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【番外編】 6. こっそり観察してみたら
しおりを挟む「まさか、アイラまで置物になるとは思わなかったわ……」
「ですね」
朝日を浴びる四体の置物を見ながら私とセアラさんは苦笑する。
「アイラは朝が弱そうなのは、赤ちゃんの頃から分かってはいたのですけど」
「そうなのよね……」
セアラさんの言葉に私も同意する。
ベビーのアイラは声が小さかったこともあり、たまに起きているのか寝ているのかよく分からないことが多かった。
静かに遊んでるのかと思えば、そのまま眠っていた……なんてこともしょっちゅうだった。
「アイラ、寝顔は天使ね」
「普段も基本的にはジョエル様に似て大人しくて天使みたいなのですが、興奮するとお義母様みたいになるんですよ」
「ホホホ……何故なのかしらね」
本当にアイラは我が家の最強お姫様だわ。
しかし、アイラの社交界デビューをしたパーティーの時の話といい、一度、この子の外での振る舞いというものをチェックしてみた方がいいかもしれない────
私はそう決めて機会をうかがうことにした。
────
グビッ!
アイラが手に持ったグラスの中身を一気に飲み干している。
そして、すぐに次のグラスに手をかけた。
そして……
グビッ、グビッ
またしても勢いよく飲み干してあっという間にグラスの中身は空っぽになった。
「さすが、アイラ! 今日もいい飲みっぷりだね!」
そんなアイラの傍らでジョシュアがニパッと満面の笑みで妹を褒め称えている。
「……」
アイラはチラッと一瞬だけジョシュアに視線を向けた。
けれど、何も言わずにすぐに次のグラスを手に持って、再び中身をグビグビと飲み干していく。
(アイラ……)
今、私は柱の影からアイラとジョシュアの様子をこっそり見つめている。
「ガーネット? 突然、パーティーに参加するなんて言い出して無理やり参加しておきながら、コソコソしてどうしたんだ?」
「ジョルジュ、静かに! 二人に見つかっちゃうでしょ!」
私がジロリと睨み、シーッと合図するとジョルジュは躊躇いがちに頷いた。
「お、おう……?」
あれから数日後。
今日はコックス公爵家でパーティーが開かれている。
ギルモア家からはジョエルとセアラさん、そしてジョシュアとアイラが参加。
私とジョルジュは留守番のつもりだった。
けれど、予定を変更しこっそりと無理やり参加することにした。
あれもこれもそれも……
───外でのアイラの様子をチェックするため!
エドゥアルトに、飛び入りだけど参加してもいいかしら?
と頼んだら理由も聞かずに即快諾してくれた。
相変わらず大らかな性格のあの子は楽しければなんでもいいらしい。
「───さてジョルジュ。あなたは今、ここからアイラを見てどう思うかしら?」
「どうって……」
ジョルジュも柱の影からじっとアイラを見つめる。
アイラは再びグラスを手に取ると、グビッと一気に中身を飲み干した。
そして、すぐにまたもう一杯……
その手が止まることはない。
(アイラ──あの子……いったい何杯飲めば気が済むわけ?)
あまりにも豪快にグビグビしすぎてアイラはかなり周囲の注目を集めてしまっている。
「……ガーネット」
「なに?」
私が返事をするとジョルジュはそうじゃない、と首を横に振った。
「いや、アイラのあの全く遠慮のない飲みっぷりは──まるで酒を飲んでいる時のガーネットそのものだ」
「は?」
「アイラは高笑いの仕方もガーネットによく似ているが……こっちもだったか!」
「は? 待って? 私ってあんな遠慮のない感じなの?」
信じられずに聞き返すと、ジョルジュは不思議そうに首を傾げた。
「ガーネット? まさか君は自覚なかったのか?」
「……」
「あのグビグビと飲み干していく遠慮のない勢いは、酒を手にした時のガーネットとそっくりだぞ?」
「……」
ジョルジュはそう言うけれど、そこまでのはずないわ。
確かに私はお酒を飲み出すと、気分が良くなって次から次へとグラスを手にはするけれど……
でも、きっとジョルジュの思い込みよ!
そうよ!
だってジョルジュだもの! そうに違いな───
「ははは! うん。今日もアイラの豪快な飲みっぷりはおばあ様にそっくりだね!」
(ん?)
ニパッ! と笑ったジョシュアがアイラに向かってそう言った。
すると、もはや何杯目になるかも分からないグラスの中身を空にしたアイラがそっと口を開く。
「…………お兄様」
「うん?」
「……パーティーでの飲み物というのは、こうして飲むものなのでしょう?」
(んん?)
「え? アイラ。なんで?」
「なんで? だって、おばあ様がいつだってそうですもの!」
アイラが堂々と胸を張ってそう言い切った。
(───!!!?)
アイラのその言葉を聞いて慌ててジョルジュの顔を見たら、ジョルジュはコクリと頷いた。
「だから言っただろう?」
「ねぇ? ……私としてはもっと優雅に飲んでいるつもりだったのだけど?」
ジョルジュが眉をしかめる。
「優雅? 俺の知っている限り、酒を飲んでいる時のガーネットにピッタリな言葉は優雅ではなく“豪快”だと思うぞ?」
「……」
ホホホホホ!
とりあえず、私は笑って誤魔化した。
(落ち着くのよ、ガーネット!)
これはあくまでもジョルジュの評価。
他の人なら────……
「───うん。確かにおばあ様の飲みっぷりは豪快だよね! さすがおばあ様だよ!」
(ぅぐっ!)
ジョシュアもそこは否定せず、むしろ満面の笑みで肯定しやがった。
「ええ。そんなおばあ様の遠慮なくグビグビグビグビグビグビする姿は、小さな頃からわたくしの憧れでしたのよ」
アイラがほんのり口元を緩ませて微笑む。
チラッと垣間見えたアイラの天使の微笑みに注目していた皆が息を呑んだ。
何人かの令息は頬を染め、令嬢はキラキラした目でアイラのことを見ている。
───天使……
───いや、女王様だよ
───可憐で儚いのに誇り高い天使…………それがアイラ様なんだ!
(ジョシュアみたいなこと言ってる人がいるーー!)
───守りたい
───いや、あの美しい足に踏まれたい……
(……っ!? ジョルジュみたいなのもいるーー!)
こうしている間にも、アイラに関するやっべえヒソヒソ話はどんどん広がってゆく。
なのに肝心のアイラは我関せずで周りの声には全く興味も示さない。
それどころか……
「この飲み方、とっても気分が良くなりますわよ。お兄様も一緒にどうです?」
なんてことを言ってアイラはジョシュアにグラスを渡す。
「へぇ? そうなんだ?」
アイラからグラスを受け取ったジョシュアがニパッと笑った。
「手は腰にあてて、グラスをグッと掴んで一気にグビッ! ですわよ、お兄様」
「なるほど。手はこうでグラスはグッと掴んで一気にグビッ、だね? ───分かった!」
グビッ!
アイラに言われるがままの姿勢を取り、グラスを手に持ったジョシュアも勢いよくそして豪快に中身を飲み干す。
「さすがお兄様! さあ、もう一杯どうぞですわ」
「うん、ありがとう、アイラ!」
珍しく声を弾ませたアイラが、次なるグラスをジョシュアに渡す。
もちろん、ジョシュアはそれを笑顔で受け取り────
グビッ、グビッ……
「いい感じですわ、お兄様! さあ、次もどうぞ!」
「うん!」
グビッ、グビッ、グビッ
「ふふふ、お兄様を見ていたら、わたくしもどんどん飲みたくなって来ましたわ」
そう言ってアイラも再び自分のグラスを手に取る。
「よし、アイラ! 一緒に乾杯だ!」
「ええ、お兄様!」
グラスを持ったジョシュアとアイラの二人が顔を見合わせる。
「アイラ!」
「お兄様!」
「僕らの敬愛するガーネットおばあ様に───」
「───乾杯ですわ!」
(ちょっとおぉぉぉ~~!?)
私の名前で乾杯した二人は、皆の注目を集めながらそれはそれは最高に気持ちよさそうにグラスの中身を豪快に飲み干した。
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