102 / 119
99. 未来予想図
しおりを挟むギルモア家に誕生したお姫様、アイラは日々スクスク成長していった。
やはり、というか滅多に泣かないし手のかからない子。そこはジョエルの頃から共通している。
「セアラ! 見てくれ。アイラのこの目元、鼻筋、口元……どこをどう切り取ってもセアラによく似ている!」
「……言い過ぎですよ、ジョエル様」
無口無表情のジョエルが娘の前では表情筋を生き返らせてデレデレしている。
その横ではセアラさんが苦笑していた。
「赤ん坊だったセアラもこのように愛らしかったのだろうな」
「……ジョエル様、まだ寝ぼけてます?」
「ああ、困ったな。将来、アイラを嫁に出すのが辛い……」
「……気が早すぎますよ、ジョエル様」
(やっばり親バカになったわね……そして、こちらも───)
私はチラッとジョシュアに目を向ける。
「あうあ!」
「……」
ニパッ!
転がっているアイラの傍らでは、ジョシュアがニパッと笑いかけている。
「あうあ!」
「……」
「あうあ!」
「……」
「あうあ!」
「……」
ジョシュアはアイラが起きている時間は毎日こうして張りついては何かしら語りかけるのが日課。
(でも、まだ、アイラは喋らないのよねぇ……)
ジョエルの「う」や、ジョシュアの「あうあ」みたいに、そろそろ何かを発してもいい頃。
あう、う、あうあ……と来れば次は何かと期待している私がいる。
(今度こそ、通訳してみせるわよーー!)
「────今日も微笑ましい光景だな」
「そうね」
ジョシュアとアイラに視線を向けたジョルジュの言葉に同意して私も微笑む。
「ねえ? ジョシュアはアイラに何て言ってるの?」
「ん? アイラ! とひたすら名前を呼んだり、今日もアイラは可愛くて天使です、今日は天気が良いですよ、早く一緒に散歩したいです、とかだな」
「散歩……ホホホ! 兄妹、仲良く遭難して迷子になる姿が想像出来るわね……」
想像したら、引き攣った笑いしか出て来ない。
「あうあ!」
「……」
「あうあ!」
ニパッ! ニパッ!
(でも、ベビー二人が寄り添っている姿は見ていてとても可愛いわ……)
そんな和やかな光景を眺めていたら急に眠気に襲われた。
「……ん……何だか眠……」
「ガーネット?」
「……」
「おい?」
そのまま、眠りの世界に誘われた私は夢を見た。
まだまだ、ベビーのジョシュアとアイラの夢。
だけど、夢の中の二人は成長し年頃を迎えていて──────……
『ジョ、ジョシュア様!』
『?』
“ジョシュア”と呼ばれて振り返った男性は、ジョルジュとジョエルによく似た美男子。
そんな彼の前に顔を真っ赤にした可愛らしいご令嬢がいる。
『か、観劇に行きませんか……!』
『観劇?』
『ら、来週までの上演の、で……そ、その、良かったら一緒に……』
『いいよ!』
ニパッとジョシュアはベビーの頃と変わらない笑顔を見せて頷いた。
『ほ、ほほほほほほ本当ですか!?』
『うん』
顔を真っ赤にしたご令嬢は今にも飛び跳ねそうなくらい喜んでいる。
そんな彼女を見てジョシュアは微笑んだ。
『今、有名になってるやつだよね?』
『そそそそうですぅ!』
ニコッ
ジョシュアは更に甘く微笑む。
『お誘いありがとう、楽しみにしているね?』
『は、は、ははははいぃぃっっ!』
『それじゃ、来週』
爽やかに去っていくジョシュア。
一方、勇気を振り絞ってお誘いしたご令嬢はその場で腰が抜けたのか立てなくなってしまっていた。
(───すっごい、破壊力……!)
ジョルジュとジョエルのあの顔で微笑むとこんなことになってしまうの!?
と、驚かされた。
(でも、ご令嬢に冷たい態度も取らず笑顔で対応……)
これは、なかなか良い男に育ってる?
────なんて思った私が甘かった。
その観劇とやらの当日。
『ジョシュア様! こ、これはどういうことですの!?』
『な、なぜ……』
『こんなの、き、聞いてません!』
『?』
劇場の前にはお年頃のご令嬢の集団。
ジョシュアはその令嬢たちを前にしてキョトンと不思議な顔をしている。
『な、なぜ! この場に私以外のおん……ご令嬢までいるのです!』
『え?』
『どういうおつもりですか!』
『あれ?』
令嬢の集団に問い詰められたジョシュアは首を捻る。
『えっと? あれ? 皆さんが次から次へと同じ日を指定して僕を誘いに来てくれたから……』
ジョシュアの言葉にハッとした令嬢たちがジョシュアから見えない影で互いに睨み合う。
──あんた! なに、抜けがけしてんのよ!
──あぁん? それはそっちでしょ!
──一番初めに誘ったのは私よ!
──嘘おっしゃい! この私ですわ!
みたいなバッチバチの火花が飛び散っている。
そんなバッチバチのに燃え上がっている火花に気付かないジョシュア。
しゅんっと落ち込んだ子犬みたいな顔で令嬢たちに言った。
『皆で行こうってお誘いだと思ったんだけど……ち、違った……?』
令嬢たちがハッと息を呑む。
子犬ジョシュアの様子を見た令嬢たちは顔を真っ赤にして震えだした。
ある者は顔を押さえて天を仰ぎ、地面に崩れ、ある者は両手で鼻を押さえている。
その隙間から赤いものがチラリ……
『ごめん……』
肩を落としてガックリと項垂れるジョシュアに令嬢たちが詰め寄った。
『ジョシュア様! えっと、そ、そうなのです!』
『ここここれは、わたくしたち皆で行きましょうと声をかけ合いましたの! ね! 皆様!』
『え、ええ! ちょっと手違いで皆がジョシュア様に声をかけてしまったようです…………!』
『今日は皆で仲良く……ですわよ!』
ジョシュアはポカンとした顔で令嬢たちを見つめる。
『ほ、本当に?』
コクコクコクコク……!!
すごい勢いで力強く頷く令嬢たち。
その様子を見てジョシュアは、ニパッと嬉しそうに笑った。
『良かったぁ……』
その屈託のない笑顔に集まった令嬢たちは、その場で鼻血を噴いて撃沈した。
(ジョシュアーーーー! 何やってんのーーーー!?)
───と、ここで場面は変わる。
今度はどこかの屋敷で開かれているパーティー。
だけど、何だか様子がおかしい。
ダンスタイムの様子なのに、
何やらダンスそっちのけで令息の集団が輪が出来ている。
(誰かを囲んでいる……?)
『───アイラ様! 今日こそは俺と一曲!』
『……』
『いえ! アイラ様、僕と!』
『……』
(え……アイラ? アイラってまさか……)
令息の集団に囲まれているのは、一人の令嬢。
私はその令嬢の顔を見て息を呑んだ。
(───セアラさん! セアラさんそっくりーー!)
輪の中心には、可愛い義娘によく似たこれまた可愛らしい雰囲気の女性がいた。
これは、間違いなく二人目の孫、アイラ……!
そんなアイラを取り囲む男性たち。
細かい状況はよく分からないけれど、どうやらアイラはダンスに誘われている。
(モテモテ……モテモテなのねーーーー!?)
そんな中、輪の中の男性の一人がアイラ何かを差し出した。
『アイラ様! どうぞ、本日の一押しジュースです。飲んだら私と踊りましょう』
『……』
『ああ、お前ずるいぞ! アイラ様! それよりこちらのジュースの方が甘くて美味しいですよ! その後はぜひ僕と!』
『……』
『ふははは! お前たちアイラ様の最近のお気に入りは果実水だ! ジュースではない!』
『……』
『さあ、どうぞアイラ様。そして飲み終えたら俺と一曲!』
『……』
(……あ?)
男性たちは必死にアイラに向かってジュースだの果実水だのをせっせと貢ごうとしている。
(何してんの?)
『……』
そしてそれまで無言だったアイラが顔を上げて何かを言いかけた、その時。
『はいはーい、君たち。僕の可愛い妹に声をかけるのはそこまでだよ~』
パンパンと手を叩きながら満面の笑み浮かべた令息が向こうからやって来る。
その男は───ジョシュア!
どこからどう見てもジョシュア!
ニパッ!
ジョシュアはお得意の笑顔を浮かべている。
『くっ! 出た! ギルモア侯爵令息……!』
『アイラ様、最強のボディーガード……』
『天然フワフワ笑顔で我らにとんでもない圧をかけながら、いつでもどこでもやって来て女王を護る兄騎士!』
(……ん?)
何だか今、変な言葉が聞こえた。
じょ、女王……?
『ん? 君たち、何か言ったかな?』
ニコッ!
ジョシュアが令息たちに向かって優しく微笑む。
『い、いえ、何でもございません!』
『失礼しますーー!!』
『───アイラ様! 次! 次こそは私とダンスを……!』
バタバタと逃げていく令息たち。
そんな逃げ帰る令息たちの声が私の耳に聞こえてきた。
『うぅ……今日もダメだった……』
『飲み物を貢いで、アイラ様の機嫌の良い時だけ聞ける特権、“高笑い”が聞きたかったのに』
『いや、“女王の微笑み”も捨て難い!』
『あのフワフワした見た目の可愛い雰囲気から繰り出される女王モードは癖になる……』
『アイラ様の高笑いと一気にグビッといく飲みっぷりは最高さ! 中身はジュースだけど』
何だかものすごく聞き捨てならない言葉が飛び交っていた。
(アイラーーーー! あなたどんな子に成長してるのーーーー!?)
──────
───……
「────はうあッ!?」
パチッと目を覚ました私は勢いよく起き上がる。
そしてキョロキョロと辺りを見回す。
どう見ても見慣れた我が家の部屋。
「え……ゆ、夢? 夢よね……」
「───ん? 起きたのか、ガーネット?」
ジョルジュがそっと私の顔を覗き込む。
どうやら私はジョルジュにもたれかかってうたた寝していたらしい。
「ジョルジュ! ジョシュアとアイラは!?」
「ガーネット?」
私はそのままジョルジュにグイッと詰め寄った。
「二人はまだ、無垢なベビーのままよね!? 天然フワフワ笑顔を発揮して令嬢たちをたらし込むやべぇ男や、見た目とのギャップ萌えで令息たちを手玉に取るやべぇ女王様になってないわよね!?」
「や、やべ……え? な、何の話だ!? ジョシュアとアイラならそこで和やかに会話してるぞ?」
「……」
ジョルジュに言われた方向に顔を向ける。
「あうあ!」
「……」
「あうあ!」
「……」
(良かった! 二人ともまだベビーだわ! あれは夢!)
その光景にホッと胸を撫で下ろす。
うたた寝する前と変わらない様子の微笑ましいジョシュアとアイラ。
「あうあ!」
「……」
でも、
───天然フワフワ笑顔で我らにとんでもない圧をかけながら、いつでもどこでもやって来て女王を護る兄騎士!
あの夢の中で言われていた言葉が頭の中で甦る。
(ジョシュア……)
あの子はなる。
絶対になる!
そんな予感しかない。
そして、アイラ。
夢の中でも現実でもまだあの子、一言も喋っていない。
思わず私は頭を押さえた。
(高笑いに女王様? ……まさか、ねぇ)
それから。
そんな謎に満ちたアイラにもようやく喜怒哀楽を現す時がやって来た。
927
お気に入りに追加
2,947
あなたにおすすめの小説

妹が私こそ当主にふさわしいと言うので、婚約者を譲って、これからは自由に生きようと思います。
雲丹はち
恋愛
「ねえ、お父さま。お姉さまより私の方が伯爵家を継ぐのにふさわしいと思うの」
妹シエラが突然、食卓の席でそんなことを言い出した。
今まで家のため、亡くなった母のためと思い耐えてきたけれど、それももう限界だ。
私、クローディア・バローは自分のために新しい人生を切り拓こうと思います。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王太子妃候補、のち……
ざっく
恋愛
王太子妃候補として三年間学んできたが、決定されるその日に、王太子本人からそのつもりはないと拒否されてしまう。王太子妃になれなければ、嫁き遅れとなってしまうシーラは言ったーーー。

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。
鍋
恋愛
男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。
実家を出てやっと手に入れた静かな日々。
そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。
※このお話は極端なざまぁは無いです。
※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。
※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。
※SSから短編になりました。

皆さん、覚悟してくださいね?
柚木ゆず
恋愛
わたしをイジメて、泣く姿を愉しんでいた皆さんへ。
さきほど偶然前世の記憶が蘇り、何もできずに怯えているわたしは居なくなったんですよ。
……覚悟してね? これから『あたし』がたっぷり、お礼をさせてもらうから。
※体調不良の影響でお返事ができないため、日曜日ごろ(24日ごろ)まで感想欄を閉じております。

結婚が決まったそうです
ざっく
恋愛
お茶会で、「結婚が決まったそうですわね」と話しかけられて、全く身に覚えがないながらに、にっこりと笑ってごまかした。
文句を言うために父に会いに行った先で、婚約者……?な人に会う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる