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14. 絶望と葛藤の日々 ① (ヒューズ視点)

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「──お待たせ致しました。こちらがご要望のあったサイズ変更のお直しをした物です」
「ありがとう」

  俺はお礼を言って店員から預けていた物を受け取る。

  (やっとだ……)

  本当なら婚姻前にオリヴィアにこれを渡したかったが、間に合わなかった。
  ……まぁ、今の俺では愛を口に出来ないから間に合っていてもどうなったかは分からないが。
  初夜の「愛してない」発言があったから、こんな物を渡したら混乱はさせたかもしれないが少しは俺の気持ちが伝わる可能性はあっただろうか。

「……なんてな」

  俺が一人で自虐的な笑みを浮かべていたら、何やら店員が話しかけて来た。

「素敵ですね」
「ん?」
「そちらのお品物ですよ、ご婚約者様か奥様へのプレゼントですか?」
「まぁ……」

  俺が言葉を濁しながらそう答えると、店員は照れているだけだと思ったのか笑顔で応援してくれた。

「恥ずかしがらずに、スマートに渡すのが1番ですよ!」
「そ、そうか……」
「一緒に愛のある言葉を告げられるとより良いかと思います!」
「……あ、ありがとう……」

  (愛の言葉、か)

  その言葉には苦笑いしか浮かばない。
  

  ──ずっと好きだった。
  そう告白しようとして“ずっと大嫌いだった”

  ──お前を愛している!
  そう告げようとして“お前を愛してなどいない!”

  (二度も暴言を吐いた俺が?)

  愛の言葉を口にしようとして三度目の暴言を吐けば、さすがのオリヴィアだって俺を見限るに違いない。
  オリヴィアが離縁を申し立てる事もせずに今もカルランブル侯爵家にいてくれているのは奇跡に近いんだ。

  ───だが、どんなに好きでも。どんなに愛していても。
  俺はそれを口では伝えられないし、口にしなくても伝える方法が見つからなかったんだ……

  (口にしようとすると“嫌い”“愛していない”そんな言葉が口から出てしまう……)

  呪いは解けたと思って結婚した日の夜に「愛してる」と口にしようとしたら大惨事になった。

  (結婚してもダメだった。多分、もうこの呪いは解けない)

「オリヴィア……」

  ───私は、たくさん好きって言ってくれる方が嬉しいなぁ!

  そう笑って言っていた君の“ささやかな夢”は永遠に叶えてあげられそうにない。

「ごめんな……」



───────……


  今から5年前。

  大好きだったオリヴィアにそろそろ告白をしようと決めた俺は、とあるパーティーでこの国の王子、ヨーゼフと仲良くなった。
  ヨーゼフは俺が告白の為にアクセサリーを用意している事を知って言った。

『ヒューズ!  それは好きな女性に贈るものか?  告白するつもりなんだな?』
『あぁ、そのつもりなんだが……』

  口下手で上手く告えるか分からない……そんな悩みも打ち明けた。
  ヨーゼフは、大丈夫だ!  心配するな!  上手くいくさ、と力強く励ましてくれた。

  ──そして、告白すると決めた日の前日。

『お城に?』
『あぁ!  明日のお前を激励してやろうと思ってな!  泊まりに来るといい』

  その言葉に誘われるがままにお城に行った。

  …………それが、罠だったとも気付かずに。

  覚えているのは、出された飲み物を飲んだ所までだった。
  何故か俺はすぐに眠ってしまっていて、ヨーゼフに揺り起こされた。

『ヒューズ、大丈夫か?』
『……あ、俺、眠って……?』
『緊張していたんだろう?  気にするな。そのまま休め』
『すまない……』

  そんな会話をしたと思う。
  この時にヨーゼフが俺に呪いをかけていた事には全く気付かずに。


  そして、翌日。ヨーゼフに笑顔で見送られ何も知らなかった俺は大好きだったオリヴィアに向かって言った。
  もちろん、手にはオリヴィアの為に買ったアクセサリーを持って。


『オリヴィア!  俺はお前の事がずっと嫌いだった!』
『──は?』
『……』
『……』

  そのまま互いに沈黙。
 
  (待て!  今、俺はなんて言った?)

  冷たい汗が背中を流れた。
  嘘だ、そんははず……俺はオリヴィアの事が好きで大好きで……

『ヒューズ……どうして?』

  オリヴィアの声が震えている。顔も泣きそうだ。
  あぁ、その顔……やはり今、俺はおかしな事を口走ったに違いない。
  いくら自分が口下手でも何でそんなバカな事を……

  (今度こそ……!)

『……っ!  だから、俺はオリヴィアの事が!  ……嫌い、なんだ……』

  (!?)

  どういう事なんだ!?
  何故、嫌い……という言葉が口から出る?

  オリヴィアの顔がますます歪む。

「…………っっ」

  違う!  間違いなんだ!   
  ──そう言いたかったのにそれすらも言葉に出来ない。

  (何なんだこれは……!)

  そんな動揺している俺にオリヴィアは悲しそうに涙をこらえた表情で叫んだ。
 
『…………私も、あなたなんて嫌いよ!』
『!』

  (……オリヴィア!)

  俺の目の前は真っ暗になった。
  

  ───その先の事は正直、覚えていない。
  気が付いたら屋敷に戻っていた。手には渡せずに行き場を失ったアクセサリープレゼント

  (どうしてこうなった?)
  
  ただあったのは絶望と、オリヴィアの見せた悲しそうな表情、そして“嫌いだ”という言葉。
  男性として意識されていたかは分からないがオリヴィアにずっと嫌われていたわけではない事はちゃんと分かっている。

  ……だが、嫌われた。

  “あなたなんて嫌い”さっきそう口にしたのは単なるその場での勢いでも、本当に嫌うには充分な事を俺は口にした。

  (嫌だ!  これは俺の意思じゃない!  何としても本当の気持ちを伝えなくては!)
  
  そう思った俺は、情けないが口で伝えようとするとおかしな事を口走ってしまうのなら代わりに手紙を書こうとした。

「……っ!  何でだよ!!」

  だが、俺の書きたい言葉は全て文字にはならなかった。
  好きだ、愛してる……そんな愛の言葉が書けない。
  
  (何だこれは……)
  
  ならば、せめてどんなに言い訳がましくなろうとも、あの発言は違う……という事だけでも伝えられたら……
  そう思ったのに。
  “何故か俺の意思とは違う反対の言葉が口から出てしまった”
  そんな情けない言い訳すらも書く事が出来なかった。

  ───この状態の事の説明すらも文字に出来ないとは。
  俺はますます絶望した。
  謝りたくても謝れない。好きだとも言えない。

  俺に残された手段は何も無かった。
 

  そして……
  オリヴィアに合わせる顔が無い……そんな絶望の日々を送っていた俺に突然ヨーゼフ殿下からの命令がくだされる。

『辺境に?』
『戦闘要員では無いそうなんだが……』

  その日、父上が渋い顔をしてその話を持って来た。
  そう言えば、今、国境付近が危険だとかなんだとか……人手が欲しいとか聞いたな……
  そこに俺が?

『……』

  (何かもう……どうでもいい……)

  父上達は跡継ぎの嫡男なのに……とか嘆いていたけれど、自暴自棄になっていた俺にはもう何でも良かった。

  (遠く離れれば、オリヴィアが俺じゃない男と笑い合う姿を見ないで済むしな)

  オリヴィアがもう俺に微笑んでくれる事は決して無い。
  他の男と仲睦まじくする姿を近くで見るくらいなら……ここを離れたい。

  そうして、辺境に向かってからまもなくして俺はオリヴィアとヨーゼフ殿下の婚約の話を聞く事になる。


  (ヨーゼフ殿下と婚約だと!?)

  なんで寄りにもよって殿下なんだ!?  

  オリヴィアの婚約のショックとその相手……俺は二重でショックを受けた。
  そんな茫然自失した日々の中で俺は知る。


『なぁ、ヒューズも殿下の不興を買って辺境ココに送られたくちか?  お前は何をしたんだ?』
『え?』

  それは同じ辺境に送られていた男からの言葉だった。

『何を驚いてるんだ?  ここにいる奴らは皆そうだろ?  貴族の跡取りであろうと平民であろうと、あの王子にとって邪魔な者は皆ここに送られる』
『殿下の不興……邪魔な者……?』

  呆然としている俺に男は続ける。

『王子だからって理由でやりたい放題だ。しかも、表向きはいい王子のフリをしてるから騙されてる者が多いんだよ。あ、知ってるか?  あの王子にはがいるって話』
『魔術師?』
『噂だけどな』
『あーあ、誰かあの王子を引きずり下ろしてくれないかなぁー……』

  男はそうボヤキながら行ってしまった。

  (……)

  オリヴィアに好きと言えない。むしろ、意志に反した言葉が出た。
  その説明すらも出来ない。
  告白しようとした前日、俺は何処にいた?

  (……ヨーゼフ。ヨーゼフは最初から……)

  ──何だか全てが繋がった気がした。
  そしてようやくそこで自分が殿下に嵌められたのだと気付いた。

  狙いは何だ?
  俺が憎かった?  
  それとも──?

  あの日、俺が眠る前……

『……ヒューズの好きな女性とはオリヴィア・イドバイド侯爵令嬢か?』
『な、なんで!?』

  顔を赤くして照れていた俺にヨーゼフは……

『ははは、そんなの分かる』
   
  そう言った。
  見ていたら分かる?
  仲良くなって間もないヨーゼフが俺とオリヴィアが過ごしている所を

  (───オリヴィア!)

  気付いた時には何もかもが手遅れだった。
  何故ならオリヴィアはヨーゼフと婚約してしまった───……


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