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106. 噛み合わない人たち
しおりを挟むお兄様に他人事のような応援を送られて不貞腐れていると、部屋の扉がノックされた。
どうぞ、と招き入れると扉の向こうに居たのは……
「あうあ!」
「……ぅぁ!」
噂をすればの可愛い暴走天使の孫たち。
その後ろにジョルジュ、ジョエル、セアラさんもいる。
「あらあら、皆、お揃いのようね?」
私が声をかけると、ジョシュアがニパッと笑った。
「あうあ! あうあ! あうあ!」
「ぅぁ……」
「あうあ!」
「ぅぁ……」
「あうあ! あうあ!」
「ぅぁ……」
(ホホホ…………何を訴えているのかさっぱり不明)
ジョシュアの謎の満面の笑みの“あうあ”に対して、“ぅぁ”のアイラは……
───そうですわね、お兄様……
しか言っていない!
全く……と呆れているとジョシュアが手に持っている物に気付いた。
「ジョシュア、それはあなたのクマのぬいぐるみ?」
「あうあ!」
ニパッ!
ジョシュアは満面の笑みで答える。
アイラ誕生をいち早く予言し、お兄ちゃんになる予行練習を始めたジョシュア。
世話に世話を焼かれ続け、ぬいぐるみなのにギルモア家の湯につかり、最高級のふっかふかのベッドで眠り、料理まで堪能したことのあるジョシュアベアー。
それを何故ここに?
そう疑問に思ったところでハッと気づいた。
「もしかして、ジョシュア……お兄様にお礼を言いに来たの?」
「あうあ!」
ニパッと笑って大きく頷くジョシュア。
そのままトタトタとお兄様の元に向かうとジョシュアベアーを見せた。
「あうあ! あうあ!」
「おお! ジョシュアか。昔、会った時はまだ赤ん坊だったが……大きくなったな」
「ぅぁ!」
「おお! そして君がアイラ!」
お兄様が感慨深そうに笑う。
「あうあ!」
「ふむ。ジョシュアはジョルジュ殿やジョエルによく似ていて、アイラはセアラ夫人似なのだな」
「あうあ!」
「ぅぁ」
ニパッ!
ジョシュアが元気よく返事をする。
「……!」
「あうあ!」
「ははは、ジョシュア。君のその笑い方はガーネットを思い出すな」
「あうあ! あうあ!」
ニパッ!
ジョシュアは笑いながらグイグイグイグイとお兄様に向かってジョシュアベアーを押し付ける。
「おお! 話には聞いていたが……たくさんお世話して可愛がってくれたようで嬉しいぞ」
「あうあ!」
「これからもたくさん可愛がってやってくれ!」
「あうあ!」
お兄様とジョシュア───二人の会話はどんどん弾んでいるようにも見えるけど、何だか違和感を覚えた。
「ねぇ、ジョルジュ。お兄様とジョシュアのあうあの会話ってちゃんと成立しているの?」
私はコソッとジョルジュに訊ねる。
するとジョルジュはあっさり首を横に振った。
「いや? 全く」
「ま……」
(全く!?)
「えっと……ジョシュアは何を言っているの?」
「大伯父さま! お会い出来て光栄です! 可愛いクマちゃんをありがとうございました! さすがおばーさまのお兄さまですね。おばーさまとよく似ていらっしゃっていてかっこいいです。ボクも見習うです! いつまでも若々しくいられる秘訣はありますか…………といった感じだな」
私は唖然とした。
全然噛み合っていない。
しかも、まだまだ小さなベビーのくせに若々しくいられる秘訣を聞いてどうするつもり?
「は? ジョシュアベアーの話は? 見てみてと言わんばかりにお兄様にグイグイ押し付けていたじゃない」
「そうは言うが……ジョシュアベアーのことを口にしたのは最初にお礼を言った時だけだぞ」
(えぇえ……)
驚きながら二人に視線を戻す。
二人の会話? は続いていた。
「ジョシュア、君がたくさんこれを可愛がっていたという話を聞いて、アイラに贈るぬいぐるみには吸水性を高めるなどの改良を加えたものを贈ることにした」
「あうあ!」
「せっかくだから、末永く可愛がってもらいたいからな」
「あうあ! あうあ!」
ジョシュア……お兄様の話を聞いて応えて笑っているように見えるけれど……
私はチラッとジョルジュを見る。
「───大伯父さま! アイラは可愛いと思いませんか! 天使なのです! だから、ボクがずっとアイラを守るのです…………今は必死にアイラのことを紹介しているな」
「えーー……」
当のアイラはちょこんとお座りしたまま無言で二人をじぃぃっと見ているだけ。
「待たせていてすまないが、アイラの分は今、手配しているところだ」
「あうあ!」
「だから、家族の全員が揃うのはもう少し待っていてくれ」
「あうあ!」
「いい返事と笑顔だ、ジョシュア。君は家族思いなのだな」
「あうあ!」
ニパッ!
「ジョルジュ…………ジョシュアはなんて?」
「アイラはとてもハイハイが速いのです、おばーさまに似たのでしょうか、将来が楽しみなのです! と言っているぞ?」
「……」
二人は互いに言いたいことだけを言えて満足しているみたいだった。
そんな明後日の会話が進む中、アイラはずっと黙ったまま。
(なんてそれぞれマイペースな人たち……)
そう思った時、お兄様が何かを思い出したように目を輝かせて言った。
「───そうだ、ガーネット! 玄関に飾られていた絵はジョシュアが描いたのか?」
「え?」
「“いかにも”な感じの絵が飾ってあっただろう? 以前は無かったはずだ」
「ああ、あれね?」
なんのことかと思えば。
私が前に書いたギルモア家の男三人の絵を披露した後、ジョシュアの描いた私とセアラさんの絵のことだ。
「ホホホ! そうなのよ、ジョシュア“も”なかなか上手いでしょう?」
「ああ!」
「訪問者はあの飾られている絵を見て皆、驚くのよ」
「だろうな!」
(……ん?)
私がお兄様に向かって笑って答えた瞬間、部屋の空気が変わった気がした。
(……気のせい?)
まあ、いいか。
そう思った私はジョシュアの頭を撫でる。
「あうあ!」
ジョシュアがニパッと笑った。
「ジョシュアは相手の特長を上手く捉えた、とてもいい絵を描くのよ」
「あうあ!」
お兄様が果て? と首を捻る。
「特徴を上手く捉えた? 相手? ガーネットが子どもの頃に描いていた絵によく似た随分と斬新な絵だと思ったが……?」
「まあ! 私と似てる? お兄様ったら……でも、ジョシュアはまだまだこれからよ? 私と比べるなんて可哀想よ、オホホホ!」
「それもそうだな…………ガーネットの絵と比べるのは……可哀想、だよな」
ここでお兄様が遠い目をする。
(そういえば……)
昔、何度か練習でお兄様の似顔絵を描いたっけ。
いつも感激して言葉を失って泣いてくれていたわ。
留学先にもって強引に持っていかせたのよね!
「ホーホッホッホッ! そうよ、これまで名だたる画家を黙らせて来た私の絵ですもの!」
「あうあ~!」
私は高らかに笑う。
(……ん?)
何だか、ジョルジュとジョエルとセアラさんがワタワタしているわ?
落ち着きがないわね? ……何しているのかしら? 新しい踊り? なんで今?
「あ、そうだわ。せっかくならジョシュア、お兄様も描いてさしあげたら?」
「あうあ!」
「ついでに、アイラもどう? ペンは握れると思うけど?」
「…………ぅぁ!!」
私がにこやかにそんな提案すると、いいのか? と喜ぶお兄様の横で更にワタワタする三人の姿が見えた。
まだ仲良く踊っている。
「───ジョルジュ、そんな所で踊っていないで準備を手伝ってくれるかしら?」
「え、いや、ガーネット……俺は踊っていたわけじゃ……」
「ジョエル! セアラさん! あなたたちも踊っている場合ではなくってよ! アイラのお絵描きデビュー、しかと目に焼き付けておくのよ!」
「「!」」
ジョエルとセアラさんが何か言いたそうに顔を見合わせてから、静かに頷く。
(……?)
「ホホホ! それでは紙とペンを用意して……」
様子が少し気になったけれど、私はパンパンッと手を叩いて使用人を呼んで紙とペンを用意させる。
「我が家の天使たちのお絵描き大会よ~~」
「あうあ!」
「…………ぅぁ!!」
色んな人の思いが交錯する、ある意味ハラハラドキドキのお絵描きタイムが開始した。
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