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101. 素敵なレディーへ
しおりを挟むセアラさんがアワアワしながら私とアイラの顔を交互に見ながら言う。
「こ、声はとてもか細いですけれど……“う”と“あう”もありました!」
「ええ、セアラさん。私も聞いたわ……」
私も頷き返す。
そして思った。
(───まるで、ギルモア家の集大成のような子)
「そして、そんなアイラのお顔は───無表情です!」
「ええ、セアラさん。この“無”な感じはまさにベビージョエルの時とそっくりよ!」
「ジョエル様と!」
その言葉にハッとしたセアラさんは口元を押さえて身体を震わせる。
そして、優しく微笑むとそっとアイラの頭を撫でた。
「そうなんですね? 無表情ベビーと言われ続けたジョエル様はこんな感じ……だった」
「ぅぁ」
アイラは表情を変えずに小さく言葉を発する。
その目は真っ直ぐセアラさんを見ていた。
「───と、いうことは……アイラはジョエル様に似たのかしら?」
「あうあ!」
「ジョシュア?」
と、ここでニパッと元気いっぱいに笑ったジョシュアが頭をグイグイ突き出している。
セアラさんは目を丸くしてジョシュアを見つめ返す。
「あうあ!」
「あ! これは、もしかしてジョシュアも頭を撫でて欲しいの?」
「あうあ!」
ニパッ!
「もう! ジョシュアったら。ふふ」
「あうあ!」
ニパッ!
もう一度可愛く笑ったジョシュアの頭をセアラさんが手を伸ばして優しく撫でる。
「あうあ!」
「…………ぅぁ」
無表情ながらもアイラもどことなく嬉しそう。
(これは……)
セアラさんがベビー二人の頭を撫でている光景を傍らで眺めながら私は考えた。
(ホーホッホッホッ! 私の腕の見せどころね!)
ジョシュアは生まれながらのニッコニコベビーだったけれど、とうやらアイラはジョエル似……
───つまり!
ジョシュアで断念した私の“野望”が……!
(ホホ……ホホホ!)
ニヤリと笑った私はアイラに向かって宣言する。
「────アイラ!」
「…………ぅ?」
「お義母様?」
「あうあ!」
三人かキョトンとした顔を私に向ける。
「安心なさい! あなたはこの私が将来、皆を圧倒するほどの素敵なレディーへと成長させてあげるわ!」
「………………ぅぁ?」
私とアイラの目がばっちり合う。
「……」
「……」
「……」
「…………ぅぁ」
「!」
長い沈黙の後、アイラは確かにそう返事をした。
───お願いします、おばーさま。
(不思議ね……)
ジョエルの「う」とジョシュアの「あうあ」はさっぱり分からないのに。
アイラの言葉は何だか分かる気がする……
「お、お義母様? いきなり、どうされたのですか?」
「セアラさん……大丈夫よ。私を信じて?」
「え! あ、はい……?」
私の有無を言わさない圧……もとい、笑顔にセアラさんがコクリと頷く。
「───さあ、アイラ! 私についてらっしゃい!」
「……っ」
「あうあ~~!」
「ちょっとジョシュア! なんで、あなたが返事しているのよ!」
「あうあ!」
何故かジョシュアが満面の笑みでアイラの代わりに元気よく返事をしていた。
…………そして、この時点では天使のように大人しかったアイラ。
しかし、このやり取りこそが、
うたた寝した時の“夢”で見た“あの”アイラへと成長するきっかけとなっていたことに、この時の私は欠片も気付いていなかった────……
─────
それから。
私はアイラを淑女にすべく動き出した。
パンパンッ
私が大きく手を叩くとアイラがこっちに顔と目を向ける。
「…………ぁぅ?」
(くっ……可愛い!)
セアラさんによく似た顔立ちのアイラはとても可愛いらしくてまさに天使!
私は可愛いーーと叫び出したい気持ちを必死に抑えてアイラに話しかける。
「コホンッ────さあ、アイラ! まずは元気な声を出すところから始めるわよ!」
「…………ぅぁ?」
「ホホホ! 相変わらず可愛らしい声だこと!」
「……?」
アイラは目をパチパチさせて私を見つめる。
「いいこと? そのセアラさんによく似た可憐なお顔とその可愛らしいお声はとてもとてもよく合っているのだけれど───」
「……ぅ」
「女の世界というのはね? とてもとても怖いのよ……」
「ぁ、ぅ!?」
アイラの眉がピクリと動いた。
「舐められてはいけないの。なぜなら、あなたはギルモア侯爵家の令嬢なのだから!」
「…………ぅぁ」
「そうよ! 侯爵令嬢なのよ!」
「……!」
パタパタと手足を動かすアイラ。
どうやら、その自覚はあるようね!
「───はい! 元気な声といえばのお手本はこちら! いつでもどこでも元気にニッコニコ。あなたのお兄様、ジョシュアよ!」
「あうあ!」
ニパッ!
両手を上げて万歳したジョシュアがニッコニコの顔でアイラに話しかける。
「あうあ!」
「…………ぁ、ぅぁ?」
一生懸命、何とかジョシュアに言葉を返そうとするアイラ。
「あうあ!」
「……あぅぁ……?」
「あうあ!」
「ぁう、ぁ…………」
「あうあ!」
「……ぁぅあ」
二人はひたすら“あうあ”だけで会話(?)を進めていく。
アイラは一生懸命大きく声を出そうと頑張っている。
「ホホホ! いったい何を語り合ってるのかさっぱり分からないけれどいい感じよ、アイラ! その調子でいくわよ? 次は笑う練習ね、ジョシュア!」
「あうあ!」
ニパッと笑うジョシュア。
「ご覧なさい、アイラ。ジョシュア───あなたのお兄様のこの無敵の笑顔!」
「ぅぁ」
「笑顔は、こうして強力な武器となるのよ!」
「あうあ!」
「…………ぅ、ぅぁ!」
(まだ、声はちっさいけどどうやら、やる気はあるようね!)
フフッと笑った私は高らかに笑う。
「オ~ホッホッホ! アイラ! あなたの将来が楽しみだわ!」
「…………ォ~ォッォッォ?」
(ん?)
今、アイラなりに高笑いをしたような気がする。
私はじっとアイラの顔を見つめる。
「……」
「ねぇ、アイラ? ……あなた今」
「…………ォ~ォッォッォ?」
やっぱりだわ!
私の気分はますます上昇。
「上手じゃないの! そうねぇ……もっと滑らかに……そして、歌うようにしてご覧なさい!」
「オ~ォッォッォ」
「そうよ! さっきより滑らかになったわね。うーん、あとは表情かしら……」
無表情での高笑い。
これはちょっと……見ようによっては怖い。
「あうあ!」
アイラを見守りながら今日もニッコニコな笑顔全開のジョシュア。
なんて対象的な兄と妹。
「アイラ……あなたの表情筋は全てジョシュアに持っていかれちゃったのかもしれないわね」
私はジョシュアを見ながら肩を竦めた。
「…………ぅ」
「仕方がないわね、それならここぞ! という時だけでもいいから頑張って表情筋に仕事をさせなさい」
「ぅぁ!」
「ホホホ、いいお返事! では、今日の復習よ! 何事も復習は大事ですからね! はい! オーホッ…………」
もう一度高らかに笑おうとしたら、横からジョエルがすっ飛んで来た。
その顔はどこか険しい。
「───母上!」
「あら、ジョエル。どうかした?」
「……ぅ、ぁ!」
「っ!」
ジョエルを認識したアイラが嬉しそうに手足をパタパタさせる。
そんな可愛いアイラを見てジョエルの表情が一瞬で崩れた。
「くっ……母上! アイラは天使なんだ!」
「ええ。そうね、特にジョシュアと並んだこの姿は天使が二人よ!」
「!」
クワッとジョエルの目が大きく見開く。
自分の子どもたちの可愛さにやられたのか足元がふらつくジョエル。
私はそんなジョエルの肩をポンッと叩く。
「ホホホ! ジョエル、心配無用よ。天使たちのことはこの私に任せなさい」
「…………母上」
言葉を詰まらせたジョエルの隣で、それまで黙っていたジョルジュが興奮気味に口を開く。
「なあ、ガーネット! 成長したアイラは俺を踏……」
「踏ませないわよ!?」
私はキッと睨みつける。
そして今日も私の愛する夫、ジョルジュはどこまでいってもジョルジュだった。
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