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【番外編】 8. 新たな扉
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鞭を使って女王様のようなお説教をしてから、数日が経った。
「……」
(今日もだわ……)
「……」
連日、ジョルジュからの熱~い視線を感じる。
これは……
(……また変な扉を開けてしまったかもしれない)
軽くふぅと息を吐く。
でも、ジョルジュがこうなることはまあまあ予想出来たこと。
予想外だったのは───
「───アイラ? そんなにじっと見つめていたらおばあ様に見つかっちゃうよ?」
「お兄様……分かっていますわ。ですが、わたくし我慢出来ませんの」
「アイラ……! うん、でも、その気持ちは分かるよ!」
(あっちの孫二人なのよね……)
今も扉の隙間から部屋を覗いて丸聞こえの会話をしているジョシュアとアイラ。
ジョルジュと同じように、あの日の私の鞭さばきを気に入ったのか、あれからあの子たちもこうして影から私に熱い視線を送って来る。
意外と手に馴染んで面白かったので、お説教の最後は私もノリノリでヒュンヒュンと鞭を振り回したという自覚はあるけれど。
「……ガーネット」
「何かしら? ジョルジュ」
「えーと……その……だな……」
ジョルジュがコホンッと軽く咳払いをしながら私に話しかけてきた。
しかし、何やら顔を上げ下げしてモジモジしている。
「ジョルジュ? 言いたいことがあるなら早く言いなさい!」
キツめに叱るとジョルジュはパッと顔を上げた。
「わ、分かった……! 実は今日、商会の人間を呼んでいる!」
「は? 商会?」
「そうだ」
私は首を傾げる。
我が家には御用達の商会があるのだから、これは何も別に珍しいことじゃない。
それなのにジョルジュはなにをそんなに言いにくそうに吃っているのかと不思議に思った。
「そうなのね? 分かったわ。それで? もしかして新しいスコップでも買いたいの?」
「違う」
「あら? 違うの?」
私は目を瞬かせた。
ジョルジュが急遽、呼び出す時はスコップを新調する時が殆どなのに。
「───今日の目的は…………だ!」
「なに? 聞こえなかったわ」
「…………だ、だから今日は…………をお願いしている!」
「?」
肝心の部分が聞こえない。
もう、焦れったい!
私はガシッとジョルジュの両肩を掴む。
「ジョルジュ。あなたのその口は何のためにあるのかしら? モゴモゴしてないではっきり言……」
「ガーネット専用の───鞭、だ!」
「……」
(んぁ?)
空耳かと思った。
「む……?」
「鞭だ!」
ジョルジュは今度はキッパリと言い切った。
(むち……むちって、あのむち……鞭、よね?)
「ジョルジュさん……?」
「この間、ガーネットが気持ちよさそうに振り回していたのはエドゥアルトから借りたものなのだろう?」
「え、ええ」
私は引き攣った笑顔を浮かべながら頷く。
「つまり、返却してしまったらもうガーネットのあの美しい姿は見られないじゃないか!」
「……」
「───だから、ガーネット専用の鞭を購入すべき! と思ったんだ!!」
「!?」
(な ん で よ !!)
「そういうことだから、ありとあらゆる鞭を取り揃えて来てもらう予定だ」
「う、嘘でしょ!?」
───また、ギルモア家のジョルジュ様がやべぇ物注文して来やがった!
やっぱりあの人やべぇ人だ……
なんて商会側はスコップの注文を受けた時ばりに困惑してるんじゃ?
なんてことを考えていたら、ジョルジュはどうだと言わんばかりに大きく胸を張った。
「もちろん、鞭はガーネット用だと伝えてある! 安心してくれていいぞ!」
「ジョルジューー!」
愛する夫はちゃっかり、やべぇ奴の役を私に押し付けていた。
「ぜひ、美しいガーネットをさらに際立たせる鞭を手に入れてくれ!」
「ホホホホ……本気なの、ね」
こんなの笑うしかない。
そう思ってひたすら笑っていたら、部屋の扉がバーンと大きく開いた。
(……ん?)
「───おじい様! おばあ様!」
「ん? この声はアイラか?」
ジョルジュが振り返る。
バーンと開いた扉と共に飛び込んで来たのはアイラ。
その後ろには相変わらずニパッと笑っているジョシュア。
(あ、二人のこと忘れてたわ)
ジョルジュの鞭の話が衝撃的だったのですっかり二人の存在が頭から吹き飛んでいた。
(まだ、盗み聞きしていたのね?)
やれやれと呆れる。
それにしても、ジョシュアではなくアイラが喋るのは珍しい。
そんなアイラは頬もほんのり赤かった。
「おじい様、おばあ様! ───お二人のお話は堂々と盗み聞きさせていただきましたわ!」
「あ?」
「えっと、おばあ様? 何か?」
私の反応にアイラは不思議そうに首を傾げた。
(この表情……)
堂々と盗み聞きした宣言するのはおかしいということをアイラは絶対に分かっていない。
「おじい様! わたくしとお兄様が二人の会話を盗み聞きしたところ、なんと、おばあ様の為に鞭を購入するとか!」
「ああ」
ジョルジュが平然とした顔で頷く。
こっちはこっちで盗み聞きのぬの字も気にしてなさそう。
「やっぱり! ───おじい様! お願いします。わたくしも鞭が欲しいですわ!!」
「なに? アイラもか?」
「はい!」
(…………アイラ“も”かって何? “も”はおかしくない?)
いったいいつこの私が欲しいと言ったわけ?
「わたくし───おばあ様が美しく振り回していた鞭さばきを見た時から、あの気高く美しいお姿が目に焼き付いていて興奮して興奮して興奮して夜しか眠れていないのです!! 睡眠の危機ですわ……」
(いや、それ充分でしょ……)
あと、午前中のアイラは置物なんだからほぼ寝てるじゃない。
睡眠はバッチリだと思うわよ?
そう言いたい。
言いたいけど、とりあえず話の続きを聞く。
「てすからおじい様! ぜひ、ぜひ、ぜひ! 私の分の鞭の購入の許可もくださいませ!」
「アイラ……」
アイラが必死にグイグイ迫りながらジョルジュに頼み込んでいる。
「だが、今日持って来てもらう鞭は、全てガーネットをイメージしたものをお願いしているぞ?」
「構いませんわ! それはむしろ───大好物ですわ!」
アイラの発言がおかしい。
大好物ってなに?
そんな思いでアイラを見つめていたら、背後に控えるジョシュアと目が合う。
ニパッ!
───おばあ様! アイラが生き生きしていてとっても嬉しそうですよ! 可愛いです!
シスコンジョシュアの笑顔はそう言っていた。
─────
「まぁ~~~~! 素敵ですわ。ああ……こちらも素晴らしいですわね」
商会の人間が持って来た鞭を見たアイラが感嘆の声をあげる。
いつもの無口無表情はどこへやら……
(……まさかあの日のアイラの“無”の顔の裏にはこんなデカい感情が隠れていたなんて)
恐るべしジョエル譲りの無表情……
「さあ、おばあ様! ここは一発ヒュンッとお願いしますわ!」
「は?」
「さあさあさあ、ですわ!」
目を輝かせたアイラが私に鞭をギュッと握らせる。
そのまま更にキラッキラに目を輝かせて言った。
(アイラの表情筋がめちゃくちゃ仕事してる……!)
「そして! あのいつものおばあ様の高笑いがついたなら、もう最っっっ高で完璧ですわ!」
「は?」
「───さあ、おばあ様! お願いしますわ!」
「ガーネット! 俺もまた見たいぞ!」
「おばあ様! 僕もです!」
(ジョルジュにジョシュアまで……)
「~~~っっ!」
ちなみにその後、アイラはルンルンしながら自分用の鞭も選んでいた……
こうしてこの日。
私はジョシュアに続いてアイラもやべぇ子に育ったことを確信した。
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