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【番外編】 2. ジョシュア

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(呼び出してから一時間半……)

「ホホホ、ジョシュア。ジョルジュは今日もせっせと庭作りに励んでいたかしら?」

 ニパッ! 
 私の質問にジョシュアは満面の笑みで頷く。
 そして愛用のスコップを見せてくれた。

「はい!  暇なら少し手伝え。そう言われて僕のスコップを渡されました!」
「ホホホホホ!  それであなた手伝ったわけ?」

 ジョシュアはニコニコ笑顔のまま首を横に振る。

「いいえ!  おばあ様に呼ばれています!  と言ったら、それはすぐに行った方がいいと送り出してくれました!」
「そう……」
「ここからガーネットの部屋に行くには右だぞ~と言われたので右に曲がったのですが…………不思議です」
「ホホホ、本当にね!」

 どうせ、この子のことだから左に曲がったに違いない。
 しかし!
 そもそもジョルジュの案内もおかしい。
 なぜなら正解は右でも左でもない……真っ直ぐなんだから!

(それで一時間半……さ迷ったと)

 あうあ!  と元気いっぱいに迷子になっていた頃と全く変わらない───……

(全く!)

 私はカップを手に取りお茶を一口飲んで心を落ち着かせることにした。

「……」
「ジョシュア?  何かしら?」

 ジョシュアからの視線を感じた。
 私に声をかけられたジョシュアは、またしてもニパッと笑う。

「おばあ様に見惚れていました!」
「は?」
「相変わらず、おばあ様は全ての動作が美しいです!」
「……え」
「おじい様が今もおばあ様を大好きな理由が分かります!!」
「……っっ!」

 昔と変わらない無垢な笑顔で真っ直ぐに褒めてくるジョシュア。

(……これか。これに皆やられたのね)

 私がチラッとセアラさんに視線を向けると、目が合ったセアラさんは苦笑しながら頷いた。
 そして、ジョシュアはそんな一瞬も見逃さなかった。

「母上?  突然そんな可愛く微笑まれてどうかされましたか?」
「ジョシュア……」

 セアラさんがハッとジョシュアに顔を向ける。
 ジョシュアはセアラさんに向かってニパッと笑った。

「幼い頃から母上の笑顔は僕の一番の癒しなのです!」
「っ!」
「心がポカポカします……父上が母上にベタ惚れな理由がよく分かります!!」
「っっ!」

 言葉を失うセアラさんに心の中でエールを送る。

(あああ、セアラさんーーーー!  負けないでーー!)

 愛する夫、ジョエルに似た最愛の息子にそんなことを笑顔で言われて嬉しくないはずがない。

(ジョシュア。これを素で……なんて恐ろしい子……)

「ん?  アイラ、僕へのその熱い視線。どうかしたかい?」
「……」

 セアラさんが撃沈している一方、この場にいたアイラはずっと無言でじぃぃっと私たちのやり取りを見ていた。
 もちろん表情は変わらない。

(黙っていれば天使……)

「……」

 ジョシュアが声をかけると静かに目線だけそちらに向けたアイラ。
 すると、ジョシュアがアイラが手に持っていた物に気付く。

「おや?  アイラ。そのタオルはもしかして僕のために準備してくれていたのかな?」
「……」

 アイラは無言で手に持っていたタオルをジョシュアに渡す。

「ありがとう!  土で汚れちゃっていたから少し困っていたんだ!」
「……」
「さすがだね!  可愛いくて賢い。僕の自慢の妹……天使アイラだ!」
「……」

 ニパッと妹を褒め称えて嬉しそうに微笑むジョシュア。

(ジョシュア、違うわよ?)

 私には分かる。
 屋敷内で迷子になったアイラは、いつものように物置部屋に辿り着き、いつものように中を荒らして来ただけ。
 でも、そのことはアイラ自身が否定も肯定もしないので、ジョシュアはアイラの行動をとっても素直に前向きに受け止めてしまっている。

(ジョシュアにかかればこの世の悪人は皆、善人へと早変わりよ……)



 ────あれは、いつだったかしら。

 まだ、ジョシュアの言語が「あうあ!」で、アイラがハイハイしていた頃。
 お馬鹿な泥棒が我が家に盗みに入ろうと企んだ。

 誰よりも早く異変を察知したのはジョシュア。

『……あうあ!』
『ジョシュア?』

 いつもと違う笑顔の消えたジョシュアの“あうあ”に私たちは首を傾げた。

『…………ぅぁ!!』
『え?  アイラまで?』

 アイラも声を上げた。
 しかし、いつもと違って無表情ではなく怒りを孕んだドスの効いた“ぅぁ”だった。

『あうあ!』
『ぅぁ!』
『…………え!?  ちょっと!?』

 そして、ジョシュアとアイラの二人は、それぞれダッシュと高速ハイハイでその場を駆け出した。
 慌てて二人の後を必死に追いかけた私たち。
 そして────

『痛っ……、や、やめろ!  なんだ、この赤ん坊たちは!』
『ぅぁぅぁぅぁ~!!』
『あうあ!』
『や、ややややめろって!  ぅぐっ!  痛っ!  いてぇーーーー!』

 屋敷の奥でアイラにボッコボッコにされている泥棒を発見。
 ベビーアイラのパンチやキックなので威力もなく大して痛くないかと思いきや───
 アイラは故意なのか偶然なのか……ひたすら泥棒の“急所”を狙い撃ち。

(あれには驚いたわ……)

 偶然だったと私は思いたい。

 ベビーアイラの攻撃に悶絶した泥棒。
 そのまま捕まえようとしたけれど泥棒は更に暴れようとした。
 なので、今度は私が泥棒を吊るし上げて更なる地獄を見せようとしたら、なぜか間にトコトコ割り込んで来て私を止めようとするジョシュア。

『ジョシュア!  ここからは地獄…………大人の時間よ?  あなたは部屋に戻りなさい』
『あうあ!』

 ニパッと笑ったジョシュアは首を振る。
 え?  と思っているとジョシュアは泥棒に語りかけた。

『あうあ!  あうあ!  あうあ!』
『……な、なんだよ!?  このガキ!  テメェのせいで俺は盗みに失敗……』
『あうあ!』

 ニパッ!

『あうあ!  あうあ!』
『あ!?  何を笑っていやがる、このガ……』
『あうあ!』
『っっ!  ……あ?  ぅ…………ぁ』
『あうあ!』

 ニパッ!

『あう、あ………………くっ、そうだった…………お、俺は……』

 そして、何故かジョシュアと会話?  をした泥棒はその場に泣き崩れて最終的には大人しくなって捕まっていた。

 その後、ジョシュアに泥棒と何を話していたの?  と訊ねるとニパッと笑って……

『あうあ!  あうあ!  あうあ!』

 ───おばあ様、彼には深い深い事情がありました……ボクはその話を聞き出しただけです。根っからの悪人なんていないです!
(通訳・ジョルジュ)

 と、ジョシュアは人生何周目かと疑いたくなるようなことを平然と言ってのけた。




(ジョシュアもアイラも……個性が強すぎるわ)

 私は頭を押さえてため息を吐く。

「それで、おばあ様?  急に僕たちを呼び出したのは何かあったのですか?」
「……」

 ジョシュアとアイラが私に訊ねて来たので顔を上げる。
 二人と目が合った。
 ちなみにアイラは無言だけど目の圧がジョシュアと同じことを言っている。
 勿体ぶることでもないので、さっさと切り出すことにした。

「───先日のアイラの社交界デビューしたパーティーのことなのだけど」
「はい!  ありましたね!  デビューを迎えたアイラは、会場内の誰よりも可憐で儚く誇り高い天使でした!」

 ジョシュアが満面の笑みで嬉しそうに語る。

「可憐で儚いのに誇り高いって……どんな天使よ……」
「アイラです!」
「……」

 ニパッ!
 ジョシュアは笑顔で言い切りやがった。

(この、シスコンめ……!)

 そう言いたくなる気持ちを抑えながら、私は軽く咳払いをしてから訊ねる。

「そのパーティーであなたたちは何をしたの?」
「え?」
「……」

 キョトンとするジョシュア。
 無表情のアイラ。
 私は二人の目をしっかり見つめる。

「あなたたち、そこで何か目立つような……変わったこと……とかしなかった?」
「え?  目立つ……?  そりゃアイラは天使だから常に目立っていましたけど……?」
「……」

 他に何かあったかなぁ、と言いながらうーんと首を捻るジョシュア。
 すると、それまで無言を貫いていたアイラが天使の顔で高らかに笑い出した。

「オ~~ホッホッホッ!  嫌ですわ。おばあ様ったら何を言っているのです?」

 私によく似た高笑いが部屋中に響く。

「…………わたくしは言いつけ通りにお兄様と大人しく過ごしていましたわ?」
「そう?  それにしては……ねぇ」

 変なのが沢山わいてるじゃない。

「あ、ですが……」

 アイラは何かを思い出したかのようにポツリと呟いた。
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