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第14.5話 (エリオス視点)
しおりを挟むセシリナが……恋人のフリを頼んだ仮の恋人が可愛い!
可愛すぎて困っている。
「どうしたらいいんだ……」
今、無防備に僕の肩にもたれ掛かりながら眠るセシリナを見て、ただただ愛しいという想いだけが込み上げてくる。
夜会から帰る事にした僕らはセシリナを家まで送る為に馬車へと乗り込んだ。
色々ありすぎてセシリナも疲れていたんだろう。
程なくして僕の肩にもたれ掛かるようにしてセシリナは眠ってしまった。
こんな風に安心しきって寝られてしまうくらい自分は彼女の中で男として意識されていないのだと分かっていても、今の僕は彼女の事が愛しくて愛しくて堪らない。
「セシリナ……」
最初から僕の中で彼女は特別だった。
セシリナと初めて会った時、僕は天使が舞い降りて来たのかと思った。
あの日ー……
母上がお茶会を開いたのは僕の婚約者を内々に決める為だと僕は知っていた。
短い時間だけでもいいから顔を出すようにと散々口を酸っぱくして言われていたからだ。
だけど、そんな気にならずあの場所でさぼっていた。
そして、彼女が降ってきた。
突然、僕の上に降ってきた天使……その令嬢は、長い前髪が顔を覆っていたけど、そこから覗ける顔がとても美少女だった。
サラサラのストロベリーブロンドの髪にすっと通った鼻筋。
そして、ついそんな彼女の前髪をかきあげて瞳を見た瞬間、僕は息を呑んだ。
(こんなに綺麗な瞳は見たことが無い)
琥珀色の瞳。
珍しい色だ。そんなただでさえ珍しいその色は、僕が前髪をかきあげた時は何故か色を変えて金色に光っていた。
本当に不思議な瞳だ。
セシリナには秘密にしているけど、今でも色を変える事はよくある。あれは何だろう?
だけど気味が悪いなんて全く思わない。
普段の琥珀色の瞳も、時折見せる金色の瞳もどっちも綺麗だからだ。
今は眠っていて見れないのが残念なくらい。
今思えば、僕はこの時すでに彼女に惹かれていたのだと思う。
彼女の従兄に告げた一目惚れ……これは嘘では無かった。
もちろん、その時は自分のそんな気持ちは分かっていなかったけれど。
(恋はするものじゃなく落ちるものって言うけど本当だったな)
「誰かに恋をするつもりなんて無かったのに……」
僕の結婚相手は慎重に決めないといけない。
将来、この国を継ぐのは兄上だ。
(僕が下手に力のある家や野心のある家の令嬢など迎えてみろ。地獄でしかない)
それでも僕の縁談の話は消えてくれない。
特にあそこの家ー……
中でも昔からしつこいくらいに娘を婚約者に!
と推し進めてくる、とある家とその令嬢を思い出す。
あの家の令嬢との婚姻はパワーパランスが崩れる為どうしても避けたい。
(だけど僕に本命の相手がいるなら婚約者の座は諦めると約束させた)
だから、僕は恋だの愛だの絡まない仮初の相手を欲した。
その家への牽制と、他にも持ち込まれる多くの縁談避けの為に。
だが、そんな事を承諾してくれる令嬢などいるはずが無い。
また、最初は恋愛感情が無くても後に僕に本気になられても困る。
だから半ば諦めていた。
あの家への牽制も、持ち込まれる縁談話も地道に避けていくしかないのだと。
そんな時、セシリナに出会った。
──セシリナ・バルトーク伯爵令嬢
バルトーク伯爵家の次女には、ある噂が付きまとっている。
だけど、僕の上に降ってきた彼女は決してそんな噂をされる人物には全く見えなかった。
(全然、薄気味悪くなんて無いじゃないか!)
自分の失態に驚いて走り去ろうとして、失敗して転んだり、王族である僕の顔を知らなかったり、どこにでもいるちょっとおっちょこちょいな可愛い普通の令嬢だった。
別れ際、また会いたいと強く思った。
その重い前髪の下に隠されている琥珀色の瞳をまた見たいと思った。
この時のセシリナはひたすら恐縮していたから、笑った顔が見てみたいとも思った。
(絶対、可愛い笑顔なんだろうな)
そう思った。
バルトーク伯爵家に行ったのは、ただセシリナにもう一度会いたかったからだ。
もっと彼女と話してみたい、一緒に過ごしてみたい、そう思ってしまった。
これは無意識下でセシリナに惹かれていたからだろう。
セシリナとなら仮初の関係でもいいからー……
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、セシリナは僕の頼みを引き受けた。
セシリナと接している内に、やはり噂とは違う女性だと分かったが、その噂の元凶となったであろう常に装着している手袋。
彼女が頑なに外そうとしないのにはきっと理由がある。
叶うならばその理由を知りたいけど、無理に聞こうとは思わない。
でも、いつか話してくれたら嬉しい。
……まぁ、おそらくだけど彼女は人との接触に対して抱えている何かがあるのだと思う。
ダンスが苦手だと言っていたのも手が触れるからじゃないだろうか?
最初は……そんな事考えたくも無いけど、男性に襲われた経験から来たのかと思った。
だけど、それは違う気がした。
それに、もしもそんな酷い目にあっていたら、もう少し男性に対して警戒心を持つはずだ。しかし、セシリナにはその様子も無い。
(そんな事を言っておきながら、僕はかなりセシリナにベタベタ触れているけど)
だってセシリナを目の前にすると触れたくなるんだ。
あの柔らかい身体をこの手で抱き締めてキスをしたくなる。
(最近は我慢の限界だ……!)
でも、セシリナはキスも恥ずかしいだけで嫌ではないと言ってくれた。
それがどれだけ嬉しかったかきっと知らないだろうな。
そんなセシリナはさっき僕を抱き締めてくれた。
本当に本当に驚いた。
あんな可愛い事するなんて、本当に反則だ……!
人に触れたがらないはずのセシリナがあんな事を……
(……少しだけ僕はセシリナの特別なのでは……? そう思いたくなる)
自分はまだ結婚はしないと決めている。
だけど、僕はセシリナの事が好きだ。
もうこの気持ちは隠せそうに無い。
初めて会った時から見てみたいと願った彼女の笑顔。
想像以上に可愛かった。
僕の偽りの姿を見抜いて自分の前でだけは、本当の僕でいていいなんて言われて……
(そんな事を言われて恋に落ちないはずがないだろう?)
あの時に自覚した。
僕はセシリナの事が好きなんだと。
仮の恋人の契約を終了したら、本当の恋人になりたい。
その望みを伝えたら、彼女は何て答えてくれるだろう?
自分の設けた制約に泣きそうになる。
その間に、他の男が彼女の魅力に気付いたら?
セシリナが自分以外の男に好意を寄せてしまったら?
そう考えるだけでも絶望する。
あの可愛い笑顔で他の男に向かって微笑むとか……頼むからやめてくれ。
嫉妬して相手の男を権力を使ってこっそり始末してしまいそうだ……
「あぁ、でもセシリナは結婚する気が無いんだっけ……」
僕の恋人のフリを引き受けた時にそう言っていた。
王宮で働かせてくれ、と。
約束したからその事はもちろん考えてはある。働き口の目星もつけた。
だがー……
(どうして誰とも結婚したくないんだろう?)
そっと眠っている彼女を起こさないようその手を握る。
「そう言えば手はいつも手袋越しで直接触った事が無いな……」
「……んっ」
「!!」
セシリナが、軽く身動ぎをする。
起こしてしまったか!?
慌てて手を離したが、目が覚めたわけではないようだ。
「……セシリナ。そんな無防備な顔して寝てたら襲われても文句は言えないぞ?」
ドレスアップした今日の彼女はいつもより綺麗で可愛い。
本人はびっくりするくらいその事を分かっていないけれど。
きっと、これまでに流れ続けた噂や育って来た環境が彼女にそう思わせているのだろう。
だからこそこんな無防備でいられるんだ。
僕はそっとセシリナの頬に手を触れる。
「……好きだよ、セシリナ」
眠ってる時に卑怯かな? と思いながらもそっと彼女の額にキスを落とす。
「んっ…………エリ、オス……殿下……」
「ぅえっ!?」
名前を呼ばれたので心臓が飛び出すんじゃないかってくらい驚いた。
(起こしてしまった!?)
そう思って慌ててセシリナの顔を見るけど、彼女はすやすや眠っている。
「まさか……寝言?」
何だそれ……もしかして僕の夢を見てる?
そんな事にさえ嬉しさを感じてしまう自分は……もう完全に重症だ。
「セシリナにもあの家の令嬢の事を話さないとな……」
それに、マリアン嬢の事もある。
あぁいうタイプの令嬢は諦めが悪い。兄上へのしつこさは酷かった。
まだ、何かしてくる可能性は高い。
セシリナはあんな風に言ってくれたけど、巻き込んだからには絶対に守らないと。
──仮初の関係はいつか終わりを迎える。
その時に僕はこの気持ちを伝えようと思っている。
でも願わくば今は、もう少しこのまま隣で───……
そんな事を思いながら僕はもう一度、セシリナの額にそっとキスをした。
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