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第12話
しおりを挟む「そう言えば……この手袋はこの間、僕が贈ったものだよね?」
「……! は、はい。そうです」
殿下は私の手を取りながら嬉しそうな顔でそう言った。
同時に伝わって来る感情も“嬉しい”だったので、心からそう思ってくれているのが分かる。
「あの、本当にありがとうございました」
「うん、どういたしまして」
私はちょっと気恥ずかしくなりながらもお礼を伝えると、殿下は優しく微笑んでくれた。
「ほら…………よ」
「あの噂は」
「……見つめ合ってるように見えるわ……」
周囲の人達は、そんな私達を少し遠巻きに見ていた。
ヒソヒソと何か言われているみたいだけれど、さすがに全ては聞き取れない。
(とりあえず、ちゃんと恋人同士に見えていれば良いのだけど)
「しかし、恋人効果は凄いね。思っていた以上だよ」
エリオス殿下が軽く周りを見渡すとどこか感心したように呟いた。
「どういう意味ですか?」
「今までなら会場に入るなり、誰かに囲まれてる」
「それは、老若男女問わずですか?」
「そう。これでも王子は王子。僕に取り入りたい人間は多いからね」
殿下は少し寂しそうに笑いながら言った。
「……」
この方はどこか自虐的な所がある。まぁ、私も人の事は言えないけれども。
「私の“噂”が周りを寄せ付けないのでしょうか?」
「え? あー……どうかな。それよりも今日はどちらかと言うと……」
「?」
エリオス殿下は言葉を濁しながらじっと私を見る。
何かしら?? 何かついている? どこか変?
私は首を傾げる。
「うん。セシリナは分かってなさそうだ……」
「はい?」
「……何でもないよ」
そう言ってエリオス殿下はまた微笑んだ。
何やら誤魔化されてしまったけれども、手袋越しで手を殿下と触れたままだったので心の声ではなく感情だけが伝わって来た。
そして、殿下のそれは何故か“照れ”だった。
(今のどこに照れる要素が!?)
ますます謎は深まった。
そんな感じで最初は遠巻きにされていた私達でも、さすがに勇気のある猛者はいる。
「エリオス殿下! お久しぶりですわ!」
「最近、あまり顔を見せて下さらないから心配してましたのよ」
とうとう令嬢達が群がってきた。
1人が突撃すれば、自分も続け!と言わんばかり。
私達はあっという間に、ドレスの花に囲まれた。
エリオス殿下からは“不快”の感情が伝わって来たけれど、顔は爽やかな笑顔のまま「久しぶりだね」と返している。
……あぁ、確かにこれは疲れるわ。エリオス殿下の気持ちが手に取る様に分かった。
「ところでそちらの方は……」
挨拶らしきものを一通り終えたところで、その中の1人の令嬢がチラリと私を見る。
「セシリナ・バルトークと申します。バルトーク伯爵家の次女でございます」
私は周りに挨拶をする。
「ほら、やっぱりバルトーク伯爵家の……」
「……え、だってあそこの令嬢って……顔が出てる」
「最近殿下との噂が……」
反応は様々だった。
顔の事を言われるのは、やっぱり前髪を切った事が大きく関係しているのかもしれない。
「……確かに噂は聞いておりますが……本当のところエリオス殿下とはどういう関係なんですの?」
輪の中の令嬢の1人が引き攣った笑みで問いかけてくる。
聞かずにはいられなかったらしい。
「彼女……セシリナ嬢は僕が今、誰よりも大切に想ってる恋人だよ」
私が何か口にする前に、エリオス殿下が今日一番の甘い微笑みを浮かべながら私の腰を抱いて自分の方に引き寄せながら答えた。
周りの令嬢達はその顔にぼうっと見惚れている。
さすが、美男子のエリオス殿下……凄い。
「そういう事だから、僕らの事は温かく見守ってくれると嬉しいな」
《そうだよな。マリアン嬢からだけでなくこういう令嬢達からも守らないといけなかった》
殿下の心の声は真剣だった。
「あ、そうそう。もちろん君達は、僕の大切な彼女を傷つけたりしないよね?」
エリオス殿下はニッコリ笑いながら明らかに牽制していた。
令嬢達はそんな殿下に見惚れながら「も、勿論ですわ!」と言ってコクコク頷く。
(え、ちょっと怖い……エリオス殿下、絶対自分の顔の良さを分かっててやってるでしょ……)
使える物は何でも使う王子様の一面を見た気がした。
「……殿下はとんでもないタラシの才能がお有りなのですね?」
「え!?」
令嬢達の輪からようやく解放された私達は一息ついていた。そこで、先程思った事を口にする。
エリオス殿下はわざと奔放な王子の様子を見せていると言っていたけれど、あれはもう板に付いている。
(それだけ長い間、こうして過ごして来たという事よね……それはそれで何だか……)
「……その顔で微笑まれたら、どんなに変な噂があっても大抵の令嬢はイチコロですね」
「イチコロって。そうかな? …………でもそれは今のセシリナにも言える事だけど」
「……? 何か言いましたか?」
「いや、何も」
何やら後半に小さく呟いていた声はうまく拾えなかったけれど、私は話を続ける。
「殿下にまとわりつく令嬢が多いのも納得です」
あの場にいた令嬢達の思いもきっと様々だ。
王子という存在に取り入りたい人、噂を真に受けて一時の遊び相手を望んでいるだけの人、純粋にエリオス殿下を慕っている人……
何であれ彼女達から私に向けられた目は厳しいものが多かった。
最終的にはエリオス殿下がタラシこんでいたけれど。
「でもセシリナは、全然タラシこまれないんだね」
エリオス殿下が小さく呟いた。
その声はちょっと拗ねているようにも聞こえる。
「ですから、エリオス殿下は私を選んだのでしょう?」
「……そうだね。そうだった」
殿下がうんうん頷いた。
余りにも素直に頷くものだから、何だか可笑しくなってしまい思わず笑みが溢れる。
「ふふふ、正直すぎますよ。でも私、殿下のそういう所、好きですよ」
「………」
「殿下? エリオス殿下??」
何故か殿下が固まってしまっていたので声をかける。
何度目かの呼び掛けで、殿下はハッと意識を取り戻した。
少し顔が赤いような。
「どうしたのですか?」
「え、あ、いや、その…………だって笑……」
「はい?」
最後に呟いた言葉はよく聞こえなかった。
「っっっ! な、何でもない! そう、何でもないんだ!」
「え?」
「そ、そうだ……踊ろう、セシリナ!!」
「へ? ちょっ!?」
ちょっと挙動不審なエリオス殿下にホールの中央へと連れられる。
どうして急にそうなったの!?
「あの、私、ダンスは苦手で……!」
人に触れる事になるダンスのレッスンは大嫌いでとにかく逃げて来た。
おかげで私のダンスの腕前は壊滅的と言ってもいい。
「大丈夫、大丈夫、簡単なステップだから」
「~~!!」
私の抗議もむなしく何故かエリオス殿下と踊る事になってしまった。
さすが王子様と言うべきか、リードは完璧だった。
私の危ういステップは見事、殿下にカバーされていた。
それでも何度か足を踏んでしまう。
《……あぁぁぁ! 駄目だ。なんてこった……》
《困る……本当に困った…………反則だ》
《こんなはずじゃなかったのに!》
そして踊っている今、殿下の心の声が盛大に困っていた。
(えっ、何? どうしたのかしら? もしかして私のダンスが下手すぎて困っているの!?)
誘ったのは殿下の方からのくせに……と、ちょっと落ち込んだ。
けれど、心做しか少し殿下の心臓の鼓動が早い気がする。
殿下が今更ダンスに緊張するはずが無いし……何故なのか。
よく分からないまま、殿下とのダンスは続いた。
踊り終えるとエリオス殿下は、少し挨拶をしてこないといけない人がいると言って私の元を少しだけ離れる事になった。
立場上、そうせざるを得ないのだからやっぱり王子様って大変なのね。そう思った。
離れる際、殿下は念を押すように言った。
「ずっと傍にいられなくてごめん。でも、すぐ戻ってくる」
「はい」
《ちゃんと傍について守るって決めてたのに……自分の立場が恨めしい》
そう。今のところは何も起きていないけれど、お姉様は確かに心の中で“今日の夜会が楽しみ”だと言っていた。
「でも、マリアン嬢は来ていないんだよね? しかも参加者ですら無い……」
「えぇ、そうなんです」
《どういう事なんだ? 何をする気なんだろう?》
驚いた事にお姉様は今日の夜会に参加するわけでは無いらしい。
(てっきり会場に現れて、公の場で私に何かしようとしているのだと思ったのに)
お姉様が何を企んでいるのか分からなくて、ただひたすら不気味でしかなかった。
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