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4. 私が、彼の運命の赤い糸の相手になれない理由

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  どこからどう見ても、私の指からその赤い糸が出ている様子は……無い。
  私には運命で結ばれている相手がいない……そういう事になるわ。

  (つまり私とマーカスは……)

  “フランシスカ。ごめん、僕のその赤い糸の相手は君ではないんだ!”

  ゲームでマーカスが口にしていた言葉が頭の中を駆け巡る。
  この現状を思えば、ゲームのマーカスが言っていた言葉はその通りだったという事。
  それは、現実となっても。


  ……あぁ、なんて運命は残酷なんだろう。
 

  


「お嬢様?  どうされました?  顔色が悪いですよ?」
「……え、あ、そう、ね?  ごめんなさい」
「えぇと、どうして謝っているんですか?  お嬢様……無理は良くないので休んだ方がいいです」

  リナがとても心配そうな顔を私に向ける。

「でも、マーカスが……」
「さすがにその顔色ではマーカス様も驚きますよ?  もっと心配をかけてしまいます」
「そう……ね」

  マーカスに会いたい。顔が見たい。お礼も言わなくちゃ。
  そう思うのに……

「分かったわ……今日は会うのをやめておく。お礼はまた後日伝える事に……するわ」
「お嬢様……」
「フレッツ。マーカスの所へ行って私が目を覚ました事だけは伝えて貰えるかしら?」
「承知しました」

  フレッツが頭を下げて部屋を出て行く。
  
「……マーカス」

  私は小さく彼の名前を呟く。
  今は……彼に会いたいけれど会いたくない。
  だってきっと今あなたに会えば、私は平常心ではいられない。
  私達の間に赤い糸が繋がっていない事を知ってしまったから。

  そして、もしも彼の指からは赤い糸が出ていて、それが別の人──そう、ヒロインのルーシェ嬢と繋がっていたら……

  (そんなの私は堪えられない!)


   ───今は……今はまだ知りたくない。
  大好きな人の運命の相手なんて。




****





   突然、前世の記憶を思い出した事と何故か見えるようになってしまった謎の赤い糸による混乱のせいで、そのまま私は熱を出して寝込んでしまった。

  そんな中でも考える事は一つ。

  マーカスの事だった。

  赤い糸の事は正直よく分からない。分からないけれど、今確かな事は一つ。
  マーカスと私はやっぱり相思相愛では無かったんだな、という事。

  好きなのは私だけだった。
  私との婚約もマーカスにとってはやっぱり不本意だったんだろうなぁ……と改めて思わされてしまった。


  そもそも、私と彼が婚約する事になったのは、あくまでもで、それも悪いのは私で──……







─────……


  

   私の家、マドラス子爵家とマーカスの家、フリーデン公爵家の付き合いは、お父様がフリーデン公爵家の仕事上のパートナーの一人だったからと聞いている。

  そんな付き合いで、マーカスと初めて会ったのが10歳の時。
  この時は、その後、彼と婚約する事になるなんて夢にも思わなかった。


『フランシスカ嬢、初めまして。マーカス・フリーデンです』
『初めまして、マーカス様。フランシスカ・マドラスです』

  身分差はあれど同い年の子供同士、交流を持たせてもいいのかもしれない。
  そんな両親達の思いで私達は引き合わされた。

  サラサラの金の髪に碧眼のマーカスは、私が大好きでよく読んでいた絵本の王子様そのものだと思った。

『……王子様みたい』
『え?』

  どうやら、私は思った事を口に出してしまっていたようで、マーカスはちょっと驚いた顔をしていた。

『あはは、初めて言われたなぁ。……でも、ありがとう』
『……っ』

  そう言いながら照れてはにかむマーカスに、私の心は一瞬で撃ち抜かれた。


  それからの私は、お父様がフリーデン公爵と会う時は「私も連れて行って!」とせがむようになり、お父様もやれやれと言った様子で私とマーカスを遊ばせてくれた。






『フランといると勉強がサボれて嬉しいな』

  いつものように一緒に遊んでいるとマーカスがそんな事を言い出した。
  私達は初めて会った日から、あっという間に仲良くなり“マーカス”“フラン”と呼び合う程の仲になっていた。

『まぁ!  なんて事を言うの?  マーカス』
『だって、毎日、勉強勉強ばかりで息が詰まりそうなんだよ』
『ふーん……』

  私の返事にマーカスが唇を尖らす。

『……え?  ちょっとフラン酷くない!?  何でそんな興味のなさそうな返事するんだよ』
『えー、だって勉強出来る人ってカッコいいのになぁと思って』

  マーカスは何をしてても、カッコいいけどね!
  そんな事を思いながら何気無くこぼした私の言葉にマーカスは何故か過度に反応した。

『……カッコいい?』
『うん。だって、私のお兄様は勉強がダメダメでいつも家庭教師に怒られているわ。怒られてる姿ってちょっと情けないもの』

  私にはお兄様がいて、そんなお兄様は勉強が苦手だった。
  いつも、家庭教師に怒られていてしょげているお兄様。そんな様子を思い出しただけの何気無い言葉だったのだけど。

『そっか……カッコいい……』
『マーカス?』
『ううん、何でもないよ。それで、今日は何をする?』
『そうねー……あ、私、木に登りたい!』

  私の提案にマーカスは難色を示した。

『それはダメだよ。危ないから』
『そんな上までは登らないわ!  お願い!!  一緒に登って?』
『……フラン』



  ───この時の事は、後にどこからどう振り返っても私が悪い。
  マーカスは、ちゃんと危ないからダメだと言ったのに。

  結果として、私とマーカスは木に登った。



『マーカス、見て!  凄いわ。景色が一望出来るの!』
『フラン、それは分かったけどこれ以上は駄目だって、本当に危ないから』

  ある程度登った所で感激の声をあげる私に注意を促すマーカス。
  そんなマーカスの声に気を取られた私は、足を滑らせた。
  
『分かってるわー……って、きゃあ!』
『フラン!!』


  そこから先の記憶は曖昧だ。

  もっと痛いだろうと覚悟したはずの身体は思ったより痛くは無い……それが意識を失う前に感じた事だった。


  そして、目を覚ました時に見た光景は……お父様とお母様がベッドの脇で泣いていて、フリーデン公爵のおじ様が、マーカスと共にひたすら謝っていて……

 


────……




  
  私は鏡を左手で持ち、右手で前髪をそっとかきあげる。
  私の額……そこには傷痕が残っている。

  ──そう。あの時、木から落下した時に出来た傷。

  前髪で隠せても、私が爵位の低い子爵令嬢であっても一応は貴族令嬢。
  この傷は貴族令嬢としては致命的なものとなった。

  (だから、あの時おじ様とマーカスは平謝りしていたのよね……)

  この怪我は私の自業自得なのに。マーカスは何も悪くないのに。
  むしろ、彼は私を庇って自分も怪我をしていたのに。
  だから、私はこれくらいの怪我ですんでいたのに!

  そう。思ったより身体が痛くなかったのはマーカスに庇われていたからだった。



  そして、その日から数日後マーカスは私を止められず、怪我まで負わせた責任を取ると言い出して、私との婚約を申し出た。

  ──この婚約は政略結婚とも違うけど、愛があって結ばれたわけでもない。
  あるのは“責任”
  
  だから、私とマーカスが運命の相手……赤い糸で結ばれないのは当然の事だった。

  

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