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第20話
しおりを挟む───待って、待って、待って!
落ち着くのよ、私!
別にバレているわけではないはず。
勘違いしていた、と口にされたもの。つまり、今はそう思ってはいない……はず。
でも、確認はしないと!
「……どうして、そう思われたのですか?」
私は震えそうになる声を抑え、必死にいつも通りを装って口を開いた。
「セシリナ嬢……君はもう知っているんだろう? あいつが……エリオスがわざと奔放な王子を演じている事を」
「……っ!」
「俺達は年齢も近い。だから昔から比べられる事が多かった。そしていつからだったか……もうかなり昔だな。エリオスは王位継承の混乱を招かないようにと思ったんだろう、わざと出来損ないの王子を演じ始めた」
「……」
「何でそんな事をと問い質してもすっとぼけるんだよ……バレバレなのにな」
ギルディス殿下はそう言って寂しそうな顔をした。
(バレバレみたいだけど、エリオス殿下は軽薄で奔放な王子の演技を家族の前でもしていたんだ……)
「セシリナ嬢、君の言うように、本当のあいつは思慮深く真面目で優しい奴なんだ。そして俺を慕ってくれている。君はあいつが噂通りの人間ではないと言ってくれたな? ちゃんと本当のエリオスを見てくれていた。俺はそれがとても嬉しかった」
「い、いえ……」
私はプルプルと首を横に振る。
「で、ですが……そ、それがどうして偽の恋人を連れて来る事に繋がるのですか?」
ギルディス殿下の言ってることは、分かる。
エリオス殿下が奔放な王子を装っている理由はなんとなくだけど、王位継承問題や王太子殿下の為のような気はしていた。もちろん確認はしていないけれど。
だけど、偽の恋人を連れてくると疑った理由は何かしら?
「あいつが奔放な王子を演じ続けた事で、裏から操りやすい王子だと思い込んだ少々厄介な家がエリオスに目を付けたからだ」
「厄介な家……ですか?」
ギルディス殿下が静かに頷いた。
「その厄介な家からの縁談を断るには“恋人の存在”が必要だった」
……それってまさか。
いえ、多分間違いなくその家はスプラウクト侯爵家……
「あいつは、もともと自分に権力者が寄ってくる事を昔から懸念していた。だから、今までどんな令嬢を勧められても誰とも婚約をしなかった。少なくとも俺の相手が決まるまでは、と言ってな」
「……それはエリオス殿下の婚約者の身分や家柄によっては、ギルディス殿下の王位継承を揺るがす可能性があるから、ですか?」
私の言葉に王太子殿下は頷いた。
自分の婚約者となった人が、もし有力な家の令嬢だったら……
その家の者達がギルディス殿下でなく、エリオス殿下を王太子として担ぎ出そうとする事を懸念したという事ね。
「だが、俺の婚約が決まった事でエリオスもその言い訳が通用しなくなった」
「あ……」
「そして俺の婚約が決定した直後から、スプラウクト侯爵家が本格的に動き出した。さっき言った厄介な家とはここの事だ。ついでに言うと俺の婚約者、エンジューラと対立関係にある家でもある」
「!」
(やっぱり! そしてそれは確かに色んな面で厄介な家だわ!)
思わず身体がブルリと震えた。
「スプラウクト侯爵が乗り気でアンネマリー嬢も、あんな噂が流れていてもエリオスを慕っていたので婚約はほぼ間違いない……周囲にはそう思われていた」
「……」
ズキッと胸が痛む。
分かっている。
エリオス殿下の隣にはそういう身分のある令嬢が立つべきだ。
……アンネマリー様は嫌だけど。
「だが、肝心のエリオスが嫌がった。絶対に首を縦に振らなかったんだ」
「それは、スプラウクト侯爵家がエリオス殿下を担ぎあげる可能性があるからですか?」
「そういう事だ。少なくともスプラウクト侯爵はそう思っているのが明らかだ。奔放で出来損ないの王子を演じてるエリオスを信じきっていてな、娘と結婚させて後ろから操ろうとしているのがとても分かりやすいんだ」
「……」
エリオス殿下は本当に王子様なんだわ……
一気に存在が遠くなった気がする。
「スプラウクト侯爵家とエリオスの話は何時までたっても平行線だった。アンネマリー嬢も多くの女性と遊んでいるくらいなら私でもいいでしょう? と詰め寄る日々だ。エリオスが何を告げても侯爵もアンネマリー嬢もなかなか納得しなくてな……」
ギルディス殿下が遠い目をする。その日々を思い返しているのかもしれない。
「そんなある日、たまたま俺はエリオスの独り言を聞いてしまったんだ」
「独り言……ですか?」
「あぁ、エリオスは“偽の恋人でも作って、その人を結婚を考えている本命の令嬢だと紹介すれば本当に諦めてくれるだろうか……”と呟いていたんだ」
「それは……」
「俺も詳しくは知らないが、どうもアンネマリー嬢はもしもエリオスに“本命の恋人”が出来たら諦めると常々口にしていたらしいのだ」
「!」
エリオス殿下は、アンネマリー様との婚約を断るために仮の恋人を欲していたのね?
「そんな独り言を聞いてからそれほど経たないうちに君が現れた」
「っ!」
「俺は不思議だった。これまでのエリオスからは“本命”がいる様子など微塵も感じていなかったし、そもそも軽薄な人間を演じてるエリオスが、どうやって本当の恋人作れたのか、ともな。そんなあまりのタイミングの良さにまさかと疑ってしまったんだ」
「そ、そうでしたか……」
エリオス殿下! お兄様には色んな事がバレてますよー!
私は心の中で叫ぶ。
「だがな、今日のエリオスと君を見ていて思った。あぁ、本当の恋人だったのだな、と。エリオスの一目惚れのタイミングがたまたま重なっただけだったんだな、と」
「え?」
どうしてそう思ったのかしら? 私は仮の恋人。
ギルディス殿下の見立ては間違っていないのに。
「エリオスは、ちゃんと君に惚れている。それも、かなり……本気でな」
「えっ!?」
「それにセシリナ嬢も、あいつを……エリオスの事を真剣に想ってくれているのだろう?」
「!!」
その言葉に私は自分の顔が一瞬で赤くなったのが分かる。
「ははは、その顔が全てを物語っているな。うん、やはり……君も噂とは違う人物のようだな」
「……ご存知で!?」
そういえば、今日の会話の中で私の噂に対する話はギルディス殿下の口からは一切出なかった。ただ黙ってくれていただけだったんだわ。
「正直に言えばあのマリアン嬢の妹なので多少心配はあった……だがエリオスが傍に置いてるのならきっと噂にすぎんだろうと思った。だから会いたいと思ったのだ」
「ギルディス殿下……」
「それはその通りだったな。俺はあんなに楽しそうなエリオスが見られるとは思わなかったよ。あいつのあんな顔は何年ぶりだろうか……ありがとうセシリナ嬢」
なんて事! お礼を言われてしまったわ。
だけど、どうしたらいいの? 私はエリオス殿下の本当の恋人では無いのに。
私達に待ってるのは“別れ”なのに。
そこまで話した時、エリオス殿下が戻って来た。
「……何をこそこそ話してるんですか?」
エリオス殿下の声はちょっと不機嫌そうだった。
ギルディス殿下はそれを分かっていながら素知らぬ顔をして言った。
「いや、お前がセシリナ嬢にかなり惚れているようだから、弟をよろしく、と頼んでいたのさ」
「なっ!」
「それそれ、その顔だ。これからも仲良くやってくれ」
「兄上!!」
ギルディス殿下は、エリオス殿下を可愛がっている。
そして、心配もしているのだろう。
エリオス殿下の考えている事なんて昔からお見通しだったのではないかしら?
だから演技の事も知っているし、私を偽の恋人だと疑った。
───だけど、ギルディス殿下も一つだけ見抜けていないわね。
エリオス殿下は、私に惚れてはいないもの。
私の気持ちはバレバレだったみたいだけれども。
疑われずにすんだのはエリオス殿下の演技力が凄いからね、きっと。
そう思った。
****
そして、帰りの馬車の中──
「セシリナ、今日はありがとう」
「いえ、最初は緊張しましたが、ギルディス殿下とお話が出来て楽しかったです」
私が微笑んで答えると、エリオス殿下は嬉しそうに「そっか、良かった」と笑った。
「エリオス殿下は、ギルディス殿下と仲が宜しいのですね」
「まぁ……そう、かな?」
「ギルディス殿下は、エリオス殿下の事が大好きみたいでした!」
「ははは、大好きって……」
エリオス殿下が苦笑する。
信じてないわね? ギルディス殿下はエリオス殿下の事が大好きなのに!
「それと、エリオス殿下は演技がお上手なんですね」
「ん? 演技?」
「えぇ、仮の恋人である私に本当に惚れているとギルディス殿下に思わせていましたから。凄いな、と感心してしまいました!」
「…………」
……あぁ、自分でこんな事を言うのは胸が痛いわ。
エリオス殿下と私は本物の関係ではない。
たとえ、私の気持ちが本当になったところでどうしようもないのだと改めて思わされる。
「……な」
「え?」
エリオス殿下が小さく何か呟いたみたいだったけど、よく聞き取れなかった。
「気にしなくていいよ。ところで、セシリナ疲れてない? 屋敷に着いたら起こすから眠っても平気だよ?」
《色々、無茶を言って連れて来たからな》
《それでなくてもセシリナはあいつらのせいで傷付いていたから休ませたい》
頭を撫でられたから心の声が聞こえてくる。
「い、え? そんな平気です……」
そう思ったのだけど、朝からのお姉様とアンネマリー様によるドタバタ疲れとギルディス殿下に会う事による緊張がとれたせいなのか、酷い眠気がやって来た。
結局、うつらうつらとしてしまい、私は自然と眠りの渦へ引き込まれていく。
エリオス殿下が頭の上でクスリと笑った気配がした。
《……本当に可愛いな。可愛くて……愛しい》
結局、そのすぐ後に私は今回もエリオス殿下の肩にもたれて眠ってしまった。
「…………分かってないな、セシリナは。僕は君の事を好きな演技なんて1度もしていないのに」
───エリオス殿下がそう呟いていた事を夢の中にいた私は知らない。
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