【完結】殿下! それは恋ではありません、悪役令嬢の呪いです。

Rohdea

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第二十五話 六年分の想い

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  (どうしたのかしら?)

  突然のライラックの叫び声に周囲も何だ何だ?  と不思議そうな顔を向ける。
  当のライラックはそんな周囲の事など気にしていられなかったのか、ひたすら叫んでいた。

「嘘っ……何でこんな!  ……ようやく……ようやく昨日……お腹がぁ……!」

  (ようやく?  お腹?)

「ピンクさんもディアナ様と同じ様に昨日まで学園をお休みされていたんですの」
「え!」
「そうでした!  お休みになられたのもディアナ様と同じ頃からでしたよ」
「私と同じ頃から?」

  私の近くにいた令嬢達がそう教えてくれる。

  (これは偶然?  それとも……)

  私の中でむくむくと疑惑が生まれる。  
  突然叫んで立ち止まったライラックは、身体を震わせながら最初は自分の手をじっと見ていたのだけど、その後は慌てて何かに気付いたように、自分の身体の何かを確認していた。
  そしてしばらすくすると、ライラックは突然制服の上着を脱ぐと頭に被り、
「こんなの嘘よぉぉぉーー!  私は信じないんだからぁぁぁぁーー」
  と大声で叫びながら逃げるように走り出す。
  それは、もはや完全にただの奇行にしか見えなかった。

  (……なっ!?)

「あれは、ピンクさんよね?  今の何かしら?  品のない……」
「はしたないですわね」

  周囲のそんな声を聞きながら、私は走り去って行くライラックの後ろ姿を唖然と見ていた。


「───おはよう、ディアナ。そんな所に立ったままでどうかしたの?」

  ちょうど、そこへフレデリック様が登校される。

「あ、フレデリック様!  おはようございます」
「殿下、おはようございます」
「おはようございます、殿下。実はピンクさんがちょっと不審な行動をしていたのでそれを見ていた所ですわ」
「…………へえ」

  令嬢たちの説明にフレデリック様の表情が変わる。まるで何かを知っていそうな表情。

「フレデリック様は彼女に、何があったかご存知なんですか?」
「いや……ただ、もしかして、と思ったらだけさ」
「……もしかして」

  フレデリック様のその表情と言葉を聞いて私は思う。

  (あぁ……やっぱり私に呪いをかけたのはライラック……)

  疑惑は確信へと変わる。
  私が眠りにつく前にライラックは“秘術の本”の事について聞き回っていた。どこかで何らかの情報を手に入れたのかもしれない。  
  
「……」

  (呪返しが発動した……?)

  本はフレデリック様の元にあるので“眠りの呪い”については、誰か知っている人から口頭で伝えられたか。
  いずれにせよ、フレデリック様が言っていたように、小さな字で書かれていたという“呪返し”の事はライラックの頭には無かった。そうとしか思えない。

「まぁ、何があったかはそのうち分かるんじゃないかな?  …………今は放っておこう。さぁ、ディアナ。教室に行こう」
「……は、はい」

  (……フレデリック様ったら今、“呪返し”は徐々に進行していくものだからね……と小さく呟かれたわ!)

  やっぱり、フレデリック様もライラック様を疑っていた。



◆◇◆◇◆


  その日の放課後は、フレデリック様から王宮で例の本をもう一度読ませてもらう約束をしていたので、私達は一緒に馬車に乗り込んだ。
  
「……」

  (二人っきりはドキドキする……)

  学園内では人目があるし、普段はなかなか二人っきりにはなれない私達。
  お互いの事が大好きな私達が、二人っきりの馬車の中で大人しくしているはずが無かった。
  


「……あっ、フレデリック様……」

  馬車に乗り込むなり、流れるような動作で私を膝の上に乗せたフレデリック様。
  あまりにも自然な動きすぎて私は一瞬何がどうなったのか分からなかった。

  (え?)

  目をぱちくりさせている間に、フレデリック様はすかさず私に迫り、あっという間に唇が塞がれる。

「あっ……」
「うーん、ディアナのその甘い声は癖になるなぁ。ずっと聞いていたい」

  ちょっと意地悪なフレデリック様はクスクス笑いながら私の耳元でそう囁く。
  その声がすごく甘いので、その度に私はドキドキさせられる。

「ディアナの顔が赤い……可愛いね」
「そ、それは!  フレデリック様が……キ……キス……を!」
「うん?  僕?」

  フレデリック様はどこか余裕そうな顔で微笑む。
  こんなのおかしいわ!  どうして私ばっかりがドキドキさせられて翻弄されているの?

  (はっ!  まさかフレデリック様は私以外にも経験があるのでは……!)

  それで、こんなに余裕綽々なの?  そんなの嫌……!
  私は目に涙を浮かべて訊ねる。
  涙はお馬鹿な想像をしたせいで、勝手に溢れて来た。

「もしかしてフレデリック様は……私以外にもこ、こういった事をした経験がおありなのですか?」
「は?  何で!?  う……あ、あと何?  そ、その破壊力満点の顔!」
「?」

  フレデリック様が目を丸くして驚いている。
  余裕綽々だった表情は焦りに変わり、頬も赤くなっている。

「だって、フレデリック様……私はこんなにドキドキしているのにお顔が余裕そうで……」
「ディアナ?」
「私ばかり翻弄されています」
「ディアナ……」

  私がそう訴えるとフレデリック様が私を抱きしめる。そして、私の頭を軽く自分の胸に押し付ける。

「フレデリック様?」
「……ディアナ。僕の心臓の音、聞こえる?」
「え?」

  フレデリック様のその言葉で気持ちを集中させると、フレデリック様の心臓の音が聞こえて来た。
 
  (……!)

「早い……です」
「だろう?  僕は昔からディアナを前にする時だけ、ずっとこんなだよ?  翻弄されているのはディアナだけじゃない」
「……フレデリック様」

  私がそっと顔を上げるとフレデリック様と目が合って優しく微笑まれた。
  そして顔が近付いてきたと思ったら、額をコツンとぶつけられる。

「ディアナにこれ以上情けない所を見せたく無くて、これでも一生懸命頑張っているんだ」
「情けない……?  フレデリック様は情けなくなんてないですよ?」

  私がそう答えるとフレデリック様の顔が破顔した。

「…………本当にディアナは優しいなぁ……あぁ、そんな所も大好きだ」
「ん……」

  今度はチュッと音を立てて唇が重なる。

「こんな事、ディアナ以外にするわけないよ」
「……んっ……でも、慣れ」
「慣れているように見えた?  だって六年もあったんだよ?」
「ろく……?」

  チュッチュッとキスの合間にフレデリック様は語る。

「僕がどれだけディアナで妄想してきたと思う?」
「妄想……」
「こういう事をする……妄想」

  チュッ……
  優しいキスが降ってきた。
  そのままフレデリック様は熱のこもった目で私を見つめる。
 
「ディアナに嫌われたくなくてたくさん本も読んだし」
「本……」

  まさか、フレデリック様が本好きと噂されていたのは……
  一瞬、そんな考えが頭の中を過ぎる。

  (いえ、何を考えているの、私!  フレデリック様は成績も優秀よ!)

「でも、本は教えてくれなかったよ」
「何をですか?」
「キスはこんなに甘くて幸せな味がするって」
「!!」
「本だけじゃ分からない事……ディアナが初めて僕に教えてくれたんだ」
「あ……」

  そう言ってフレデリック様の顔が近付いてくると、そのままたくさんのキスを受けた。
  意識してみたら、フレデリック様の心臓の鼓動はやっぱりとても早くて、私と同じという事に嬉しくなった。

「フレデリック様…………だ、大好き……です」
「僕もだよ、ディアナ……」

  二人っきりで過ごす馬車の中は格別に甘かった。




  王宮に着いた私はフレデリック様の部屋で、六年ぶりにあの本を手に取った。

「あぁ、私が見た本はこれです……!」
「うん」

  パラパラとページをめくれば、私のかけた虜にする呪い、フレデリック様がかけた素直になる呪い、好意を抱かせる呪い……呪いと呼ぶには可愛らしい方法がたくさん載っている。

「……フレデリック様!  恋人を今よりもっと夢中にさせる方法までありますよ!」
「え?」

  私達はお互いに顔を見合わせる。

「「もっと……?」」

  そんな事したら、大変な事になりそうだね、なんて話をしながら、後半の危なそうな呪いのページに差しかかる。
  眠りの呪いについて読もうとしたその時だった。


「───殿下!  愛しの婚約者ディアナ様との逢瀬中なのに大変申し訳ございません」

  ノックの音と共に彼の側近が部屋にやって来た。

「……どうした?」

  フレデリック様はちょっと不機嫌そうに答えた。
  側近は私達を見ながら困った様子で口を開く。

「──殿下と同じ学園に通っていると主張するピンク色の髪を持った女性が王宮に押しかけて来まして」
「「!!」」

  ───ライラック!
  私とフレデリック様が顔を見合わせ息を呑む。

「…………追い返せば済む話だろう?」
「そ、それが……様子がおかしいのです。なので一応追い返す前に先に報告を……」
「様子がおかしい?」

  (どういう事かしら?)

「……はい。ピンク色の彼女は────」

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