【完結】殿下! それは恋ではありません、悪役令嬢の呪いです。

Rohdea

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第十九話 愛しい人(フレデリック視点)

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「───だから、分かるように説明してくれないか?」
「そ、それが……」

  僕は今、急いでディアナの元に向かっている。
  その最中に情報を持ってきた侯爵家の使用人に話を聞いているのだが……

「本日、自分は侯爵夫妻のお供をしておりました。ところが……外出から戻ったら……屋敷の者達が全員眠っていました」
「……全員?」
「は、はい。その、ディアナ様も……です」
「……」
「侯爵様が揺すってみても何しても起きないんです。皆、息はありました」

  ビクビクと僕に脅えながら話すこの男は多分、嘘はついていない。

「侯爵夫妻は無事なのか……」
「侯爵様は医者の手配をしておりまして、自分は命令で殿下へお知らせに参った次第です」
「……ディアナ」

  (屋敷の者達が眠ってる……だと?)

  一体何があったと言うんだ!

「ディアナはどこに倒れていたんだ?」
「ご自身のお部屋です。ディアナ様の護衛も部屋の外で倒れて眠ってましたから、ディアナ様は部屋にずっと居たものと思われます……」
「つまり、ディアナは誰か来客があってその者に何かされた……という可能性は低いのか」

  だが、屋敷の者達が眠らされた……?
  これは何だ?  何が起きた?  そんな事が可能なのか?
 
「何か窃盗などの被害はあるのか?」
「侯爵様達が今も確認していると思いますが、家捜しされたような形跡はありません」
「つまり、窃盗目的では無い……?」
「はい……おそらくは」

  それ以上の情報を得る事は出来ず、馬車はクワドラント侯爵家に到着した。

「……殿下!」
「ディアナは?」

  泣き腫らした顔で僕を出迎えたのはディアナの母親の侯爵夫人。
  ディアナは夫人によく似ている。
  僕は昔から夫人を見る度に将来のディアナを想像してばかりいた。

  (しかし、今はディアナそっくりの顔で泣き腫らしているのを見るのはつらいな……)
  
「旦那様が……ついてくれています」
「……目は」
「覚めません」

  夫人のその言葉に、屋敷に着くまでに目が覚めてくれていたらと抱いていた淡い期待は砕け散った。
 
「医者は?  呼んだのだろう?」
「……ディアナも他の者達もただ眠っているだけ、と」
「……なぜ、こんな事に」
「……」

  夫人はそれ以上は何も言わずに僕をディアナの元に案内してくれた。
  ノックをして部屋に入るとそこにはディアナの父親でもある侯爵がベッドの脇に腰を下ろして心配そうにディアナを見つめていた。

「殿下……!」
「連絡を受けていても立ってもいられなかった」
「そ、うですか……すみません、ディアナは……このような事になってしまいました……」

  辛そうな顔の侯爵の視線の先を追うと、ディアナが静かに横たわって眠っている。

  (こんな事になっていなければ、ディアナは眠った顔も可愛いなと感激していただろうに)

「ディアナ……」

  (一体、誰がこんな事を……?)

  クワドラント侯爵家に対する恨みなのかディアナ個人に対する恨みなのか……
  そして大勢を眠らせた手段はなんなんだ?

  (───待てよ?  こんな事例、どこかで……)

  何かが記憶の片隅に引っかかったその時、侯爵夫人が部屋に入って来た。
  手には何かを持っている。

「それは何だ?」

  侯爵も不思議に思ったようで手に持っている物が何なのかを聞いていた。
  夫人は少し困惑したように言う。

「……玄関に見覚えの無いものがあったので気になって持ってきたのだけれど……」
「玄関に?」

  侯爵も不思議そうに首を傾げる。
  僕はそれをまじまじと見つめた。

  (これは────……)

  そこでハッと思い出す。
  さっき引っかかった記憶は……あれだ!
  で見たんだ!
  つまり、ディアナ達は……

  (───こうしてはいられない!)

「……クワドラント侯爵」
「殿下?」
「犯人は分からないが、原因は分かった……かもしれない」
「本当ですか!?」
「確証は無い……が、到着してすぐですまないが確認のために一旦王宮に戻る」
「は、はい」

  (……ディアナ)

  僕は慌てて馬車に乗り込み王宮へと戻る。
  一刻も早く確かめなくては。

  ……僕の記憶が確かなら……ディアナ達のこの状態は……


  ─────呪いだ。

 


◇◇◇◇◇◇




『あなた、何をしているの?』
『…………君こそ』

  僕とディアナが初めて出会ったのは、婚約の顔合わせではなく、とある日の王宮の庭園だった。
  歳は同じくらい。
  ちょっとつり目で何となく冷たそうな雰囲気を纏っている女の子。

『私はお父様の用事が終わるのを待っているの。あなたは?』
『気分転換』
『ここに気分転換でやって来るの?  って、あなたは……』

  彼女はすぐに僕が誰なのか分かったらしい。
  まぁ、王宮の庭園に気分転換にくるこの年代の男なんて僕しかいない。

  (王子だと分かるとすぐにみんな態度を変えてくるんだよなぁ……)

『そんなにお勉強が嫌いなのね!?』
『……は?』
『あら?  違うの?  王子様はお勉強が嫌で抜け出して来たのでは無いの?』

  気分転換ってそういう意味だと思ったのにーー 

  目の前の女の子はそう言って不貞腐れている。
  それよりも僕は不思議だった。僕の事は王子だと認識しているのに何でこの子は態度が変わらない?

『私もあんまりお勉強は好きじゃないの』
『……そう、なんだ?』
『でも、お母様はね、将来のために頑張りなさいって言うのよ。いい男を見つけて捕まえるにはおバカじゃダメなんですって!』
『…………』

  何だその教育方針は!  と思わず言いたくなった。
  いったいどこの令嬢なんだ? 
  
『それからねー?』

  初めて会ったのに昔からの友達のように話をしてくる女の子。
  王子だと分かっていながら態度も変えない女の子。
  だから、ディアナの第一印象は、“変な子”だった。


  ディアナと会ったのはその後もう一回。
  やはり、父親の仕事にくっついて王宮に来ていた日だった。

『あら?  王子様はまたサボりなの?』
『……勉強の何が楽しいのか分からない』
『ま!  ふふ』

  抜け出したも同然の返事をした僕に向けてディアナは笑った。
  この間は笑顔を見ることは無かったのですごく新鮮だった。

  (笑うと印象が変わる……可愛いな……)

  何故か胸が高鳴る。
  でも、ディアナ嬢は僕のそんな気も知らずに呑気に話を続けていた。

『お母様が言うにはね?  男の人もお勉強は出来た方がいいそうよ?  つまり男女関係無いわね!』
『……どうして?』

  王子だから……ではなく、ごく一般の人と同じようにディアナは僕を扱った。

『その方がモテモテになれるそうよ!  可愛いお嫁さんが貰えるんですって!』
『可愛いお嫁さん?』

  僕には関係無い話だな。僕の結婚相手はどうせ政略結婚なのだから。
  僕は遠い目になった。

『あのね、お母様は、お父様が……背が高くて優しくて強くてかっこよくて頭も良くて優秀、誠実で……何でもスマートにこなせて、滅多な事では怒らない……人だから選んだんですって』
『……は?』

  何だって?

『お母様は勉強頑張ったからモテモテになって色んな人から求婚されたけど、お父様以上の人はいないって思ったそうよ?』
『……』

  この間、彼女の事を調べたけど、この子はクワドラント侯爵家の令嬢だ。
  侯爵夫人は確かに美人で優秀で社交界の人気が高かったとは聞いたが……

『だからね!  王子様もお母様みたいな可愛いお嫁さんを貰うためにお勉強を頑張ったらどうかしら?』

  そう言って、ふふふ……と笑うディアナ嬢の顔はとても可愛く見えて、また胸が高鳴りドキドキした。

『き、君も“いい男”を捕まえる為に勉強を頑張ってるの?』

  僕の質問にディアナ嬢はうーんと悩みながら答えた。

『そうね、お父様みたいな人に出会えるなら私も頑張ってもいいかも!』
『お父様って……』

  背が高くて優しくて強くてかっこよくて頭も良くて優秀、誠実で……何でもスマートにこなせて、滅多な事では怒らない……のだろう?  侯爵が本当にそんな人なのかは知らないけど!
  いやいやいや……そんな奴いたらびっくりだよ。
    
  (でも、可愛いお嫁さん……か)

  チラっと横目でディアナ嬢を盗み見る。
  それは例えば君みたいな────

  そう思ったらまた、僕の胸が高鳴った。
 

  そんな淡い想いをディアナに抱いてしまった僕は、その後、人生で初めての我儘を言った。
  婚約相手は、ディアナ・クワドラント侯爵令嬢がいい、と。
  幸い、ディアナの家は侯爵家。反対される事は無かった。
  だけど、王子の我儘で決まった婚約という事を隠しておきたかった父上達の意向で政略結婚としての婚約打診にされてしまう。
  正直、悔しかったけど反対されなかっただけ良かったと思うようにした。


  そして、僕はディアナと婚約してから初めての顔合わせの日を迎えたけど───……

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