20 / 39
第17話
しおりを挟む(どうしてお姉様がスプラウクト侯爵家のアンネマリー様と手紙のやり取りをしているの?)
二人は手紙のやり取りをするほどの仲だった?
少なくとも私の知っている限りそんな事は無かったわ。
……これは偶然なの?
「お嬢様? どうかされましたか?」
「え、いいえ。何でもないわ。はい、これで全部かしら?」
「はい、本当にありがとうございました」
「気にしないで。今度からは気をつけてね」
私もおっちょこちょいなので他人事とは思えず、拾い集めた手紙の束を渡した。
それよりもあの手紙が気になってしょうがない。
お姉様と、私がエリオス殿下の恋人になった事をよく思わない令嬢の組み合わせなんて……どう考えてもろくな事にならない。
「……単純に私の気にしすぎなら良いのだけど……」
こういう時の嫌な予感って当たりやすいのよね……
私はそんな事を考えながら部屋に戻った。
****
それから更に数日後───
「初めまして、アンネマリー・スプラウクトと申します。今日はマリアン様にお招きいただきましたの」
「……セシリナ・バルトークと申します。こちらこそよろしくお願いいたします……」
今、目の前にいる令嬢……アンネマリー様。
エリオス殿下に気を付けるようにと忠告を受けていた令嬢。
こんなに早く対面する事になるなんて。
今朝、珍しくお姉様に声をかけられた。
最近のお姉様は、私に対して嫌味を言うよりも無視をする事の方が多かったので声をかけられた時から嫌な予感しかしなかった。
「今日、友人をお茶に招待しているの。せっかくだからセシリナあなたも一緒にどうかしら?」
「……!」
そう言ってお姉様は笑顔を浮かべたけれど、それは完全に何かを企んでいる笑顔としか言いようがなく……
(間違いなく訪ねて来るのはアンネマリー様だわ)
そして二人の目的はきっと私……
「ね? 会ってくれるわよね?」
「ですが私は……」
「さっき朝食の席で今日は予定が無いと言っていたわよね? 見たところ具合だって悪くなさそうだし、ね? 相手も妹さんもどうぞと言ってくれてるのよ」
お姉様は獲物を絶対に逃さない! という目をして言った。
「……分かり、ました」
「ふふ、くれぐれも失礼の無いようにして頂戴ね?」
──そうして、私の予想は外れること無く……やって来たのはアンネマリー様だった。
「会えて嬉しいわ、セシリナ様……あ、名前でお呼びしても?」
「……はい」
「ありがとう。私の事もぜひ、アンネマリーと呼んでくださいね?」
そう言ってニコニコと笑顔を浮かべるアンネマリー様は、サラサラの銀の髪が美しい一見すると優しそうな令嬢だ。
(だけど、エリオス殿下が忠告するくらいだもの。今、見せている姿が本当だとは限らない)
私は警戒した。
「噂では顔が見えないくらい前髪が長いと聞いていたのだけれど、切られたのね?」
「え? はい、切りました」
「お顔をしっかり見ればさすが姉妹。似ているのね! 美人姉妹で羨ましいわ!」
「ア……アンネマリー様ったら、そんなセシリナに気を使わなくても……」
アンネマリー様の言葉にお姉様の顔が引き攣った。
私と似ているという言葉はお姉様にとって一番聞きたくない言葉らしい。
「それで、もう一つの噂となっていたいつも肌身離さず着けている手袋と言うのが……それね?」
アンネマリー様の視線が私の手へと移る。
「まぁ、可愛らしい手袋! しかも随分と質の良い物をお持ちなのね?」
「ありがとうございます……」
だってこれは、エリオス殿下に贈られた手袋だから……
さすが、高位貴族の令嬢。見ただけで質の善し悪しが分かるらしい。
「もうちょっとよく見せてくださらない? その刺繍が素敵だわ。もっと間近で見たいの」
「え?」
いきなり何を言って……?
と、思う間もなく私の手袋をアンネマリー様はするりと脱がしてしまった。
《あら? なぁんだ。手袋脱いでも普通の手だわ》
「……っ!」
手袋を外した時にアンネマリー様の手が私に直接触れたようで、アンネマリー様の心の声が聞こえて来る。
《てっきり手袋の下の素手には傷があるか見るに堪えないボロボロの肌でもしているから隠しているのだと思っていたのに》
《噂は単なる噂に過ぎなかったのねぇ。つまらないわ》
《だったら何故、手袋なんてしているのかしら?》
手袋の噂はそんな風に周囲に受け取られていたのだと初めて知った。
《やっぱり薄気味悪いわ……エリオス様も何でこんな子を?》
ドキッ
エリオス殿下の名前が聞こえたので大きく胸が跳ねた。
《それよりも、手袋。明らかにエリオス様の好みだわ》
《大して裕福でも無い伯爵令嬢の分際でこんな不相応な物を持つなんて……まさかこれはエリオス様からの贈り物なのでは……?》
あぁ、やっぱりアンネマリー様の心の中は……
どんどん流れてくる心の声に私の気持ちも暗くなる。
「ねぇねぇ、セシリナ様。この手袋ってもしかしてエリオス様に贈られた物……だったりするのかしら?」
アンネマリー様は心の声とうらはらに笑顔と弾んだ声で尋ねてくる。
「……そうですが」
「まぁ、やっぱり! あの王家御用達のお店の物でしょう? ふふ。以前、私もあのお店の物をエリオス様から贈られた事があって似ているわと思ったの」
《やっぱりそうなのね……生意気だわ。マリアン様に聞いていた通り調子に乗っているわね》
「あらあら。だけど、そうなるとエリオス様ったらちょっとデリカシーに欠けるわね?」
アンネマリー様が目を伏せながら言った。
「……どういう意味ですか?」
「だって、セシリナ様はエリオス様の恋人なのでしょう? 恋人への贈り物なのに恋人でも無い私にも贈った物と同じ店の物を贈っているんですもの」
《こんな子がエリオス様の特別なはずが無いわ》
《やっぱり彼には私の方が相応しい》
「あらあら、そうだったの? セシリナったら可哀想ね」
お姉様が哀れみの目を向けて来た。
だけど心を読まなくても、内心では笑っているのが嫌でも分かる。
「セシリナったら、それで本当に殿下に愛されているの? 何だか私は心配だわ」
「まぁ、マリアン様ったらそんな心配をして……妹想いなのね!」
お姉様とアンネマリー様はふふふと笑い合っている。
「……」
──いったい私は何の茶番を見せられているのかしら。
二人で結託して私とエリオス殿下を引き離そうとしているのは分かったわ。
特にアンネマリー様の殿下との親しげアピールが凄い。
「……すみません、そろそろ手袋をー……」
返して下さいと、私が言いかけた時、
「……熱っ! きゃっ!」
「!!」
ガシャンッ
突然、アンネマリー様が手を滑らせ飲んでいたカップを落として、紅茶をこぼしてしまった。
───私の手袋の上に。
「あぁ……紅茶が! こぼしてしまったわ」
「まぁ! アンネマリー様、大丈夫ですか?」
お姉様が慌ててアンネマリー様の手の無事を確かめる。
「えぇ、私は大丈夫……けれど、セシリナ様の手袋が……」
「そんな物よりも、アンネマリー様の手の方が大事ですわ! ねぇ、セシリナ?」
「……」
私はあまりの出来事に呆然としていて口が開けない。
お姉様は冷たく私を一瞥した後に言った。
「なぁに、その顔? いいから使用人を呼んでさっさと拭くものとか冷やす物でも持ってきたらどうなの? 気の利かない子ね」
「マリアン様ったら、そんな事を言わないで頂戴? セシリナ様、本当にごめんなさい……私の不注意であなたの大事な手袋をダメにしてしまったわ」
アンネマリー様は私の手にそっと紅茶まみれになった手袋を返して来た。
「わざとでは無いの。本当にごめんなさい」
「……」
《ふふ、ざまぁみなさい》
《これでもう使えなくなったでしょう》
《エリオス様から贈り物を貰って調子に乗っている罰よ》
アンネマリー様の心の声がわざとだと言っている。
お姉様にもエリオス殿下を狙う他の令嬢達にも、内心で私の事をバカにされるのは構わないと思っていた。
そんな事はもう慣れっこだからいくらだって耐えられる。
そう思っていた。
(だけど、これは……これは酷い……)
あの日、一生懸命私に似合いそうな手袋を選んでくれたエリオス殿下の顔が浮かんだ。
こんな事になってしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
私はギュッと手袋を握り締める。
ダメ……油断すると涙がこぼれそう。
「アンネマリー様、お姉様……」
「何かしら?」
「何よ」
二人の顔はしてやったりという顔。
これは最初から計画されていた事なのだろう。
「せめて、少しでも汚れが落ちないか試したいので……今日はもうこれで退室させていただいてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、もちろんよ、本当にごめんなさい……あなたの大切な物だったのに」
お姉様も好きにしろと言った。
「すみません、ありがとうございます。私はこれで失礼します。アンネマリー様……どうぞごゆっくりお過ごしください」
「えぇ、ごめんなさいね」
アンネマリー様は申し訳なさそうに微笑んだ。
──心の声を聞いていなければ本当に申し訳ないと思っているような声と表情だった。
(何も知らなければ騙されていたかも……)
私はまた泣きそうになる気持ちをどうにか抑えて部屋を出た。
53
お気に入りに追加
4,811
あなたにおすすめの小説
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
踏み台令嬢はへこたれない
IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

愛人をつくればと夫に言われたので。
まめまめ
恋愛
"氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。
初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。
仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。
傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。
「君も愛人をつくればいい。」
…ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!
あなたのことなんてちっとも愛しておりません!
横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。
※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

人の顔色ばかり気にしていた私はもういません
風見ゆうみ
恋愛
伯爵家の次女であるリネ・ティファスには眉目秀麗な婚約者がいる。
私の婚約者である侯爵令息のデイリ・シンス様は、未亡人になって実家に帰ってきた私の姉をいつだって優先する。
彼の姉でなく、私の姉なのにだ。
両親も姉を溺愛して、姉を優先させる。
そんなある日、デイリ様は彼の友人が主催する個人的なパーティーで私に婚約破棄を申し出てきた。
寄り添うデイリ様とお姉様。
幸せそうな二人を見た私は、涙をこらえて笑顔で婚約破棄を受け入れた。
その日から、学園では馬鹿にされ悪口を言われるようになる。
そんな私を助けてくれたのは、ティファス家やシンス家の商売上の得意先でもあるニーソン公爵家の嫡男、エディ様だった。
※マイナス思考のヒロインが周りの優しさに触れて少しずつ強くなっていくお話です。
※相変わらず設定ゆるゆるのご都合主義です。
※誤字脱字、気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる