庇うように抱き寄せてそんな事を言い出した。
  抱き込まれているせいで、ルーシェ嬢の顔や姿が見えなくなった。

  (やっぱりマーカス、私を彼女から意図的に隠そうとしてる……?)

「そう……ですか。それは残念です。ぜひ、お話してみたかったのに」

  ルーシェ嬢の不満そうな声が聞こえた。

「申し訳ない」
「それにしても仲が良いのですね、知らなかったです」
「婚約者なのだから、当然だろう?」
「……へぇ、そうですか」

  そう答えたマーカスに対してルーシェ嬢の声はどこか冷たく聞こえた。

「……羨ましいですね、ぜひ、今度は紹介してくださいね?」

  そう言ってルーシェ嬢は去って行く。
  何だかその声も冷たく聞こえた。





「……フランシスカ、ごめん!」

  ルーシェ嬢の気配が無くなった頃、マーカスが慌てたように私から離れた。

「マーカス……どうして?  まるで私と彼女を会わせたくなさそうだったけど」
「……分かる?」
「分かるわよ。あからさまだったし」

  私の指摘にマーカスが力無く笑う。

「実はさ、以前から彼女……ルーシェ嬢は、何故かとしつこかったんだ」
「え?」

  その言葉に胸がドキリとする。
  どういう事かしら?

「……ちょっと余りにもしつこく要求してくるものだからさ。なんか変だなと思って、ずっとのらりくらりとかわしていたんだけど」
「そ、そんなに?」
「うん。それと根掘り葉掘り聞いてくるんだよ、フランシスカの事。他にも……」
「え……」

  純粋に気持ち悪いと思った。
  何故、彼女はそんな事を?

「だから、万が一、フランシスカに何かされたら嫌で……勝手にごめん」
「マーカス……」

  どうやら、私は自分が知らない所でマーカスに守られていたみたいだ。
  その事実を知って胸がキュンとする。

  (ずるいわ……だから私はあなたを諦められない……)


  
  例えあなたの赤い糸が私と繋がっていなくても……



  そこでハッと思い出す。

  彼女の赤い糸が見られなかったわ!!

「……」

  私はおそるおそるマーカスの左手を見る。

「か……変わってない」
「うん?  何が?」

  私の呟きを拾ったマーカスが聞き返してきた。

「な、何でもないわ」
「……?」

  マーカスは不思議そうな顔をしながらもそれ以上の追求はしなかった。
  その事にホッとする。



  ──マーカスの左手の赤い糸は変わっていなかった。
  ルーシェ嬢と繋がったもしくは繋がっている様子は…………無い。

 

  マーカスとルーシェ嬢の糸は繋がっていない……
  ルーシェ嬢の指と糸を見ていないから判断するのは早いかもしれない。
  それでも……

  涙が出そうになった。
  嬉しいのか悲しいのか……うまく言葉に出来ない思いを抱えていると、

「……フランシスカ」
「?」

  と、名前を呼ばれて手を取られた。
  何故かマーカスと手を繋ぐ形になる。
  
「マ、マーカス!?」
「……何でかな。目を離すとフランシスカがどこかに行ってしまいそうだ」
「どこかって、私の行き先は教室しかないわよ?」
「……ははは、そうじゃない」

  マーカスが苦笑する。
  何でそんな笑い方をするのかよく分からない。

  そうしてマーカスは手を繋いだまま、きっちりと私を教室まで送り届けてくれた。
  手を繋いで現れた私達に、教室内はちょっとした騒ぎになったけれど。








「フランシスカとマーカス様が並んでる所を学院でまともに見たの初めてな気がするわ!」
「そんな事は……」
「あるわよ!  こんな事は今まで無かったじゃない!  急にどうしたの!?」

  なかでもミラージュの興奮は凄かった。

「べ、別に何も……」

  強いて言うならマーカスが、反省?  後悔?  をして、もっと私といる時間を作るって言い出した事くらいかしら?

「何も無くてあれは……ないわ!  だってマーカス様のあの顔ったら……」
「顔?  いつものマーカスでしょう?」
「え……ちょっと、フランシスカ?  あなたってそんな鈍感だったの?」
「ミラージュ、言っている意味が分からないわ」

  急に鈍感とか言われても。何がなにやら。
  私はふぅ、とため息をつく。

  ミラージュには何故か残念そうな子を見る目で見られたけど、そんな事よりも私は他の事が気になってしょうがないのよ……
  予想していたけれど、学院内は糸が……赤い糸が多すぎる。
  あまりにも混線していて、正直どことどこが繋がっているのかよく分からない。

  それに、
 
  (何だか人の気持ちを勝手に盗み見しているみたいで嫌になる……)

  赤い糸の状態は本当に様々で、繋がっている人や途切れている人、私の屋敷で観察していたのとそう変わらない。
  ただ、驚いたのは私みたいに糸が出ていない人も見かけた事だ。

  (私みたいな人がいる!  良かった……正直、私だけがどこかおかしいのかと思っていたから)

  その事にちょっとだけ安心した。
  









  だけど、やっぱりこの世界は私には甘くない。

  それはどうにか、混線しまくる赤い糸にようやく見慣れ始めたお昼休みの事だった。

「突然、申し訳ございません。やっぱり私、どうしてもフランシスカ・マドラス様にお話したい事がありまして来てしまいました」
「えっと……」

  どうしてこうなったの。
  
「エランドール様……私は」
「ルーシェと呼んでくださいませ」
「……」

  そう言って目の前のルーシェ嬢はニッコリと笑った。
  さすがヒロイン。美少女だわ。
  ……では無くて!


  何故、彼女がここにいるのだろう?
  頭がクラクラする。





  彼女はお昼休み、突然私を訪ねて来た。


「……お昼休みは生徒会の仕事があるのでは?」
「えぇ、なので手短に用件だけ」
「用件……とは?」

  嫌だわ……嫌な予感しかしない。絶対いい話なわけ無いもの。

「もちろん、マーカス様の事です」

  ……ですよね。
  ルーシェ嬢とマーカスの糸は繋がっていなかったとしても、彼女はこの世界のヒロインでマーカスが攻略対象者なのは変わらない。
  むしろ、私と違って彼女の行動しだいではこれから繋がる可能性も……

  ……ズキッと胸が痛んだ。

  (それより、ルーシェ嬢の赤い糸は……)

  ルーシェ嬢の赤い糸の状態が気になった。
  マーカスと繋がっていない。その事ばかりに気を取られてしまっていたけれど、朝に見れなかった事を思い出した。

  (もし、他の攻略対象者と繋がってくれていたら……)

  そんな願いと共に彼女の左手を見た。


「……っ!?」



「どうしました?」


  私が目を見開いたまま固まったせいかルーシェ嬢が怪訝そうな顔をしたけれど、それ所では無かった。

  

  だって、こんな事が?  
  驚かずにはいられない。



  なぜなら、
  彼女の左手から出ていた赤い糸は…………5本に分かれていたから。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【短編完結】妹は私から全てを奪ってゆくのです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:374

あなたが望んだ、ただそれだけ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,477pt お気に入り:6,581

婚約破棄もしくは解消、そして咲く華は百合

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

ゴミ部屋の王子様

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

あなたが興味あるのは妹だけですよね?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:362pt お気に入り:299

ぶりっ子男好き聖女ヒロインが大嫌いなので悪役令嬢やり遂げます!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:3,408

どうしてこうなった

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:409

メテオライト

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:78

処理中です...