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100. ギルモア家の血筋
しおりを挟むそれは、まだジョルジュとジョエルが朝の置物になっていて、セアラさんとお互いの夫の寝ぐせの数を数えている時だった。
「あうあ!」
「……」
「あうあ!」
「……」
ジョシュアは朝からアイラにべったりで、今日もたくさん話しかけている。
そんなアイラは、ニパッと笑いながら「あうあ!」を連呼する兄のことをじぃぃっと無言で見つめていた。
「セアラさん。私、最近ジョシュアの“あうあ”が全て“アイラ”に聞こえて来るのだけど」
「お義母様もですか? 実は私もです」
私のため息混じりの言葉にクスクス笑いながらセアラさんが頷く。
「でも、ジョエル様曰く、ほとんどがアイラ! って呼びかけているみたいです」
「アイラ……全然、お返事しないものねぇ」
「ジョシュアは気にしてなさそうですけど───」
そう言ったセアラさんの視線がベビーたちに向けられる。
つられて私も二人に視線を向けた。
ニパッ!
「あうあ!」
じぃ……
「……」
ニパッ!
「あうあ!」
じぃ……
「……」
(いや、待って? あれ……案外目で会話してるんじゃ……?)
───アイラ!
───おにーさま!
───アイラ! そろそろ、お腹が空く頃じゃないか?
───いいえ、だいじょーぶですわ
(まさか、ね)
さすがにそれは無いか……と打ち消す。
「……まあ、なんであれ───ここまで無口なら、きっとアイラはジョエル似ね」
私がそう口にしたらセアラさんが少し困った顔をした。
「無口無表情の赤ちゃんの喜怒哀楽はどう読み取るのですか?」
「ジョエルの場合は無表情ながらも眉毛がピクッと動いていたりしたわね、ジョルジュが言うには唯一の言葉“う”にもバリエーションがあったそうだけど……」
「“う”にバリエーション……ですか」
よくよく思い出せば、喜怒哀楽の全てがニパッと笑って応えているようにしか見えない、
“あうあ!”
のジョシュアより、ジョエルはもう少し抑揚があったような気も……
「あうあ!」
「……」
「あうあ!」
「……」
なんであれベビー二人の戯れが可愛いことに変わりはない。
そんな呑気に和んでいたら、ジョシュアが急に立ち上がってパタパタと凄い勢いでこっちに駆け寄って来た。
私とセアラさんは顔を見合わせる。
「あうあ! あうあ!」
「え? どうしたの、ジョシュア?」
「あうあ!」
ニパッと笑いながら、ジョシュアが身振り手振りで何かを訴えてくる。
通訳係のジョルジュとジョエルはまだ置物のまま。
「くっ! こんな時もまだ置物だなんて!」
「覚醒までまだ時間がありますね……」
時計を見上げたセアラさんがそう呟いた。
「仕方がないわ、セアラさん。頑張ってジョシュアの“あうあ”を解読するわよ!」
「はい! お義母様!」
私はしゃがんでジョシュアに目線を合わせた。
そして肩をガシッと掴んで訊ねる。
「ジョシュア、どうしたの?」
「あうあ!」
ニパッ!
可愛い笑顔で応えるジョシュア。
「……」
「あうあ!」
「……えっと、アイラ?」
「あうあ!」
コクンと頷くジョシュア。
「!」
(当たった!)
当たったけれど喜んでいる場合ではない。
最近のジョシュアが口にしているほとんどが“アイラ”なのだから。
「えっと……アイラに何かあったの?」
「あうあ! あうあ! あうあ!」
ニパッ! ニパッ! ニパッ!
ジョシュアは両手を広げて満面の笑顔。
「───うん、無理。何を言っているかはさっぱり不明ね!」
「あうあ!」
「……ジョシュア。あなた、お願いだからそろそろ笑顔以外の表情を身につけて、せめて誰にでも喜怒哀楽くらいは分かるようになさい?」
「あうあ!」
ニパッとジョシュアはまた笑った。
絶対分かってない!
「───アイラ!」
とりあえず、ジョシュアの訴えがアイラに関することらしいので私とセアラさんは慌ててアイラの傍に向かう。
そして、呼びかけてみた。
「アイラ!」
「……」
名前を呼ばれたアイラは、ぱっちりした目で私たちをじぃぃっと見つめてくる。
(この様子……別に何か異変があったようではないわね?)
ひとまずそのことに安堵する。
「アイラ? ジョシュアが何か訴えて来たの。どうかしたの?」
「……」
セアラさんの呼びかけにも、やっぱり、じぃぃっと見つめ返してくるだけのアイラ。
顔色も悪くないし、見たところはいつもと変わった様子はない。
「うーん? ジョシュア? あなたはいったい私たちにアイラの何を訴えて来たの?」
「あうあ!」
セアラさんがジョシュアに訊ねると、ニコッと笑ったジョシュアはアイラのことを指した。
その時───……
「…………ぅぁ」
(───ん?)
聞きなれないか細いその声に私とセアラさんが揃ってアイラの顔を見つめる。
私たちと目が合ったアイラは───
「………………ぅぁ?」
「セアラさん! アイラが!」
「今の! 本当にアイラが喋ったの!?」
「………………ぅぁ」
凄く凄く凄く小さな声だけど、確かにアイラの口元から発せられていた。
「ジョシュア……もしかして、アイラが喋ったよ! と教えに走って来てくれたの?」
「あうあ!」
セアラさんの言葉にニパッと笑って頷くジョシュア。
その顔を見たセアラさんが嬉しそうに笑う。
「ふふ、そうだったのね? それで、アイラは……」
「ぅぁ」
セアラさんと目が合ったアイラが答えた。
けれど、ジョシュアみたいなにこやかな笑顔は無かったので、アイラの姿はジョエルを彷彿とさせる。
「なるほど、アイラは“うあ”なのね? やっぱり、“あ”か“う”の組み合わせなのね──……?」
クスッとセアラさんが苦笑する。
祖父が「あう」
父親が「う」
兄が「あうあ」
やはり、ギルモア家の血筋の言語は“あ”と“う”で構成されるようね。
内心で私も納得した時だった。
「…………ぅ」
(ん?)
聞こえてきたその声に私は自分の耳を疑った。
「え? “う?” アイラは一つじゃないの?」
「………………ぁぅ」
「え? “あう”も!?」
「……ぅぁ」
セアラさんもびっくりしている。
(な、何ですってーーーー!?)
「───お、お、お義母様!」
「セアラさん……!」
よくよく考えれば、一般的にはこれが普通のベビーの反応のはずなのに、
アイラのまさかの複数語に衝撃を受けた私とセアラさんの目が合った。
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