7 / 27
7. 様子のおかしい夫
しおりを挟む「ヒューズ! 待って? 早いわ」
「……!」
よっぽど早くこの場を離れたいのかヒューズの足取りはとても早くて、私は追い掛けるのに必死だった。
「あ……す、すまない……つい」
私の声に気付いて、一旦足を止めたヒューズが申し訳なさそうな顔で謝ってくる。
「そんなに急がなくても……」
「……いや。一秒でも早くここから離れたい」
「ヒューズ……」
そこまで言うなんて、相当な事があったとしか思えない。
ヨーゼフ殿下とヒューズの間にはいったい何があったの……?
(これは、聞いてもいいものなのかしら)
さっきよりは足取りがゆっくりになったヒューズと今度は並んで歩き出す。
とうしても気になるので私は確認してみる事にした。
「ヒューズとヨーゼフ殿下の間には、何かあるの?」
「!」
ヒューズが分かりやすく固まった。
これでは“何かある”と言っているようなもの。
「……何でそう思う?」
「何でって、そうね……先程の二人の会話からそう思ったの」
もっと言うなら、二人の間には何やら火花が散っているように見えた。
しかも、ヒューズは“あの日以来”と言ったのに対して殿下はそんな事あったかなという反応だった。理由は分からないけれど、きっとあれはヨーゼフ殿下が嘘をついている。
(ヒューズは酷い事を言っては来たけれど、嘘をつくような人ではないもの。だから嘘をつくなら絶対にあっちよ!)
「……」
ヒューズがそのまま難しい顔をして黙り込んでしまった。
そして、暫くして顔を上げる。
「オリヴィア」
「な、何?」
「……俺は、ヨーゼフ殿下を……」
(……え?)
苦しそうな声で何かを言いかけたヒューズがそっと手を伸ばして、突然私を抱きしめた。
(えぇぇぇえ!?)
何? どういう事?? でも、ヒューズの温もりが暖かい…………っでは無くて!!
何故、ヒューズは私を抱きしめているの!?
こんな事をされるなんて思わなかったから、私もどう反応を返したらいいのか分からなくてひたすら困る。
「ヒュ、ヒューズ? ヒューズさーん……」
「……」
「ねぇってば! ヒューズ……」
「……」
呼びかけてみるも、ヒューズは答えない。答えようとしない。
むしろ……
(抱きしめる力が強くなったわ……!)
それと……震えている?
気の所為でなければ、ヒューズの身体は震えているような気がした。
「ヒューズ……ねぇ、一秒でも早くここから離れたかったのではないの?」
「……あ!」
しばらくの間、私はされるがままになっていたけれど、私のそんな言葉にヒューズはビクッと反応し慌てて身体を離した。
「……そうだった。すまない」
「う、ううん……」
「か、帰ろう!」
「そ、そうね……!」
(頬が熱い……)
そうして私達は、変な空気を纏わせたまま馬車へと向かった。
──
(あれぇ?)
帰るために馬車に乗り込んだまでは良かった。良かったのだけど……
「ヒューズ……どうして、隣に座るの? 向かい側でも……」
「向かい側に座ったらオリヴィアのか……顔が見れない」
「か、お!?」
ヒューズのそんな突然の発言に私は大きく動揺する。
(顔? 顔なんて見ても……)
「えっと、私の顔なんて見てもつ」
「つまらなくなんかないし、飽きる事も無い」
「なっ……」
(何を言い出したのよーー!)
ボンッと私の顔が赤くなる。
(いや、待って! 待つのよ! 何で赤くなっているの、私!)
落ち着けと自分の心に言い聞かす。
ヒューズの言葉に深い意味なんて無いのよ……
なのに、どうしてか胸がドキドキしておさまってくれない。
「それより、オリヴィア」
「な、何?」
声が上擦る。
だけど、そんなドキドキは次の言葉でキレイさっぱり消え去る。
「……ヨーゼフ殿下の事だが」
「!」
(ヨーゼフ殿下! あぁ、思い出すだけでムカムカしてくるわ……)
「あの男は、これからも何かしらの難癖や理由をつけては、オリヴィアを王宮に呼び出そうとするかもしれない」
「え!? 何で」
私が驚いた声を返すとヒューズの表情はかなり真剣だった。
「今日はオリヴィアが王宮に行く事を俺にも連絡するよう指示を出してくれたから、こうしてここに駆けつける事が出来た……が」
「ヒューズ……」
「頼むから今後も一人でヨーゼフ殿下の元に向かうのだけは止めてくれ!」
ドキッ!
真剣な顔をしたヒューズは、そう言いながら私の手を取り握る。
(何でここで手を握ってくるの……)
「今日は何とか間に合ったが、いつでもこうして俺が駆け付けられるかは……分からない。だから……」
「何故?」
「……心配なんだ」
「!! ……どうして? どうしてあなたがそこまで心配してくれるの?」
聞かずにはいられなかった。
「……オリヴィアは、俺のあ……す……っ! つ、…………妻だからだ」
「妻、だから」
妻という言葉の前に何やら口ごもっていたのが、少しだけ気になった。
「……オリヴィアは誰がなんと言おうと……もう、俺の妻なんだ」
「ヒューズ……」
ヒューズのその言い方はまるで自分自身に言い聞かせているようにも感じた。
ギュッ……
更に強く手を握られる。
その強さがまるで“この手を離したくない”そう言われているようで……
(どうして……)
「何でなの……ヒューズは、私を愛してなんかいないのに」
思わず私の口からそんな言葉が溢れる。
ヒューズもハッとした顔をして私の顔を見つめる。そして、すぐに悲しそうな顔になった。
「…………すまない」
「……」
(その“すまない”はどういう意味?)
私を愛せなくて……すまない?
それとも、私に愛せないと口にした事の……すまない?
苦しそうな顔で、そう口にしながら謝るヒューズ。
でも、握った手は屋敷に着くまで決して離そうとはしなかった。
41
お気に入りに追加
3,618
あなたにおすすめの小説

もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。


将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる