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7. ヒロインとの対面と赤い糸
しおりを挟む「あ……もしかして、そちらはマーカス様の婚約者の方ですか?」
ルーシェ嬢の落ち着いた声だけが聞こえる。
私は怖くて振り向けない。
……挨拶するべきなのに。身体が動かない……!
「あぁ。彼女……フランシスカは僕の婚約者だ」
何故かマーカスが動いた気配がしたので、おそるおそる振り返るとマーカスが私を庇うように立ち位置を変えながら答えていた。そのせいで私からは彼女の姿が見えない。
まるで、私を隠すかのようなマーカスの行動に疑問が生まれる。
(……どうして?)
マーカスの行動の理由が分からない。
それでも二人の会話は続いていた。
「えぇと……確か、婚約者は子爵家の方だと聞いていますが」
そう言ってルーシェ嬢は私を覗き込もうとした。
「そうだよ。……だけど、すまない、ルーシェ嬢。フランシスカは病み上がりで今は無理をさせたくないんだ。今はそっとしておいてもらえるかな? 紹介はまた今度にさせて欲しいんだ」
「!?」
だけど、マーカスが何故か私を庇うように抱き寄せてそんな事を言い出した。
抱き込まれているせいで、ルーシェ嬢の顔や姿が見えなくなった。
(やっぱりマーカス、私を彼女から意図的に隠そうとしてる……?)
「そう……ですか。それは残念です。ぜひ、お話してみたかったのに」
ルーシェ嬢の不満そうな声が聞こえた。
「申し訳ない」
「それにしても仲が良いのですね、知らなかったです」
「婚約者なのだから、当然だろう?」
「……へぇ、そうですか」
そう答えたマーカスに対してルーシェ嬢の声はどこか冷たく聞こえた。
「……羨ましいですね、ぜひ、今度は紹介してくださいね?」
そう言ってルーシェ嬢は去って行く。
何だかその声も冷たく聞こえた。
「……フランシスカ、ごめん!」
ルーシェ嬢の気配が無くなった頃、マーカスが慌てたように私から離れた。
「マーカス……どうして? まるで私と彼女を会わせたくなさそうだったけど」
「……分かる?」
「分かるわよ。あからさまだったし」
私の指摘にマーカスが力無く笑う。
「実はさ、以前から彼女……ルーシェ嬢は、何故かフランシスカに会わせてくれとしつこかったんだ」
「え?」
その言葉に胸がドキリとする。
どういう事かしら?
「……ちょっと余りにもしつこく要求してくるものだからさ。なんか変だなと思って、ずっとのらりくらりとかわしていたんだけど」
「そ、そんなに?」
「うん。それと根掘り葉掘り聞いてくるんだよ、フランシスカの事。他にも……」
「え……」
純粋に気持ち悪いと思った。
何故、彼女はそんな事を?
「だから、万が一、フランシスカに何かされたら嫌で……勝手にごめん」
「マーカス……」
どうやら、私は自分が知らない所でマーカスに守られていたみたいだ。
その事実を知って胸がキュンとする。
(ずるいわ……だから私はあなたを諦められない……)
例えあなたの赤い糸が私と繋がっていなくても……
そこでハッと思い出す。
彼女の赤い糸が見られなかったわ!!
「……」
私はおそるおそるマーカスの左手を見る。
「か……変わってない」
「うん? 何が?」
私の呟きを拾ったマーカスが聞き返してきた。
「な、何でもないわ」
「……?」
マーカスは不思議そうな顔をしながらもそれ以上の追求はしなかった。
その事にホッとする。
──マーカスの左手の赤い糸は変わっていなかった。
ルーシェ嬢と繋がったもしくは繋がっている様子は…………無い。
マーカスとルーシェ嬢の糸は繋がっていない……
ルーシェ嬢の指と糸を見ていないから判断するのは早いかもしれない。
それでも……
涙が出そうになった。
嬉しいのか悲しいのか……うまく言葉に出来ない思いを抱えていると、
「……フランシスカ」
「?」
と、名前を呼ばれて手を取られた。
何故かマーカスと手を繋ぐ形になる。
「マ、マーカス!?」
「……何でかな。目を離すとフランシスカがどこかに行ってしまいそうだ」
「どこかって、私の行き先は教室しかないわよ?」
「……ははは、そうじゃない」
マーカスが苦笑する。
何でそんな笑い方をするのかよく分からない。
そうしてマーカスは手を繋いだまま、きっちりと私を教室まで送り届けてくれた。
手を繋いで現れた私達に、教室内はちょっとした騒ぎになったけれど。
「フランシスカとマーカス様が並んでる所を学院でまともに見たの初めてな気がするわ!」
「そんな事は……」
「あるわよ! こんな事は今まで無かったじゃない! 急にどうしたの!?」
なかでもミラージュの興奮は凄かった。
「べ、別に何も……」
強いて言うならマーカスが、反省? 後悔? をして、もっと私といる時間を作るって言い出した事くらいかしら?
「何も無くてあれは……ないわ! だってマーカス様のあの顔ったら……」
「顔? いつものマーカスでしょう?」
「え……ちょっと、フランシスカ? あなたってそんな鈍感だったの?」
「ミラージュ、言っている意味が分からないわ」
急に鈍感とか言われても。何がなにやら。
私はふぅ、とため息をつく。
ミラージュには何故か残念そうな子を見る目で見られたけど、そんな事よりも私は他の事が気になってしょうがないのよ……
予想していたけれど、学院内は糸が……赤い糸が多すぎる。
あまりにも混線していて、正直どことどこが繋がっているのかよく分からない。
それに、
(何だか人の気持ちを勝手に盗み見しているみたいで嫌になる……)
赤い糸の状態は本当に様々で、繋がっている人や途切れている人、私の屋敷で観察していたのとそう変わらない。
ただ、驚いたのは私みたいに糸が出ていない人も見かけた事だ。
(私みたいな人がいる! 良かった……正直、私だけがどこかおかしいのかと思っていたから)
その事にちょっとだけ安心した。
だけど、やっぱりこの世界は私には甘くない。
それはどうにか、混線しまくる赤い糸にようやく見慣れ始めたお昼休みの事だった。
「突然、申し訳ございません。やっぱり私、どうしてもフランシスカ・マドラス様にお話したい事がありまして来てしまいました」
「えっと……」
どうしてこうなったの。
「エランドール様……私は」
「ルーシェと呼んでくださいませ」
「……」
そう言って目の前のルーシェ嬢はニッコリと笑った。
さすがヒロイン。美少女だわ。
……では無くて!
何故、彼女がここにいるのだろう?
頭がクラクラする。
彼女はお昼休み、突然私を訪ねて来た。
「……お昼休みは生徒会の仕事があるのでは?」
「えぇ、なので手短に用件だけ」
「用件……とは?」
嫌だわ……嫌な予感しかしない。絶対いい話なわけ無いもの。
「もちろん、マーカス様の事です」
……ですよね。
ルーシェ嬢とマーカスの糸は繋がっていなかったとしても、彼女はこの世界のヒロインでマーカスが攻略対象者なのは変わらない。
むしろ、私と違って彼女の行動しだいではこれから繋がる可能性も……
……ズキッと胸が痛んだ。
(それより、ルーシェ嬢の赤い糸は……)
ルーシェ嬢の赤い糸の状態が気になった。
マーカスと繋がっていない。その事ばかりに気を取られてしまっていたけれど、朝に見れなかった事を思い出した。
(もし、他の攻略対象者と繋がってくれていたら……)
そんな願いと共に彼女の左手を見た。
「……っ!?」
「どうしました?」
私が目を見開いたまま固まったせいかルーシェ嬢が怪訝そうな顔をしたけれど、それ所では無かった。
だって、こんな事が?
驚かずにはいられない。
なぜなら、
彼女の左手から出ていた赤い糸は…………5本に分かれていたから。
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