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97. 幸せな家族
しおりを挟むふわぁ……
「ん~……飲み過ぎたわ」
その日、朝食の席であくびと共に、二日酔いの頭を押さえていると入口から元気な声が聞こえて来た。
(この元気な声は……)
「あうあ!」
「お義母様、おはようございます!」
「あら、おはよう」
「あうあ!」
セアラさんと手を繋いでトテトテ歩いてやって来たジョシュア。
今朝も元気いっぱいでニパッと満面の笑顔を振り撒いている。
「ホホホ、今日も元気に二人は置物中よ!」
「あうあ!」
私の声でセアラさんの手を離して駆け出したジョシュアは、ジョエルの身体によじ登る。
そして膝の上にちょこんと収まった。
「あうあ!」
最近、この場所がジョシュアのお気に入りらしい。
「あうあ!」
ニパッ!
ご機嫌なジョシュアはそのまま朝食を要求した。
「あらあら……今朝も見事にすっぽり収まって……」
「ふふ、こうして見るとジョエル様とジョシュアは本当に見た目はそっくりですよね」
「見た目……はね?」
私たちは、クスクス笑ってその光景を見守る。
ジョシュアはずっと置物ジョエルに「あうあ!」と話しかけ続けている。
(ふふふ。そしてこの後の何が面白いって……)
覚醒したジョエルは、目が覚めた時に自分の膝の上に息子がちょこんと座っていても一切動じずに無言でジョシュアの頭を撫でるとそのまま淡々と自分の朝食を開始する。
「ジョシュアのこの行動に慣れた今なら動じないのも分かるけど、ジョエル……最初から一切動じていなかったわよね」
「さすが、ジョエル様です」
普通、目が覚めた時に我が子が膝の上にいてキャッキャキャッキャ笑っていたら驚くと思うのだけど……
さすが表情筋がほぼ死滅した息子、ジョエル。
こんなことじゃあの子は驚かない。
「あうあ! あうあ!」
ニパッ! ニパッ!
「ホホホ、今日もとっても可愛いけれど二日酔いの頭にジョシュアの元気な声が響くわぁ……」
「大丈夫ですか? そういえば最近、お義母様は二日酔いが多いですね?」
「そうなのよ……」
私はうーんと頭を抱える。
「ほら、セアラさんのお腹に二人目の子がいると分かった次の日……」
「あ、はい。お義父様がとても幸せそうな顔で置物になっていた朝ですね?」
「そう! それよ! その日の晩からね? ジョルジュが寝酒ばかり持ってくるのよ。急に何なのかしら?」
チラッと置物中の夫に視線を送る。
あの日の朝とは違い、ちょっと拗ねた表情に見えるのは何故かしら?
「よっぽどお義母様と飲む寝る前のお酒が楽しかったのでは?」
「……そうなのかしらねぇ」
「あの日は、お部屋でジョエル様に毛布でぐるぐる巻きにされていてもはっきり聞こえるくらいお義母様も楽しそうでしたから」
セアラさんにそう言われて苦笑する。
住み込みの使用人たちにも全く同じことを言われた。
「覚えてないのよねぇ……二人目の孫よ! めでたい! 飲むわよ! ってジョルジュにグイグイ酒を押し付けて絡んだ所までしか記憶が無いんだもの」
「喜んでいただけて嬉しいです」
幸せそうに笑ってお腹を撫でるセアラさんに私も微笑んだ。
「ホホホ! そこのお腹の子はなんて幸運な赤ちゃんかしらね!」
「お義母様?」
「この私の孫としてこの世に誕生することほど幸せなことはないわよ? ね、ジョシュア?」
「あうあーー!」
ジョシュアは手と口元をベチャベチャにしながら元気よく笑って返事をした。
「いいお返事だけど、凄いお顔してるわね。色男が台無しよ?」
「あうあ!」
「まあ、いいわ。ジョシュア! 朝食を終えたらぐるっと日課の邸内散歩をして、その後は今日も立派なお兄ちゃんになる予行練習をするわよ!」
「あうあ!」
「その前に顔と手はしっかり洗うのよ!」
「あうあ!」
世話焼きジョシュアは毎日、ジョシュアベアーを使って練習に励んでいる。
「ふふ、ジョシュアは今日もやる気いっぱいですね」
「ホホホ、セアラさん。呑気に笑ってる場合ではなくってよ? ジョシュアの空回り度はけっこう凄いのだから!」
「え?」
そう。
あれは一昨日のこと……
ジョシュアはジョシュアベアーを一生懸命寝かしつけていた。
『あうあ!』
ベッドに寝かせて布団をかけ、身体をポンポンしながら優しく声をかける。
そこまでは可愛いらしくもありとても微笑ましい光景。
(しかーーし!)
『あうあ! あうあ!』
『なぁに、ジョシュア?』
ジョシュアが何回も叫んで訴えてくるので何事かと振り返ったら……
『あうあ! あうあ! あうあ!』
───おばあさま! 大変です! ボクのクマちゃんが全然眠ってくれません!
(訳:ジョルジュ)
───何をしてもダメです! なぜですか!
(訳:ジョルジュ)
『寒いんじゃないか?』
当然だけど、ジョシュアベアーはぬいぐるみなのだから目を閉じるはずもなく……
それなのに、ジョルジュがかなり適当な答えを言ってしまいジョシュアはそれを真に受けた。
『あうあ! あうあ!』
───なるほどです! それなら! もっと布団をたくさんかけるべきですか?
(訳:ジョルジュ)
『は? 絶対に苦しむからやめなさい!』
『あうあ!』
───分かりました! ……ならば、もうこれしか……こういう時はこのボクの手で強引に目をつぶ……
(訳:ジョルジュ)
『目を!?』
あまりにも物騒なことを言い出そうとしていたから、慌ててジョシュアベアーをベッドから救出したわ。
どんなに可愛くニパッと笑っていても、あの子はやはり……ジョルジュの孫でジョエルの子……
(どこか、発想がぶっ飛んでる……!)
そう実感させられた。
そんなことがあったので、ジョエル開催の“兄の心得”講座には私も参加することに決めた。
「下の子をお世話する“お兄ちゃん”になるって大変なんですね?」
「ホホホ! 私もセアラさんも“妹”なので正直、その気持ちはよく分からないわよね」
恐ろしいことにこのギルモア家、一人っ子か末っ子しかいないという……
頼りになるのはあのちょっと胡散臭い本。
「……まあ、使用人にも目を光らせてもらってそのお腹のベビーちゃんは皆で明るく元気に育てるわよ!」
「はい!」
セアラさんは可愛く、そして幸せそうに笑った。
(ああ天使! やっぱり義娘は天使よ!)
「あうあ! あうあ! あうあ~!」
ニパッ! ニパッ! ニパッ!
ジョシュアもご機嫌そうな顔で笑っていた。
─────
───
そうして、その後も特に必要ないのにせっせとジョルジュが毎晩、寝酒を私へと貢いでくる中、
どんどん日は流れ……
遂にギルモア侯爵家に新たな幸せが誕生する時がやって来た。
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