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第十話 物語の始まり
しおりを挟む「ディアナもだいたい知っていると思うけど……」
「……」
「至って僕は健康そのものだね」
(良かった!)
その言葉に脳内で小躍りをする私。
大丈夫だろうと思っていたけれど……良かった! 本当に良かった!
(とは言ってもこの先は分からない)
何かあってからでは遅いのだから!
私は、そうだ……ついでに聞いてみよう、と思いたつ。
「……フレデリック様、今、王宮内ではちょっとした騒ぎが起きている……と聞きました」
フレデリック様ピクリと反応した。
「…………それは、王家の」
「そうですわ、禁忌の──秘術の本です」
「……」
フレデリック様が黙り込んでしまった。
聞いてはいけなかった? と不安になってしまう。
「…………ディアナは“呪い”を信じる?」
「えっ」
まさかそんな質問をされると思わず驚いた。
でも、フレデリック様の目は真剣だった。
「あ……」
なんて答えたらいいのかしら? でも、嘘をつくのは嫌だわ。
だってフレデリック様の変わり様はやっぱり呪いだと言われれば納得してしまう。
だから……呪いはあると思う。
「……信じますわ」
「そっか」
「フレデリック様は? フレデリック様も呪いを信じていますか?」
「僕?」
私に逆に質問されたフレデリック様は少し驚いていた。
「……そうだね。僕もあると……思ってるよ」
そう口にするフレデリック様の表情は何だか意味深だった。
「って、何だかしんみりしちゃったな。あの本の事は気にしなくても大丈夫だよ」
「で、でも……」
私がもう少し話を聞きたくて食い下がろうとしたら……
……ふにっ
「んむっ!?」
フレデリック様の人差し指が私の唇に触れた。
「これ以上、そんな可愛い顔をしながら、可愛い事を口にするなら、その可愛い口は無理やり塞いじゃうよ?」
「むっ!?」
そう言ってフレデリック様の顔が近付いてくる。
(こ、これは! まさかの……キ……)
「~~~っっ! フレデリック様! ダ、ダメです! まだ、私達には早い、ですっ!」
「え? 早い?」
フレデリック様の不満そうな声が聞こえる。
「そ、そ、そうです! 婚約者同士であっても男女のお付き合いというものは、節度を持って……ま、まずは手を繋ぐ……」
「……繋いだよね?」
「ぐっ!」
(た、確かに……!)
「それなら、次は、ほ、抱擁……」
「ディアナ。今、君は僕の腕の中にいるよね?」
「……っ!」
「ディアナは……僕に触れられるのは嫌?」
「っ!?」
え? 何だかフレデリック様の目がいつもと違うわ!
まるで獲物を狙う肉食獣のよう───……
「い、嫌というわけではなくて……その……」
「……」
私が戸惑っていると、フレデリック様は腕に力を込めてギュッと私を抱き込む。
そして、私の耳元でそっと囁いた。
「…………まだ、足りないみたいだなぁ」
「フレデリック様?」
私が顔を上げると、フレデリック様は「何でもない、こっちの話」とだけ言って笑っていた。
──────
この世界の物語が始まるまでの一年。
その間の私はやっぱりフレデリック様の身体が心配だったので、一生懸命、解呪の方法を探したけれど結局それらしい事が見つけられなかった。
それと同時に行方不明になったという秘術の本についても人々の話題に上らなくなり、結局、見つかったのかも分からないまま──……
(けれど、その間もフレデリック様の体は健康そのもので……)
私の行ったあの儀式が本当に呪いだったのかどうかの確証は持てないまま、ついにその日がやって来た。
そう。学園の入学式───物語の始まり。
「今年は特待生がいるんだってさ」
「あの難しかった入学試験をほぼ満点らしい!」
「あの問題を!?」
入学式の日、校門の前に降り立った私の耳に聞こえて来たのは学生達のそんな噂だった。
(さすがヒロイン、ライラックね。すでに皆の噂の的じゃないの)
この王立の学校は平民でも入学試験の結果で一定の成績を納めれば入学出来る。そして、学校側がまれにとても優秀であると認めた学生は“特待生”に選出される。
でも、かつて平民で“特待生”に選ばれた人はいないと言う。だからこそ、ヒロインは注目の存在なのだ。
(分かるわ……今年の入学試験、先生方は何を張り切ったのか凄く難しかったもの)
特に算術の問題と来たら! あれは酷い!
危うく引っ掛け問題に騙されそうになったのよね……
そんな事を思い出しながら私が校門をくぐろうと歩き出した時、周囲が大きくざわめいた。
皆、こっちを見て驚いた顔をしている。
(? ……私、じゃないわよね?)
皆、何を見てそんなに驚いた顔をしているのかしら? と不思議に思っていたら、私の後ろから甘くて可愛らしい、まるで鈴を鳴らしたかのような声が聞こえて来た。
「危なかったわ~、せっかくの入学式なのに遅刻しちゃうかと思った~」
(え? まだ、全然時間に余裕があると思うのだけど?)
その不思議な声に釣られて、振り返った私は思わず息を呑んだ。
───ライラック!
フワフワしたピンク色の髪にパッチリした大きな目。背は低く小柄で小動物を思わせるその姿。
まさに物語で描写されていたそのままの彼女がそこに居た。
(そ、想像していたより、ずっと可愛い!)
睫毛も長い! 見るからにモチモチのお肌! ついでに声も可愛い。
なるほど、皆が見蕩れるわけね……私は納得した。
ライラックが注目を集めるのは当然の事なので私は気にするのをやめて前を向いて入学式の会場にへと歩きだした。
(フレデリック様が一緒でなくて良かったわ)
彼がこの場に一緒にいたら私も注目を集めてしまっていたかもしれないもの。
フレデリック様は当然のように、私と一緒に入学式に向かう事を熱望してくれたのだけど、彼には新入生代表挨拶という大きなお役目があった。なので、私とは別行動となっていた。
「───本物だ」
「……妖精みたい」
「…………噂以上だ。ため息しか出ない……」
「これで、特待生とか……神様は不公平だな」
歩いていると周囲のそんな声が耳に入って来る。どうやら、後ろにいるライラックへの賛辞。
ライラックの評判はすでに知られていたらしい。さすがヒロイン!
そんな事を考えながら私は会場入りした。
「───美しい」
「可憐だ……」
「目の保養……」
会場入りしてもライラックに対しての絶賛の声は収まらない。
彼女と目が合うのも嫌なので私は歩きだしてから一度も振り返っていないけれど、彼女がとても目立っている事だけはよく分かった。
そうして、入学式は開始。
先ずは学園長の挨拶がある。そして、次に特待生の発表と続き、新入生代表(フレデリック様)の挨拶……
特待生として名を呼ばれ壇上に上がったライラックとフレデリック様はそこで初対面となる。
とても重要な物語での出会いのシーン……
(───いよいよ、その時が来るのね……)
分かってはいても二人が仲良く並び、談笑する姿は見たくないわ。
そう思って私は顔を俯けた。
「───それでは次に、今年の特待生の発表へとうつる。すでに知っている者も多いようだが、今年の特待生はほぼ満点という優秀な成績を納めていた。その者の名は───」
会場内に学園長の声はとても良く響いていた。
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