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【番外編】 4. 無敵の笑顔
しおりを挟むゲホッゴホッ
「おばあ様? 大丈夫ですか?」
「っっっ!」
とんでもない発言をしておいて、キョトンとした顔で私を見つめてくるジョシュア。
「……」
アイラに至っては、
“おばあ様、淑女がお茶を吹き出してよろしいんですの?”
なんて目でじぃぃっと私を見てくる。
「……っっ」
(セアラさん────ここは親としてビシッとジョシュアに説明を……)
こんなの私だけじゃ手に負えない。
そう思ってセアラさんに助けを求めようとした。
しかし……
(セアラさーーーーん!!)
セアラさんは両手で顔を覆って天を仰いでいた。
「セアラさん!」
「……お、お義母……さ、ま…………わ、私……」
思わず呼びかけると震える声で返事があった。
私は必死にセアラさんを宥める。
「落ち着いて! これはもう……そうよ! ギルモア家の血筋! 血筋よ!」
「そう……ですね。全てはギルモア家……お義父様とお義母様が出会ったところから全てが始まったんです………」
「ん?」
私とジョルジュの出会いから?
「アイラの踏みつけ……も」
「……っ!」
「振り返れば……ジョエル様の初夜の知識もおかしかった、わ。だから、ジョシュアは……」
「……っっ!」
なるべくしてなったとしか言いようのない可愛い孫たち……
チラッと視線を向けるとジョシュアがニパッと笑った。
「ウロウロしていましたら、人の声が聞こえたのでこの部屋だ! と思って開けたのです」
「……そ、そう……開ける前に扉の大きさで気付いて欲しかったわ…………そうしたら人が寝ていた、のね?」
「でも、何故か部屋が暗かったんです」
「……」
(でしょうね……)
「あ、ここじゃなかったんだ……! そう思って引き返そうとしたら、誰だ!? って男の人の声がして女の人のきゃっ! って声もしました」
「……」
(遭遇してたーー! ばっちり遭遇していたわーー)
一縷の望みをかけて、本当に眠っていただけ……を期待してみたけれどダメだった……
女性の声の時点でもう決定的。
(全く! どこの若者よ! パーティーの最中に!)
ギリッと唇を噛む。
でも、部屋が暗かったことでお互いの顔は見えていなかったはず。
そして、ピュアなジョシュアが彼らが何をしていたか分かっていなかったことが幸い───……
「だから僕、ジョシュア・ギルモアです! と名乗りました」
ニパッ!
ジョシュアは満面の笑みでドンッと胸を張ってそう言った。
「…………んあ?」
今、この子……なんて言った?
私はおそるおそる聞き返す。
「名、名乗っ……た? ジョシュア。あなた名前を……名乗ったの?」
「はい! 誰だ!? と聞かれましたから答えるのは当然です!」
ニパッ!
(ニパッ! じゃないわよーー!?)
そうだった。
この子はニコニコしているけど、あのジョエルの子……
ドーンとぶつかって来なさい! と言えば、本当にドーンとぶつかって来たジョエルの息子!
「おばあ様?」
「ホホホ、名乗っ……名乗っちゃった……のね、ホホホホホホ……」
こんなのもう笑うしかない。
「パーティーの最中に? …………その方たちも酔ってらしたのかしら?」
「アイラ?」
そこで口を開いたのはこれまで静かに話を聞いていたアイラ。
私やセアラさんがこんなにアタフタしているのに無表情。
「ど、どういうこと?」
「え? わたくしには分からないのですが、お酒って飲んだら眠くなるのではなくて?」
アイラは不思議そうに首を傾げて私を見る。
「……ま、あ、そうね。でも、アイラ? それは誰から聞いたの?」
「おじい様ですわ?」
アイラは淡々と語る。
「いつだったかしら? 昔、おばあ様がグビグビと気持ちよさそうにお酒を飲みまくっている姿を見たわたくしはおじい様に訊ねたのです───お酒を飲むとどうなるの? と」
「訊ねたの……人選ミスじゃないかしら?」
なんでジョルジュなのよ。
絶対に聞くべき相手を間違えている。
「おじい様は……」
「……なんて言っていた?」
「お酒を飲んだ時のおばあ様が如何に気高く美しいかを延々と語ったあと……」
「は?」
(ジョルジューー!?)
「最後はぐっすり寝る! と仰っていましたわ?」
「待ちなさいよ。酒を飲まなくても人は寝るでしょ……」
「ですが、いつも酔っ払って眠ってしまったおばあ様をベッドに運ぶのはおじい様のお役目ですわよね?」
「え?」
そう言われれば……
夜、ジョルジュと飲んでいると、たいてい気づくと朝。
私はいつの間にかスヤスヤとベッドで眠っているわね……?
(あれは毎回、ジョルジュが運んでくれていた……?)
「こうなった時のガーネットは何をしても全然起きないんだぞ! と自慢気に語っていましたわ?」
「…………何をしても起きない?」
「ええ」
アイラはコクリと頷いた。
「……へぇ」
(これは、後でジョルジュさんとは膝を突き合わせてじっくり話す必要がありそうね?)
でも───今はそれよりも、ジョシュア!
ご丁寧に名を明かしちゃったこの子の運命の方が心配よ!
「ホホホ、それでジョシュア? あなた、その人に名乗ってからどうなったのかしら?」
私の質問にジョシュアはニパッと笑った。
「このことは絶対に口外するんじゃねぇ! 黙ってろ! と言われました!」
「脅しよね? それ…………笑顔で報告することかしら?」
脅されたはずなのにこの笑顔……
そんなジョシュアはニコニコ笑顔のまま続ける。
「それで僕は、おばあ様の……いきなり怒鳴りつけてくる人の言うことなんて聞く価値無し! という教えを思い出したので───」
「それ、あなたがベビーの時に言った話じゃない?」
(あうあ! って、笑ってたけど……)
「だから僕は、嫌です! と言いました!」
「え」
「そうしたら、男の人はびっくりしちゃって……」
(でしょうねぇ……)
ジョシュアのことだから、満面の笑顔で首を横に振ったに違いない。
「なるほど金か!? 小僧! 口止め料を寄越せとでも言うつもりだな! とも言われました!」
「……なんて答えたのよ」
「はい! もちろん……」
ニパッ!
もうこの笑顔が怖い。
「お金には困ってないので要りません! と断りました!」
「……確かに困っていないわねぇ」
その通り。
その通りなんだけど、どうしてこの子はどんどん燃料を投下していくのかしら?
それも笑顔で。
「で? どうなったの?」
「───どうもお邪魔しました。僕はこれで失礼します! ごゆっくりおやすみ下さい。と挨拶して部屋を出ました!」
「……そ、そう」
どこの誰の逢い引きかは知らないけど、唖然としたでしょうね。
「僕、本当にびっくりしたんです。“あんなに偉い人”がパーティーの最中に寝ていたんですから」
「……は?」
あんなに偉い人?
「え? ジョシュア。その辺の若者ではなかったの?」
「若者? 違いますよ、おばあ様。あの男の人は我が国の大臣の一人、侯爵です」
「は……!?」
私は耳を疑った。
でも、ジョシュアはニコニコ笑顔のまま。
「待ってよ。部屋は暗かったんでしょう? なんでそこまで分かったわけ?」
「え? 確かに顔は見えなかったです。でも、そんなの声で分かりますよね? おばあ様」
「……声」
「はい! 声です! ちなみに一緒にいた女の人は伯爵夫人です!」
「───!?」
ニパッ!
「どちらの方々も、ご挨拶したことがあるので間違いありません!」
ジョシュアはニコニコ顔のまま胸を張っている。
私の頭の理解が追いつかなかった。
「え? つまり不貞……」
そしてジョシュアは声だけで人を判別したわけ?
なにその特技……!
私が頭を悩ませているとジョシュアは更にとんでもないことを暴露する。
「それで、どうにか苦難の末に会場に戻ったら、ちょうど侯爵夫人が大臣を探しているところに遭遇しました」
「……は?」
嫌な予感がする。
私は震える声で訊ねた。
「ねぇ? ジョシュア……あなた、まさか」
「はい! 僕はきちんとご案内しました! 侯爵様はお疲れのご様子でお部屋で休んでいますよって!」
「……」
「それを聞いた侯爵夫人は鬼のような顔をして会場を出て、僕が来た方──奥へと走って行きました!」
ニパッ!
ジョシュアは満面の笑みでそう言い切った。
それから、数日後。
大臣を務める件の侯爵とどこぞの伯爵夫人の不貞の話が一気に社交界に広がり、
その大臣は追い詰められ、なんと他の悪事も行っていたことまで発覚し大騒ぎに。
また、そんな諸々の取り調べの最中に大臣は、
ジョシュアに不貞現場を目撃されたのが全ての始まりだった、
あの笑顔が恐ろしい……と語ったことで───
────微笑みの貴公子、ジョシュア・ギルモアの名は一気に社交界に広まった。
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