108 / 119
105. ベビーガーネット
しおりを挟む「ど、どういうことです!?」
私がグイグイ近付くとお兄様が少したじろいだ。
しかし、キッパリと言う。
「そ、そのままの意味だ」
「!」
(な、なんですって!?)
「その、なんだ? 邸内を走り回る? そんなのガーネットもやっていたじゃないか!」
「……え」
私が顔をしかめるとお兄様はフッと笑った。
「追いかけっこはガーネットの好きな遊びの一つだっただろう?」
「好きな……?」
「そしてお前は、『おーほっほっほ! このわたしをつかまえてごらんなさい!』が口癖だった」
「……!」
そう言われると、そんなこともしたようなしていないような……?
「お前の話によると、ギルモア家の面々は方向音痴だそうだが、ガーネットは違う」
「違う?」
「むしろ、お前はウェルズリー家の邸内の見取り図が完璧に頭に入っていて、追いかける役目を担った者たちを嘲笑うかのように翻弄した」
───ほほほ! ここはみぎにいったとおもわせてひだりにいくわよ! こんせきをのこしておかなくちゃ!
(小細工!)
───ほーほっほっほ! わざとへやをあらしてかくらんしましょ!
(荒らし!)
何だかうっすらぼんやりした記憶が甦ってくる……
そうそう。
皆が私の言葉に右往左往してアワアワしているのを見るのが好きで好きで……
煽れるだけ煽りまくったっけ。
「それから? 孫が庭の草木を引っこ抜いていた?」
「ええ。それも横で植えているそばからよ! やんちゃでしょう?」
「……」
お兄様が考え込む。
「ガーネットが赤ん坊の頃だったか」
「……?」
「バブバブしていたガーネットは父上に抱かれて共に庭の探索に行った」
「ふーん?」
「父上は自慢の花をお前に見せるつもりだったのだろう」
今のジョシュアやアイラみたいね。
私も同じようなことをされて育っていたのね?
「しかし、だ。その後、何故か一人で屋敷に戻ってきた父上は真っ青でこの世の終わりのような顔をしていた」
「は? ベビーの私を置いて一人戻った?」
あのちょび髭お父様! 何してるのよ!
今すぐお父様の元に文句をいいつけに行きたくなった。
「ガーネットが! ガーネットがぁぁ! と、震えていた父上はずっとガーネットの名を繰り返すばかり」
「……?」
「ガーネットに何かあったのかと皆で慌てて庭に向かった」
「向かったら……?」
お兄様はフッと笑った。
「ガーネットは、ウキャッキャと楽しそうに笑いながら、庭の草花を大量に引っこ抜いていた」
「……なによ、お兄様。それならやってることはアイラと大して変わらないわよ?」
なんだと呆れる。
それは当事者としては大変な気持ちでしょうけど、
少々、好奇心溢れるベビーなら誰もが通る道なのではなくって?
そう思った私は鼻で笑った。
しかし、お兄様が首を横に振る。
そして、その顔が妙に暗い。
「…………いや、ガーネット。お前が満面の笑顔で荒らしていた草花は、父上が大金をはたいてようやく手に入れた希少種の草花ばかりだったんだ」
「え?」
(希少種?)
「お前はどこでも誰でも手に入る草花には全く一切目もくれず、父上が必死にかき集めた自慢のコレクション……希少価値の高い物“だけ”を狙って引っこ抜いて根絶やしにしていったんだ!」
「えっと……」
「慌てて止めようとしたが、ガーネットは手も止めずにニコッとした顔で『おっおっお!』と繰り返し笑うばかり……」
(な、なんてこと……!)
ニコッ! は、まるでジョシュア。
おっおっお! は、アイラの笑い方だわ……!
「おそらく、ガーネットはあの草花が欲しかったのだろうな」
「……」
「だが結局、父上自慢のお気に入りの庭はガーネットの手により全滅した」
「……」
「嘆く父上の横でお前はとびっきりで最高の笑顔を浮かべていた」
「……」
「そんな感じでガーネットは───何をやらかす時も“ニコッ”…………とにかく無敵の笑顔を浮かべるんだ」
(ジョシュア……)
ジョシュアのニパッとした笑顔が頭に浮かぶ。
あのニパッは突然変異でも何でもなく……元を辿れば私……
「そうだ。ガーネットは父上の背中を踏むのも大好きで……」
「んぇ!?」
思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。
ジョルジュが聞いたら目を輝かせて喜びそうな話まで飛び出してきた。
居ないわよね!?
部屋の隅に実は潜んでいたりしないわよね!?
ついついキョロキョロしてしまった。
「ふ、踏むですって!?」
「そうだ。ガーネットは赤ん坊の頃から父上の背中の上で暴れ回るのが大好きだった」
「あ……暴れる」
踏むだけでなくなんと暴れる!
ジョルジュが知ったら目を輝かせて頼み込んで来る可能性が高い。
「そうだ。ニコニコ笑顔で、きゃーはっはっはっ、お~ほっほっほ! と、いつも高らかな笑い声をあげながら父上の背中や腰を楽しそうに踏みつけたり飛び跳ねたり……」
(えぇええ!?)
だから、あの時酔っ払った私はなんの躊躇いもなくジョルジュの背中を踏めたの……?
「それから───」
「まだあるの!?」
お兄様による幼少期のエピソードが更に語られていった……
────
「……」
私は頭を押さえる。
どのエピソードも聞けば聞くほどベビーの頃の私の姿は現在のジョシュアとアイラのしている行動に近い。
「ああ、ガーネットが体当りして割れた壺や花瓶も高級品ものばかりだったと父上は泣いていたな」
「ホホホ……なんでよ」
(まさかの体当たりまで……ジョエル!)
「赤ん坊の頃からガーネットの目は肥えていたからだ」
「え?」
お兄様がハハハと笑う。
「ガーネット一歳の誕生日。父上はガーネットに宝石を買うことにした」
「一歳の私に?」
「もうすでに我が家の高級品ばかりを付け狙う赤ん坊だったから、父上はガーネットはキラキラした値段の高い物が好きなんだと解釈していた」
「……なるほどね」
私はふんぞり返って足を組み直す。
(まあ、嫌いではなくってよ!)
「しかし、その為に呼びつけた馴染みの商人がいつの間にか詐欺の片棒を担ぐようになっていて、父上を騙して偽物の宝石を売りつけようと画策していたんだよ」
「まあ!」
「かなり精巧で本物そっくりに作られた宝石で偽物だなんて誰も気付かなかった。父上はその場でお前に“どうだ、ガーネット? 本物は美しいだろう? 気に入ったか?”とその宝石を見せた」
「……」
「それがあっさり偽物だと見抜いたガーネットは、クスッと鼻で笑って小馬鹿にして見向きもしなかったらしい」
ホーホッホッホッ! さすが私!
一歳の頃から目利きがすでに完璧じゃないの!
「ガーネットの反応で商人を怪しんだ父上はそ問い詰め最終的には洗いざらい吐かせていたな。もちろん詐欺師集団もそのまま捕まった」
「ホホホ、悪いことは出来ないわね?」
「お手柄一歳児の噂はあっという間に広がり、我が家には常に最高品質のものばかりが届けられるようになった」
なるほど。
実家が常に高級品で溢れかえっていたのは、
金があるから……だけでなくそういうことが裏にあったのね。
「まあ、そんなわけでガーネットの血を引いた孫なら、そんなものだろう。方向音痴が付いて面倒になった感は否めないが」
「……お兄様。これから二人が成長して幼少期に突入したらどうなると思う?」
「それは────……」
私のそんな質問にお兄様はとてもいい笑顔でたった一言、
「頑張れ」
とだけ言った。
❋❋❋❋❋❋
別の世界線(他作品)では、
出来たばかりの誘拐組織を5分で壊滅させた幼女(当時五歳)がいます。
そろそろ、続き書きたいな……
色んな意味で強い子が好きです。
820
お気に入りに追加
2,947
あなたにおすすめの小説

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

妹が私こそ当主にふさわしいと言うので、婚約者を譲って、これからは自由に生きようと思います。
雲丹はち
恋愛
「ねえ、お父さま。お姉さまより私の方が伯爵家を継ぐのにふさわしいと思うの」
妹シエラが突然、食卓の席でそんなことを言い出した。
今まで家のため、亡くなった母のためと思い耐えてきたけれど、それももう限界だ。
私、クローディア・バローは自分のために新しい人生を切り拓こうと思います。

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。
鍋
恋愛
男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。
実家を出てやっと手に入れた静かな日々。
そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。
※このお話は極端なざまぁは無いです。
※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。
※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。
※SSから短編になりました。

結婚が決まったそうです
ざっく
恋愛
お茶会で、「結婚が決まったそうですわね」と話しかけられて、全く身に覚えがないながらに、にっこりと笑ってごまかした。
文句を言うために父に会いに行った先で、婚約者……?な人に会う。

ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる