誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

文字の大きさ
上 下
98 / 119

95. 世話焼きジョシュア

しおりを挟む

 その日。
 相変わらず賑やかな日々を送っている我が家に荷物が届いた。

「あら、私の実家────お兄様からだわ」
「あうあ!」
「え?  ちょっ……早っ」

 ペタペタペタペタ……

 ジョシュアがものすごい速さで向こうから這ってくる。
 そして、私の足元に到着するなり絡みだした。

「あうあ!」
「なに?  ジョシュア。どうしたの?」
「あうあ!  あうあ!」

 ニパッ!  とジョシュアは本日も可愛い笑顔を振り撒いてくる。

「くっ……可愛い……」
「あうあ!」
「ガーネット────おばあさま!  それはきっとボクに宛てたものです!  と主張しているぞ?」
「あうあ!」

 横からやって来たジョルジュがひょいっとジョシュアを抱き上げながら通訳してくれた。

「あうあ!」

 私と目線が近くなったジョシュアはもう一度ニパッと笑う。

「お兄様からの荷物……これがジョシュア宛て?  あ!  もしかして……」
「あうあ!」

 慌ててガサガサと箱の中身を開けてみた。

「……やっぱりだわ!」
「あうあ!」

 箱の中身は我が家にとってお馴染みクマのぬいぐるみ。
 同封されてい手紙に目を通すと、“遅くなってすまない”“孫の誕生祝いだ”とお兄様の字で書かれていた。

「あうあ!  あうあ!」

 ジョシュアが手をパタパタさせて訴えて来る。

「ボクの!  ボクの!  と主張しているぞ?」
「あうあ!」
「なに?  ずっと待っていたのです?  ──そうだったのか?」
「あうあ!」

 その主張を聞いてふと思い出した。
 ジョシュアと邸内散歩中、よく私たちの寝室に入りたがっていた。
 そして棚に飾られている皆のぬいぐるみの前にちょこんと座って見上げては“あうあ!”と言っていた。
 あれは……

「ジョシュア……あなた、ずっと“僕のクマさんまだかな~”と言っていたのね?」
「あうあ!」

 ニパッと笑いながら答えるジョシュア。

「ジョシュア……」
「あうあ!」
「分かったわ。それでは早速、ジョシュアクマもジョエルとセアラさんの間に飾り……」
「あうあ!」

 ガシッ
 寝室に飾ろうと思って歩き出したら何故かジョシュアに腕を掴まれた。

「え?  なに?」
「あうあ!」
「───お待ちください、おばあさま!  だそうだ」
「あうあ!」

 ニパッ!

「ジョシュア……?」

 ジョシュアの笑顔の圧がすごい。

「あうあ!」
「───飾られる前に今日はそのクマさんと遊ぶです!  ───だそうだ」
「あうあ!」
「え!」

 ニパッ!
 ジョシュアはとってもいい顔で笑った。


────


「あうあ!」

 ペタ、ペタペタ……ペタ……

「ジョシュア……そんな無理に頑張って背中に乗せてハイハイしなくても……」
「あうあ!」
「───ダメです!  こうする以外にボクが運ぶ方法が見つからなかったです!  そう主張しているな」

 ジョルジュの通訳を聞いて私は頷く。

「そ、そう……でも、移動中くらい私たちに預けるのではダメだったの?」
「あうあ!」
「───ダメです!  だそうだ。かなり頑固だな」
「……」

(誰に似たのかしら?)

 念願だったジョシュアクマのぬいぐるみを手に入れたジョシュアは、ぬいぐるみを連れ歩いた。
 散歩に同行させたり、“あうあ”と懸命に話しかけている姿は微笑ましくて可愛らしくもあったけれど……

「ああああ! ジョシュア坊っちゃまーーーー」
「あうあ!」
「ぬいぐるみはお食事されませんーー」
「あうあ!」

 甲斐甲斐しくお世話(?)をし始めてからが大変だった。

「それは坊っちゃまのお食事ですーー」
「あうあ!」

(あらあら……)

 ジョシュアベアーは手ずからご飯が与えられ今、口元が大変恐ろしいことになっている。

「な……なるほど、それで今日のジョシュアはクマさんと一緒、なのですね?」

 セアラさんがジョシュアとクマを見ながら苦笑した。

「遊ぶのです!  と言い切って散々連れ歩いて今、あそこよ……」
「えっと、遊ぶと言うよりもお世話を焼いてるという感じでしょうか?」
「そうね……」

 途中、ジョシュアはぬいぐるみの着替えまで要求していたので、本人はお世話のつもりなのかもしれない。

「あうあ!」
「ジョシュア坊っちゃま!  ですから、ぬいぐるみはお水も飲みませんからーー!」
「あうあ!」

 ベシャッ
 食事がダメなら飲み物だ!
 ジョシュアはそう言わんばかりにお水を与えようとした結果、ジョシュアベアーがさらなる大惨事に見舞われている。

「…………ジョエルはここまでじゃなかったわよ……?  あの子誰に似たのよ」

 私が肩を竦めてそう言うとセアラさんはクスクス笑う。

「エドゥアルト様も言っていましたけど、大胆で豪快なところはお義母様に似たかもしれません」
「え……」
「ですから、将来がとっても楽しみですね!」

 ニコニコ顔でセアラさんはそう言い切った。

「ジョシュア。少し落ち着け」
「あうあ!」
「見ろ。クマさんはもうお腹いっぱいだと言っているぞ?」

 見かねたジョエルがジョシュアの元に近付いてそう窘めた。
 ジョシュアがじっとジョシュアベアーを見つめる。

「……な?  言っているだろう?」
「あうあ!」

 ニパッと笑ったジョシュアは、満面の笑みでもう一度ジョシュアベアーに水を飲ませた。

「ジョシュア!」
「あうあ!」
「返事はいい子なんだが……そんな急に世話焼きになってどうした?」
「あうあ!」
「……なに?」

(…………ん?)

「あうあ!  あうあ!」

 キュッとジョエルの眉間に皺が寄って険しい顔になった。
 ジョシュアは手足をパタパタさせてジョエルに何かを訴えている。

「ジョエル様の眉間に皺が寄りましたね?」
「あら、セアラさんも気付いた?」
「はい」

 そして、ジョエルの眉間の皺は見る見るうちにどんどん深くなっていく。

「あうあ!」
「……ジョシュア」
「あうあ!」
「そ、そうか、そうだったのか……」

 ジョエルは大きく頷いてから、ジョシュアの頭を優しく撫でた。

「お前のその心意気は買う。だがな、それならもっと優しく扱わなくちゃダメだぞ?」
「あうあ!」

 ニパッと笑って答えるジョシュア。

「そんなジョシュアには俺の本を読め───と言いたいが、ダメだ。ジョシュアはまだ字が読めないからな……」
「あうあ!」
「よし! 読み聞かせだ!  そのぬいぐるみを連れて今から俺の部屋へ行くぞ!」
「あうあ!」

(なっ!  よ、読み聞かせぇぇ!?)

 あの無口なジョエルが!?
 いったいどんな話をしたらそんなことになるの!?
 そして、私と同じことをセアラさんも思ったようだった。

「ジョエル様がよ、読み聞かせ!?」

 セアラさんが目を丸くして絶句している。
 そんな私たちの驚きも知らずにジョエルとジョシュアは、ジョシュアベアーを連れて意気揚々と出て行った。

「お……お義母様?  ふ、二人はいったい何の話をしているのでしょう?」
「さあ?  私にもよく分からないのよ」

 その場に残された私とセアラさんは顔を見合せながら首を傾げた。



 ────実は、この世話焼きジョシュアの行動がジョシュアなりの“お兄ちゃん”になる為の予行練習で、
 ジョエルはその思いを知って“兄になるための心得”を自分の愛読書から読み聞かせることにした……

 ということを私たちが知るのは、それからもう少し後のこと────……

しおりを挟む
感想 394

あなたにおすすめの小説

妹が私こそ当主にふさわしいと言うので、婚約者を譲って、これからは自由に生きようと思います。

雲丹はち
恋愛
「ねえ、お父さま。お姉さまより私の方が伯爵家を継ぐのにふさわしいと思うの」 妹シエラが突然、食卓の席でそんなことを言い出した。 今まで家のため、亡くなった母のためと思い耐えてきたけれど、それももう限界だ。 私、クローディア・バローは自分のために新しい人生を切り拓こうと思います。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

王太子妃候補、のち……

ざっく
恋愛
王太子妃候補として三年間学んできたが、決定されるその日に、王太子本人からそのつもりはないと拒否されてしまう。王太子妃になれなければ、嫁き遅れとなってしまうシーラは言ったーーー。

私だけが家族じゃなかったのよ。だから放っておいてください。

恋愛
 男爵令嬢のレオナは王立図書館で働いている。古い本に囲まれて働くことは好きだった。  実家を出てやっと手に入れた静かな日々。  そこへ妹のリリィがやって来て、レオナに助けを求めた。 ※このお話は極端なざまぁは無いです。 ※最後まで書いてあるので直しながらの投稿になります。←ストーリー修正中です。 ※感想欄ネタバレ配慮無くてごめんなさい。 ※SSから短編になりました。

結婚が決まったそうです

ざっく
恋愛
お茶会で、「結婚が決まったそうですわね」と話しかけられて、全く身に覚えがないながらに、にっこりと笑ってごまかした。 文句を言うために父に会いに行った先で、婚約者……?な人に会う。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...