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103. 天使たちの暴走
しおりを挟む「奥様!」
「奥様、助けてください!」
「あうあ!」
「奥様! どうか我々に助言を……!」
(くっ……)
詰め寄ってくる使用人たち。(+ジョシュア)
追い詰められた私は声を張り上げる。
「~~っ! アイラの動きの予測は私にも無理よ! だから、全員手分けして全ての棟に向かいなさい! それしかアイラを捕まえる方法はないわ!」
「「「はぁい!」」」
「あうあ!」
私のかけ声にギルモア家の使用人たちが一斉に走り出す。
「──はっ! ジョシュア!! あなたはダメよ! お待ちなさい!」
「あうあ!」
そのどさくさに紛れてジョシュアも駆け出そうとしていたので慌てて捕まえる。
「あうあ! あうあ!」
私に首根っこを掴まれたジョシュアがパタパタと暴れる。
そして私に必死に訴えて来た。
「あ? なんですって? 止めないで! ボクもアイラが心配なので一緒に探すです?」
「あうあ!」
「兄として可愛い妹のことは放っておけません、だから行くのです……ですって?」
「あうあ!」
ニパッ!
ジョシュアは許可を求めて可愛く笑ったけど、もちろん許可など出来ない。
「ダメ! そうしたら今度はジョシュアが迷子になるでしょう!」
アイラの場合は方向音痴故の迷子なのか、ただ無邪気に追いかけっこを楽しんで遊んでいるだけなのかは、いまいち判断つかない。
けど、ジョシュアはダメだ。
この子は正真正銘、本物の方向音痴だ。
「あうあ! あうあ!」
「あぁん? 心外です? ボクは方向音痴などではありませんんん? おじーさまと、おとーさまと一緒にしないで下さいぃぃい!? 嘘おっしゃい! どの口が言ってるの!」
「あうあ!」
ニパッ!
「もちろんボクのこの小さなお口です! って、そういう意味じゃないわよ!?」
「あうあ!」
興奮していた私は、あうあ語の通訳不要になっていたことにすら気付かず、その後もごく自然にジョシュアとの言い争いを続けながらアイラの搜索を行った。
…………ォ~ォッォッォ!
(はっ! これはアイラの高笑い!)
「あうあ!」
「ええ、ジョシュアにも聞こえたようね?」
「あうあ!」
そんな中、風に乗ってアイラの高笑いが聞こえてきた。
ジョシュアも反応を示した。
私は抱っこしていたジョシュアを一旦、床に降ろして手を繋いだまま考える。
「……」
(風の向きから推測すると今は南棟に居るようね……でもまたそこからすぐに移動することを考えて……今から行くなら───建物の配置的にも西!)
頭の中で屋敷の見取り図を思い出し私は西棟にアタリをつけた。
「ジョシュア! 私、アイラは次は西棟に行くと思うの。どう思う?」
「あうあ!」
ニパッと笑ってコクリと頷いたジョシュア。
(さすが、おばーさまです! ね。ふふふ)
褒められて気を良くした私はジョシュアの手をギュッと強く握りしめる。
そして微笑み合う。
「───さあ、ジョシュア。先回りして西棟に向かってアイラを確保するわよ!」
「あうあ!」
グンッ!
(んあ!?)
何故か引っ張られて上手く前に進めなかったので何事かと振り返ると、ジョシュアが見事に反対方向───東棟の方向に向かおうとしていた。
手を繋いだままお互い見事に逆方向に向かおうとしたのだから前に進めなくて当然だった。
(こっの、ミニジョルジューーーー!)
「…………ジョシュア」
「あうあ!」
私と目が合ってニパッと笑うジョシュア。
「~~逆なのよ! ───西棟はこっち!」
「あうあ~~」
私はジョシュアをズルズル引きずる勢いで西棟に向かった。
───その後。
「……ぅぁ、ぅぁ」
私たちは西棟の別の物置部屋を荒らしている最中のアイラを無事に発見。
そして腕の中に抱えて確保。
「ホーホッホッホッ! 見つけたわよ、アイラ!」
「ぁ、ぅ……??」
「ホホホ、なんであなたは行く先々で部屋を荒らしていくの? 犯行声明か何かかしら!?」
「…………ぅ?」
───え? それの何が問題なんですの?
手足をパタパタさせてそう言わんばかりの顔を私に向けてくるアイラ。
どう考えても問題ありまくりよ!
「いいこと? 物置部屋に向かうことはね別にいいのよ、だってそれはギルモア家の血───こうなることは既に分かっていたことだから」
「ぅぁ」
「でもね? ジョエルもジョシュアもお気に入りの物置部屋の前まで到着するとその場に留まってくれていたの……」
「ぅぁ」
「それなのにアイラ! なんで、あなたは泥棒のように物置部屋を荒らすだけ荒らして、さっさとすぐに次の物置部屋へと移動しちゃうわけ!?」
「ぅぁ」
「やんちゃにも程があるわよ?」
「ぅぁ」
「そして、あなたのその素早さと行動力はいったい誰に似たわけ!?」
「……」
(ん?)
私が勢いよく問い詰めている間ずっと“ぅぁぅぁ”言っていたアイラが最後だけ急にスンッと黙り込んだ。
何かしら?
怪訝に思ってアイラを床に降ろす。
「アイラ?」
「……」
「どうかした?」
「……」
「っ!」
「……」
床にお座りしたアイラがじぃぃっと無言で私の目を見つめてくる。
───誰に似た? そんなの決まっていますわ。
「え、え、待って? あなたのその圧のこもった目……ま、まさかと思うけど、私に似たとか言……」
「……」
「ちょっと! アイ……」
「……」
その瞬間、アイラが口元を緩めてニヤリと笑った。
(───!!)
そして、
「────オ~ッオッオッオ!」
「え? アイラーーーー!?」
今まで一番元気なアイラの高笑い。
私が呆気に取られている間にお座りしていたアイラはそのまま体勢を変えて、勢いよく四つん這いになると再び元気よく逃走した。
「あうあ~!」
「え? ちょっ……ジョシュアまでーーーー!?」
そして同時に私の隙をついたジョシュアも元気いっぱいに笑ってアイラとは逆方向に走り出した。
「……ガーネット。俺と結婚して何十年。子が出来、孫が出来ていても美しく気高く、昔と見た目が全く変わらず若々しい君にこんなことを告げるのは酷だが───」
「……」
「もう少し年齢を考えろ。身体は正直だ」
「……ジョルジュ」
ジョシュアとアイラ。
元気の塊のような暴走天使のベビーをそれぞれ捕獲すべく、全力の追いかけっこを繰り広げた私。
その夜、全身の筋肉痛と腰痛に苦しんでいる。
(動けない……)
ちなみに暴走天使ベビーな二人は、あれだけ邸内を駆けずり回ったくせに、疲れた顔一つ見せずにピンピンしていて、捕獲後はよく食べ、ジョシュアはキャッキャとよく笑い、そしてコテンと眠った。
今はいい子でスヤスヤ安眠中。
(寝顔はただの天使……)
一方、動けなくなった私の身体と腰はジョルジュが労り擦ってくれている。
「そうね…………悔しいけど、今日ほど自分の年齢を実感したことはないわ……」
「しかし、二人とも、あのジョエルの子とは思えない程、行動力が溢れまくっているな。なぜだ?」
私の腰を擦りながらジョルジュが不思議そうに首を捻った。
「それねぇ…………アイラ曰く……私に似たんですって」
「……!」
何故かそこで息を呑んだあと、スンッと黙りになるジョルジュ。
「……」
「……」
私は顔だけ上げてニコッとジョルジュに微笑む。
「!」
「ねぇ、あなた? そこはそんなことないぞ! と言うところではなくって?」
「……っっ」
「───あ・な・た?」
更にフフッと笑みを深める。
「ハ、ハハハ! ソウダナ、ガーネット! ソンナコトハナイトオレハオモウゾ!」
「ホホホ! とっても素敵な棒読みだこと!」
「……くっ」
ジョルジュが気まずそうに目を逸らした。
「……まあ、いいわ。ベビー二人はこれからがやんちゃざかり。こんな序盤でこの私がへこたれているわけにはいかなくってよ!」
「ガーネット……」
「だから、私ももっともっと鍛えなくちゃいけないわね! 私に付き合いなさい、ジョルジュ!」
私はうつ伏せになったまま拳を強くギュッと握りしめる。
そう───
(天然フワフワ笑顔を発揮して令嬢たちをたらし込むやべぇ男や、見た目とのギャップ萌えで令息たちを手玉に取るやべぇ女王様にするわけにはいかないのよ!)
───ニパッ! あうあ!
───ォーッォッォッォ!
「……くっ」
ちょっともう何だかすでに手遅れの予感がしたけれど、私は新たに強くそう決意した。
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