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第11話

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「マリアン嬢、君はー……」

  お姉様の嫌味にエリオス殿下が言葉を返そうとしたその時、後ろから声をかけられた。

「いったいそこで何を話し込んでいるんだ?」

  その声に慌てて振り返ると、お父様とお母様が屋敷に戻って来た所だった。

「……あら、お父様とお母様。お戻りですか?  今日はお早いお戻りで」

  お姉様は少し不満そうな声を出した。

「あぁ。たった今、戻ったがー……って、エリオス殿下!!  きょ、今日もいらしていたとは……!」

  お父様達はわりと不在がちなので、頻繁に訪ねて来る殿下とはなかなか顔を合わせる事は無かった。なので、鉢合わせた事に驚いているみたい。

「あぁ、伯爵。お邪魔していたよ」
「は、は、はい……あの、やはりセシリナに会いに?」
「?  他に何の用があると?」
「いえいえ!  ただの確認ですとも!」

  お父様の必死な様子が何とも痛々しい。
 
「……セシリナ」

  エリオス殿下とお父様達が話を始めたからか、お姉様が不機嫌な顔で私に声をかけて来た。機嫌が悪いのは話を遮られたからかもしれない。

「何ですか?」
「まぁ、嫌だわ。そんな冷たい顔しなくてもいいじゃないの。私は本当にあなた達が上手くやれているのか心から心配しているだけなのよ?」
「……そうですか。でも、お姉様に心配して頂かなくても大丈夫です」
「あぁ、本当に冷たい妹ね」

  お姉様がわざとらしく悲しい顔を見せる。
  殿下の脅しが効いているのか分からないけれど、あれからのお姉様は私に攻撃する事は無い。それが何とも不気味で仕方無かった。

《殿下と不釣り合いのくせに隣に並ぼうだなんて本当に生意気ね》
《あんたを殿下の隣から引きずり下ろす方法を色々考えたけど》

「!?」

  突然、お姉様の心の声が聞こえてきたので驚く。
  お姉様は私の髪に触れていた。

「最近はうっとおしかった髪も切って顔も見せるようになったけど、内面は変わらないものなのね……悲しいわ」

《生意気なセシリナには痛い目を見せてやらないと私の腹の虫がおさまらないわ》
《今度のあんた達が参加するという夜会……せいぜい楽しむといいわ。あぁ、その日が私も楽しみよ》

「……」

  お姉様の思考がどんどん流れて来る。
  具体的に何をして私を引きずり下ろそうとしているかまでは分からないけれど、今度エリオス殿下と参加する予定の夜会で何かを企んでいる事だけは分かった。

「……殿下と今日はお話出来そうにないから部屋に戻るわ」

  私の髪からそっと手を離したお姉様はただひたすら怪しい笑顔を浮かべたままそう言って部屋へと戻って行った。






「エリオス殿下」
「どうした?」

  お父様達との話を終えて今度こそ帰ろうとするエリオス殿下を申し訳ないと思いつつ少しだけ引き止めた。

「あの!  ……もしかしたら……なのですが」
「うん?」

  心の声で聞いた事だからお姉様が私に何かしようとしている証拠など無い。
  それでもエリオス殿下は信じてくれるかな?

  (何を弱気になっているの……殿下はきっと信じてくれるわ!)

  そう思って話す事にした。

「今度、殿下と参加する予定の夜会でお姉様が……」
「もしかして、マリアン嬢が何かを企んでる可能性がある?」
「……!  は、はい。そうなんです。その、はっきり確信は持てないのですが……」

  私が俯きながらそう言うと殿下がそっと私を抱き寄せた。

「!?」

《セシリナが悲しい顔をしてる》
《マリアン嬢は本当に厄介事しか運んで来ないんだな》

  すんなり信じてくれた事と抱き寄せられた事にひたすら困惑した。

「あ、あ、あの!  私の言う事……信じるのですか?」
「?  何を言ってるの?  当たり前でしょ」

《何でセシリナを疑う必要があるんだ?》

「でも、証拠も何も無くて……言うなら私のただの勘で……」
「そういう勘はね馬鹿に出来ないものなんだよ、セシリナ」

  ギュッと私を抱き締める殿下の腕に力が入った気がした。

《信じるに決まってるじゃないか》
《そもそも僕が何の為に伯爵家にこうも頻繁に通ってると思ってるんだ?》

「……殿下?」

《もちろんセシリナに会いたいのは言うまでもないけど、マリアン嬢への牽制も含めてるんだから》
《セシリナが無事かどうか確かめないと心配で心配で仕方ないんだよ》
《まぁ、我ながら過保護かなとは思うけど》
《帰ったら仕事は今日も山積みだろうなぁ……ははは》

  たくさん流れ込んでくる殿下の心の声。
  ──あぁ、やっぱり暇なわけじゃなかった。
  恋人アピールより、ただ純粋に私を心配してこうも頻繁に来てくれていたんだ……

  (どうしよう……その気持ちが嬉しい……)

「それならそれでこちらも気を付けないといけないな……って、セシリナ?  どうかした?」
「え?」
「顔が赤い。大丈夫?」
「!!」

  そう言ってエリオス殿下が私の頬に触れてくるので、私の心拍数はますます跳ね上がる。

《どうしたのかな?  ハッ……まさか熱!?  立ち話をしすぎたか》

「な、な、何でもないです……!」

  私は必死に赤くなる顔をどうにかしようとするも、全然治まってくれない。

「そう?  でも心配だ」
「ほ、本当に大丈夫ですからっ!」

《本当に?  まぁ、セシリナ自身がそう言うなら……大丈夫、なのかな?》

「分かった。それじゃ、僕は戻るね──……セシリナ」
「はい?」

  名前を呼ばれて顔あげると、私の額にそっと柔らかい物が触れた。

「!?!?!?」

《巻き込んだ僕のせいだ。必ず君を守るよ、守らせて欲しい》

  (い、今のは……キスされた!?)

「……はは、可愛いな。ではまたね、セシリナ」
「っ!?」

  ──可愛い。エリオス殿下は今、確かにそう口にした。
  心の中……ではなく間違いなく口に出した。

「な、何なのよぉ……」

  伯爵家の入口には顔を真っ赤にして額をおさえたまま固まる私が取り残されていた。




****



  そして、あっという間にお姉様が何かを企んでいると思われる夜会の日がやって来た。

  それにしても、ここまでの短期間で私とエリオス殿下の交際の噂は社交界に瞬く間に広がっていた。
  やはり怖い世界だな、とつくづく思う。

  ただ、殿下に言わせると、
「不特定多数の女性との噂は流れたけど、僕は実際に特定の女性……それも貴族令嬢を連れ歩く事は無かったから驚きと共に余計に広がってるんだと思うよ」
  との事だった。

  そういう意味では相手が私みたいな変な噂のある令嬢であっても、こうして連れ歩くのだから本当の恋人同士なのだと思われやすいみたい。

  (疑われないのは良い事だとは思うけどね)

  もともと、この夜会への参加を決めたのも昼間のデートだけでなく、こうした夜の場でもパートナーとして出席する事で私達の関係を更に周知させる事が目的だったわけだけれど。


「緊張してる?」
「……少し」
「そっか、大丈夫?」
「今まで引き篭っていたせいで、夜の場に慣れていないだけです」
「あー……昼間のお茶会ですら、抜け出してたもんね?」

  エリオス殿下があの時の事を思い出したのか可笑しそうに笑いながら言う。

「最初から逃げてさぼっていた人に言われたくありません!」
「あはは、確かに!  でも、それでセシリナと出会えたのだからさぼってて良かったなとは思ってるよ」
「……っ!」

  そう言って、エリオス殿下は私の手の甲を持ち上げてキスを落とす。
  ……もちろん、手袋越しに。

  そこから伝わってくる感情は、とても“愉快な”感情だった。

  (もう!  なんて事を言うのよ……面白がっているし!)

  私はちっとも面白くなんてない──そう思いながらちょっと睨んでみたけれど、殿下はますます可笑しそうに笑うだけだった。

  こうして、お姉様が何か企んでいるかもしれない夜会は始まった。

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