誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

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94. ジョシュア画伯の腕前

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(なっ……!)

 私たちは食い入るようにジョシュアの絵を見つめた。

「あうあ!」

 ジョシュアは私たちに向かってニパッと笑う。

(な、なんてこと……!)

 0歳児の絵だから、どうせ意味不明な謎の線やら丸とかが描かれるくらいで、人型にもなってない絵のはず。
 そう思っていたのに……

「……ガーネットがいる」

 最初にそう呟いたのは私の愛する夫、ジョルジュだった。

「これは……どこからどう見ても人間の絵……しかも、ガーネットじゃないか!」
「あうあ!」

 ニパッ!
 ジョシュアが手をパタパタさせながらジョルジュに向かって何かを訴え始めた。

「なに?  おばあさまの美しい微笑みをボクなりに表現したつもり……?」
「あうあ!」
「ああ。確かにこの悪巧みしているかのように微笑んでいる口元はまさにガーネットそのものだ!」

(…………んぁ?)

「あうあ!」
「おばあさまはこのお顔をしている時が一番美しいですから───分かっているじゃないか!  さすがジョシュアだ!」
「あうあ!」

 感動したジョルジュがギュッとジョシュアを抱きしめる。

(悪巧みしている時が一番美しい……)

 ジョシュアの絵が上手いとか下手とか以前に納得いかない言葉が飛び交っていた。

「ジョエル様……!  お義父様の言うようにジョシュアの絵……ちゃんと“表情”がありますよ!」
「……!」

 次に驚きの声を上げたのはセアラさん。
 ジョエルは何も言葉を発しなかったけど目がクワッと大きく開いているのでそれなりに驚いていることが窺える。

「──なんてことだ……赤の他人に見せて、ここにいる人たちの中で“誰の絵を描いたか”と質問しても、これは間違いなくガーネット様を描いた!  と答えが一致するほと特徴という特徴を捉えているじゃないか……!」

 エドゥアルトも絵を見つめながらプルプルと身体を震わせている。

「あうあ!」
「すごいな君は!  間違いなくガーネット様の才能を余すことなく引き継いでいるじゃないか!」
「……あうあ!」

 エドゥアルトまでもが絶賛。

「あうあ!」

 ジョルジュから離れたジョシュアがペタペタとハイハイしながら私の元に向かって来る。

「あうあ!」
「……」

 私は目の前のジョシュアとジョシュアの描いた絵の中の“私”を交互に見つめる。

(くっ!)

「あうあ!」
「ジョシュア……」 

 誰に通訳されなくても分かる。
 ボクの描いたおばあさまの絵はどうですか?  と聞いているに違いない。

 私はジョシュアに向かってフッと笑った。

「認めましょう。実物の私の方が何百倍も美しいけれど、あなたの描いた私は最高よ、ジョシュア!」
「あうあ!」
「……実はね?  あなたのこと……まだまだベビーだからこの私の描く絵には遠く及ばないはずって内心で舐めていたの」
「あうあ!」

 ジョシュアは分かっていると言わんばかりに頷いた。

「ジョシュア……そんなことを考えていた私を許してくれるかしら?」
「あうあ!」

 ニパッ! 
 ジョシュアが可愛く笑った。

(どうやら、この懐の深さも私に似たようね!)

「ホ~ホッホッホッ!  これなら私の最高傑作と一緒に玄関に飾って並べても遜色ないわ!」
「あうあ!」
「さあ、想像してごらんなさい?  あのジョルジュ、ジョエル、ジョシュアのあなたたち三人を描いた素晴らしい私の絵と……」
「……え!?  三人!?」

 私がそこまで口にした時、エドゥアルトが変な声を上げた。

「え?  って何かしら?」
「……あ、い、いえ…………ガ、ガーネット様の描かれたという、あちらの絵は……ギ、ギルモア家の男性陣を描いた、もの……?」
「は?  そうよ?  今更何を言っているの?」

 私が眉をひそめて睨みつけるとエドゥアルトはすごい勢いでぶんぶんと首を横に振った。

「あ、あの絵に描かれた三人が、あ、あまりにも人間離れしていて…………そ、そう!  実物よりも、び、美形過ぎたので驚いていたんです……!  ハッハッハ!」
「!」

 エドゥアルトのその指摘に私はフフンと笑った。

「ホホホ……やっぱりそう思うかしら?  実はね、私も少しだけ盛りすぎたかなって思っていたのよ」
「ハハ……ハッハッハ!  ガーネット様の愛する家族を描いたのだから、あれくらいなら普通です!    ………………た、多分」

 エドゥアルトにしては珍しく最後の方の言葉ががモニョモニョしていた気がする。

「ホーホッホッホッ!  そうよね!」

 それでも、気分が良くなった私は高らかに笑う。

「だから、あの絵とそれにジョシュアの描いた私の絵を並べれば……ハッ!  ダメね、それだと足りないわ?」

 並べれば完璧と思ったけれど、これではダメ。
 セアラさんがいない。
 大事な大事な家族が欠けるなんて絶対に絶対に許せない!

「───ジョシュア!」
「あうあ!」

 振り返った私とジョシュアの目が合った。
 何だか今なら言葉が分からなくても気持ちが通じ合っている気がする。
 そう思った私は、新たな紙とペンをジョシュアに渡す。
 ジョシュアはギュッとペンを握りしめた。

「あうあ!」
「ジョシュア、分かっているわね?  …………今度は天使を描く番よ!」
「あうあ!」

 私の意図を察したジョシュアはニッコニコな笑顔のまま、もう一度手を動かし始める。

「あうあ!」

 キュッキュッキュッ……

「あうあ!」

 キュッキュッキュッ……
 皆が見守る中、ジョシュアはせっせと絵を描いていく。

 そして、しばらくしてからパッと顔を上げた。

「あうあ!」
「完成したのね?  お見せなさい」
「あうあ!」

 再び私たちはジョシュアの絵を覗き込む。

「て!  …………天使!  天使のセアラがいるっ!」
「あうあ!」
「……ジョシュア!」
「あうあ!」
「…………ジョシュア!!」
「あうあ!」

 真っ先に感動の声を上げたのは息子、ジョエルだった。
 今度はジョエルがジョシュアをギュッと抱きしめる。

(わー、さっき見た光景にそっくり……)

 我が子は、愛息子が最愛の妻を天使のように描いたことに感動が止まらないらしい。

「ん?  なに?  ……ボクのお母様は天使のように可愛いですから?  ───ああ、そうだな。セアラは最高だ!  天使だ!」
「っっ!  ジョエル様っっ!」

 天使を連呼するジョエルに対してセアラさんが顔を真っ赤にして止めようとするもジョエルの暴走は止まらない。

「あうあ!」
「っっ!  もう!  ジョシュアまで!」

 ニパッと可愛く笑って乗っかるジョシュア。
 その隙に私はまじまじとその絵をチェックする。

(ちゃんとセアラさんの特徴を捉えているわね……)

 いつも天使のような可愛い義娘、セアラさん。
 でも、天使なだけじゃない彼女の持つ芯の強さもちゃんとこの絵からは伝わって来る。

(ジョシュア……)

 ────なんて恐ろしい子!
 この先、成長次第でいい方にも悪い方にも転がりそう……

 ジョエルとセアラさんに囲まれて、キャッキャキャッキャ笑っているジョシュアのことをじっと見つめてそんなことを考えていたら、ジョルジュがポンッと私の肩を叩いた。

「ジョルジュ?」
「ガーネット。ジョシュアは大丈夫だ」
「え?」

 私が聞き返すと、ほんの微かにジョルジュが笑った。
 珍しい!

「なんでかって?  そんなの当然だろう?  我が家にはガーネットがいるからな!」
「!」

 あまりにもピンポイントなその言葉にびっくりした私はパチパチ瞬きをしてジョルジュを見つめ返す。

「ん?  どうした?」

 キョトンとしているジョルジュ。

「~~~あなたの!」
「ガーネット?」
「そ、そういうところ…………だ……」
「だ?」
「────大好きよっっ!!」

 私は照れながらも愛する夫にそう告げた。





✤✤オマケ✤✤


「さあ、ジョシュア。夕方の邸内散歩に行くわよ!」
「あうあ!」
「一に体力、二に体力!  三四も体力で五も体力!  行き倒れとは無縁の体力ゲットよ!」
「あうあ!」

 ペタペタペタペタ……


「「「「……」」」」

 ガーネットとジョシュアが出て行った室内では、残されたジョルジュ、ジョエル、セアラ、エドゥアルトによるコソコソ話が行われた。

「ガーネット様の絵…………衝撃だった」

 最初に口を開いたのはエドゥアルト。

「私も驚きました……お義父様やジョエル様とジョシュアの姿を描くのよ!  と息巻いていたはずなのに……あれはどこからどう見ても……に、人間……には……見、うぅっ」

 声を詰まらせるセアラ。
 そんな彼女をジョエルが無言で優しく宥める。

「……完成品を見せられた時はなんの言葉も出ませんでした……」
「セアラ夫人。あれは決してへ……ではなく、きっと僕ら──凡人には分からない世界なのさ!」
「エドゥアルト様……確かに。お義母様のあの絵は独特の世界観です」

 セアラは頷きながら義父、ジョルジュに訊ねる。

「ところで、お義父様もご存知なかったのですか?」
「ああ。ジョエルは絵を描かなかったし、ガーネットの描く絵は見る機会が無かったな」

 ジョルジュは淡々と頷いた。

「お義母様もちゃんと人間だったんですね……」
「……セアラ夫人……君は時々、すごい発言をするな?」
「はい?」

 セアラがエドゥアルトの言葉に首を傾げていると、珍しくジョエルが口を開く。

「ジョシュア……」

 その一言に全員がハッとする。
 ガーネットの画力も衝撃だったが、もう一つの衝撃。
 それは、ジョシュア・ギルモア(0歳)の画力───……

「あれは───美しいガーネットだった」
「父上。母上だけではありません。こちらも天使のセアラだった」

 この時の皆の心は一つ。
 あの子は本当に0歳児なのか!?

 ─────その疑問の答えは出なかった。


 そして、その後。
 三枚の絵は並べてギルモア家の玄関に飾られた。
 中でも最も斬新なガーネット作、“三つの何か”の絵は、訪問者の誰もが目を丸くして最低、三度見はしていた。
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